第拾伍話【 亡霊 VS 幻影 】

 灰夢はミーアを抱え、城の窓から飛び出すと、

 広大な街の中へと、真っ直ぐに落下していた。





「ファントム様、お兄さまたちがっ! それに、クラーラも……」

「大丈夫だ。王宮の中には、俺の仲間が向かってる」

「……お仲間が?」

「あぁ……。聖剣さえなけりゃ、あいつらが何とかしてくれるさ」


 灰夢がミーアを見つめながら、小さく笑ってみせる。


「クラーラの事も心配すんな。向こうも牙朧武たちが迎えに行ってる」

「……ファントム様」

「ゴーストになんか、何も奪わせはしねぇよ」

「えへへっ……。信じておりますよ、ファントム様っ!」


 ミーアは無垢な笑顔を見せると、灰夢の服にギュッとしがみついた。

 そんな灰夢たちの後を追うように、ゴーストが城の窓から飛び出す。


「──貴様ァッ!! 姫をどうするつもりだッ!!」

「まぁ、光の加護とやらがあるなら、あれでくたばるわけねぇよな」

「──逃がさんぞッ!! 姫を渡せッ!!」

「お前はフラれたんだよ、素直に諦めろって……」

「そんなことは関係ないッ!! その女はオレ様のモノだッ!!」

「俺、嫌いなんだよなぁ……。こういうオレ様系の自己中なやつ……」


 自分のことを棚に上げながら、灰夢が呆れた視線を送る。


「…………」

「……ん? どうした、ミーア……」

「いえ、なんでも……」

「……?」


 気まずそうに目を逸らすミーアに、灰夢は疑問を抱きながらも、

 建物の屋根に着地すると、すぐさま警戒するように距離を取った。


「まぁでも、ちょうどいいか。……ミーア、これを持ってろっ!」

「……はい?」


 灰夢が影から無駄に豪華な剣を取り出し、近くに立つミーアに渡す。


「ファントム様、これは……?」

「俺の家族が作り上げた、一級品のエクスカリバーだ……」

「……エクスカリバー?」

「いざとなったら抜け、構えるだけでいい。きっと、お前を守ってくれる」

「──わ、分かりましたっ!」


 すると、そんな二人の前に、ゴーストが降りてきた。


「どうした、諦めたか? 死にたくなければ、とっととその娘を渡せッ!!」

「お前こそ、諦めたらどうだ? その剣じゃ俺を殺せねぇのが分かっただろ」

「ふっ、この聖剣に勝てない敵などいるはずが無い」

「自分が一番だと信じて疑わない。だから、そうやって力に溺れるんだ……」


 灰夢が静かに手を伸ばし、己の血を一滴垂らす。


『 きる血潮ちしおらん……

            ──かしずけッ!!! 』



 【  黑妖刀こくようとう  ……  ❀ 雫落 しずくおとし❀  】



 灰夢の刀を見たゴーストが、不敵な笑みと共に刃を向ける。


「……ほぅ? 変わった剣だな」

「こいつはつるぎじゃねぇ、かたなっつぅんだ。覚えとけ……」

「ふっ、所詮はただの刃だろう」

「……舐めんなよ? これは亡霊も鰹節も切れる、一級品の最上大業物だぞ?」

「くだらない。この聖剣の前では、どんな刃もガラクタに過ぎん……」

「こっちは喋って、変身する機能付きだ。お前のとはレア度が違ぇんだよ」


 言い合いをする灰夢の頭の中に、九十九の声が響く。


『何を張り合っとるんじゃ、ご主人……』

『なんか自慢されてムカついたから、負けたくなくなった』

『わらわは褒められとる気がしないんじゃが……』

『何を言ってんだ。こんなに愛情を向けられる妖刀、他にねぇぞ?』


『ならば、わらわの愛情も受け取ってくれぬか?』

『冗談だろ、勘弁してくれ。これ以上『 愛 』を注がれたら、俺の心が崩壊する』

『割と、トラウマになっておるじゃろ。ご主人……』

『お前、めちゃくちゃ怖かったんだからな? さっきの恋白の目……』

『あれが、メスの瞳じゃよ……』

『オスよりやべぇよ。この俺が、初めて身の危険を感じた気がすんぞ……』


『こんなことで恐れていては、先が思いやられるのぉ……』

『おい、待て……。俺はこの先、何をされるんだ?』

『あれだけ周りに想い人がおって、一度で済むはずがなかろう』

『桜夢の時もだが、少しは加減というものを覚えてくれねぇか』

『それが出来るなら、初めから苦労などせぬわ』

『老骨にあれはしんどいんだよ。頼むから、家族の域を超えないでくれ』

『想いは止められんのじゃよ……』

『はぁ、人なんてポンポン助けるもんじゃねぇな』

『何を言っておるんじゃ、今更……』


 くだらない話をしながらも、灰夢は妖刀を構えた。


「どこぞの怪盗モドキが、とっとと姫をこちらに渡せっ!」

「お前も怪盗だろ? そんなに欲しけりゃ盗んでみろよ」

「竜具も持たない人間が、偉そうに……。オレ様に逆らった事を後悔しろッ!!!」



 <<< 迅檑死術・蒼閃ノ瞬 じんらいしじゅつ・そうせんのまたたき>>>


 <<< 聖天魔術・天翔ル極光 ヒメン・ラウフ・オーロラ>>>



 ゴーストと灰夢が、それぞれ光と稲妻を纏って光速で動き、

 互いに斬撃を叩き込もうと、一心不乱に己の刃をぶつけ合う。


「す、凄い。クラーラの竜具と、互角に張り合っているなんて……」


 竜器も使わずに、ゴーストと刃を交える灰夢を見て、

 ミーアが驚いた表情のまま、戦いの行く末を見つめる。


 そして、二人は同時に弾き合うと、距離を取り体勢を立て直した。


「チッ……。あの腕輪の加護ってのは、光速で動くことも出来んのか」

「オレ様のスピードについてくるだと? コイツ、いったい……」

「世の中には、瞬間移動する奴がいるんだ。こんなので驚いてんじゃねぇよ」

「貴様も何か特別なようだが、オレ様に届くはずはないッ!!!」

「その竜具もお目当てなんだ。悪ぃが、そいつも返してもらうぞッ!!!」


 二人が互いを威圧しながら、再び刃を交える。

 そんな二人の戦いを、街の民たちも見つめていた。


「おい、あれって……」

「……ゴーストさま? でも、もう一人……」

「あの女は、呪われた皇女じゃないのか?」


「なんてことなの、とっとと消えてちょうだいっ!」

「あんな女を庇ってるなんて、どうかしてるっ!」

「ゴースト様っ! そんな変な奴、やっつけちゃって!」

「かつての勇者のように、竜の災いを祓ってくれッ!!!」


 その民たち言葉に、ミーアが怯えながら、

 その場に小さくうずくまり、目を閉じて耳を塞ぐ。


「うっ……」

「──ミーアッ!」


 そんなミーアを見た灰夢は、ゴーストを刀で弾き、

 間合いを取りながら、うずくまるミーアの元へと走った。


「──ミーア、大丈夫かっ!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ミーア、落ち着け。俺の顔をよく見ろ……」

「……ファントム様」


 涙を流すミーアの顔を、灰夢が優しく自分の方に向ける。

 すると、民たちの声を聞いたゴーストが大きな声を上げた。


「ハハッ、聞いたか? お前らの味方なんか、この国には居ないんだッ!」

「はぁ、ったく……。これだから、人間ってのは嫌いなんだ……」

「オレ様は力を手に入れ、今やこの国の勇者として選ばれたッ!!」

「…………」

「お前らは、この国に闇をもたらした報いを受けるのさッ!!!」

「ふっ……。民に踊らされてる勇者とは、実に滑稽こっけいだな」

「──な、なんだとッ!」


 灰夢の煽りに、ゴーストがキッと睨みを利かせる。


「……分からねぇのか? お前は、この国の民に利用されてんだよ」

「そんな訳が無いだろう。コイツらは、オレを神のように崇めてるのだッ!」

「お前は神が自分に牙を向いたら、それでも崇めるのか?」

「──何?」





「人は己に牙を剥くものを恐れ、それを倒す勇気ある者をあがたてまつる。

 『 災い 』を敵として、救いを『 神 』や『 勇者 』と呼ぶ。


 だが、『 神 』が敵に寝返れば、崇めることなど決してしない。

 今度は、それを『 災い 』と呼び、新たな救いを求めるだけだ。


 そんな、ご都合主義の愚民に踊らされているだけで喜べるとは、

 単純すぎて哀れだな。その幸せを俺にも分けて欲しいくらいだ。


 ……民たちの意見? みんなの想い? 滑稽すぎて反吐が出る。


 どんな善良な市民だろうと、所詮は自分に都合のいいものを崇め、

 害すれば敵とみなし、寄って集って袋叩きにするご都合主義者だ。


 例え、そこに何かしらの理由があろうと、ただの噂だとしても、

 害となる可能性が少しでもあるのならば、数の暴力で叩き潰す。


 自分たちが暴力を振るわれれば、これ以上ない程に喚くクズが、

 自分たちの暴力を、多数決という名の素敵な言葉で正義に変え、

 あたかも正しいことをしているかのように言葉の暴力を振るう。


 その上、汚い部分を他人に押付け、自分たちの手は汚さない。

 それこそが、お前の信じる素敵な『 民衆さま 』の正体だ。


 ここではミーアが標的なだけで、お前が正しいわけじゃない。


 お前はただ、ミーアを恐れる愚民共が助けてもらいたいが故に、

 都合のいい『 勇者 』として奉られ、踊らされているだけだ。


 その呼び名が神であろうと勇者であろうと、怪盗でも竜でも、

 所詮は他人の都合で成り立っただけの存在に過ぎねぇんだよ。


 本当の『 勇者 』とは、気あるのことを指す為の言葉だ。

 他者を想い、危機となれば、己の命すらも賭けられる者を言う。


 誰かに言われずとも、己の意思で考え、行動し、他者を救い出す。


 見捨ててしまえばいい程に愚かで、何の役にも立たない民衆の為、

 呪いの原因となった親友の為、自分を思ってくれる大切な妹の為、

 国を脅かす原因となっても尚、それでも庇い続けてくれる兄の為。

 

 いくら罵られようとも、それでも全員が救われる方法を考える。

 そんなクソがつくバカ野郎こそが、真の勇者と呼ばれる存在だ。


 他人を決めつけ、相手の心の中を見ようとすらしない愚民共も、

 忌能の力に溺れ、力無き者を従わせようとするテメェも同じだ。


 結局、自分の為にしか行動できない、ただの自己中の集まりだ。

 自分のことしか考えてないヤツに、勇者を名乗る資格はねぇ──」



























  『 ──本気で勇者を名乗るのなら、国の一つくらい救ったらどうだ? 』



























    『 勇気の意味も知らねぇクズが、半端な覚悟で勇者を語るな 』



























「コ、コイツ……。言わせておけば……」


 灰夢のストレートな言葉に、ゴーストが拳を震わせる。


「ファントム様、ワタクシは……」

「ミーア、謝んじゃねぇぞ。俺は同情で言ってんじゃねぇんだ」

「……ファン、トム……さま……」

「胸を張って前を向け。自分の意思で、前を向くと決めたのならな」

「……はい。……ありがとう、ございます……」


 振り向いた灰夢のブレることのない真剣な眼差しを見て、

 ミーアは暖かい涙を流しながらも、心からの笑顔を見せた。


「オレ様を、このオレ様をバカにしやがって……」

「……どうだ、少しは目が覚めたか? 偽物勇者……」

「戯言を……。オレ様に逆らったことを、あの世で後悔しろッ!」

「……っ!?」


 ゴーストが空に聖剣を捧げ、ブツブツと詠唱を始める。


































     『 てんあまね守護しゅごひかりよ、われまもたてとなれ。


             たみみちびしろ英霊えいれいは、いま、ここによみがえらん 』



























       【  聖天龍装 せいてんりゅうそう ……  ❖ 白影ノ騎士ホーリーナイト ❖  】



























 ゴーストは光を集めると、青白い光を放つ鎧を身に纏った。


「今度は全身LEDライトか。エコノミー極まってんな」

「ファントム様ッ! あれは、かつての勇者の鎧ですッ!」

「このオレ様を怒らせたんだ、生きては帰れないと思え……」

「悪ぃな。今回ばかりは、何があっても帰る約束をしちまったんだ」


 灰夢が睨みを利かせながら、手を広げ影を纏っていく。


「覚えておけ、ゴースト……」

「……?」

「光が闇を照らす時、闇もまた、光を喰らうことを──」




























 『 くら深淵しんえん彷徨さまよいし、英雄えいゆうばれた永遠とわ闇人やみびとよ。


           たけ咆哮ほうこうとどろかせ、いまふたたび、あまねひかりらん 』



























    【  幻影呪鎧げんえいじゅがい …… ❖ 幻影ノ覇者げんえいのはしゃ・アルトリウス ❖  】



























 灰夢は真っ黒な幻影を纏うと、そのまま鎧のような形に変え、

 影のマントを揺らしながら、禍々しい騎士の姿を見せつけた。


「なんだ、その異様な力は……」

「新時代を切り開く英雄の姿を、その目に焼き付けておけ」

「──ッ!?」


 妖刀を両手で握りしめ、それを灰夢が自分の腹部に突き刺す。

 そして、それを引き抜くと、刀は剣の姿へと形を変えていた。



 【  黑妖冥剣こくようめいけん …… ❀ 宵ノ紅涙よいのこうるい ❀  】



 血の涙を流すように滴る血液によって、禍々しさを増し、

 ゴーストや周囲で見守る民までも、その姿に言葉を失くす。


「ファントム様、その姿は……」

「……どうだ、少しは勇者っぽいか?」

「──えっ!? あっ、えっとぉ……」

「あぁ、悪役っぽいんだな。うん、だと思ったわ……」

「いえ、あの……。その、えっと……」

「別にいい、よく言われる。気にすんな……」

「も、申し訳ありません。ファントム様……」

「謝るなよ、逆に傷つくから……」


 深々と頭を下げるミーアに、灰夢が冷めた視線を送る。


「フッハッハッハ。まるで、呪いの騎士ではないかっ!」

「どうだ、カッコイイだろ? 今回は洋風のデザインにしてやったんだ」

「ふっ、悪役にはお似合いの姿だな」

「ったりめぇだ。これが似合わなきゃ、影の使い手は名乗れねぇよ」

「闇に堕ちた騎士を、このオレ様が公開処刑してやるッ!!!」

「そりゃいい。簡単にくたばんじゃねえぞ、偽物勇者ッ!!!」


 互いに威嚇し合うと、二人は再び光の速さで刃を交えだした。



 ☆☆☆



 その頃、王宮の中では、ノーミーが盗賊たちを相手にしていた。


「殺っちまえッ!! 相手は小娘一人だッ!!」

「亡霊たちよっ! あの娘を殺せッ!!」

「ヴァァァァ……」


「フッフッフッ、上等デス……。いでよ──ッ!!!」



 <<< 地の精霊術・神殺しの狂戦士 モルセデウス・二ーグル・ベルセルク>>>



 ノーミーの精霊術によって、周囲の鉄が砂鉄となって一転に集まり、

 巨大な斧を持った黒い鋼の狂戦士に変わると、敵を薙ぎ払っていく。


『──グオオオォオオォオォオオォオオォオォオォオォォオ!!』

「──さぁ、闇のゲームの始まりデスよッ!!!」


 雄叫びを上げる狂戦士に、盗賊たちが怯えながら後ずさる。


「……な、なんだこいつ。どこから、こんなの呼びやがったっ!?」

「バケモノだ、こんなのどうやって倒したら……」

「おいっ! 亡霊共っ! とっととコイツをやっつけろっ!」

「ヴァァァァ……」


「やれるもんならやってみろデスよ。──踏み潰すデス、ベルセルクっ!!」

『──グオオオォオオォオォオオォオオォオォオォオォォオッ!!』


 狂戦士が歩くだけで、鎧の亡霊たちがアリのように潰れていく。


「うわぁぁぁぁぁっ!!」

「なんだコイツ、勝てるわけねぇ……」

「ダメだ、簡単に潰されちまう……」

「くそ、何としても追い返せッ!! 盗賊団の意地を見せろッ!!」



「「「 ──うおぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉおおおッ!! 」」」



「まだ来るデスか。諦めが悪い男は、ダークマスターだけで十分デスっ!」


 ノーミーが再び詠唱を始め、周囲の砂鉄をさらに集める。



 <<< 地の精霊術・魔を穿つ黒騎士 ディモニウム・ターグン・シュヴァルツ・リッター>>>



 すると、今度は人間サイズの黒い鎧の騎士が、

 ノーミーを守るように、周囲に立ち上がった。


「おい、また何か出てきたぞっ!」

「ダメだ……。こいつら、剣じゃ倒せないっ!」


「さぁ、先鋭たちよっ! 敵を打ち倒し、兵士を助けるのデスっ!」



『『『 ──グオオオォオオォオオォオオォオォオォォオッ!! 』』』



 ノーミーの呼び掛けに応えるように、黒騎士たちは雄叫びを上げると、

 向かい来る亡霊を次々と打ち砕き、盗賊をどんどん追い込んで行った。


 そんなノーミーを見守りながら、恋白がディオボルトの手足を引っ張る。


「あたたたたたたっ、もうちょっと優しく……」

「こうしないとダメなのです。はい、息をすって……」

「すぅ……」

「──おりゃ!」

「──ぎゃああぁぁああぁああぁぁああぁっ!!!」


 ゴキゴキッという音と共に、ティオボルトの腰の関節が治り、

 それと同時に心の折れたディオボルトは、白く燃え尽きていた。


「これでよし、お疲れ様でした……」

「はぁ、可愛い顔をして容赦がないのぉ……」

「ふふっ、お褒めに預かり光栄です」

「褒めとるつもりはないんじゃが……」


 静かに笑顔を見せる恋白に、ティオボルドが呆れ返る。


「お主は、灰夢の旅の仲間なのか?」

「はい。あの方は、わたくしの大切な主さまです」

「そうか。……ミーアは無事なのか?」

「今、その命運を懸けた最後の戦いを、主さまがなされておりますよ」

「……何?」


 恋白の視線の先を見ようと、王が廊下の窓から外を覗くと、

 光速で動き、ひたすら攻撃をぶつけ合う二人の姿が見えた。


「……あれは、灰夢なのか?」

「はい。紛れもなく、わたくしの主さまです」

「あやつは、光の加護をクラーラに貰ったのか?」

「いえ……。あの方は元々、雷の速度で戦うことが出来るのですよ」

「……か、雷の速度じゃと?」


 その言葉に驚きながら、ティオボルトが灰夢の戦いを見つめる。


「主さまは反動で死ぬ代わりに、不可能を可能にする力をお持ちなのです」

「……反動で死ぬ? そうか、あやつは不死身じゃから……」

「そうです。ですから、あの方は例え竜具であろうと恐れはしません」


「しかし、灰夢の力が封印されたら、勝ち目は無いのではないか?」

「大丈夫です。不老不死の力は、その力を封じる力すらも弾きますから……」

「……そ、そんなに強力な呪いなのか? あやつの不死の力は……」

「はい。あれは死ねなくても死ねない、降りかかる全てを無に返す呪いです」

「そうか。灰夢は、そんなに重い呪いを身に纏っとるんじゃな」


 ティオボルトが心配そうに、灰夢の戦う姿を見つめる。


「主さまなら、必ず勝ってくださいますよ」

「何故、そこまで言いきれる?」

「あの方は一度救うと決めたら、死んでも救い出す運び屋ですから……」

「ワシの交わした約束も、守ってくれるじゃろうか」

「はい、必ず……。あの方が、【 約束やくそく 】と口にしたのなら……」

「お主は、良い男を主にしたな」

「はい、わたくしには勿体ないくらいです」

「ワシの目もまだ、曇ってなかったようじゃ……」


 二人はそっと笑顔を交わすと、灰夢の戦いを見守ってた。



 ☆☆☆



 疲労で崩れ落ちるゴーストを、灰夢が何事もなく見つめる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。おい、くどいにも程があるぞ、貴様……」

「どうした、もうバテたのか? 三下……」

「クソッ……。こんな偽物如きに、このオレ様が負けるはずが……」

「まぁ、いくら竜具と言えど、中身はただの人間。限界はあるだろうな」


 灰夢は余裕な表情を見せながら、ゴーストに刀を向けていた。


「十年間、鍛え続けた……。オレ様の努力を、軽々と……」

「たった十年だろ。数百年鍛えてからものを言え……」

「これだけの力を得たオレ様に、勝てない相手などいるはずがないんだ」

「熟練度が足りな過ぎだ。メタル系モンスターでも倒して出直してこい」


 そんな灰夢の言葉を聞いて、ゴーストが不敵な微笑みだす。


「ふ、ふふふふふふ……」

「なに笑ってんだよ、気持ちわりぃな。……気でも狂ったか?」

「お前はオレを怒らせた、取り返しのつかないことをした……」

「……あ?」

「お前は後悔することになる、必ずな……」


 ゴーストが空を見上げ、どこかに向けて大声を上げる。



























 『 殺れっ! 亡霊たちよ、この男に絶望をもたらせっ!


           この街の民を一人残らず、殺し尽くしてしまえっ! 』



























 ゴーストの呼び掛けと共に、街中に鎧の亡霊が溢れ出すと、

 声援を送っていた国の民たちを、剣で見境なく襲いだした。


「──きゃああぁぁぁああっ!!」

「──首のない鎧が出てきたぞっ!!」

「なんで、ゴーストさま……。僕たちは、あなたを応援してたのにっ!」

「──逃げろっ! こいつ、剣を持ってるっ!」


 街中がパニックに陥り、周囲から悲鳴が響き渡る。


「……民は、お前を崇める奴らじゃなかったのか?」

「だからこそ、ここで囮として使いオレ様の役に立たせるのさっ!」

「ファントム様っ! 民たちがっ!」


 悲鳴を上げる民たちを見て、ミーアが再びパニックを起こす。


「姫は虐殺される民を、見殺しにすることはできない」

「…………」

「だが、貴様が民を助けに行けば、オレ様が姫を頂く……」

「…………」

「全てを救うことは、お前には出来ないんだ……」

「…………」





 街中から響き渡る民たちの悲鳴に、灰夢が黙り込み、

 そんな灰夢を見つめながら、ゴーストは嘲笑っていた。



























「さぁ、貴様はどちらを選ぶ? 怪盗ファントム──」

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