第拾肆話【 二人の怪盗 】
ミーアは、自分の部屋から夜の街並みを眺め、
自分の選択するべき道を、一人で考えていた。
そんなミーアの元に、国王ティオボルドが尋ねる。
「……ミーア」
「……ティオお兄さま」
ディオボルトを見たミーアが、そっと俯く。
「……まだ、迷っておるのか?」
「……はい」
「まぁ、迷う気持ちも分からなくはないがな」
「ワタクシも、選択肢が無いのは分かっているのですが……」
「……そうか」
ティオボルドがミーアの傍に歩み寄り、共に外の景色を眺める。
「ミーアは、この街が好きか?」
「……はい」
「なら、この国の民をどう思う?」
「…………」
言葉を無くしたミーアを見て、ティオボルドが小さく微笑む。
「ミーア……。国を出ることは、何も裏切りじゃない」
「ですが。ワタクシが一人だけ、この地を去るなんて……」
「お前は一人ではない、クラーラがおるじゃろ?」
「…………」
ミーアが悲しそうに、ティオボルトを見つめる。
「ワシの事はいいんじゃ。もう、そう長い人生でもない」
「──ですがっ!」
「ワシは、お前に笑って生きて欲しいんじゃよ」
「……ティオお兄さま」
「孤独な涙を流さぬように、この先は前を向いて生きておくれ」
「ワタクシは、ワタクシは……」
「…………」
必死に言葉にするミーアの瞳からは、涙が溢れていた。
「ワタクシは、あなたも孤独にしてしまった……」
「いいんじゃ。お前を守れるのならば、それで……」
「ワタクシのせいで、この王宮の兵たちをも追い込んでしまった……」
「もういい……。それは、お前のせいではない……」
「それなのに、ワタクシだけが自由になるなんて……。そんな、そんなの……」
「お前はもう、その身に余るほど、辛い孤独を味わったじゃろ」
「だって、だって……。ワタクシは、呪いの……」
「……呪いの皇女などではない」
「…………」
「お前は、この国の皇女である前に、ワシの大切な妹なんじゃ……」
言葉を詰まらせるミーアの涙を、ディオボルトが優しく拭う。
「ミーアの、この国の姫としての役目は、もう十分に果たされた……」
「……ティオ、おにぃ……さま……」
「じゃから、これからは自分の為だけに、前を向いて生きていきなさい」
「…………」
「それが、お前を愛する兄からの、たった一つの願いじゃ……」
ミーアは静かに涙を流しながら、コクリと頷くと、
笑みを浮かべるティオボルドに、そっと抱きついた。
「 ……ティオお兄さま、大好きです 」
「 ワシもじゃよ、ミーア…… 」
「 ワシはいつまでも、お前の味方じゃ。
それだけは、決して忘れるでないぞ 」
「 ……愛しの我が妹よ 」
「 ……はい 」
二人は涙を流しながら、最後の別れを交わしていた。
──その時だった。
突然、轟く衝撃音と共に、城全体が大きく揺れる。
「──な、なんじゃっ!?」
「この揺れは、まさか……」
窓から二人が下を見下ろすと、城の門が破壊されていた。
そんな光景を見た二人が、最悪の事態を迎えたことを悟る。
「ゴースト。まさか、もう来おったのか……」
「いけません、クラーラの元に急がねばっ!」
「ミーアっ! エレベーターは危ない、こっちじゃっ!」
「はい、ティオお兄さまっ!」
二人が階段から下の段に降りると、すぐ下のフロアにまで、
鎧の亡霊たちを引き連れながら、ゴーストが迫ってきていた。
「フッハッハッハっ! 見つけましたよ、我が愛しのミーア姫……」
「──ッ!?」
「──ゴースト、貴様ッ!」
「どれほど、この時を待ちわびたことか。相変わらず御美しい限りだ……」
「貴様なんぞに、ワシの妹はやらんっ!」
「老いぼれ風情が、オレ様に命令するなっ!」
「ミーア、逃げなさいっ! ここはワシが……」
「ティオお兄さま、ですがっ!」
「──いいからっ! 早くっ!」
ゆっくりと迫り来るゴーストに、ティオボルドが剣を持って立ち向かう。
「ミーアの人生は、ミーアのモノだッ!!」
「……雑魚が、引っ込んでいろッ!!」
「──ッ!?」
ゴーストは光速で避けると、ティオボルドを壁に蹴り飛ばした。
「──グハッ!」
「──お兄さまっ!!」
「逃げ……なさい、はやく……」
ゴーストから逃げるように、ミーアが自分の部屋へと戻り、
亡霊たちを引き連れながら、ゴーストがミーアの後を追う。
「何処へ行っても、もう逃げられませんよ。お姫さま……」
「……こ、来ないでくださいっ!」
窓際に追い詰められたミーアが、ゴーストに向かって叫ぶ。
「そんなに怖がらないで、オレ様はあなたを傷つけたりしませんよ?」
「何を言われようと、ワタクシはあなたのもモノにはなりませんっ!」
「……何?」
「ワタクシの人生は、ワタクシの意思で決めるのですっ!」
そうミーアが断言した途端、突然、ゴーストの目付きが変わる。
「この十年もの間、あなたのことだけを考えてきた。
なのに、何故、あなたは振り向いてもくれないのか?
……自分の人生は、自分で決める?
国の皇女でありながら、この国の民たちを恐怖に陥れて、
よくもまぁ軽々と、そんな戯言が言えたものだなッ!!!
竜に呪われた運命も、冷たい民の視線も、王宮への反発も、
全て、お前が生きているからだと言うのが分からないのか?
──お前は所詮、この国の邪魔者に過ぎないなんだよッ!!!
お前がここで生きている限り、この国に本当の平和は来ない。
だから、オレ様が盗んでやるのさ。この国の民の為になッ!!
誰も、お前の言葉に耳を貸さない。お前なんか要らないのだから。
黙ってオレ様のモノになればいい。お前は一生、オレ様の奴隷だ。
竜の呪いをその身に受けた時点で、お前に選択肢なんかないんだ。
それが分かったら、とっととオレ様に従え。オレ様の為に尽くせ。
それが、この国にとっての救いで、お前のたった一つの選択肢だ」
ゴーストは気が狂ったようにそう告げると、
ミーアに向かって、そっと自分の手を伸ばした。
「 さぁ、オレ様の手を取れ…… 」
そう告げるゴーストを強く睨みつけながら、ミーアが顔を上げる。
「 ──クラーラは、呪いなどではありませんッ!! 」
「確かに、ワタクシのせいで、この国に闇を広めてしまった。
ですが、彼女を受け入れると決めたのは、ワタクシの意思。
誰が何と言おうと、竜の恩恵は、ワタクシが背負った誓い。
例え、この国の民が嫌おうと、ワタクシは決して裏切らない。
彼女がいつも、誰よりもワタクシの事を想ってくれるように、
ワタクシも彼女と生きていけるのなら、他には何もいらないっ!
かつての勇者がワタクシに残してくれた、たった一人の友達を、
孤独を共に生きてきた大切な家族を、ワタクシは見捨てないっ!
他人であるあなたが、いくらクラーラのことを悪く言おうとも、
ワタクシは前を向いて、クラーラと共に、この先も生きるっ!」
『 それが彼女と初めて会った時に結んだ、大切な約束だからっ!!! 』
ミーナは涙を流しながらも、必死に気持ちを言葉にしていた。
「……ふっ、くだらない」
「…………」
「孤独は人を狂気に誘うと言うが、ここまでくると笑えないな」
「あなたが何を言おうと、ワタクシの意思は変わりません」
「そうか。ではもう、これ以上のお話は必要ないな」
「──ッ!?」
ゴーストが何かを諦めたように、聖剣をミーアに向ける。
「な、何を……」
「そんなに嫌なら、その魂ごと剣に封印してやろう」
「嫌、やめて……」
「死して、オレ様の人形となれ……。──ミーア姫ッ!!!」
「──キャッ!!」
一直線に走り出したゴーストは、勢いよく体を貫いた。
「ハハハッ、これで……。──ッ!?」
「痛ってぇな、おい……」
そんな聞き覚えのある声に、ミーアがそっと瞳を開ける。
「 ……悪ぃ、迎えが遅くなっちまった 」
ミーアが恐る恐る目を開けると、ミーアを庇うように、
腹部を貫かれながらも、灰夢が聖剣を食い止めていた。
「──こいつ、どこから出てきたっ!?」
「……フ、ファントム……様、そんな……」
「グフッ……」
ゴーストが聖剣を引き抜くと同時に、灰夢が吐血し膝を折る。
「ファントム様っ! どうして、ワタクシなどを庇って……」
「思った以上に重てぇな、この一撃は……」
「いけません、傷が……。どうしたら、ファントム様……」
「ははっ……。ミーア、そんな辛そうな顔すんな……」
灰夢はよろけながらも、ミーアに笑って見せていた。
「──貴様、何者だッ!?」
「普通、人の腹をぶっ刺してから聞くかよ。空気読んでくれ……」
「ファントム様、血が……」
「おかしいな、傷が治らねぇ……」
違和感を覚えた灰夢が、自分の体の傷を確認する。
すると、傷口が白く光り、体の再生を拒んでいた。
「何だ、これ……」
「貴様……。何故、封印されていない。どうして、聖剣の力に抗える?」
「なるほど、それが噂の聖剣か。どうりで傷が治らねぇわけだ……」
ゴーストが動揺を隠すように、再び灰夢に聖剣を向ける。
「姫はオレ様のものだ。邪魔をするなら、貴様も殺してやるッ!!」
「チッ……。死ねるのはありがてぇが、今じゃねぇんだよな」
「ファントム様っ! しっかりしてくださいませ、ファントム様っ!」
流れ出る血を見て、ミーアがパニックを起こす。
そんな中でも、灰夢は静かに笑みを浮かべていた。
「はぁ……。ったく、変な約束しちまったもんだな」
「……何?」
「悪ぃな、ゴースト……。今の俺には、死ねねぇ理由があるんだ……」
「……ファントム様?」
灰夢がゴーストを睨みながら、ゆっくりとその場に立ち上がる。
すると、灰夢を威圧するかのように、ゴーストは笑みを浮かべた。
「この世界は力こそが正義だ。力を持つものだけが、己の意思を実現出来るッ!」
「…………」
「力無き者の言葉ほど、愚かで醜いものは無いッ!!」
「…………」
「オレ様は力を手に入れた。今のオレ様に、逆らえる者などいないのだッ!!!」
「ふっ、くだらねぇ……」
「……なんだと?」
「盗んだ道具で強くなったつもりとは、戯言もいい所だな。三下ァ……」
「──貴様、言わせておけばッ!」
「いいか、ゴースト……。よ〜く、その目に焼き付けておけ……」
「──ッ!?」
「その醜く愚かな人間の──」
『 ──死力を尽くした
【 ❖
灰夢が両手を広げ、大きく足を踏み込むと同時に、
傷口の光が砕け散り、溢れる灰が周囲を吹き飛ばす。
そして、再び時を戻すように、舞った灰が渦を巻き出し、
灰夢の体を包み込むと、あっという間に再生させていく。
「な、なんだ。コイツ……。貴様は、一体なんなんだっ!」
「ファントム、様……」
灰が全ての傷を修復し終えると、灰夢は迅檑死術を展開し、
不敵な笑みと共に、羽織をバサッと広げながら名乗り上げた。
『 我は幻影、名はファントム── 』
『 ──この国の闇を盗みし者だッ!! 』
【 ❖
「──グハァッ!!」
灰夢が稲妻を纏いながら、勢いよく回し蹴りを叩き込み、
鎧の亡霊たちを巻き込みながら、ゴーストを蹴り飛ばす。
「腹を突き刺してくれた礼だ。たっぷり味わえ……」
「凄い、力……」
灰夢は何事も無かったかのように、その場に
「やれやれ……。まさか、自ら
「ファントム様、傷が……」
「いや、もう大丈夫だ。治ったから……」
「──治ったっ!? 本当に、大丈夫なのですか?」
「あぁ……。一瞬、マジで焦ったが。まぁ、何とかなったな」
灰夢が服をめくり、傷が無いことをミーアに証明する。
「本当に、不死の体を……」
「まぁ、今回ばかりは、この力に助けられたな」
そう言いながら灰夢が微笑むと、ミーアも応えるように微笑んだ。
「……あなたは、本当に不思議な方ですね」
「……そうか?」
「何故、こんな時でも笑ってくださるのですか?」
「そんなもん、決まってんだろ……」
「……?」
「 あなたの笑顔が、見たいからさ。姫さま…… 」
そういって、灰夢が狼面を外して見せる。
「ファントム様……。あなたは、あの時の……」
「……どうだ? ちょっとは怪盗っぽかったろ?」
「ふふっ、あなたは怪盗さんではなかったのですか?」
「あっ……。『 ぽかった 』とか言ったら、嘘がバレるな」
「えへへっ……。本当に、おかしな方ですね」
クスクスと笑うミーアの瞳には、うっすらと涙が流れていた。
そんなミーアの涙を優しく拭いながら、灰夢が微笑みかける。
「ミーア、俺なら心配いらねぇぞ……」
「……え?」
「俺は周りの人間のなんか、ちっとも怖くねぇから……」
その真っ直ぐな言葉に、ミーアが目を見開く。
「しかし、このままでは……。ワタクシの背負う闇を、あなたにまで……」
「闇がなんだ……。んなもん、俺が全部喰らい尽くしてやる」
「ですが、そんな重荷を背負わせては、あなたの人生までもが……」
「俺の人生は生まれてこの方、歪みっぱなしだ。今更、変わりはしねぇっての……」
「ワタクシはもう、誰かを孤独に追いやることはしたくない」
「俺は孤独にはならねぇよ。俺の家族は、そんなに器が小さくねぇからな」
静かに涙を流すミーアが、今までの過去を悔いるように、
一人、小さく俯きながら、ギュッと小さな拳を握り締める。
孤独と後悔、自分の心の中を拮抗する二つの感情に、
一人で苦しみながら、ミーアは想いを言葉にしていた。
「ワタクシは、ぐすっ……呪いの、皇女で……」
「呪いがなんだ。俺の影の中には、呪いの獣が住んでることを忘れたのか?」
「ファン、トム……さま、ぐすっ……ワタクシは、ワタクシは……」
「お前の背負う罪と後悔は、俺が一緒に背負ってやる」
「ワタクシには、居場所なんてどこにも……」
灰夢が狼面を付け直し、窓際へと歩いていく。
「もし、お前の居場所がどこにもねぇってんなら、俺が居場所を作ってやる」
「…………」
「お前を囲う鳥籠なんざ、俺が全部ぶっ壊してやる」
「ファントム様……」
「だから、ミーア──」
窓に足をかけると、灰夢は振り返り、ミーアに大きく手を伸ばした。
「 ──俺を信じて、ついてこいっ! 」
「 お前が笑える未来に、俺が連れて行ってやるからっ! 」
「 ……ファン、トム……さま…… 」
『 呪いの皇女でも、竜人でもなく、お前の望みを言ってみろっ! 』
『 ミーア・ライナ・フォン・エーデルシュタインッ!!! 』
その言葉に、
『 この国の闇に囚われた、ワタクシを盗み世界の果てへ。
遥か遠い彼方の地まで、連れて逃げてくださいませ 』
「 ……愛しの怪盗、ファントム様…… 」
差し出す手を掴んだ
『 お任せあれだ、お姫さま…… 』
『 この怪盗【
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