第拾漆話【 終劇 】

 自らの力だけで、光の速さすらも断ち切った灰夢の姿を前に、

 それを見ていたミーアとクラーラが、思わず自分の目を疑う。





『ただの人間が、光を断ち切るなんて……』

「まるで、かつてのお兄さまのようです……」


 英雄の後ろ姿と重なる灰夢の背中に、クラーラの瞳が自然と潤む。



( ジークフリート。あなたは、今も私を…… )



 クラーラが感動で、目を見開いたまま固まっていると、

 ゴーストから竜具を取り返した灰夢が歩いて戻ってきた。


「悪ぃ、クラーラ……。お前の剣、折れちまった……」

『いえ、大丈夫です。取り戻していただき、ありがとうございます』


 クラーラが竜具を受け取り、どこか懐かしむように抱きしめる。

 そんなクラーラの肌に触れながら、ミーアはそっと語り掛けた。


「クラーラ、大丈夫ですか?」

『私は大丈夫です。ミーアこそ、お怪我はありませんか?』

「ワタクシも大丈夫です。ですが、どうしましょう。このままでは……」


 ミーアが不安そうな表情で、周囲を静かに見渡す。


 それを見たクラーラと灰夢も、共に周囲を見渡すと、

 戦いを見届けていた国の民たちが、言葉を失っていた。


「ゴースト様が、負けた……」

「そんな……。これじゃあ、もう……」

「終わりだ……。この国はもう、終わりなんだ……」


 そんな国の民たちに、クラーラがそっとため息をつく。


「はぁ……。本当に、人間というものは変わりませんね」

「ワタクシは、またこの国に絶望を……。──ひゃっ!?」


 その瞬間、灰夢がミーアを抱き上げ、そっと笑顔を見せた。


「安心しろ。そうさせない為に、クラーラを影から出したんだ……」

「……ど、どういうことですか? ファントム様……」


 灰夢がクラーラの背に飛び乗り、広い街を見渡す。


「なぁ、ミーア……」

「……はい?」

「この街の民を、救うんだろ?」

「ファントム様……」


 優しく微笑みながら、ミーアを見つめる灰夢を見て、

 ミーアは目を潤ませながらも、ギュッとしがみついた。


「どうか、お願い致します。ファントム様……」

「あぁ、引き受けた……」


 灰夢がしっかり姫を抱き抱え、クラーラに向けて声を上げる。


「クラーラ、空に上がれッ!」

『はい、お任せ下さいっ!』

「さぁ、これが怪盗ファントムの【 最後の大仕事最終劇場】だッ!!!」


 街の民たちは、空を舞う竜の姿に驚愕していた。


「あれが、滅びの白竜……」

「やっぱり、あの噂は本当だったんだっ!」

「この街は終わりだ。もう、逃げるところなんて……」

「あの王族のせいで、僕たちは……」


 絶望の目を向ける民たちを、灰夢が空から見下ろす。


 そして、クラーラが街の上空で動きを止めると、

 灰夢は大きな声で、街の民に向けて言葉を放った。



『 私のショーを見届けてくれた、愛しき街の民に告げるッ! 』



「な、なんだ……?」

「何か、始まったぞ……」



『 この地に潜む亡霊は、この怪盗ファントムが全て喰らい尽くした 』



「亡霊を、喰らった……?」

「あの狼のような獣は、あの男の使いだったのか?」

「わたし、さっき狼の獣に助けられたわ」

「僕も、鎧の亡霊から助けてもらった……」


 灰夢の声を聞いて、民衆たちが動揺を見せ始める。

 そんな民衆を導くように、灰夢が言葉を続けていく。



『 姫の呪いも、街に溢れていた亡霊も、全ては【 彷徨う亡霊 ゴースト】の仕業だッ! 』



「……ゴ、ゴーストの仕業?」

「まさか、あの男が諸悪の根源だったのか?」

「そんな、信じていたのに……」



『 ──だが、そんな闇はもう終わったッ! 』



「……終わった?」

「……どういう事だ?」

「あの竜と姫は、どうするんだ?」



『 この国の闇は全て、この怪盗【 月夜ノ幻影 ファントム】が、全て貰い受けるッ! 』



「──なっ!?」

「奴は、俺たちを助けに来たのか?」

「だから、あんなに必死に戦って……」

「竜と姫も、連れていってくれるのか?」


 数分前まで灰夢を憎んでいた者たちの目つきが変わり、

 民衆全員が真剣な眼差しで、灰夢の言葉に目を向ける。



『 王家を惑す【 彷徨う亡霊 ゴースト】の呪縛は、今、この時をもって解放されたっ! 』



「王家は、あの男に操られていたのかっ!」

「あの人に救われたのか、ボクたちの国は……」

「あの方は、私たちのために戦ってくれていたのね」



『 これからは親愛なる国民の為に、王家の力を惜しむことなく振るうがいいッ! 』



「ようやく戻ってきたんだ、この国の平和が……」

「怪盗、ファントム……。正義の味方、怪盗ファントムだッ!」

「ファントムさま〜ッ!」


 灰夢はコロッと手のひらを返した民衆たちを見つめると、

 ゆっくり自分の右腕を伸ばし、夜の空へと大きく掲げた。


『 これにて、ショーは幕引きだ── 』



























        『 この国を愛する全ての者に、栄光あれッ!! 』



























   夜を駆ける狼たちは、静まる街に遠吠えを響かせ、


        灰夢が空へ死術を使い、夜を彩る花火を打ち上げると、


             竜と舞う怪盗に向けて、街中から歓声が響き渡った。



























「怪盗ファントム、万歳っ!!」

「そんなもん、全部持って行ってくれ~っ!!」

「この国に平和をっ! この国の未来に栄光を~っ!!」


「ありがと~っ ファントムさま~っ!!」

「信じてたぞ~っ! ファントム~っ!」

「ファ~ントムッ! ファ~ントムッ!!」


 喜びの歓喜を上げる民衆を見て、灰夢は優しく微笑む。


「ファントム様、凄いです」

「国も所詮は、ただの人間の集まりだからな」

「……そうですね」

「良くも悪くも、人は自分の味方を崇める。ただ、それだけだ……」


 少し悲しそうな声で告げる灰夢の頬に、ミーアがそっと手を当てる。


「では、ワタクシもあなたを……。ファントム様を崇めさせて頂きますね」

「姫に崇められちゃ、応えねぇ訳にはいかねぇな」


 ミーアの素直な心からの言葉に、灰夢も自然と微笑んでいた。


 民衆たちの歓声が、あっという間に街全体を包み込んでいく。

 そんな民衆の言葉に包まれながら、灰夢が民に別れを告げる。



『 それでは、諸君しょくん── 』



























            『 いつかの夜に、また会おう 』



























   多くの民に見守られながら、竜の周囲を影が覆うと、


           国の闇を全て抱えて、怪盗ファントムは姿を消した。

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