第玖話 【 お忍び大作戦 】

 灰夢とくノ一たちは、修行と騒動の汗を流す為、

 桜夢の一件を片付けた後、露天風呂へと来ていた。





「「「 わふぅ…… 」」」


 茶釜三姉妹が、幸せそうに湯舟に沈む。


「凄く……」

「いい気持ち……」

「です……」


「凄いな、露天風呂まで設備されているとは……」

「さすが月影の方々っす。風呂一つでもレベルが違うっすね」

「でもこれは、本当に疲れが吹っ飛ぶくらいに気持ちがいいな」


 くノ一たちが幸せそうに、広い露天風呂で疲れを癒す。


「この向こうには、運び屋さんがいるんすね」

「確かに、それは少し気になるな」

「全く。何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前ら……」


「でも、考えてみてください。火恋姉……」

「……何をだ?」

「あれだけの瞬発力と速度を生み出せる、運び屋さんの肉体を……」

「運び屋の、肉体……」


 火恋が灰夢の全裸姿を想像し、顔を真っ赤に染めていく。


「……ば、馬鹿者っ! 何を想像されるんだ、お前はっ!!」

「いや、そこまで変な想像をさせたつもりはないんすけど……」

「単純に、筋肉がどれだけ付いているかの話だよ。火恋姉さん……」

「そ、そうか。そうだな、そういうことにしておこう」


「……何を想像したんだ? 姉さん……」

「う、うるさいっ! いいから黙って静かに温まってろっ!」

「見たくないっすか? 運び屋さんの肉体を……」

「見たいわけないだろっ! そんなものを見てどうするっ!」

「ん〜、それはまぁ、ただの興味本意なんすけど……」


 すると、沙耶が小さく呟いた──



























           「 いや、これは修行だ…… 」


























 その言葉に、夜影衆全員がピクっと反応する。


「……修行だと?」

「そうさ。あの運び屋くんに気付かれずに覗けたら、凄いと思わないか?」

「た、確かに……」

「バレずにそれが出来たら、ボクらのスキルが上がっている証拠だ」

「それに、戦場で精神を落ち着かせる訓練としても、いいと思うっす!」

「そうだな。そう言われると、そんな気もする」



(( ……よし、もう一押しっ! ))



「あと、特訓とは別に、忌能力の応用力を鍛えられると思うんすよ」

「確かに。なかなか日常で活かすということはできないからな」

「体術だけに考えが行かないよう、ボクたちなりに頑張ろうではないか」

「わかった、なら……」



























             「 ……やってみるか 」



























         (( チョロいな、火恋姉さん…… ))


























 こうして、くノ一たちの男湯お忍び大作戦が始まった。


「ルールは簡単。言葉を掛けられずにタッチ出来たら、成功っすっ!」

「……さ、触るのか!?」

「一瞬触ってバレずに帰る。それを出来てこその忍だと、ボクは思うんだっ!」

「そ、そうだな。確かに……」



(( ……本当にチョロいな ))



 納得したように頷く火恋に、透花と沙耶が冷たい視線を送る。


「だが、そもそも、どうやって向こうに入るんだ?」

「そうっすね。広いとはいえ、普通に柵を越えたらバレそうっす」



「面白そうな話じゃな。それなら、わらわが導いてやろうか?」



「……だ、誰っすか!?」

「……あなたは、まさかっ!?」


 突然の声に、夜影衆の子供たちがパッと振り返ると、

 女湯の湯船の端に、ドヤ顔の九十九が浸かっていた。


「わらわならば、影からこっそり導けるぞ?」

「なるほど……。それなら、第一関門は突破っすね」

「よし、ぜひ協力をお願いするっ!」

「うむ、引き受けたぞっ!」


 同じ目的を持った三人が、笑みを浮かべながら手を重ねる。 

 こうして、透花、沙耶、九十九の変態覗き魔協定が結ばれた。


「最初は……」

「誰から……」

「行くですか?」


「まずは、自分から行ってくるっす」

「気をつけろ、運び屋くんは透明でも見抜いてくるぞ」

「走ってる時はあれかもですが、歩いてれば余裕っすよっ!」


 そう言い残すと、透花は男湯へと足を運んだ。



 ☆☆☆



( ……湯気が凄くて、よく見えないっすね )



 透花が足音を立てないように、忍び足で岩場を歩き、

 ゆっくり男湯の近くの茂みへと、足を近づけていく。


 そして、じーっと動きを止め、男湯の湯船を覗くと、

 気だるそうに湯船に浸かる、一人の人影が目に映った。



( あれっすね。ふふふっ、こんなの楽勝っす )



 調子に乗った透花が、ゆっくりと茂みから出て、

 その人影の真後ろまで、どんどんと近づいていく。


 そして、すぐ真後ろで歩みを止め、バレないように、

 その人影に触れようと、透花は静かに手を伸ばした。



( よし……。あとは、そっと触れば…… )



 その瞬間、ボソッと人影が小さく呟く──

























          「 ……お主、何しておるんじゃ? 」


























「……お主?」


 シレッと振り向いた顔を見て、透花の口から言葉が漏れる。


「あれ、牙朧武さんだったっす……」

「なんかすまんのぉ、吾輩で……」

「あっ、いえ……。というか、なんで、自分に気づいてるっすか?」

「それはまぁ、匂いがするからのぉ……」


「な、なるほど……。そういえば、運び屋さんは?」

「何を言っておる。灰夢ならさっきから、お主の後ろにおるじゃろ」

「……へ?」


 透花が後ろを振り向くと、腰にタオルを巻いた灰夢が立っていた。


「何してんだ、てめぇ……」

「は、運び屋さん。やっぱり……バレてたっすか?」

「ったりめぇだ、足跡がくっきり見えてんだろ」

「……あっ」


 キレる灰夢が手を伸ばし、ぷにっとした透花の何かを掴む。


「いやん……。運び屋さんの、えっちぃ……」

「……イラッ」

「痛たたたたたっ!!! 潰れる潰れる、頬が潰れるっすっ!!!」

「──とっとと自分の風呂に帰れッ! このメスガキッ!!!」

「──いやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 投げ飛ばされた透花は、真っ逆さまに女湯の湯船へと落ちた。


「クソ、透花ではダメだったか」

「さすが、『 不死の影狼 』の名は伊達だてでは無いな」

「だが、透花は我々の中でも最弱……」

「次こそは、我々の手で勝利を掴むっ!」



「──酷いっすよ、二人ともっ!!!」



 ボロクソにディスる火恋と沙耶に、透花が涙目でツッコミを入れる。


「牙朧武殿と見間違えるとは、予想外じゃったな」

「湯けむりが凄くて、よく見えなかったっす」

「なら、牙朧武殿にも協力してもらうとするかのぉ……」


「次は……」

「誰が……」

「行きますか?」


「よし、ならボクが行こう……」

「沙耶、なにか手があるのか?」

「あぁ、もちろんだ。ボクに任せてくれたまえ……」


 そう言い残すと、沙耶は男湯へと向かっていった。



 ☆☆☆



 <<< 忍法にんぽう千里せんりひとみ >>>



( 情報の牙朧武くんがいない、さすが九十九くんだな。これなら…… )


 沙夜はバレないように、背後を取りながら、

 灰夢にこっそりと、自分の忌能力を付与した。



 <<< 忍法にんぽう五感封印ごかんふういん >>>



( よし、これで匂いや音、空気振動では気が付かないだろう )


 心の中で勝利を確信した沙耶は、ドヤ顔をしながら、

 湯船で動かない灰夢へ、ゆっくりと歩み寄っていった。



























        「 ……テメェら、いい加減にしろよ? 」



























 そう呟く灰夢の声に、沙耶がピタッと動きを止める。


「……なっ、バレているだと!?」

「テメェ、俺の事を舐めてんのか?」

「そんなはずは……。確かに、ボクの忌能力は掛けたはず……」

「俺の生物としての感知能力を弱くしたんだろうが、残念だったな」

「さ、参考までに、ボクに気が付いた理由を聞いてもいいかな?」

「一つ、俺の体は外部の干渉を弾く。例え能力を上げても下げてもな」

「その時点で、ボクの負け確定じゃないか」


「二つ、お前の目の前にいるのは、そもそも本物じゃねぇ……」

「……え?」


 沙耶が後ろを振り向くと、堂々と真後ろに灰夢が立っていた。


「い、いつから……?」

「テメェがさっき、物陰から俺に忌能力を掛けた時からだ」

「そんなに早くから気がついていたのか」

「俺の体が何かを弾いた時点で、何かがいるのは間違いねぇだろ」

「そんなチート能力、ぼかぁ聞いてないよ……」

「麻酔も呪いも効かねぇんだから、それぐらい察しろ」


「……謝ったら、許してくれるかい?」

「……この状況で、許してもらえると思うか?」

「……で、ですよねぇ〜」


 全てを諦めた沙耶の顔を、灰夢がゆっくりと鷲掴みにする。


「……や、優しくお願いします」

「……遺言はそれだけか?」

「あ〜、終わった……」

「とっとと帰れ、このクソガキッ!!!」

「──いやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 灰夢は沙耶を持ち上げると、そのまま女湯の湯舟へと投げ返した。


「くそ、沙耶姉でもダメだったか」

「全く、使えない妹たちだ……」



「「 ──おいっ! 使えないとか言うなよっ! 」」



 ストレートに感想を述べる火恋に、

 沙耶と透花が、しかめっ面を向ける。


「ご主人に、何かを付与してはならんよ」

「まさか、ボクの忌能力まで無効化するなんて……」

「あの体質に抗える力は、今まで見たことないからのぉ……」

「そういうのは、もっと早く言ってくれたまえ……」


「見てろ、姉の私が手本というものを見せてやるっ!」

「おぉ、あの火恋姉さんが……」

「こんなしょうもないことで、闘志を燃やしているっす!」

「──よし、行ってくるっ!!!」


 そう言い残すと、火恋は男湯へと侵入して行った。



 ☆☆☆



( いた、気がついてないな。よし…… )


 火恋は湯気に隠れながら、広い湯船の反対側に入る。


( あとは、このままゆっくりと進めば…… )


 物音一つ立てずに、湯船の中へと潜ると、

 火恋は灰夢へと、徐々に接近していった。


( あ、あああわあわ……、あわあわあわあわあわあわあわっ…… )


 湯船の中から、徐々に灰夢に近づく程に、

 火恋の想像が膨らみ、体温が上昇していく。


「……なんだ、なんか熱くねぇか?」


 灰夢が水面を見ると、遠くからブクブクと泡が吹き出し、

 それがゆっくり灰夢の方へと、忍び寄るように接近していた。


「──っ!? な、なんだあれ……」

「ぶくぶくぶくぶく……」


 灰夢が湯船から出て、じーっと見つめていると、

 タオルを巻いた火恋が、死体のように浮き上がる。



( いや、普通に考えてヤベェだろ。絵面…… )



「……九十九、出てきてくれるか?」

「な、なんじゃ? ご主人も、わらわと風呂に入りたくなったか?」

「んなわけねぇだろ、あれを何とかしてくれ……」

「……ん?」


 湯船に浮かぶ火恋を見て、九十九も揃って言葉を失う。


「……湯けむり殺人事件でも起こったんか?」

「……いや、むしろ自殺一択だと思うぞ」


 九十九は火恋を影に入れると、そのまま女湯へと返却した。


「我が姉ながら、のぼせて倒れるとは情けない」

「人のこと言えないっすね、全く……」

「こやつが一番、残念な終わり方じゃったな」


「なら、次は……」

「夜海たちが……」

「行ってくるですっ!」


「……やれるか? お前たち……」


「夜空たちも……」

「これでも、一応……」

「忍者ですっ!」


「そうか。なら、健闘を祈るっ!」

「ならば、今回はわらわが直々に手を貸してやろう」


 九十九は夜陸・夜海・夜空を影に入れると、

 音を立てないように、男湯へと導いて行った。



 ☆☆☆



「よいか? わらわが気を逸らしておるうちに、そっと近づくんじゃ……」

「「「 ──はいっ! 」」」


 九十九は三姉妹を灰夢の後方に出すと、灰夢の影から姿を現した。


「戻してきてたぞ、ご主人……」

「おう、悪ぃな……」

「全く、相変わらずじゃなぁ。ご主人は……」

「なんで俺の周りには、こんなのしかいねぇんだ」

「それだけ素を出せとるということじゃ、良い事じゃろう」

「いや、素の出し方がおかしいだろ」

「まぁまぁ、それもまた裸の付き合いじゃよ」

「……性別の壁を超えんじゃねぇよ」


 そんな話をしているうちに、茶釜三姉妹がゆっくりと近づいていく。


「まぁ、戻してくれたことは礼を言う」

「ならば、その褒美として、ご主人と風呂に入る権利をいただこう」

「お前、いつも権利なくてもいるじゃねぇか」

「まぁ、わらわはご主人の刀じゃからな。いつもお傍におらねばならん」

「……刀でいろよ、女体で傍にいる必要はねぇだろ」


 ボケとツッコミを連発していると、三姉妹は、

 残り半分を切るくらいまで、灰夢に近づいていた。


「そういや、お前に言っときたいことがあったんだ」

「……えっ?」



((( ──ッ!? )))



 その一言に焦った幼女たちが、ピタリと動きを止める。


「……な、なんじゃ?」

「さっき、牙朧武にも言ったんだが、くノ一共が弟子になってな」

「な、なるほどのぉ……。それはまた、賑やかになりそうじゃ……」


 ホッと胸を撫で下ろした幼女たちが、再び歩みを進めていく。


「……どうじゃ? 見込みはあったかのぉ?」

「あぁ、それなんだが……」



























     「 ……あいつらは、俺より強くなるかもしれないな 」



























      その言葉を放った途端、再び幼女たちの動きが止まった。



























「まだ会って間もないから、これから知ることも多いだろうが、

 なんだかんだ文句を言いながらも、嫌だとは一言も言わなかった。


 訓練の後は互いを想い合って、姉妹で話をしながら笑っていた。

 あいつらは一人じゃない。共に歩む家族の姿を、ちゃんと見てる。


 誰かを守るのは、自分一人が生き残ること程簡単じゃない。

 だからそれだけ、これから先も困難はたくさんあるだろう。


 だが、それを理由に前を向いて、壁に立ち向かえるやつは、

 生半可な理由で強さを求めるやつより、よっぽど強くなる。


 少なくとも、過去に一人で何も求めずに生きていた俺より、

 ずっと強い人間になるだろうと、あいつらを見て思ったんだ。


 確かに、今の俺は夜影衆より圧倒的に強いかもしれない。

 だがそれは、単に俺の忌能力が不死身だからってだけだ。


 不死身故に死ぬことを恐れずに、己を顧みない戦い方をする。

 それもある意味強さの一部だが、高みを目指すものとはこころざしが違う。


 本当の意味で、誰かの為に強くなろうとしてる人間は、

 留まることの無い強さを求めて、どこまでも強くなっていく。

 

 力や忌能力なんかじゃなく、努力を続けられる心を持つ者こそが、

 本当の意味での『 天才 』と、呼ばれるべきなんじゃねぇのかな」


























     一人、空を見上げながら、灰夢は笑っていた。


           そんな灰夢の横顔を見つめ、九十九も微笑む。



























「のぉ、ご主人……」

「……なんだ?」

「わらわたちの人生も、遅すぎることは無いんじゃよ?」

「……ん? ……どういうことだ?」



























「わらわは確かに、今まで数百年の長い時を生きておる。

 じゃが、この歳になって気付かされたことも多いんじゃよ。


 過去の自分が知らなかった『 優しさ 』と『 温もり 』、

 それを、今、この身に余るほど、ご主人に教えてもらっておる。


 まだ、この鬼の姿で出会ってから、一年も経っておらぬと言うのに、

 わらわの知る『 家族 』という言葉を、ご主人は一瞬で塗り替えた。


 それ故に、こうして炎を託したり、この身を預けたり、

 時には横に並び、救うべき者の為に戦ったりしておるんじゃ。


 こんな老いぼれの鬼にも、まだ知らないことは山ほどある。

 それを知ることで、今でも、こうして変わることが出来る。


 ご主人がわらわを見つけてくれたから、こうして変わったように。

 子供たちに出会ったからこそ、ご主人が変わっておるところもある。


 じゃからきっと、これからも慕う子供たちによって、

 ご主人自身の考え方も、変わっていくと思うんじゃよ。


 この先、あやつらがご主人の背中を追って強くなるように、

 その師を務めるご主人も、共に更なる高みを目指せば良い。


 ご主人の背中を追いかける、可愛い子供たちを守る為にも、

 いつまでも弟子の前に立ち、導いてゆく師の姿も必要じゃ。


 あやつらを見て、過去の自分になかったものを見つけたように、

 今になって気づき、そこから得られる強さもあると思うんじゃよ。


 誰だって『 師 』と思う存在には、ずっと変わらぬ姿で、

 己より強い存在であって欲しいと、願い続けるものじゃから。


 子供たちの成長に負けないように、常に前に立つために、

 これから先の人生も、ご主人は共に精進せねばなるまいよ。


 そうすれば、自分の不死の忌能力を嫌っておるご主人にも、

 考えが変わる未来が来ることが、あるかもしれんのじゃから─」



























   「 『 呪い 』という言葉が好きになった、わらわのようにな 」



























 そういって、九十九は鬼とは思えない程、

 幸せに満ちた笑顔を、灰夢に見せていた。


「……九十九」

「……どうじゃ? たまには、わらわも良い事を言うじゃろ?」

「あぁ……。言葉の重みが、鬼がかってらぁ……」

「むふふ……。そうじゃろう、そうじゃろう……」


 ドヤ顔を見せる九十九の頭を、灰夢が優しく撫でる。


「全く、大した妖刀を拾ったもんだよ。ほんとに……」

「わらわも同じく老骨じゃからな。刻んだ歴史は負けんぞっ!」

「ははっ、鬼に年期で張り合われると、勝てる気がしねぇな」

「わらわからすれば、人の身で同年代の方が恐ろしいがのぉ……」

「ったく、お互い歳はとりたくねぇなぁ……」

「こんな話ができるのも、ここまで生きておった故じゃよ」

「まぁ、それもそうだな」


 そんなことを言いながら、二人は青空を見上げた。


「のぉ、ご主人……」

「……ん?」

「無理にとは言わん。この先、そなたが死ぬまででも良い」

「……?」



























   「 せめて、それまでは、わらわをご主人の傍に。


           共に歩む者として、わらわを居させておくれ 」



























        「 あぁ……。俺からも、よろしく頼むよ 」



























       素直な想いを告げた二人は、笑顔を向けあっていた。



























 そんな灰夢の後ろから、茶釜三姉妹が揃って抱きつく。


「──っ!?」


「運び屋のお兄ちゃんっ!」

「これからいっぱい、夜海たちに……」

「もっともっと、色々なことを教えてくださいっ!」


「待て、お前ら……いつからそこにいた?」


「えへへ……」

「お忍び大作戦……」

「大成功ですっ!」


「……お忍び大作戦!?」


 目を丸くする灰夢を見て、九十九が静かに微笑む。


「ご主人も、まだまだよのぉ……」

「九十九、お前が手引きしたな?」

「ほっほっほ。まぁ、ほんの余興じゃよ」

「ったく、さっきのあれは卑怯だろ」

「まぁ、わらわも少し、語りすぎてしまったがのぉ……」


 嬉しそうな幼女三姉妹に、灰夢が呆れて視線を送る。


「ったく……。お前ら、こんな所に居ると風邪引くぞ?」


「なら、夜空たちも……」

「風邪を引かないように……」

「お風呂に入るですっ!」


 幼女たちは男湯に浸かると、灰夢の足の上に並んで座った。


「……なんで、ここに入るんだよ」


「えへへっ……」

「凄く……」

「あったかいです……」


 幼女たちに呆れていると、灰夢の横から牙朧武が姿を見せる。


「がっはっは、無事に灰夢から一本取れたようじゃな」

「牙朧武……。お前もそれが目的で、影に戻りやがったな?」

「こういう裸の付き合いも、互いを知るには大切なんじゃよ」

「ここに来る奴らには、『 性別 』の概念がねぇのか?」

「まぁ、いつものことじゃろ」

「それがおかしいんだろ」


 すると、竹の柵を飛び越え、透花と沙耶が再び侵入した。


「ちょ、何で普通に一緒に入ってるっすかっ!」

「ボクたちと扱いが違うじゃないか、このロリコン野郎っ!」

「そもそもテメェらが来なきゃ、こうはならなかったろうがっ!」


「自分の時は投げ返したくせに、贔屓ひいきっすよっ!」

「贔屓もクソもあるか、風呂ぐらいゆっくり入らせろっ!」


「全く、ボクの美貌より幼女を取るなんて、運び屋くんもまだまだだな」

「お前も幼女と一緒だろっ! 成長してから出直してこいっ!」

「──なっ! そういうこと言うなよ、気にしてるんだからっ!」


 言い合いをする灰夢たちの間を、秋風がビュンと吹き抜ける。


「うぅ、寒っ……。自分も一緒に入るっす!」

「ボクもだ、湯冷めしてはいけない」

「はぁ、ったく……。ってか、火恋はどうした?」

「あぁ……。アレなら、向こうにいたクマさんに預けてきたよ」

「『 アレ 』とか言うなよ。姉の扱い雑すぎんだろ」


 灰夢の言葉を気にもせずに、二人が幸せそうに湯船に浸かる。


「この国の者は、本当にお風呂が好きじゃのぉ……」

「風呂が好きなのはいい事なんだが、ルールくらいは守ってくれ」

「じゃあ、身体を隠すために、こうするのはどうっすか?」

「……ん?」


 湯船に浸かる透花が、透明になってタオルを外す。


「いや、怖ぇよ。なんか、そこだけお湯がねぇし……」

「というか、透花。タオルを外してるから身体の輪郭がくっきりだぞ」

「──ひゃっ!? そ、それは盲点だったっす……」


 透花が透明のまま、慌てて自分の胸を手で覆う。


「お前、服やタオルは透明化できないのか?」

「いやいや、そんなこと出来ないっすよっ!」

「戦いのたびに全裸になってたら、弱点丸出しだろ」

「弱点とか言わないでくださいっすよ、気にしてるんすからっ!」

「まぁ、自分の身体が変異するタイプは、なかなか応用が難しいものさ」


「そういう沙耶は、忌能力を複数人に同時にかけたりできないのか?」

「自分を主軸に、範囲術式として発動すれば出来なくもないな」

「なら、なんで俺と戦った時に使ってこなかった?」

「単体より範囲が狭いし、数が多いほどマナの消費が激しくなるからね」

「要するに、長持ちしないと……」

「同時に三人掛ければ、恐らく一分も持たないだろう」

「なるほど……。そりゃ、確かにリスクが大きいな」


 心を解放するように、沙耶が広い湯船を泳いでいく。


「こういう広いお風呂って、テンション上がるよね」

「だから、子供扱いされんだろ。お前……」

「子供の遊び心は、いつまでも忘れてはいけないものだよ」

「それを女で言ったやつ、俺は初めて見たよ」

「──えっ?」


「これまた、賑やかになりそうじゃのぉ……」

「そうじゃな。この広いお風呂も、前より小さく感じるわぃ……」


「あっ、このやろぉっ! お湯かけやがったなっ!」

「えへへ〜っ! ボクの事をバカにしたお返しだぁっ!」

「なら、これでも喰らえっ!」

「──ひぃっ!? なんだ、なんか足に触ったぞっ!?」

「俺の影だ、お湯の中なら見えねぇだろ」

「ちょ、影で引き込むのズルいっ! ひゃ……そこ触っちゃ、ダメ……」


 突然、力が抜けるように、沙耶がブクブクと沈んでいった。


「……あ?」

「ちょ、沙夜姉に何したんすかっ!」

「いや、影で足を掴んだだけなんだが……」

「──この変態っ! ロリコンっ!! 変質者っ!!!」

「──テメェが言うなっ!」


 姉たちと遊ぶ灰夢を見て、幼女たちまでもが立ち上がる。


「だったら……」

「夜海たちも……」

「参戦ですっ!」


「……あ?」


 三姉妹が印を結んだ瞬間、風呂場の空気が一気に変わった。



  <<< 風遁ふうとん風塵乱舞ふうじんらんぶ >>>


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  <<< 水遁すいとんけむり大山椒魚オオサンショウウオ >>>



「待て待て待て、術は使うなっ! ──うわぁっ!」

「あぁ、風でタオルが飛んでっちゃったっす!」

「足場の岩が砂にっ!? 沈むぅ〜、助けてぇ……」


「ちょちょちょちょ、オオサンショウオはダメっす!!!」

「やめろやめろ、風呂のお湯が無くなるだろっ!」

「お湯掛け勝負なら、負けないのですっ!」

「どう考えても、水遁は卑怯だろッ!!」


 荒れ狂う風呂場でくつろいだまま、

 九十九と牙朧武が子供たちを見守る。


「凄いのぉ、こやつらの忍術は……」

「さすが、忌能力で仕事をしておっただけはあるのぉ……」

「呑気なこと言ってねぇで、お前らも止めるの手伝えっ!」

「ぎゃ〜っ! 吸い込まれるっす〜っ!」



























その後、お湯は山椒魚に飲まれ、風に身動きが取れないまま、


         全員仲良く砂の中へと、沈む様に飲み込まれていった。



























「……あれ、私は一体!?」

「……キュゥッ?」

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