第玖話 【 お忍び大作戦 】
灰夢とくノ一たちは、修行と騒動の汗を流す為、
桜夢の一件を片付けた後、露天風呂へと来ていた。
「「「 わふぅ…… 」」」
茶釜三姉妹が、幸せそうに湯舟に沈む。
「凄く……」
「いい気持ち……」
「です……」
「凄いな、露天風呂まで設備されているとは……」
「さすが月影の方々っす。風呂一つでもレベルが違うっすね」
「でもこれは、本当に疲れが吹っ飛ぶくらいに気持ちがいいな」
くノ一たちが幸せそうに、広い露天風呂で疲れを癒す。
「この向こうには、運び屋さんがいるんすね」
「確かに、それは少し気になるな」
「全く。何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前ら……」
「でも、考えてみてください。火恋姉……」
「……何をだ?」
「あれだけの瞬発力と速度を生み出せる、運び屋さんの肉体を……」
「運び屋の、肉体……」
火恋が灰夢の全裸姿を想像し、顔を真っ赤に染めていく。
「……ば、馬鹿者っ! 何を想像されるんだ、お前はっ!!」
「いや、そこまで変な想像をさせたつもりはないんすけど……」
「単純に、筋肉がどれだけ付いているかの話だよ。火恋姉さん……」
「そ、そうか。そうだな、そういうことにしておこう」
「……何を想像したんだ? 姉さん……」
「う、うるさいっ! いいから黙って静かに温まってろっ!」
「見たくないっすか? 運び屋さんの肉体を……」
「見たいわけないだろっ! そんなものを見てどうするっ!」
「ん〜、それはまぁ、ただの興味本意なんすけど……」
すると、沙耶が小さく呟いた──
「 いや、これは修行だ…… 」
その言葉に、夜影衆全員がピクっと反応する。
「……修行だと?」
「そうさ。あの運び屋くんに気付かれずに覗けたら、凄いと思わないか?」
「た、確かに……」
「バレずにそれが出来たら、ボクらのスキルが上がっている証拠だ」
「それに、戦場で精神を落ち着かせる訓練としても、いいと思うっす!」
「そうだな。そう言われると、そんな気もする」
(( ……よし、もう一押しっ! ))
「あと、特訓とは別に、忌能力の応用力を鍛えられると思うんすよ」
「確かに。なかなか日常で活かすということはできないからな」
「体術だけに考えが行かないよう、ボクたちなりに頑張ろうではないか」
「わかった、なら……」
「 ……やってみるか 」
(( チョロいな、火恋姉さん…… ))
こうして、くノ一たちの男湯お忍び大作戦が始まった。
「ルールは簡単。言葉を掛けられずにタッチ出来たら、成功っすっ!」
「……さ、触るのか!?」
「一瞬触ってバレずに帰る。それを出来てこその忍だと、ボクは思うんだっ!」
「そ、そうだな。確かに……」
(( ……本当にチョロいな ))
納得したように頷く火恋に、透花と沙耶が冷たい視線を送る。
「だが、そもそも、どうやって向こうに入るんだ?」
「そうっすね。広いとはいえ、普通に柵を越えたらバレそうっす」
「面白そうな話じゃな。それなら、わらわが導いてやろうか?」
「……だ、誰っすか!?」
「……あなたは、まさかっ!?」
突然の声に、夜影衆の子供たちがパッと振り返ると、
女湯の湯船の端に、ドヤ顔の九十九が浸かっていた。
「わらわならば、影からこっそり導けるぞ?」
「なるほど……。それなら、第一関門は突破っすね」
「よし、ぜひ協力をお願いするっ!」
「うむ、引き受けたぞっ!」
同じ目的を持った三人が、笑みを浮かべながら手を重ねる。
こうして、透花、沙耶、九十九の変態覗き魔協定が結ばれた。
「最初は……」
「誰から……」
「行くですか?」
「まずは、自分から行ってくるっす」
「気をつけろ、運び屋くんは透明でも見抜いてくるぞ」
「走ってる時はあれかもですが、歩いてれば余裕っすよっ!」
そう言い残すと、透花は男湯へと足を運んだ。
☆☆☆
( ……湯気が凄くて、よく見えないっすね )
透花が足音を立てないように、忍び足で岩場を歩き、
ゆっくり男湯の近くの茂みへと、足を近づけていく。
そして、じーっと動きを止め、男湯の湯船を覗くと、
気だるそうに湯船に浸かる、一人の人影が目に映った。
( あれっすね。ふふふっ、こんなの楽勝っす )
調子に乗った透花が、ゆっくりと茂みから出て、
その人影の真後ろまで、どんどんと近づいていく。
そして、すぐ真後ろで歩みを止め、バレないように、
その人影に触れようと、透花は静かに手を伸ばした。
( よし……。あとは、そっと触れば…… )
その瞬間、ボソッと人影が小さく呟く──
「 ……お主、何しておるんじゃ? 」
「……お主?」
シレッと振り向いた顔を見て、透花の口から言葉が漏れる。
「あれ、牙朧武さんだったっす……」
「なんかすまんのぉ、吾輩で……」
「あっ、いえ……。というか、なんで、自分に気づいてるっすか?」
「それはまぁ、匂いがするからのぉ……」
「な、なるほど……。そういえば、運び屋さんは?」
「何を言っておる。灰夢ならさっきから、お主の後ろにおるじゃろ」
「……へ?」
透花が後ろを振り向くと、腰にタオルを巻いた灰夢が立っていた。
「何してんだ、てめぇ……」
「は、運び屋さん。やっぱり……バレてたっすか?」
「ったりめぇだ、足跡がくっきり見えてんだろ」
「……あっ」
キレる灰夢が手を伸ばし、ぷにっとした透花の何かを掴む。
「いやん……。運び屋さんの、えっちぃ……」
「……イラッ」
「痛たたたたたっ!!! 潰れる潰れる、頬が潰れるっすっ!!!」
「──とっとと自分の風呂に帰れッ! このメスガキッ!!!」
「──いやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあ!!!」
投げ飛ばされた透花は、真っ逆さまに女湯の湯船へと落ちた。
「クソ、透花ではダメだったか」
「さすが、『 不死の影狼 』の名は
「だが、透花は我々の中でも最弱……」
「次こそは、我々の手で勝利を掴むっ!」
「──酷いっすよ、二人ともっ!!!」
ボロクソにディスる火恋と沙耶に、透花が涙目でツッコミを入れる。
「牙朧武殿と見間違えるとは、予想外じゃったな」
「湯けむりが凄くて、よく見えなかったっす」
「なら、牙朧武殿にも協力してもらうとするかのぉ……」
「次は……」
「誰が……」
「行きますか?」
「よし、ならボクが行こう……」
「沙耶、なにか手があるのか?」
「あぁ、もちろんだ。ボクに任せてくれたまえ……」
そう言い残すと、沙耶は男湯へと向かっていった。
☆☆☆
<<<
( 情報の牙朧武くんがいない、さすが九十九くんだな。これなら…… )
沙夜はバレないように、背後を取りながら、
灰夢にこっそりと、自分の忌能力を付与した。
<<<
( よし、これで匂いや音、空気振動では気が付かないだろう )
心の中で勝利を確信した沙耶は、ドヤ顔をしながら、
湯船で動かない灰夢へ、ゆっくりと歩み寄っていった。
「 ……テメェら、いい加減にしろよ? 」
そう呟く灰夢の声に、沙耶がピタッと動きを止める。
「……なっ、バレているだと!?」
「テメェ、俺の事を舐めてんのか?」
「そんなはずは……。確かに、ボクの忌能力は掛けたはず……」
「俺の生物としての感知能力を弱くしたんだろうが、残念だったな」
「さ、参考までに、ボクに気が付いた理由を聞いてもいいかな?」
「一つ、俺の体は外部の干渉を弾く。例え能力を上げても下げてもな」
「その時点で、ボクの負け確定じゃないか」
「二つ、お前の目の前にいるのは、そもそも本物じゃねぇ……」
「……え?」
沙耶が後ろを振り向くと、堂々と真後ろに灰夢が立っていた。
「い、いつから……?」
「テメェがさっき、物陰から俺に忌能力を掛けた時からだ」
「そんなに早くから気がついていたのか」
「俺の体が何かを弾いた時点で、何かがいるのは間違いねぇだろ」
「そんなチート能力、ぼかぁ聞いてないよ……」
「麻酔も呪いも効かねぇんだから、それぐらい察しろ」
「……謝ったら、許してくれるかい?」
「……この状況で、許してもらえると思うか?」
「……で、ですよねぇ〜」
全てを諦めた沙耶の顔を、灰夢がゆっくりと鷲掴みにする。
「……や、優しくお願いします」
「……遺言はそれだけか?」
「あ〜、終わった……」
「とっとと帰れ、このクソガキッ!!!」
「──いやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあ!!!」
灰夢は沙耶を持ち上げると、そのまま女湯の湯舟へと投げ返した。
「くそ、沙耶姉でもダメだったか」
「全く、使えない妹たちだ……」
「「 ──おいっ! 使えないとか言うなよっ! 」」
ストレートに感想を述べる火恋に、
沙耶と透花が、しかめっ面を向ける。
「ご主人に、何かを付与してはならんよ」
「まさか、ボクの忌能力まで無効化するなんて……」
「あの体質に抗える力は、今まで見たことないからのぉ……」
「そういうのは、もっと早く言ってくれたまえ……」
「見てろ、姉の私が手本というものを見せてやるっ!」
「おぉ、あの火恋姉さんが……」
「こんなしょうもないことで、闘志を燃やしているっす!」
「──よし、行ってくるっ!!!」
そう言い残すと、火恋は男湯へと侵入して行った。
☆☆☆
( いた、気がついてないな。よし…… )
火恋は湯気に隠れながら、広い湯船の反対側に入る。
( あとは、このままゆっくりと進めば…… )
物音一つ立てずに、湯船の中へと潜ると、
火恋は灰夢へと、徐々に接近していった。
( あ、あああわあわ……、あわあわあわあわあわあわあわっ…… )
湯船の中から、徐々に灰夢に近づく程に、
火恋の想像が膨らみ、体温が上昇していく。
「……なんだ、なんか熱くねぇか?」
灰夢が水面を見ると、遠くからブクブクと泡が吹き出し、
それがゆっくり灰夢の方へと、忍び寄るように接近していた。
「──っ!? な、なんだあれ……」
「ぶくぶくぶくぶく……」
灰夢が湯船から出て、じーっと見つめていると、
タオルを巻いた火恋が、死体のように浮き上がる。
( いや、普通に考えてヤベェだろ。絵面…… )
「……九十九、出てきてくれるか?」
「な、なんじゃ? ご主人も、わらわと風呂に入りたくなったか?」
「んなわけねぇだろ、あれを何とかしてくれ……」
「……ん?」
湯船に浮かぶ火恋を見て、九十九も揃って言葉を失う。
「……湯けむり殺人事件でも起こったんか?」
「……いや、むしろ自殺一択だと思うぞ」
九十九は火恋を影に入れると、そのまま女湯へと返却した。
「我が姉ながら、のぼせて倒れるとは情けない」
「人のこと言えないっすね、全く……」
「こやつが一番、残念な終わり方じゃったな」
「なら、次は……」
「夜海たちが……」
「行ってくるですっ!」
「……やれるか? お前たち……」
「夜空たちも……」
「これでも、一応……」
「忍者ですっ!」
「そうか。なら、健闘を祈るっ!」
「ならば、今回はわらわが直々に手を貸してやろう」
九十九は夜陸・夜海・夜空を影に入れると、
音を立てないように、男湯へと導いて行った。
☆☆☆
「よいか? わらわが気を逸らしておるうちに、そっと近づくんじゃ……」
「「「 ──はいっ! 」」」
九十九は三姉妹を灰夢の後方に出すと、灰夢の影から姿を現した。
「戻してきてたぞ、ご主人……」
「おう、悪ぃな……」
「全く、相変わらずじゃなぁ。ご主人は……」
「なんで俺の周りには、こんなのしかいねぇんだ」
「それだけ素を出せとるということじゃ、良い事じゃろう」
「いや、素の出し方がおかしいだろ」
「まぁまぁ、それもまた裸の付き合いじゃよ」
「……性別の壁を超えんじゃねぇよ」
そんな話をしているうちに、茶釜三姉妹がゆっくりと近づいていく。
「まぁ、戻してくれたことは礼を言う」
「ならば、その褒美として、ご主人と風呂に入る権利をいただこう」
「お前、いつも権利なくてもいるじゃねぇか」
「まぁ、わらわはご主人の刀じゃからな。いつもお傍におらねばならん」
「……刀でいろよ、女体で傍にいる必要はねぇだろ」
ボケとツッコミを連発していると、三姉妹は、
残り半分を切るくらいまで、灰夢に近づいていた。
「そういや、お前に言っときたいことがあったんだ」
「……えっ?」
((( ──ッ!? )))
その一言に焦った幼女たちが、ピタリと動きを止める。
「……な、なんじゃ?」
「さっき、牙朧武にも言ったんだが、くノ一共が弟子になってな」
「な、なるほどのぉ……。それはまた、賑やかになりそうじゃ……」
ホッと胸を撫で下ろした幼女たちが、再び歩みを進めていく。
「……どうじゃ? 見込みはあったかのぉ?」
「あぁ、それなんだが……」
「 ……あいつらは、俺より強くなるかもしれないな 」
その言葉を放った途端、再び幼女たちの動きが止まった。
「まだ会って間もないから、これから知ることも多いだろうが、
なんだかんだ文句を言いながらも、嫌だとは一言も言わなかった。
訓練の後は互いを想い合って、姉妹で話をしながら笑っていた。
あいつらは一人じゃない。共に歩む家族の姿を、ちゃんと見てる。
誰かを守るのは、自分一人が生き残ること程簡単じゃない。
だからそれだけ、これから先も困難はたくさんあるだろう。
だが、それを理由に前を向いて、壁に立ち向かえるやつは、
生半可な理由で強さを求めるやつより、よっぽど強くなる。
少なくとも、過去に一人で何も求めずに生きていた俺より、
ずっと強い人間になるだろうと、あいつらを見て思ったんだ。
確かに、今の俺は夜影衆より圧倒的に強いかもしれない。
だがそれは、単に俺の忌能力が不死身だからってだけだ。
不死身故に死ぬことを恐れずに、己を顧みない戦い方をする。
それもある意味強さの一部だが、高みを目指すものとは
本当の意味で、誰かの為に強くなろうとしてる人間は、
留まることの無い強さを求めて、どこまでも強くなっていく。
力や忌能力なんかじゃなく、努力を続けられる心を持つ者こそが、
本当の意味での『 天才 』と、呼ばれるべきなんじゃねぇのかな」
一人、空を見上げながら、灰夢は笑っていた。
そんな灰夢の横顔を見つめ、九十九も微笑む。
「のぉ、ご主人……」
「……なんだ?」
「わらわたちの人生も、遅すぎることは無いんじゃよ?」
「……ん? ……どういうことだ?」
「わらわは確かに、今まで数百年の長い時を生きておる。
じゃが、この歳になって気付かされたことも多いんじゃよ。
過去の自分が知らなかった『 優しさ 』と『 温もり 』、
それを、今、この身に余るほど、ご主人に教えてもらっておる。
まだ、この鬼の姿で出会ってから、一年も経っておらぬと言うのに、
わらわの知る『 家族 』という言葉を、ご主人は一瞬で塗り替えた。
それ故に、こうして炎を託したり、この身を預けたり、
時には横に並び、救うべき者の為に戦ったりしておるんじゃ。
こんな老いぼれの鬼にも、まだ知らないことは山ほどある。
それを知ることで、今でも、こうして変わることが出来る。
ご主人がわらわを見つけてくれたから、こうして変わったように。
子供たちに出会ったからこそ、ご主人が変わっておるところもある。
じゃからきっと、これからも慕う子供たちによって、
ご主人自身の考え方も、変わっていくと思うんじゃよ。
この先、あやつらがご主人の背中を追って強くなるように、
その師を務めるご主人も、共に更なる高みを目指せば良い。
ご主人の背中を追いかける、可愛い子供たちを守る為にも、
いつまでも弟子の前に立ち、導いてゆく師の姿も必要じゃ。
あやつらを見て、過去の自分になかったものを見つけたように、
今になって気づき、そこから得られる強さもあると思うんじゃよ。
誰だって『 師 』と思う存在には、ずっと変わらぬ姿で、
己より強い存在であって欲しいと、願い続けるものじゃから。
子供たちの成長に負けないように、常に前に立つために、
これから先の人生も、ご主人は共に精進せねばなるまいよ。
そうすれば、自分の不死の忌能力を嫌っておるご主人にも、
考えが変わる未来が来ることが、あるかもしれんのじゃから─」
「 『 呪い 』という言葉が好きになった、わらわのようにな 」
そういって、九十九は鬼とは思えない程、
幸せに満ちた笑顔を、灰夢に見せていた。
「……九十九」
「……どうじゃ? たまには、わらわも良い事を言うじゃろ?」
「あぁ……。言葉の重みが、鬼がかってらぁ……」
「むふふ……。そうじゃろう、そうじゃろう……」
ドヤ顔を見せる九十九の頭を、灰夢が優しく撫でる。
「全く、大した妖刀を拾ったもんだよ。ほんとに……」
「わらわも同じく老骨じゃからな。刻んだ歴史は負けんぞっ!」
「ははっ、鬼に年期で張り合われると、勝てる気がしねぇな」
「わらわからすれば、人の身で同年代の方が恐ろしいがのぉ……」
「ったく、お互い歳はとりたくねぇなぁ……」
「こんな話ができるのも、ここまで生きておった故じゃよ」
「まぁ、それもそうだな」
そんなことを言いながら、二人は青空を見上げた。
「のぉ、ご主人……」
「……ん?」
「無理にとは言わん。この先、そなたが死ぬまででも良い」
「……?」
「 せめて、それまでは、わらわをご主人の傍に。
共に歩む者として、わらわを居させておくれ 」
「 あぁ……。俺からも、よろしく頼むよ 」
素直な想いを告げた二人は、笑顔を向けあっていた。
そんな灰夢の後ろから、茶釜三姉妹が揃って抱きつく。
「──っ!?」
「運び屋のお兄ちゃんっ!」
「これからいっぱい、夜海たちに……」
「もっともっと、色々なことを教えてくださいっ!」
「待て、お前ら……いつからそこにいた?」
「えへへ……」
「お忍び大作戦……」
「大成功ですっ!」
「……お忍び大作戦!?」
目を丸くする灰夢を見て、九十九が静かに微笑む。
「ご主人も、まだまだよのぉ……」
「九十九、お前が手引きしたな?」
「ほっほっほ。まぁ、ほんの余興じゃよ」
「ったく、さっきのあれは卑怯だろ」
「まぁ、わらわも少し、語りすぎてしまったがのぉ……」
嬉しそうな幼女三姉妹に、灰夢が呆れて視線を送る。
「ったく……。お前ら、こんな所に居ると風邪引くぞ?」
「なら、夜空たちも……」
「風邪を引かないように……」
「お風呂に入るですっ!」
幼女たちは男湯に浸かると、灰夢の足の上に並んで座った。
「……なんで、ここに入るんだよ」
「えへへっ……」
「凄く……」
「あったかいです……」
幼女たちに呆れていると、灰夢の横から牙朧武が姿を見せる。
「がっはっは、無事に灰夢から一本取れたようじゃな」
「牙朧武……。お前もそれが目的で、影に戻りやがったな?」
「こういう裸の付き合いも、互いを知るには大切なんじゃよ」
「ここに来る奴らには、『 性別 』の概念がねぇのか?」
「まぁ、いつものことじゃろ」
「それがおかしいんだろ」
すると、竹の柵を飛び越え、透花と沙耶が再び侵入した。
「ちょ、何で普通に一緒に入ってるっすかっ!」
「ボクたちと扱いが違うじゃないか、このロリコン野郎っ!」
「そもそもテメェらが来なきゃ、こうはならなかったろうがっ!」
「自分の時は投げ返したくせに、
「贔屓もクソもあるか、風呂ぐらいゆっくり入らせろっ!」
「全く、ボクの美貌より幼女を取るなんて、運び屋くんもまだまだだな」
「お前も幼女と一緒だろっ! 成長してから出直してこいっ!」
「──なっ! そういうこと言うなよ、気にしてるんだからっ!」
言い合いをする灰夢たちの間を、秋風がビュンと吹き抜ける。
「うぅ、寒っ……。自分も一緒に入るっす!」
「ボクもだ、湯冷めしてはいけない」
「はぁ、ったく……。ってか、火恋はどうした?」
「あぁ……。アレなら、向こうにいたクマさんに預けてきたよ」
「『 アレ 』とか言うなよ。姉の扱い雑すぎんだろ」
灰夢の言葉を気にもせずに、二人が幸せそうに湯船に浸かる。
「この国の者は、本当にお風呂が好きじゃのぉ……」
「風呂が好きなのはいい事なんだが、ルールくらいは守ってくれ」
「じゃあ、身体を隠すために、こうするのはどうっすか?」
「……ん?」
湯船に浸かる透花が、透明になってタオルを外す。
「いや、怖ぇよ。なんか、そこだけお湯がねぇし……」
「というか、透花。タオルを外してるから身体の輪郭がくっきりだぞ」
「──ひゃっ!? そ、それは盲点だったっす……」
透花が透明のまま、慌てて自分の胸を手で覆う。
「お前、服やタオルは透明化できないのか?」
「いやいや、そんなこと出来ないっすよっ!」
「戦いのたびに全裸になってたら、弱点丸出しだろ」
「弱点とか言わないでくださいっすよ、気にしてるんすからっ!」
「まぁ、自分の身体が変異するタイプは、なかなか応用が難しいものさ」
「そういう沙耶は、忌能力を複数人に同時にかけたりできないのか?」
「自分を主軸に、範囲術式として発動すれば出来なくもないな」
「なら、なんで俺と戦った時に使ってこなかった?」
「単体より範囲が狭いし、数が多いほどマナの消費が激しくなるからね」
「要するに、長持ちしないと……」
「同時に三人掛ければ、恐らく一分も持たないだろう」
「なるほど……。そりゃ、確かにリスクが大きいな」
心を解放するように、沙耶が広い湯船を泳いでいく。
「こういう広いお風呂って、テンション上がるよね」
「だから、子供扱いされんだろ。お前……」
「子供の遊び心は、いつまでも忘れてはいけないものだよ」
「それを女で言ったやつ、俺は初めて見たよ」
「──えっ?」
「これまた、賑やかになりそうじゃのぉ……」
「そうじゃな。この広いお風呂も、前より小さく感じるわぃ……」
「あっ、このやろぉっ! お湯かけやがったなっ!」
「えへへ〜っ! ボクの事をバカにしたお返しだぁっ!」
「なら、これでも喰らえっ!」
「──ひぃっ!? なんだ、なんか足に触ったぞっ!?」
「俺の影だ、お湯の中なら見えねぇだろ」
「ちょ、影で引き込むのズルいっ! ひゃ……そこ触っちゃ、ダメ……」
突然、力が抜けるように、沙耶がブクブクと沈んでいった。
「……あ?」
「ちょ、沙夜姉に何したんすかっ!」
「いや、影で足を掴んだだけなんだが……」
「──この変態っ! ロリコンっ!! 変質者っ!!!」
「──テメェが言うなっ!」
姉たちと遊ぶ灰夢を見て、幼女たちまでもが立ち上がる。
「だったら……」
「夜海たちも……」
「参戦ですっ!」
「……あ?」
三姉妹が印を結んだ瞬間、風呂場の空気が一気に変わった。
<<<
<<<
<<<
「待て待て待て、術は使うなっ! ──うわぁっ!」
「あぁ、風でタオルが飛んでっちゃったっす!」
「足場の岩が砂にっ!? 沈むぅ〜、助けてぇ……」
「ちょちょちょちょ、オオサンショウオはダメっす!!!」
「やめろやめろ、風呂のお湯が無くなるだろっ!」
「お湯掛け勝負なら、負けないのですっ!」
「どう考えても、水遁は卑怯だろッ!!」
荒れ狂う風呂場でくつろいだまま、
九十九と牙朧武が子供たちを見守る。
「凄いのぉ、こやつらの忍術は……」
「さすが、忌能力で仕事をしておっただけはあるのぉ……」
「呑気なこと言ってねぇで、お前らも止めるの手伝えっ!」
「ぎゃ〜っ! 吸い込まれるっす〜っ!」
その後、お湯は山椒魚に飲まれ、風に身動きが取れないまま、
全員仲良く砂の中へと、沈む様に飲み込まれていった。
「……あれ、私は一体!?」
「……キュゥッ?」
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