第拾話 【 無邪気な笑顔 】

 灰夢は、幼女三姉妹に風呂場を直させると、

 準備されていた昼御飯を食べに店へ戻った。





 花に水をあげていた蒼月が、灰夢たちを出迎える。


「お、おかぇ……」

「…………」


 どんよりした灰夢とくノ一たちを見て、蒼月の言葉が止まった。


「君、こういう展開何回目よ……」

「なんで、うちに来る奴らは、こんなやつばかりなんだ……」

「まぁ、打ち解けるのが早いのは、いい事だけどね」

「常識を持った人間が、あまりにも少な過ぎるだろ」


「多分、それは相手が灰夢くんだからじゃないかな」

「なんで俺が、諸悪の根源みたいになってんだ?」

「だって、灰夢くんだし……」

「……説明になってねぇよ」


 不満そうな灰夢が、蒼月にしかめっ面を向ける。


「まぁ、ご飯はできてるから、それ食べて元気だしなよ」

「そうだな、そうする……」


 灰夢は、くたびれた様子で返事をすると、

 くノ一たちと共に、店の中へ入っていった。


「あら、おかえりなさい。ご飯できてるわよっ!」


「お腹すいたっす……」

「ボクも、余計に腹が減って死にそうだ……」

「私も、なんか無駄に疲れた気がする」


「お腹ぺこぺこです……」

「美味しいご飯……」

「食べたいですっ!」


「お前らは先に食ってろ。俺は桜夢を寝かせてくる」


 二階へと向かう灰夢に、言ノ葉がパッと振り返る。


「お兄ちゃん。桜夢ちゃん、落ち着きましたか?」

「あぁ、今はもう影の中で寝てるよ」

「そうですか、良かったのだぁ……」


「灰夢くんの分も、準備しておくわね」

「あぁ、悪ぃな。すぐ戻る……」


 霊凪にそう言い残すと、灰夢は桜夢の部屋へと向かった。



 ☆☆☆



 部屋に入り、灰夢が布団の上に桜夢を寝かせる。


「これでよしっと……」

「えへへっ……。おお、かみ……さん。まっ、て……」

「……?」


 桜夢は寝ぼけたまま、灰夢の腕をギュッと掴む。


「……寝言か」

「すやぁ……すやぁ……」

「こうやって見てると、ただのガキなんだけどな」

「…………」


 優しく灰夢が頭を撫でると、桜夢がゆっくりと目を覚した。


「……あれ?」

「あっ、悪ぃ。起こしちまったか……」

「……ワタシ、何してたんだっけ?」

「お前、自分が暴走したの覚えてるか?」

「……暴走?」

「あぁ……。ホットミルク飲んで、俺に襲いかかってきたんだ……」

「えっ、ワタシがっ!? 確かに、あれを飲んでからの記憶がないけど……」


 必死に思い出そうと、桜夢が一人で頭を悩ませる。


「牛乳で覚醒するって、どういう仕組みだよ」

「ワタシが知りたいよ。ワタシ、どうなってたの?」

「悪魔みたいになって、俺に襲いかかってきた。……覚えてねぇのか?」

「ん〜。なんか、凄く狼さんを近くに感じてた気はするんだけど……」

「まぁ、物理的にも突っ込んできたからな。お前……」


「狼さん、怪我しちゃった?」

「してねぇよ。少し、ビックリしたくらいだ……」

「そっか、よかった……」

「……体、何ともねぇか?」

「うん。なんか少し、疲れてる気はするけど……」

「そうか。なら、もう少し、ここでゆっくりしてな」

「……うん」


 そういうと、灰夢は桜夢を残して部屋を後にしようとした。

 そんな灰夢の背中を見て、桜夢が慌てて布団から飛び起きる。


「──待ってっ!」

「……あ?」

「……あっ、いや……その、えっと……」

「……なんだ?」


「ごめんなさい、なんでもないの……」

「……そうか」

「……うん」

「…………」


 そっぽを向いて眠る桜夢を、灰夢は数秒間見つめると、

 静かに部屋の扉を閉めながら、一人で部屋を出ていった。



( ……狼さん。ワタシの事、嫌いになっちゃったかな )



 薄らと涙を浮かべながら、桜夢が布団で丸くなる。


 すると、再び部屋の扉を開き、桜夢が振り向くと、

 昼御飯を持った灰夢が、部屋の中へと入ってきた。


「……あれ、狼さん!?」

「……ん?」

「下に戻ったんじゃ……」

「いや、お前も飯食うだろ?」

「あっ、まぁ……。食べる、けど……」

「食って寝りゃ元気になる、食える分だけは食っとけ」

「……うん」


 灰夢が影からちゃぶ台を出し、その上に二つのラーメンを置く。


「やったぁ、ラーメンだぁ〜っ!」

「どうだ、食べられるか?」

「うん、大丈夫だと思うっ!」

「そうか。まぁ、食欲があるなら大丈夫そうだな」


 すると、桜夢がラーメンを見て、不思議そうに首を傾げた。


「ワタシ、二つも食べていいの?」

「いい訳ねぇだろ。これは俺のだよ……」

「……え?」

「なんだよ、そんなに腹減ってんのか?」

「狼さん、下で食べなくていいの?」

「いや、ここで一人で食うのは、さすがに寂し過ぎるだろ」

「……狼さん」


 平然と答える灰夢の横顔を、桜夢が驚いたように見つめる。


「おかわりは下にあっから、欲しけりゃ取ってきてやる」

「……えへへ、うんっ!」


 桜夢は満面の笑顔を浮かべると、灰夢と共にラーメンを食べ始めた。


「ねぇ、狼さん……」

「……あ?」

「ワタシ、どんな風に暴走してたの?」

「目を光らせたら氷麗が寝たり、コウモリみてぇな羽生やしたり……」

「ワタシ、凄いなぁ。そんなことできるんだ……」

「あと、ベアーズを薙ぎ払ったり、影狼を怪力で引き裂いたりしてたぞ」


「──嘘っ!? ワタシって、そんなに強いの!?」

「まぁ、蒼月もビックリしてたくらいだからな」

「そっかぁ。ごめんなさい、迷惑かけちゃって……」

「別にいい、あんなの誰も予想出来ねぇし……」


 気にする様子もなく、灰夢がラーメンを食べ進める。


「……氷麗ちゃんは、今は?」

「さっき、俺の部屋に寝かせた」

「……何ともない?」

「夢の内容は知らねぇが、なんか幸せそうな顔はしてたぞ」

「……夢の内容?」

「お前が見せる夢なんて、だいたいそっち系だろ」

「あっ、そっか。でも、怪我してなくてよかった……」

「……そうだな」

「…………」


 灰夢がラーメンを食べていると、不意に桜夢の手が止まった。


「……どうした?」

「……狼さん。ワタシの事、嫌いになった?」

「……なんでだよ」

「だって、ワタシは狼さんを狙って襲ってたんでしょ?」

「あぁ……」

「そんな怪力で襲いかかったら、普通に考えて怖いと思うし……」

「そりゃまぁ、常にあの状態で来られたら、さすがに俺も困るが……」

「…………」


 不安そうな桜夢を見て、灰夢が静かに箸を置く。


「でもな、桜夢……」

「……ん?」


























     「 ……俺は、あれくらいヤンチャなお前の方が好きだ 」



























 そんな灰夢の一言に、桜夢が大きく目を見開いた。


「……え?」

「お前、俺がやり返した時から、ずっと距離取ってたろ」

「──ふぇっ!? あ、あれは……。その、えっと……」

「まぁ、俺もやり過ぎたのは認めるが、あぁされると対応に困る」

「……狼さん」


 小さく微笑みながら、灰夢が桜夢を見つめ返す。


「お前はいつも通りバカやって、迷惑かけるぐらい素直でいてくれ」

「…………」



























     「 そんな無邪気な桜夢の笑顔が、俺は好きだから…… 」




























          「 ……おお、かみ……さん…… 」



























     溢れる涙と共に、桜夢の心を覆っていた不安が、


          灰夢の放った一言によって、一瞬で消え去った。



























「狼さん、ワタシ……の事、嫌いに……なったり、してない……?」

「こんなことで嫌いになるなら、マザーの件に巻き込まれた時点でアウトだろ」

「えへへ……、そう……だね……」

「俺は何があっても、お前を避けたりはしねぇよ。だから、そんな心配すんな」

「うんっ! ありがとう、狼さん……」

「……おう」

「……えへへ」


 桜夢は涙を拭うと、灰夢にベッタリと抱きついた。


「おい、ラーメンが零れるだろ」

「だって、無邪気な私が好きって言ってくれたもんっ!」

「暴れた時もだが、せめて時と場所ぐらいは弁えてくれ」

「ワタシは、今、狼さんにくっついたいの〜っ!」


 嬉しそうな桜夢に、灰夢が呆れた視線を送る。


「ったく、さっきまで疲れたって言ってたヤツはどこいった」

「今の涙で疲れも流れて、もうすっかり元気だも〜んっ!」

「都合のいい体してんなぁ……」

「にひひ〜っ!」

「まぁ、元気になったならいいか……」


 灰夢は小さくため息をつくと、優しく桜夢の頭を撫でた。


「……ねぇ、狼さん」

「……あ?」



























      「 ワタシも狼さんのこと、ばり好いとーよっ! 」



























 そう告げる桜夢は、心から幸せそうな笑顔をしていた。


「へいへい、ありがとよ」

「うんっ! えへへっ!」

「ほら、ラーメン伸びんぞ……」

「あっ、そうだった! ワタシも食べよ〜っと!」


 そんな桜夢の部屋に、コンコンッと二回ノックが響く。


「……誰だ?」

「お兄ちゃん、氷麗ちゃんが起きましたっ!」

「おぉ、そうか。入っていいぞ……」


 部屋の扉がゆっくり開くと、氷麗と言ノ葉が姿を見せた。


「桜夢ちゃんも大丈夫そうですね。よかったのですぅ……」

「桜夢さん、体は平気ですか?」

「うん。ごめんね、迷惑かけちゃったみたいで……」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「桜夢ちゃんの狙いはお兄ちゃんでしたからね。被害は小さかったのです」

「本当に、お兄さんでよかったぁ……」


「お前ら、俺の事を贄か何かだと思ってねぇか?」

「そ、そんなことはないですよ? 一応……」

「バッチリ最後の『 一応 』が聞こえたぞ、言ノ葉……」


 目を逸らす言ノ葉の顔を、灰夢がじーっと見つめる。

 そんな二人の横で、氷麗は大きく背伸びをしていた。


「私はむしろ、少しいい夢を見れた気がしますっ!」

「氷麗ちゃん、ずっと寝言言ってましたもんね」

「……へ?」

「俺は、聞かなかったことにしておく……」

「待ってくださいっ! 私、何を言ってたんですかっ!?」

「自分の夢を覚えてんなら、察しろ……」

「それが一番、最悪の展開なんですっ!!!」


 顔を真っ赤に染めた氷麗が、慌てて灰夢に詰め寄る。


「ズルいのです、二人とも……。わたしは何も見てないのに……」

「いや、そんな夢を見ないでくれ。俺が気まず過ぎるだろ」

「なら、わたしはお兄ちゃんから、直接でお願いしますっ!」

「そんなことしたら、今度はお前のご両親と大乱闘じゃねぇか」

「大丈夫ですっ! お兄ちゃんは不死身ですからっ!」

「俺は最近、自分の命を軽く扱われすぎだと思うんだが……」


 微塵も懲りない言ノ葉に、灰夢は一人で頭を抱えていた。


「えへへ、なんか皆で話してたら、食欲湧いてきちゃったっ!」

「……そうか」

「うんっ! いっぱい食べて、早く元気になるねっ!」

「元気になりすぎて、また暴走しないでくれよ」


 そんな話をしながら、四人でラーメンを啜る。


「あれは結局、何が原因だったんですか?」

「それ、飯食ってる時に言わなきゃダメか?」

「なんでです? 何か問題あるんですか?」

「あぁ、まぁ……。正直、説明しにくいんだが……」

「……説明しにくい?」


「こいつは白い飲み物を飲むと、あぁなる可能性がある」

「……白い飲み物?」

「サキュバスと関係のある白いもんだ。あとは、自分で調べてくれ……」

「……?」

「……?」


 言ノ葉と氷麗は見つめ合い、スマホで調べると、

 ウィキペディアによって、一つの回答を導き出した。


「──ちょ、お兄さんの変態っ!」

「だぁから、言いたくねぇって言ったんだよっ!」

「こ、これと……勘違い、したってことですか?」

「本人が……というよりは、体が勝手にな」

「な、なるほど……」


 スマホを持つ手を震わせながら、言ノ葉が顔を真っ赤に染める。


「どれどれ? 見せて〜っ!」

「こ、これです……」

「あぁ、なんだ。精s……」



「「「 ──言うなよっ! 」」」



「──ッ!?」


 全員の揃ったツッコミに、桜夢は思わず言葉を止めた。


「とりあえず、お前はしばらく白い飲み物は禁止な」

「もし暴走した時は、またワタシを受け止めてね。狼さんっ!」

「お前の言動、老体には刺激が強いんだよ。勘弁してくれ……」

「えへへっ! 狼さんの狼さん、いつでも元気にしてあげるよっ!」

「マジで黙って食わねぇと、また影にぶち込むぞ。テメェ……」


 灰夢に甘える桜夢に、氷麗と言ノ葉が哀れみの視線を向ける。


「でもまぁ、いつも通りの桜夢ちゃんですね」

「うん、ひとまず元気になったみたいでよかった」

「いや、この発言で正常を確認されるのはヤバすぎんだろ」


 脳死したような発言に、さすがの灰夢も耳を疑っていた。


「そういえば、お兄ちゃん……」

「……ん?」

「今朝、あのくノ一の子たちを弟子にしたって本当ですか?」

「……え、そうなの?」

「あぁ……。まぁ、成り行きでな……」


「また増えたんですね、不死月ハーレムのメンバーが……」

「も〜、お兄さんは直ぐに、ハーレムに引き込むんだからぁ……」

「まぁ、狼さんは女の子の押しに弱いからねぇ……」

「引き込んでねぇよ。そんな言い方すると破門にすんぞ、てめぇら……」


 灰夢がラーメンを啜りながら、子供たちにしかめっ面を向ける。


「あの子たちは、何の練習をするんですか?」

「忌能力の使い方は上手いが、体の使い方がイマイチだったからな」

「なら、私たちと同じ畳のやつですか?」

「あぁ……。これからはあいつらもいるから、仲良くしてやってくれ」


「なんか、友達が増えて楽しくなるねっ!」

「殺し屋とやるって言うのも、ちょっと怖いですけどね」

「話している時は、普通なんですけど……」


 不安そうな言ノ葉と氷麗を見て、灰夢がボソッと呟く。


「あいつらは、人を殺ったことはねぇってよ」

「……そうなんですか?」

「神楽が裏社会で守る為に付けた、ただの名目だそうだ」

「なるほど、そういう……」

「だから、あんま警戒しなくていい。あれもお前らと同じ、ただの子供だ……」

「そうなんですね、よかったのですぅ……」

「なら、みんなで普通の幸せを、教えてあげましょうっ!」



「「 おーっ! 」」



 笑顔の戻った桜夢が、嬉しそうにラーメンを頬張る。


「その為にも、いっぱい食べて元気にならねばっ!」

「あまり食いすぎて、腹壊すなよ……」

「うんっ! そうならないように、後でヨーグルトも食べるねっ!」



「「「 ──ダメっ! 」」」



「……えっ?」



























 人より強い力は、時に他者を簡単に恐怖へと陥れる。


     そんな忌能力の存在を、桜夢の暴走は物語っていた。


         それでも灰夢は、いつもと変わらぬ優しさを向ける。



























 決して崩れない家族の絆を、そっと心に伝えるように──


 ❀ 第拾漆章 追うべき背中と力の暴走 完結 ❀

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