第陸話 【 心霊現象 】

 文化祭の一日目が終わり、無事に喫茶店を終えると、

 言ノ葉と氷麗は、クラスのみんなと片付けをしていた。





「ふぅ、こんなもんで大丈夫かな」

「これなら直ぐに、明日も使えると思います」

「そうだね。あとは、そのままにしておこうか」

「ですねっ!」


 荷物を片付け終えた氷麗と言ノ葉が、教室へと戻る。


「あっ、ガスの換えがないや。どこにあったっけ?」

「在庫なら、旧校舎の空き教室に全部詰め込みましたね」

「そっか。なら、後で取ってこなきゃ……」

「えぇ〜っ! あたし、旧校舎行きたくなぁーい」

「私もぉ……。あそこ、不気味なんだも〜ん」


「なら、わたしが行きますよっ! こっちの片付けも終わったのでっ!」

「ほんと? ごめんね、言ノ葉ちゃん……」

「大丈夫ですっ! 気にしないでくださいっ!」


「言ノ葉、私も行くよっ!」

「ほんとですかっ!? では、一緒に行きましょう、氷麗ちゃんっ!」


 二人は足りない備品を確認すると、旧校舎へと向かった。

 そんな二人の姿を、ギャル三人組が教室の隅から見つめる。


「ねぇ、白雪姫が旧校舎に行くってさ」

「イタズラして、脅かしちゃう?」

「お嬢様の泣きっ面、写真でとってやるか」


 ギャル三人組もコソコソ会話すると、後から旧校舎へと向かった。



 ☆☆☆



 旧校舎に入った氷麗と言ノ葉が、薄暗い廊下を歩く。


「なんでこう、旧校舎って薄気味悪いんですかね」

「人がいない建物って、凄く不気味に見えるよね」

「氷麗ちゃんが来てくれて、本当に良かったのです」

「もぅ〜、怖いなら、ちゃんと言ってよ……」

「だって、みんな怖がるから、可哀想じゃないですか」

「だからって、言ノ葉が一人で行くのも見てられないよ」

「えへへっ……。氷麗ちゃんは、優しいですね」

「し、親友だもん……」

「そうですね。氷麗ちゃんが入れば、こ、怖いもの無しなのですっ!」


 二人は手を繋ぎながら、ビクビクと歩いていた。



 ☆☆☆



 その後を追うように、ギャルたちも旧校舎へと足を踏み入れる。


「どこの教室が物置なんだろう」

「確か、三階って言ってたよね」

「薄気味悪いなぁ、やっぱりやめない?」

「何言ってんの、ここまで来て。何も起こったりしないよ」

「そ、そうかなぁ……」

「そうだよ。廊下で待ち伏せして、驚かしてやろうよっ!」

「……う、うんっ!」


 段々と日の鎮まる旧校舎の廊下を、三人は進んでいた。

 すると、ギャルたちの背後から、ミシッという音が響く。


「──ひっ!?」

「な、なに……? 今の音……」

「か、風かなぁ……?」

「……き、気のせいだよね」

「あ、あははっ。意識しすぎだよ……」

「だよね、あはは……」


 苦笑いをしながら、三人が再び前に振り返ると、

 不自然な謎の石像が、廊下の真ん中に立っていた。


「な、何あれ……」

「あんなの、あんな所にあった?」

「……二宮、金次郎像?」


 三人が恐る恐る、じーっと石像を見つめる。


「ねぇ、やっぱり帰ろうよ……」

「そうだね。あれはなんか、やばい気がする……」

「う、うん……」


 そんな話をしていると、石像の瞳がバッと開き、

 ガタガタと音を立てながら、体を動かし始めた。


「──うわっ!!!」

「待って待って、動いたじゃんっ!」

「やばいって、早く逃げようっ!!!」


 三人が走って出口に向かい、扉を開こうと手をかける。


「なんで、開かないっ!!」

「さっきまで開いてたのにっ!!」

「ねぇ、来てるよっ! あの石像っ!」

「一旦、別のところに逃げよっ!」

「あっ、待ってっ!」

「梅子っ! ほら、こっちっ!」

「ごめん、灯里ちゃんっ!」


 三人が一心不乱に廊下を走り、上の階へと上がっていく。


「なんなんだよ、あれっ!」

「わっかんないよっ! でも、捕まったら絶対やばいよっ!」

「旧校舎の幽霊なんて話、あったっけ?」

「知らないよ、そんなのっ! でも、居たんだもん。逃げるしかないよっ!」


 すると、向かいの廊下から、再びカタカタと音が鳴りだした。


「……な、何?」

「……また、石像?」


 三人がギュッと固まりながら、音のする方を見つめていると、

 内蔵を顕にした人形が、暗闇の中からゆっくりと姿を見せる。


「きゃーーーーーーっ!!!」

「人体模型だっ! なんで、全部動くのっ!」

「待って、後ろからも石像が来てるよっ!」

「ど、どうしよう……」


 ガタガタと震える二人を見た金髪の少女が、

 意を決して、向かい来る石像の前に立った。


「しょうがない。アタシは……あの石像を止めるっ!」

「あ、灯里ちゃん……」

「わかった。なら、ウチは人体模型を倒してみるっ!」

「か、香織ちゃんまで……」


「梅子……。ウチらで隙を作るから、走って逃げてっ!」

「あとからアタシたちも、ちゃんと追いかけるからっ!」

「ダメだよっ! それじゃ、二人が危ないよっ!」

「それでも、今はやるしかないのっ! 振り向かずに走ってっ!」

「行くよっ! せーのっ!!!」


 タイミングを合わせるように、香織と灯里が走り出し、

 人体模型と石像に掴みかかるように、相手を抑え込む。


「──今ッ! 早く、梅子っ!」

「走って逃げてっ!! 急いでっ!!」

「……ご、ごめんねっ!! 絶対に助けを呼んでくるからねっ!」


 梅子が人体模型の横を通り、一人で奥へと走って逃げる。


「行かせないよ。梅子は、アタシたちが守るんだっ!」

「JKの恐ろしさ、見せてやるんだからっ!」


 二人はそのまま、必死に石像と人体模型を足止めしていた。



 ☆☆☆



 その頃、氷麗と言ノ葉は、備品を持って教室に戻ろうとしていた。


「よし、あとは帰るだけだね」

「ですね。何事もなくて、良かったです」

「やめてよ、フラグが立っちゃうか……ら?」


 そんな二人の前から、タッタッタッタッ……音が響いてくる。


「ひぇ、ねぇ……。こ、言ノ葉……」

「な、何でしょうか? この音……」


 すると、梅子が涙を流しながら、死に物狂いで走ってきた。


「……あれ? 梅子ちゃん?」

「──お願い、助けてっ!!」

「えっ、ちょ……なんですか?」

「違うの、本当に助けて欲しくて……。骸骨が、追いかけてきて……」

「……骸骨?」

「そんなことが出来るの、お兄ちゃんしか……」


 氷麗と言ノ葉が、怯える梅子の後ろを見つめていると、

 カタカタと音を立てながら、一体の骸骨が歩いてきた。


「ほんとだ、骸骨が居ますね」

「お兄さん、何してるんですか?」

「……お、お兄さん? ……あれが?」


 骸骨はカタカタと音を立て、ゆっくりと三人に忍び寄る。


「あれ、お兄ちゃんじゃないんですか?」

「もしかして、マザー……」

「……と言うよりは、学校の怪談とかのタイプじゃないですか?」

「灯里ちゃんと、香織ちゃんが……。わたしを、庇って……」

「そ、それって……」

「絶対、お兄さんの仕業じゃないよね?」

「……で、ですね」



 ──そんな話をしていると、骸骨が勢いよく走り出した。



「ひゃーーーーーーっ!!!」

「うわわわわわわわっ!!!」

「ま、まってーーーーーっ!!!」


 それを見た三人が、死に物狂いで廊下を走る。


「何あれ、どこから出てきたの〜っ!!」

「そういえば前に、『 旧校舎の幽霊 』っていう七不思議にありましたっ!」

「そんなのあった!? 私、聞いたことないよっ!?」

「お兄ちゃんが『 送り狼 』になってから、上書きされたんですっ!」

「あーーーもーーーっ! なんで、いっつもこうなるのよ、私たちぃーーー!!」


 氷麗と言ノ葉と梅子の三人は、別の教室入ると、

 窓際の机を盾にするようにして、静かに隠れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。もう、なんなの……」

「どうしましょう、早く出口に行かないと……」

「出口の扉が、開かないの……」

「……え?」

「出口も、窓ガラスも、入ったら開かなくなっちゃって……」


「…………」

「…………」


 梅子の不安そうな表情に、言ノ葉と氷麗が見つめ合う。


「……ど、どうします?」

「どうするって言っても……しっ!」


 そんな三人の教室の前を、骸骨の影が通り過ぎていった。


「ここにいたら、時間の問題だよね」

「で、ですね。何か、逃げる方法を考えないと……またっ!」


 言ノ葉の言葉を聞いて、二人がバッと口を塞ぐ。


 すると、教室の前を、再び骸骨が勢いよく走り過ぎ、

 一瞬だけ暴れる音が響くと、不自然に静まり返った。


「な、なんだろう。今の……」

「……なんか、暴れてましたね」

「……どうしよう、見てみる?」

「……そ、そうですね。いざとなったら、わたしたちで……」

「……うん」


 恐る恐る立ち上がろうとする二人の手を、梅子が焦って掴む。


「待って、お願い。一人にしないで……」

「大丈夫だから、置いて行ったりしないから……」

「……橘さん」

「ちゃんと一緒にいますよ、梅子ちゃん……」

「……不動さん」


 不安そうな梅子を落ち着かせ、氷麗が入口に目をやると、

 骸骨とは違う羽の生えた何かの影が、教室の外を歩いていた。


「やばいやばいやばい、なんか羽の生えてるやつがいる」

「……羽っ!? が、骸骨じゃなくてですかっ!?」

「分からないけど、多分……。あんなの、人間じゃないよ……」

「どうしましょう、このままじゃ……」


 そんな話をしていると、教室の入口から扉の開く音が響く。


「──ッ!?」

「──ッ!?」

「──ッ!?」


 目で合図をしながら、三人は静かに口を塞ぐと、

 ビクビクと怯えながら、固まるように丸まってた。


 そんな三人の元に、コツコツッと革靴の音が近づく。


「…………」

「…………」

「…………」


 そして、三人の近くまで来た足音が止まると、

 聞き覚えのある声が、ボソッと小さく響いた。


























    「 氷麗ちゃんに、言ノ葉ちゃんまで。こんな所で何してるの? 」


























「「「 キャーーーーーーーーッ!!!! 」」」


 目のない顔を見た三人が、慌てて逃げるように走り出す。


「あっ、ちょっと待ってっ! 僕だよ、僕っ!」

「……あ、あれっ?」

「──ちょ、言ノ葉っ!?」


 不意に振り返った言ノ葉が、その相手を見て立ち止まった。


「……蒼月のおじさん?」

「……えっ、蒼月さん?」


 そんな蒼月の目隠しを見て、言ノ葉と氷麗が崩れ落ちる。


「はぁ〜、びっくりしましたぁ……」

「目が無いのかと思ったら、ただの目隠しかぁ……」

「あははっ……。酷いなぁ、二人とも……」


「ちょっと二人とも、逃げないとっ!」

「あぁ、大丈夫です。この人は、うちの家族なので……」

「……え? か、家族……?」


 梅子はじーっと蒼月を見て、灰夢と一緒に居たのを思い出した。


「あぁ、あの時の……」

「君は〜、確か。言ノ葉ちゃんと氷麗ちゃんのクラスメイトの……」

「……は、はい」


 何かに怯える三人を見て、蒼月が首を傾げる。


「君たち、こんなところで何してるの?」

「それはこっちのセリフですよ。何してるんですか、こんなところで……」

「いやね。学校って怪異が出やすいから、潜んでたりしないかな〜って……」

「あぁ、それで一人で歩いてたんですね」

「うん。それに、こんなの拾ったし……」


 蒼月は手に持っていた、骸骨模型を三人に見せた。



「「「 キャーーーーーーーーッ!!!! 」」」



 それを見た三人が、悲鳴を上げながら丸くなる。


「待って待って、もう動いてないからっ!」

「そ、それ。どうしたんですか?」

「さっき廊下を歩いてたら、これが歩いててさ……」

「それで……?」

「面白いなぁ〜って思って見てたら、逃げたから捕まえた……」


「…………」

「…………」


 笑顔で答える蒼月を見て、言ノ葉と氷麗は呆れていた。


「オバケの方が逃げてるって、おかしくないですか?」

「今はもう、ただの人形だけどね」


「早いところ、ここを出られませんか?」

「やろうと思えば、いつでも出してあげられるよ?」

「さ、さすが……」

「はぁ、やっと帰れる……」


 言ノ葉と氷麗が力を抜くように、ホッと安堵の息を吐く。



























          「 ……ま、待ってくださいっ! 」


























 二人が後ろを振り返ると、梅子は震えながら、

 力を振り絞って、自分の想いを言葉にしていた。


「……えっ?」

「……ど、どうしたの?」


 首を傾げる二人を前に、梅子がゆっくりと口を開く。


「香織ちゃんと、灯里ちゃんが……。まだ、旧校舎の中にいるんです……」

「……梅子ちゃん」

「氷麗さんには、今まで酷いこといっぱい言いました。ごめんなさい……」

「……梅子さん」


 言葉を続けるほどに、梅子の瞳からは涙が溢れていた。





「でも、あの二人は、いつもは凄く優しいんです。


 ドン臭くて、いつも根暗だった、いじめられっ子のわたしを、

 落ちこぼれのわたしを、明るい世界に連れ出してくれたんです。


 さっきも私を逃がそうと、必死にオバケを食い止めてくれて、

 どこにいる分からないけど、あの二人を見捨てられないんです。


 今更、わたしがお願いするなんて、本当に図々しいですけど、

 どうか、お願いします。弱虫なわたしの、一生のお願いです──」



























        「 ……あの二人を、助けてください…… 」



























      「 ……お願い、します……どうか、私の親友を…… 」


























 涙を流す梅子の言葉を、氷麗と言ノ葉は静かに聞いていた。


「どうするんだい? 二人とも……」

「そんなの、決まってるじゃないですか」

「……そうですね」

「蒼月さんなら、何処にいるのか見えるんですよね?」

「まぁね〜っ!」


 さも当然のように、蒼月が笑顔で氷麗に答える。


「なら、行くしかないですね。氷麗ちゃんっ!」

「うん。オバケなんか、しばらかしてやるんだからっ!」

「言ノ葉さん、氷麗さん……」

「泣いてないで、あなたも行くんだよっ!」

「……う、うんっ!!」


 梅子は涙を拭うと、真剣な表情で二人に答えた。


「なら、灰夢くんにも連絡しとこっか」

「……連絡?」

「彼、スマホ持ち始めたんだよ」

「──えっ!?」

「あの時代遅れの、お兄さんがっ!?」

「うん、何かあった時ようにってね」


 そんな蒼月の言葉に、言ノ葉と氷麗が頬を膨らませる。


「わたしたちには、教えてくれなかったですね」

「後で絶対、お兄さんの連絡先を聞いてやる」

「あれ、なんか変なスイッチ入っちゃった?」

「とりあえず、今は二人を取り戻すのが最優先ですねっ!」

「うんっ! お兄さんを氷漬けにするのは、その後に……」

「その運命はもう、変えられないんだね」



( ごめんよ、灰夢くん…… )





 こうして、氷麗と言ノ葉と蒼月、そして、梅子の四人は、

 居なくなった二人を探しに、幽霊に立ち向かって行くのだった。

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