第漆話 【 消えた七不思議 】
灰夢はウサギの着ぐるみを返そうと、校内をうろつき、
ついでに桜夢と蒼月を探しながら、一人で彷徨っていた。
「いねぇなぁ……」
「あっ、いたっ! 狼さんっ!」
「おう、桜夢。見つかってよかった……」
「……狼さん、何? その格好……」
「いや、あのファンクラブとかいう集団あっただろ?」
「あぁ〜。もしかして、それで隠れてたの?」
「あぁ、そういうことだ……」
「なんか、センスないね。その格好……」
「言うな、俺にも選択肢が無かったんだ……」
不気味なウサギの着ぐるみを見て、桜夢が冷めた視線を向ける。
「それじゃあ、今から返しに行くの?」
「あぁ、ついでに蒼月とお前を探しててな」
「なら、あとは悪魔のおじさんだけだねっ!」
「……だな」
すると、そんな二人の前に、姫乃先生が現れた。
「あら、お兄さん。まだいらしたんですね」
「おぉ、ちょうど良かった。姫乃先生に、これを返そうと……」
「あっ、そっかっ! いっけない、忘れてました。ごめんなさい」
「いえ、ちゃんと見つけられて良かったです」
そんな灰夢のポケットの中で、スマホがブルブルと震え出す。
「……あ?」
「……あれ、狼さんスマホ持ってたの?」
「あぁ……。一昨日、満月に作ってもらった。……誰だ?」
そこには、蒼月から一言──
『 旧校舎で、ギャル子ちゃんたちが怪異に捕まってるよ 』
……とだけ、書かれていた。
「どうしたの? 狼さん……」
「悪ぃ、急用ができた……」
「どうかなさったんですか?」
「いえ、なんでもないです。直ぐに戻りますんで……」
「待ってください、お兄さんっ!」
「……?」
向かおうとした灰夢の手を、姫乃先生が掴み止める。
「……私の生徒の問題ですか?」
「正確には氷麗では無く、あのギャルの子たちですけどね」
「生徒に何かあったのなら、私も行きますっ!」
「……姫乃先生」
「私の生徒は、私が守りますっ! それが、私の仕事ですからっ!」
姫乃先生は、真剣な眼差しで灰夢を見つめていた。
「……狼さん、どうするの?」
「姫乃先生。あなたは俺が人間じゃなくても、恐れずに居られますか?」
「……人間じゃない? どういうことですか?」
「正確には人間ですが、少しだけ、超能力の様な変わった力を使います」
「超能力を、お兄さんが……」
「これが割と不気味なんですが、それでも同じ目で俺を見れますか?」
灰夢が着ぐるみの下から、じーっと姫乃先生を見つめ返す。
「大丈夫です。私はお兄さんが、優しい人だと知ってますからっ!」
「……ふっ、そうですか」
その言葉に、灰夢はそっと胸を撫で下ろした。
「狼さん、連れていくの?」
「まぁ、教師が生徒を守るっつってんだ。俺に、それ止める権利はねぇよ」
「──そっかっ!」
灰夢が窓から旧校舎の方を見て、人がいないことを確認する。
「では、先生。時間が無いので、少しだけ失礼しますね」
「……へ?」
「桜夢、ついて来いっ!」
「──うんっ!」
「……えっ!? ちょ、ここ三階で……まっ、ひゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
灰夢は姫乃先生をお姫様抱っこすると、窓から一気に飛び降りた。
☆☆☆
その頃、蒼月は二階の教室から、消えた香織と灯里を探していた。
「ん〜、一階に一人と、四階に一人かな……」
「なんで、分かるんですか?」
「……ん? まぁ、ちょっとした特技だよ」
「気にしたら負けですよ、梅子ちゃん……」
「そ、そうなんだ……」
「それじゃ、どちらから行きますか?」
「なら、下から行こっか。近いし……」
「分かりました、行きましょう」
蒼月が先頭を歩き、扉を開けて廊下へと踏み出す。
すると、突然、蒼月が手で、子供たちに合図をした。
「ちょっと、ストップ……」
「ど、どうしたんですか? 蒼月のおじさん……」
蒼月が固まったまま、千里眼で一階を調べる。
「一階の人数が増えたね。なんだろう、この変な人……」
「……へ、変な人?」
「うん、なんか変な着ぐるみみたいな。あっ、桜夢ちゃんもいる」
「桜夢ちゃんもいるんですか?」
「あと、君たちの先生も一緒にいるね」
「……え? 姫乃先生も!? このままじゃ危ないっ!」
「待った。二階に登ってきた、こっちに向かってくる」
「……え?」
すると、二階の廊下から、タッタッタッと音を立てながら、
人体模型が香織を抱えて、信じられない速度で全力疾走していた。
「「「 ──ひゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!! 」」」
「まっ、待って待って待って、あれは、僕たちを狙ってるんじゃないっ!」
「……えっ?」
蒼月が子供たちを後ろに隠すと、人体模型が全力で目の前を通過する。
「ほんとだ、何だったんでしょう」
「多分、あれが原因じゃないかな?」
「……へ?」
すると、その後ろから、目のイカれたウサギの着ぐるみと、
姫乃先生を抱えて走る桜夢が、人体模型を追って走ってきた。
「まてや、奇行種ッ!! 進撃〇巨人してんじゃねぇぞッ!!!!」
イカれた顔のウサギの着ぐるみが、蒼月たちの前を通過する。
「……えっ。なに、あれ……」
「じ、人体模型より、怖かったのですぅ……」
「あのマーキングって、もしかして……」
すると、蒼月たちに気がついた桜夢が、その場に立ち止まった。
「よかった、みんな無事だったんだねっ!」
「桜夢ちゃん、よかった……」
「姫乃先生も……」
「はい、おかげさまで……」
「あの、今、通った着ぐるみの人は?」
「あれって、もしかしてさ……」
「……うん、狼さんだよ?」
「……えっ、あれが!?」
走り去った後を見ながら、言ノ葉と氷麗が目を丸くする。
「なんで、あんな格好してるんですか?」
「え、えへへっ……。その、私が貸したんです……」
「……姫乃先生がっ!?」
「はい。ファンクラブの子たちに追われていたので……」
「あぁ、なるほど……」
すると、灰夢が人体模型と香織を連れて、歩いて戻ってきた。
「あっ、帰ってきましたね」
「とりあえず、目的の一人は回収したぞ……」
「おぉ〜、さっすがぁ〜っ!」
「お兄ちゃん。どうやって、香織ちゃんを見つけたんですか?」
「見つけたっつうか、旧校舎の中に入ったら目の前にいただけだ」
「……え?」
唖然とする言ノ葉に、姫乃先生が説明を続ける。
「私たちが旧校舎に入ったら、目の前を香織さんを抱えて歩いてて……」
「あれがターゲットだよな? って話してたら、逃げたから捕まえた」
「なんで、お兄ちゃんも蒼月のおじさんも、幽霊側が逃げるんですか」
「本能なんだろうね、きっと……」
当然のように答える灰夢に、氷麗と言ノ葉は驚かなくなっていた。
「……その人体模型は?」
「わからん、捕まえたら動かなくなった」
「多分、中身が抜けたんだね」
「逃げたのか、逃げ足の早ぇやつだな」
「──か、香織ちゃんっ!」
「寝てるだけだ。体に異常はねぇから、起こしてやれ……」
梅子が香織を抱き抱え、そっと呼び起こす。
「で、何なんだ? さっきのは……」
「それは、私たちが聞きたいですよ」
「ん〜、この場所に住む地縛霊か何かかな?」
「……地縛霊?」
「以前まで、七不思議にそういうのがありましたよ」
「……七不思議?」
「 旧校舎の地縛霊……
昔、旧校舎の生徒だった、一人の少女がいました。
その子は病弱で、学校を休みがちだったせいで、
学校ではあまり、仲のいい友達が出来ませんでした。
そしてある日、病気が悪化して倒れてしまい、
そのまま少女は、帰らぬ人となってしまいました。
その子は今でも、この旧校舎を彷徨っているのです 」
「 友達を求め、共に黄泉の国へと引きずり込もうと── 」
「とかいう、オカルト話です」
「要するに、ここにボッチが居るのか」
「いや、言い方……」
要約する灰夢に、氷麗が素早くツッコミを入れる。
「お前の仲間じゃねぇか、友達になってやったらどうだ? 氷麗……」
「バカにしているんですか? しばらかしますよ?」
「そう怒るなって、この超小型巨人をくれてやるから……」
「いりませんよッ! あと、人体模型を超大型巨人って呼ぶのやめてくださいッ!」
「なんでだよ、似てるだろ? あと
「著作権で怒られますよ? それに、超小型巨人って大きさどっちなんですか……」
「人間サイズの巨人なんだから、仕方ねぇだろ」
「それは『 巨人 』とは呼ばないんですよッ!!」
謎の言い合いをする灰夢たちに、姫乃先生は唖然としたまま固まっていた。
「……というか、言ノ葉。『 以前まで 』ってなんだ?」
「お兄ちゃんの七不思議が出来てから、上書きされて消えたんです」
「おい、マジかよ。七不思議って消えるのか?」
「まぁ、七つまでしか出来ないからね」
言ノ葉と蒼月の言葉に、着ぐるみの中の灰夢の表情が固まる。
「それで怒ったとかじゃねぇよな、これ……」
「その可能性はあるね」
「おいおい、勘弁してくれよ」
すると、梅子に抱えられていた香織がゆっくりと目を覚ました。
「……こ、ここは?」
「──香織ちゃんっ!」
「……う、梅子っ!?」
「よかった、香織ちゃんっ!」
安心した梅子が、香織の体にギュッと抱きつく。
「なんで、ウチ、ここに……」
「この人たちが、助けてくれたんだよっ!」
香織は、目の前のウサギの着ぐるみを見ると、
自分の現状を理解して、静かに涙を流し始めた。
「そっか、そっか……。ありがとう、センパイ……。本当に、ありがとう……」
「別にいい、気にすんな……」
「……? その声、どこかで……」
「……き、気のせいだろ」
ふと、気が付きそうになった香織から、灰夢が慌てて目を逸らす。
「一ノ瀬さん、無事でよかった……」
「姫乃先生まで、ありがとうございます」
「みんなも、一緒に戦ってくれるって……」
「不動さんに、あっ……た、橘さん……」
「……私が一緒じゃ、不満ですか?」
「いや……。お嬢さまが、こんな物騒な事に関わって、大丈夫なのかなって……」
そう告げる香織に、氷麗が首を傾げる。
「……お嬢さま?」
「えっ、だって……。どっかの、お金持ちのお嬢様なんじゃ……」
「何を言ってるんですか? あんなの勝手に付けられた噂ですよ?」
「……そ、そうなのっ?」
事実を知った香織と梅子は、目を丸くしたまま固まっていた。
「氷麗ちゃん、学費が払えなくて、お兄ちゃんに泣きついてましたもんね」
「確かに、あの時はお嬢さまの要素は欠片もなかったな」
「……二人とも、しばらかしますよ?」
「やめてくれ。幽霊なんかより、お前の方が厄介なんだから……」
その言葉に、氷麗が頬をぷっくらと膨らませる。
「いいですよっ! ど〜せ私は、お兄さんに取り憑く雪女ですよっ!!!」
「あぁあぁ、悪かったって。そんな怒るなよ……」
「むぅ〜っ! ぷいっ!」
言い合いをする氷麗と灰夢を、蒼月は微笑ましそうに見つめていた。
「ひとまず、あとは灯里ちゃんだけですね」
「……そうだ、灯里は?」
「まだ、幽霊に捕まってると思う」
「……そっか」
梅子の言葉に、香織が不安そうな表情を見せる。
「……蒼月、場所は?」
「四階の端っこの空き教室だね。なんか、石像と鏡が置いてある」
「……石像」
「あの、二宮金次郎かな」
「とりあえず、行ってみるか」
灰夢は灯里を取り戻す為に、四階の一番奥にある、
石像と鏡が待っている教室へと、向かっていった。
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