第伍話 【 着ぐるみの術大作戦 】

 灰夢たちは言ノ葉の店で、ご飯を食べ終わった後、

 ついでに校内を見て回ろうと、校内をぶらついていた。




「本当に、いろんな出店があるな」

「そうだね。さすが、文化祭ってところかな」

「まぁ、どれを見ても、どこかおかしな部分があるが……」

「高校、凄く興味出てきたぁ〜っ!」

「桜夢に体験させる高校を間違えた気がする」

「……ん?」


 灰夢が背後に目を向け、後をつけてくる者たちを見つめる。


「次は、どこに行かれるのかしら……」

「きっと、校内に危険がないかチェックしてるのね」

「いつもお姫様の事だけを考えてて、カッコイイ〜っ!」


 そんな生徒たちの声に、灰夢は深くため息をついていた。


「はぁ……。桜夢、蒼月、一旦別れるか」

「……え?」

「あれがずっと後ろに居たら、気が散ってしょうがねぇだろ」

「まぁ、それもそうだね」


「狼さん、自由に見てきていいのっ!?」

「あぁ……。気が済んだら、マーキングを辿って戻ってこい」

「やったぁ〜っ! 行ってくるねっ!」


 桜夢が嬉しそうに笑みを浮かべ、一人で廊下を走っていく。


「なら、僕もちょっと見て回ってきていいかい?」

「あぁ、構わねぇよ。なんかあったら連絡してくれ」

「りょーかいだよ。んじゃ、また後でね〜っ!」


 そう告げると、蒼月も別の階へと歩いて行った。



( さてと、姿を化かしてとっととずらかるか )



 灰夢が後ろを見つめながら、そんなことを考えていると、

 言ノ葉たちの担任である姫乃先生が、灰夢の前に歩いてきた。


「あら、お兄さん。お一人ですか?」

「姫乃先生……。はい。今はちょっと……」

「……ん?」


 困ったような表情を見て、姫野先生が灰夢の背後に視線を向ける。


「あぁ、ファンクラブの子たちですか」

「はい。あれが居たんじゃ、あまり落ち着いて見て回れないので……」

「なるほどぉ……。──あっ! なら、いい考えがありますよっ!」

「……ん?」

「お兄さん、こっちに……」

「えっ、ちょ……姫乃先生?」


 言われるがままに連れていかれ、姫野先生と空き教室に入ると、

 灰夢は目のイカれた、可愛くないウサギの着ぐるみを着せられた。


「あの、姫乃先生……これは?」

「クラスの宣伝用に用意したものです。それだけ、みんな使ってくれなくて……」

「……でしょうね」

「それならバレないと思うので、自由に見て回れると思いますよっ!」

「まぁ、確かに……」

「ついでに、うちのクラスの宣伝用に、これもお願いしますっ!」


 そういって、姫乃先生がホワイトボードの看板を渡す。


「名ずけて、隠れ身の術ならぬ【 着ぐるみの術大作戦 】ですっ! ──フンスッ!」

「……捻りの欠片もねぇな」

「では、私はこれで失礼しますねっ!」

「は、はぁ……。どうも……」

「文化祭、楽しんでくださいねっ! クラスの宣伝も、お願いしますっ!」

「…………」


 満足気な笑顔で立ち去る、姫野先生を見送ると、

 灰夢は着ぐるみを着たまま、校内の散策を始めた。



( ちゃっかりしてんなぁ、あの先生…… )


























    ※ ここから灰夢の『 』の言葉は、全てホワイトボードに書いてます。


























 灰夢は着ぐるみを着たまま、校内を歩き回り、

 少し教室から離れた、理科室の方へと来ていた。


( あれ、こっちの方は教室じゃねぇのか? 人が居ねぇな…… )



 ──そんな灰夢の耳に、ガヤガヤとした声が響く。



「おい、離せよっ! 何すんだよ、お前らっ!」

「別にいいだろ。ちょっと気持ちいいことするだけだって……」

「ふざけんな、離せよっ!」

「痛ってぇな、てめぇっ!」



( ……この声、聞き覚えがあるな )



 灰夢が確かめるように、声のする理科室に耳を傾ける。


「いや、やめてっ! 灯里あかりちゃん……助けてっ!」

「──梅子うめこっ! おい、てめぇっ! アタシの親友に触るなっ!」

「──梅子っ! 今、助けるよっ!」

「──香織かおりちゃんっ!」


「うるせぇ、お前はこっちだよっ!」

「やめてっ! 私に触らないでっ!」

「──香織、逃げろっ!」



( あのギャル共か。なんか、ふりかけみてぇな名前してんな )



 何となく状況を察した灰夢は、理科室へと足を踏み入れた。


「へへ、これで少しは大人しく……あ?」

「おい、どうした? うわあぁっ! なんだ、あのキモイ着ぐるみ……」

「なんだ、お前。こんな所まで何しにきやがった!」



( ……ん? あっ、そうか。俺、今、着ぐるみ来てるんだった )



 どうしようか迷う灰夢に、押さえつけられるギャルが声をかける。


「お願い、先生たちを呼んできてっ!」

「へへ、そんなことさせるわけねぇだろっ!」

「あっ、ダメっ! その男、刃物持ってるのっ! 早く逃げてっ!!」

「──ははっ、もう遅せぇよッ!!」



( はぁ……。最近多いなぁ、こういうトラブル…… )



 男が刃物を握りながら、灰夢に襲いかかると、

 灰夢は華麗に避けながら、回し蹴りを打ち込んだ。


「……え?」

「嘘っ、ヤバっ……」

「す、凄い……」


「おい、コイツ強いぞ……」

「チッ、変な着ぐるみ来てるくせに……」


 灰夢が着ぐるみを着たまま、黒いペンを手に取り、

 手に持ってるホワイトボードに、文字を書き始める。


「な、何してんだ? アイツ……」

「なにか、書いてるぞ……」



























       『 俺と同じ顔にされたいてぇ奴から、かかってこい 』



























 薄らと微笑みを浮かべるウサギの着ぐるみが、理科室の薄暗さと、

 一人目を蹴散らした圧力が相まって、不気味なオーラを醸し出す。


「お、おい。その、悪かったって……。祭気分で、少し羽目を先ずしちまってよ」

「な、なぁ……。反省してるからさ、見逃してくんね?」

「こいつらは返すから、まだ何もしてねぇからよ」


「…………」


 灰夢が着ぐるみを着たのまま、少し顔を俯かせて、

 睨みを利かすように、男たちへとゆっくり迫っていく。


「チッ、上等じゃねぇか。放っから見逃してもらう気なんかねぇよッ!!」

「相手は一人だ、やっちまえッ!!!」


 男たちが刃物を持って、一斉に灰夢に襲いかかると、

 灰夢は一切迷うことなく、全員を一瞬で蹴散らした。



( やっべぇ、やり過ぎた……。蒼月のやつとか、どうやって加減してんだ? )



 床に伸びきった男たちを前に、灰夢が言葉を失くす。


「嘘っ、一人で勝っちゃった……」

「やば、何この人……」

『……お前ら、怪我はないか?』( ※ ボード )

「う、うん……。ありがとう、助けてくれて……」


 金髪のギャルが、二人の仲間の元へと走る。


「梅子、香織、大丈夫か?」

「うん、灯里も無事でよかった……」

「ほんと良かった。ほんとに、怖かった……」


 三人を無事を確認した灰夢が、立ち去ろうと歩き出すと、

 パッと金髪のギャルが振り返り、走って着ぐるみを掴んだ。


「……ちょ、ちょっと待ってっ!」

「……?」

「あの、御礼させてよ。助けてくれた、御礼……」

「ウチにもさせて。あなたは命の恩人だから……」

「わたしにもっ! お願いしますっ!」


 三人が灰夢を逃すまいと、着ぐるみの手をギュッと握る。



( ……やべぇ、どうしよう。めんどくせぇことになった )



「……着ぐるみさん、どこのクラスの人?」

「…………」



( ……まぁ、適当に誤魔化しておけばいいか )



 灰夢が何かを諦めるように、ホワイトボードに文字を書く。


『3年B組だ……』

「そっか、センパイだったんですね」


「アタシ、灯里って言うんだ。日野ひの 灯里あかりっ! よろしくね、パイセンっ!」

「ウチは一ノ瀬いちのせ 香織かおり。よろしくお願いしますね、センパイっ!」

「わたしは春野はるの 梅子うめこ、一年です。よろしくお願いします、先輩……」



( これ、俺も自己紹介しなきゃいけねぇパターンだよな )



『俺は不死川しなずがわ 灰人かいとだよ。よろしくな』

「そっか、灰人パイセンね。よろしくぅー!」

「ウチ、ビックリしちゃった。すっごく強くて……」

「わたしたち、もうダメかと思ってました……」

「ほんとそれな。パイセン、バカ強過ぎてマジ焦ったわ」


 少女たちが安心したように、灰夢に笑顔を見せる。


「そうだっ! せっかくだからさ、一緒に文化祭回ろうよっ!」

「そうだね。さっき回ってた時、面白いところいっぱいあったんだっ!」

「ほら、いこいこっ!」



( ヤベぇ。なんか、どんどんと逃げられねぇ状態に…… )



 灰夢は三人に手を引かれながら、理科室を後にすると、

 そのままギャルたちと共に、学校の文化祭を回り出した。


「まず、どこから行く?」

「お化け屋敷とか行きたくない?」

「それなら、パンフレットあるよ」

「どれどれ、見せて見せてっ!」



( まぁ、校内を見て回るには、詳しいやつがいる方がいいか )



 楽しそうに会話をする三人を、灰夢が無言で見つめる。


「ねぇねぇ、あそこのクレープ食べようよっ!」

「いいねぇっ! アタシ、イチゴストロベリーがいいっ!」



( なんだ? その、頭痛が痛そうな名前のクレープは…… )



「ウチはあっちの、チョコレートショコラかなっ!」

「あぁ、いいねっ! 後で、アタシにも一口ちょーだいっ!」



( なるほど……。もう、そう言う店なんだということにしておこう )



「なら、わたしは緑茶抹茶にしとこっと……」

「いいね、バラバラにして皆で味見しよっ!」



( なんで、誰も疑問を抱かないんだ? 俺が、おかしいのか? )



 灰夢は、他にも並んだおかしなメニュー名を見ながら、

 高校のレベルが高いのか低いのか分からず呆れていた。



( マジで、何を学ばせてるんだ。この学校は…… )



「あれ、ごめん。わたし、今日お財布忘れちゃったかも……」

「──えっ!? ちょっと〜、せっかく楽しくなってきたのにぃ〜っ!」

「まぁ、梅子は昔っからドジっ子だからね」

「うどん屋の看板娘なのに、それで大丈夫なの〜?」


 一番大人しそうな少女が、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。


「まぁ、稼ぎ無いから他のバイトしてるっつってたし、高いのは辞めようか」

「ホント、ごめ〜んっ!」

「別にいいよ、ウチも今月金欠だし……」

「香織ちゃん、お母さんの看病で大変だもんね」

「アタシも余裕はないし、ちょうど良かったわ」

「灯里は家族の生活費がある分、ウチよりきついでしょ……」

「まぁ、しょうがないよ。弟たちの為だし……」



( はぁ……。聞かなきゃ良かった家庭事情が、次から次へと…… )



 ギャルたちの会話を聞きながら、小さくため息をつくと、

 灰夢はクレープ屋の店員に、四種のクレープを注文していた。


「仕方ない、お金のかからないところにしよっか」

「そうだね。どこがいっか……」

「あれ、そういえばセンパイは……?」

「……え?」


 ギャルたちの後ろから、クレープを持った灰夢が歩み寄る。


「……えっ、いいの?」

「結構高かったでしょ、あのクレープ……」

「先輩、お金は大丈夫ですか?」

『金のことは気にしなくていい、バイトを掛け持ってるから……』

「……そうなの?」

『今日はいくらでも奢ってやる。その変わりに、楽しいところを教えてくれ』


 そう書かれた灰夢のボードを見て、ギャルの目が輝いた。


「ほんとっ!? やったぁー! パイセン男気マジやばくね?」

「先輩、優男なんですね」

「やばぁ、ちょっとテンション爆アゲなんだけどっ!」



( ……や、やさお? ばくあげ? ……何語だ? )



 ギャル語に翻弄されながらも、喜ぶ少女たちに灰夢が安堵する。


「これはマジで、パイセン楽しませないとじゃん」

「うんうん。JKの本気、見せてあげよっ!」

「だね。どこから回ろっか……」



( こうして見てると、別に悪そうには見えねぇけどな )



 そのままギャル三人組と共に、灰夢は学校の中を巡り歩き、

 お化け屋敷、謎解き、食べ歩きと、ギャルたちは楽しんでいた。



 ☆☆☆



 一通り遊んだ後に、灰夢たちはタピオカを買うと、

 校庭の端に置いてあったベンチに、並んで腰掛けた。


「はぁ〜、すっごく楽しかったぁ〜っ!」

「こんなに遊んだの、小さい頃以来だよ……」

「これも、センパイのおかげですっ!」

「ありがとね、パイセンっ! すっごく楽しかったよっ!」

「色々と、ご馳走様でした……」

『そうか。俺も一緒に回れて、なかなか楽しかったよ』

「そっかそっかっ! えへへっ、よかったぁ〜っ!」



( ……そういや、こいつらは自分のクラスには誘わなかったな )



 疑問を抱いた灰夢が、ホワイトボードに文字を書いていく。


『君たちのクラスは、何をしてるんだ?』

「メイド喫茶をしてるよ。まぁ、アタシたちはやらないけどね」

『……なにか理由が?』

「だって、私たちがメイドをやっても、誰も見てくれないし……」

「どーせみんな、あの白雪姫にしか興味無いんでしょ……」

「わたしたちなんて、名前も覚えて貰えないくらいの存在ですからね」


 そう告げる少女たちは、どこか寂しそうに俯いていた。


「先輩も知ってるんですか? 白雪姫の事……」

『まぁ、名前を聞いたことあるくらいだけど……』

「……そっか」

『その子とは、仲が悪いのか?』

「まぁね。あの女は、アタシたちと住む世界が違うから……」

『……と言うと?』


 不満そうな表情をしながら、灰夢の質問に少女たちが言葉を続ける。


「お金持ちのお嬢様で、従者なんか従えてるんだよ?」

「私たちは毎日、生きる為に頑張ってるのに。贅沢しちゃってさ……」

「何もしなくても人生イージーゲームな奴と、仲良くなんてなれないよ」

「私たちだって人間だもん。『 ズルいなぁ〜 』って思うじゃん」

「あんなの、アタシたちへの当てつけじゃんね」



( なるほど……。それが、突っかかってた理由か…… )





 灰夢は夕焼けの空を見つめながら、自分の中で考えていた。

 氷麗を守ることが出来ても、こういう見方の人間もいるのだと。


 勝手に広がった噂とはいえ、自分の存在は氷麗を守る守り人。

 それは、氷麗を【 お金持ち 】のような人間に見せてしまう。



 それを思うと、原因を作ってしまったのは自分ではないかと──



 確かに、異性とのトラブルは無くなったにせよ。

 また、別の揉め事を引いてしまったことは事実である。


 それを思えば、この子たちを傷つけたのは、自分なんだと──





『ちなみに、もう一人お姫様っていなかったか?』

「……もう一人? あぁ、文車葉姫ふぐるまようひね」

「あれはなんか、そういう対象じゃないよね」

「うん、なんだろうね。羨ましいとは思わないかな」

「ファンクラブはあるけど、なんか暑苦しいし……」

「本人は、わたしたちに対しても、差別することなく優しいから……」

『……そっか』



( 言ノ葉、お前すげぇよ。あんなファンクラブの中で、よく前を向けるよ )



 灰夢が呆れた目をしながら、言ノ葉の笑顔を思い出す。


 すると、灯里と呼ばれていた金髪の少女が時計を見て、

 時間を気にするように、突然、ベンチから立ち上がった。


「アタシたち、そろそろ行くね。パイセン、今日は本当にありがとう」

「マジで楽しかった、最高の思い出になったもん」

「助けてもらったり、奢ってもらったり、本当に感謝してます」

『そうか、それならよかった。お前らも達者でな……』

「あははっ。パイセン、語彙力古〜いっ!」


 夕焼け空に染まる少女たちが、幸せそうに微笑む。


「また会おうね、センパイ。バイバイっ!」

「さようなら、先輩……」

「まったね〜っ!」

『あぁ、またな……』


 ギャルたちは別れを告げると、学校の中に戻るように、

 見えなくなるまで手を振りながら、その場を去っていった。


 そんな姿を最後まで見届け、灰夢がホッと息を吐く。



























    灰夢はタピオカを飲みながら、夕焼けの空を見上げると、


           祭りの歓声に隠れるように、小さな声でボソッと呟いた。


























「……この黒いツブツブ、残さず飲むのキツくね?」

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