第弐話 【 三者面談 】
二者面談の当日、氷麗は学校の廊下にあるベンチで、
自分の面談の時間が来るのを、ポツンと待っていた。
「はぁ……」
そんな氷麗の傍に、三人組の少女たちが歩み寄る。
「あれ〜? 小人たちはどぉしたの? 白雪姫さ〜ん……」
「…………」
「なに、あんた親も来てくれないの?」
「可哀想〜、親にも見放されちゃった〜?」
「まぁ、親も親であんたみたいに、男に媚び売ってるんでしょ?」
「あははっ。そんなに言ったら可哀想だって、やめてあげなよ〜っ!」
見下すように三人で嘲笑う少女たちを、
氷麗は、つまんなそうに見つめていた。
「はぁ……」
「おい、何ため息ついてんだよ」
「触らないで……」
「……あ?」
「何様なんだよ、てめぇ……」
「ちょっとチヤホヤされてるからって、調子乗ってんじゃねぇぞっ!」
「自分たちがモテないからって、八つ当たりしないでくれる?」
「……は? 自分はモテるからって、女王様気取りかよっ!」
「送り狼なんか呼べるなら、呼んでみろってんだよっ!」
追い詰めるように、氷麗に迫る少女たちの後ろから、
聞き覚えのある低い声が、ボソッと氷麗の耳に響く。
「 そんなに俺に会いてぇなら、もっと早く呼んでくれよ 」
その声を聞いて、ふと氷麗が視線を上げると、
少女たちの後ろに、平然と灰夢が立っていた。
「おにぃ、さん……」
「──うわあぁあぁあぁあっ!」
「──ひっ! び、びっくりしたぁ……」
「お、おまえ、いつから居たんだよっ!」
「いや、割とさっきから居たけどな」
一瞬で距離を取る少女たちに、灰夢が何事もなく答える。
「な、なんだよ。アタシたちを喰らいに来たのか?」
「じぇ、JKに手を出したら、犯罪だからね?」
「喰らうのは一瞬だが、別にお前らに興味なんかねぇよ」
「はっ、お前もどうせ、この女に付け込まれたオスなんだろ?」
「いや……。俺は正直、氷麗にも興味はねぇんだが……」
その言葉を聞いて、氷麗はメラメラと圧を飛ばしていた。
「それ、どういう意味ですか? お兄さん……」
「あっ、いや……。違くて、俺は今……お前の保護者だからでだな?」
「──保護者!? ……と言うか。なんで、今、ここに居るんですか!?」
「なんでって、俺がいたらおかしいのか?」
「おかしいに決まってるじゃないですかっ! ここ、学校ですよ?」
「知ってるよ。だから、わざわざ、ここまで足を運んだんだろ」
淡々と答える灰夢を見て、氷麗は冷静さを取り戻すと、
大きくため息を吐いて、灰夢にじーっと視線を向けた。
「もしかして、私の面談に出ようとしてます?」
「そりゃな、その為に来たんだから……」
「はぁ……。どこで、私の面談の時間を聞いたんですか?」
「何を言ってんだ、うちには優秀な情報屋がいるだろ?」
「ズルいですよ、お兄さん……」
「悪巧みはしてない。別にいいだろ、今だけは保護者でも……」
「今だけ、ですからね?」
「はいはい……」
( すまねぇ、蒼月。贄にした…… )
夕焼けの空を見ながら、灰夢が心の中で謝罪する。
そして、お面をつけたまま、少女たちに話しかけた。
「……んで、お前たちは、氷麗の友達なのか?」
「と、友達なんかじゃねぇよっ!」
「なんだよ、違ぇのか……」
「なんなんだよ、お前。時代遅れな服きやがってっ!」
「しょうがねぇだろ。生まれた時代が、こういう時代なんだから……」
「……は?」
「俺は和服が一番落ち着くんだよ」
当たり前のように答える灰夢を見て、少女たちがボソボソと話し込む。
「マジやばくね、コイツの言動異常だろ」
「あの御面とか、お洒落のつもりなの?」
「『 マジやばくね 』だけで意思疎通するよりは、まともだと思うがな」
「うるせぇんだよ。バカにしてんのか? お前……」
「その変なお面も、かっこ悪ぃんだよっ!」
「お前らも自分の顔面工事して作ってんだろ。人のこと言えた口か?」
「くっそ、ムカつく……」
「なんなの、コイツ……」
手前の金髪と黒髪のギャル二人が、灰夢の返しに言葉を失う。
「もういいよ、行こ……」
「ほんと腹立つ、マジムカつく……」
「一生時代遅れに生きてろ、この駄犬っ!」
「──ダメ犬っ!」
「──従僕っ!!」
「お前らが負け犬の遠吠えすんなよ」
「──うっせぇんだよ、死ねっ!!」
「──死に晒せっ!!」
「──ばーーーーかっ!!」
「死ねたら苦労しねぇっつの……」
少女たちは、姿が見えなくなるまで罵倒を続け、
逃げるように、灰夢たちの前から去っていった。
「お兄さん、子供相手にムキにならないでくださいよ」
「別に、ムキになってねぇよ。思ったことを言ってただけだ……」
「その割には、結構直球で侮辱してましたけど……」
「そうか? 向こうが言ってる事に、返事をしてただけだったんだが……」
「はぁ、無神経って怖いですね」
「おい、ため息つくなよ。なんか傷つくだろ」
そんな二人の耳に、教室の扉が開く音が響く。
「あの〜、面談……始めて大丈夫ですか?」
「姫乃先生。はい、大丈夫です……」
「では、こちらへどうぞ……」
「あの、姫乃先生。保護者……なんですけど、同席させてもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ……。お兄さんも、こちらへ……」
「どうも、失礼しますね」
灰夢を導く先生を見て、氷麗が不意に立ち止まる。
「なんか、思った以上にあっさり受け入れられましたね。先生……」
「……え!? そ、そそそ、そんなことありませんよ?」
「お兄さん、先生と何か話しましたか?」
「別に、してねぇけど……」
「その割には、先生凄く動揺してますけど……」
「えっと、そんなことは……。えへへっ、さ、さぁ……どうぞっ!」
( おい、もう少し頑張れよ、姫乃先生。隠し事するのド下手くそか )
灰夢はそのまま、氷麗の一通りの成績の話を聞き、
将来や学校生活の話などを、改めて確認していた。
「……とまぁ、面談の内容としては以上になりますね」
「なるほど……。氷麗、お前って意外と成績良くないのな」
「……ほ、ほっといてください。しばらかしますよ?」
「まぁ、俺がわざわざ、どうこう言う事じゃねぇからいいけど……」
「いいですよ。どーせ、お兄さんは私に興味ありませんもんね、ぷいっ!」
氷麗は頬をぷっくらと膨らませながら、そっぽを向いていた。
「なんだか、とても明るくなったようでよかったです」
「……え?」
「最近学校に来るようになってから、橘さん、とても明るくなったから……」
「……私が、ですか?」
「はい、あまり自覚はありませんか?」
「あっ、いえ……。一応、あるつもり……です。はい……」
「……?」
氷麗が顔を赤くしながら、小さくなっていく。
「まぁ、何にせよ。お前を見てくれてる、いい先生じゃねぇか」
「……はい」
「進路はすぐには決まらないと思いますが、少しずつ考えていきましょう」
「はい、ありがとうございます」
「そもそも、お前……進級できるのか?」
「──で、できますよっ! きっと、たぶん……」
「……不安要素全開じゃねぇか」
「まぁ、前期は休みが多かったので、その分も取り返さないといけませんね」
「はい、頑張ります……」
氷麗はどんよりと落ち込みながら、先生の言葉に頷いていた。
「ふふっ……。では、今日は、この辺にしましょうか」
「分かりました、ありがとうございます」
先生の言葉に促されるように、灰夢たちが席を立つ。
「ではまた、来週お会いしましょう」
「はい。さようなら、姫乃先生……」
「さようなら、橘さん……」
「ありがとうございました、姫乃先生……」
「いえ……。お兄さんも、今日はありがとうございました」
灰夢と氷麗は挨拶を終えると、そのまま学校を後にした。
「姫乃先生、やけにお兄さんと親しそうでしたね」
「そうかぁ? 普段の先生を知らねぇから、なんとも言えねぇけど……」
「はぁ……。来てくれるなら、言ってくれればよかったのに……」
「お前、言ったら俺の事連れていったのか?」
「いえ、絶対にお断りしてたと思います」
「だろうな。だから、こうやって直接来たんだよ」
「でしょうね。なんかその方が、お兄さんらしいです」
「お前もよくわかってきたな、俺の事……」
「そりゃそうですよ。もう半年近く、一緒にいるんですから……」
「もう半年か、時の流れは早ぇなぁ……」
「そうですね。なんだか、あっという間でした」
「学校生活はあっという間だ。少しでも楽しんでおけよ」
「はい、ありがとうございます」
夕焼けに伸びる影を見て、氷麗が顔を赤らめる。
「あの、お兄さん……」
「……ん?」
「……手、繋いでもいいですか?」
「……は?」
そう問いかける氷麗の頬は、夕焼けの色に増して、
言葉では誤魔化せないくらい、真っ赤に染っていた。
「な、なんでだよ……」
「なんか、学校帰りのデートみたいだなって、思いまして……」
「そう言われると、めちゃくちゃ繋ぎにくいんだが……」
「いいじゃないですか。もう、本当のデートもしてますし……」
「つっても、祠の中の庭園に行っただけだがな」
「学校生活を楽しめと言ったのは、お兄さんですよ?」
「俺は学生じゃねぇんだが……」
「私の学生生活の歴史には、ちゃんと刻まれるんですっ!」
「…………」
言葉を詰まらせる灰夢の瞳を、氷麗がじーっと見つめる。
「ねぇ、お兄さん。……ダメですか?」
「はぁ……。お前、俺がそういう押しに弱いとこに、味を占めてるだろ?」
「べ、別に……そんなことは、ないです……」
「自慢のポーカーフェイスが乱れてんぞ……」
「う、うるさいです。ほっといてくださいっ! しばらかしますよ?」
「はぁ……。ったく、面倒なガキに好かれたもんだ……」
灰夢が目を逸らしながら、優しく氷麗の手を握る。
「──ひゃいっ!」
「……どうした?」
「い、いえ……その、あの……」
「なんだよ、こうじゃなかったか?」
「えへへ、大丈夫です。これがいいです」
「そうか。なら、よかったよ……」
氷麗の嬉しそうな笑顔に、灰夢がそっと微笑み返す。
「今日の晩飯は、なんだろうな」
「何でしょうね。霊凪さんのご飯美味しいから、とても楽しみです」
「俺は餃子が食べてぇなぁ……」
「私は煮込みハンバーグがいいです」
「大量に作らねぇと、うちだと取り合いになるからなぁ……」
「桜夢ちゃんとか、特にたくさん食べますからね」
「まぁ、それだけ本人は幸せなんだろうから、仕方ねぇな」
「えへへ……。みんなと食べるご飯は、美味しいですからね」
「あぁ、そうだな……」
沈み行く夕焼けに頬を染めながら、二人は仲良く手を繋ぎ、
家族のことを語りながら、夢幻の祠へと真っ直ぐ帰るのだった。
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