❀ 第弐部 第壱章 学園祭と七不思議 ❀

第壱話 【 お呼び出し 】

 その日、灰夢は店のカウンターで、梟月と二人、

 学校に行っている、氷麗と言ノ葉の話をしていた。





「文化祭、もう来週か。はえぇなぁ……」

「その前に三者面談があるから、そっちの方が心配かな」

「……三者面談?」

「あぁ……。この間、言ノ葉が霊凪にプリントを渡していたよ」

「三者面談か。なんか、聞き慣れねぇワードだな」

「まぁ、我々とは時代が違うからね」

「今は随分と、平和になったもんだ」

「この日常を送れるのも、みんなが居てくれるおかげさ」


 灰夢がお茶を啜りながら、ホッと一息つく。


「三者面談ってことは、氷麗の親も来るのか?」

「いや、彼女は二者面談を希望するらしいと、言ノ葉が言っていたよ」

「……そうか」

「霊凪が代わりに行こうかとも、話していたんだけどね」

「まぁ、人の親に頼るのは、なかなか気を使うよな」


 お茶の水面を見つめながら、灰夢は静かに考えていた。


「……行ってあげるのかい?」

「……まだ、何も言ってねぇよ」


 小さく微笑む梟月に、灰夢がしかめっ面を向ける。


「君は優しいから、きっと、そう言うと思ってね」

「人の心境を突くんじゃねぇ……」

「家族の思うことくらいは見抜けなくては、親父は務まらないさ」

「やれやれ……。奥さんがアレなら、夫もコレか……」


 そういって、灰夢は再び茶を口にした──



























    「 あら、『 奥さんがアレ 』って、どういうことかしら? 」



























「──ッ!?」


 その声に驚きながら、灰夢がバッと振り向き、

 いつの間にか後ろにいた霊凪と目を合わせる。


「……そ、そういうところだろ」

「お母さんと呼ばれる人は、誰よりも強くなくっちゃいけないのよ?」

「まぁ、霊凪は悪魔すら一撃で殺すお母さんだから、確かに誰よりも強いね」

「そんなんが学校に来たら、モンスターペアレント認定待ったナシだな」

「可愛い娘たちを守る為ですもの、お母さん張り切っちゃうわっ!」

「……張り切り過ぎて、絵面が死神なんだよ」

「先生もまさか、こんなに強いお母さんが居るとは思わないだろうね」


 霊凪は灰夢の横に座ると、梟月の出したお茶を飲み始めた。


「灰夢くん。氷麗ちゃんの三者面談、行ってくれる?」

「まぁ、頼まれりゃ行くが……。そもそも、それを氷麗が許すか?」

「そうねぇ、なかなか難しいかもしれないわね」


 そっと俯きながら、霊凪が氷麗のことを考える。


「霊凪さんから頼んでくるってことは、何かあんのか?」

「言ノ葉がね、『 氷麗ちゃんを嫌っている子が居る 』と、言っていたの……」

「……嫌ってる?」

「えぇ……。今の時代、イジメも珍しくないじゃない?」

「……まぁな」

「だから、ちょっと心配になっちゃってね」

「そうなると、ますます行かせてくれねぇ気がするんだが……」

「そうねぇ……」


 さらに考え込む霊凪を見て、灰夢は梟月に目を向けた。


「……梟月、何か良い手はないか?」

「ん〜。せめて、彼女の面談の日取りと時間でも、分かればいいんだけどね」

「それを見透かされてか、言ノ葉も分からないって言ってたのよねぇ……」

「まぁ、それが分かれば苦労はしねぇよな」


 三人が再び考え込み、色んな角度から対策を考える。

 すると、学校に行っていた言ノ葉が、家に帰ってきた。


「たっだいまぁ〜っ! なのですぅ〜っ!」

「おぅ、おかえり……」

「おかえり……」

「おかえりなさい、言ノ葉……」


 一人で入口に立つ言ノ葉の姿を見て、灰夢が語りかける。


「今日は、氷麗はいねぇのか?」

「はい。『 今日は真っ直ぐ帰る 』と言ってました」

「……そうか」


「お兄ちゃん、ちょうどいいところに……」

「……ん?」

「担任の先生が、これを『 お兄さんに渡してくれ 』って……」

「……俺に?」


 そういうと、言ノ葉は灰夢に小さな紙切れを手渡した。


「あら、なにかしらね?」

「これは、電話番号だな」

「担任の先生のかい?」

「あぁ、恐らくな」


 その手紙を見た霊凪と梟月が、不思議そうに目を合わせる。


「でも、どうして、灰夢くん宛なのかしら?」

「前に、俺が見送りに行った時に、『 何かあったら呼べ 』っつったからだな」

「あらぁ、いい先生じゃない」

「凄く生徒を気にかけてくれる、優しい先生ですよっ!」

「あの先生、なんて言う名前だ?」

姫乃ひめの ゆかり先生ですっ!」


「姫乃 縁……。梟月、店の電話を使ってもいいか?」

「もちろんさ、好きに使ってくれ……」

「悪ぃな、借りんぞ……」


 そういうと、灰夢は受話器をとって、調理室へと入り、

 渡されたの紙を見ながら、相手の電話番号を打ち込んだ。


『はい、もしもし……』

『もしもし……。姫乃先生で、お間違いないでしょうか?』

『あっ、もしかして……。言ノ葉さんの、お兄さんでいらっしゃいますか?』

『はい、まぁ……。その人物で合ってると思います』

『よかったぁ、ご連絡が取れて何よりです』


 灰夢の耳元に、相手の嬉しそうな声が響く。


『ご連絡を頂いたということは、何かありましたか?』

『いえ、今のところは、まだ何も無いんですけども……』

『今のところは、ですか……』

『少し、お話したいことがありまして。明日辺りに、お時間を頂けませんか?』

『はい、大丈夫ですけど……』

『では、申し訳ありませんが、お願い致します。場所は──』


 灰夢は、呼び出された言ノ葉たちの担任と話をするため、

 場所と時間を聞き、次の日、待ち合わせの喫茶店へと向かった。



 ☆☆☆



 待ち合わせの店に入ると同時に、一人の女性が声をかける。


「あっ、お兄さん。こちらですっ!」

「あぁ、どうも……」


 灰夢は珈琲を一つ頼むと、女性の向かいの席に座った。


「すいません、お呼び立てしてしまって……」

「いえ……。むしろ、ちゃんと呼んでもらえて、少し感謝してます」

「本当ですか!? そう言っていただけると、嬉しいですっ!」


 女性が前のめりになりながら、灰夢の顔を見つめる。


「は、はぁ……」

「あっ……。す、すいません……」


 先生は素に戻ると、珈琲を一口飲んで落ち着きを取り戻した。


「お兄さんはいつも、そのお面を付けているんですね」

「まぁ、仕事の延長線上と言いますか、無いと落ち着かなくて……」

「なるほど、お仕事関係の衣装なんですね」

「まぁ、その認識で大丈夫です」


 灰夢が目を逸らしながら、苦笑いを見せる。


「……で、何か、お話があったんですよね?」

「はい、その……。橘さんの事で、少し……」

「……氷麗の方ですか」

「えぇ……。今度、三者面談があるのはご存知ですか?」

「はい。言ノ葉の親とも、少し話しましたから……」

「あぁ、なるほど……」


 そういうと、姫乃先生は少し俯いた。


「それで、橘さんの三者面談の件なんですけど……」

「……はい」

「親は呼ばないとの事で、ご相談できる相手が居なくてですね」

「……相談?」

「はい。橘さん、クラスで少し、仲の良くない子がいまして……」

「はぁ、なるほど……」



( ……霊凪さんの言ってたやつか )



「うちの学校はクラス替えがないので、この時期に仲が悪いとですね」

「『 三年間、このまま引きずって進む 』……って、ことですか」

「……はい」


 灰夢が窓の外を見上げながら、イジメ相手のことを考える。


「その相手の子は、女の子ですか?」

「そうですね。クラスで言う、ギャルのグループと言ったところでしょうか」

「あぁ、なるほど……」


「三人組の女の子たちなんですけど、事ある毎に突っかかってるみたいで……」

「……突っかかってる?」

「具体的には、少し意地悪な事を言う感じですかね」

「まぁ、本人も慣れてると前に言ってましたし、初めてでは無いのでしょう」

「ですが、また急に来なくなったらと思うと、少し不安でして……」

「……そうですね」

「そうなる前に、ご相談しておいた方が良いかと……」

「なるほど、そういうことですか」


 話の内容を理解すると、灰夢は静かに笑みを浮かべていた。


「あの、お兄さん?」

「あぁ、失礼……。思った以上に良い先生で、ちょっとビックリしまして……」

「……へ?」

「今どき、そこまで生徒を見てくれる先生も珍しいですよ」

「……そ、そうですかね」


 唖然とした表情のまま、姫乃先生が固まる。


「素敵な先生に巡り会えたみたいで、自分も安心しました」

「え、えへへっ……。すいません、私の相談みたいになっちゃって……」

「気にしないでください。できる限り、力にはなるつもりですので……」

「本当ですか!? はぁ〜、良かったですぅ……」


 そういうと、姫乃先生はホッとしたように、肩の力を抜いた。


「姫乃先生は、担任を持たれて長いんですか?」

「いえ、今年初めて担任になったばかりで、まだまだ新米教師です」

「そうですか。それにしては、しっかりしていらっしゃいますね」

「あ、ありがとうございます。なんか、照れちゃいますね。えへへっ……」

「こうして呼んでくださった事も、初めての教師にはなかなか出来ないですよ」

「そう言っていただけて、とても安心しました」


「会う前は、少し抵抗ありました?」

「それはもう、『 教師の仕事だろッ! 』とか言われたら、どうしようかと……」

「まぁ、世間の大人は、問題事を押し付け合いますからね」

「そうですね。お兄さんが優しい方で、本当に良かったです」

「そう思っていただけたなら、こちらとしても幸いです」


 和気藹々と話をしていると、灰夢の珈琲が運ばれ、

 それを一口飲んでから、灰夢が話の流れを元に戻す。


「……にしても、イジメとなれば、簡単には消えないか」

「はい。本人は気にしてないみたいですが、少し気の毒で……」

「生徒の問題は、大人が言っても、その場の解決にしかなりませんからね」

「そうなんですよっ! 影で何かあると、私にもわからないので……」


 姫乃先生が共感しながら、しょぼんと暗い表情を見せる。


「……となれば、言ってる本人たちの考えを変えるしかないか」

「……本人たちの考え方を、変える?」

「はい。何でもいいので、イジメにくい理由を作るんです」

「な、なるほど……」

「口で言うよりは、遠回しに遠慮させるのが良いでしょう」

「実際、そんなこと出来ますかね」


「今のところは、直接的な被害は特にされてないんですよね?」

「そうですね。『 送り狼が来る 』って、みんな一歩引いてます」


 その言葉に、灰夢は呆れ顔を返していた。


「……その噂、本当にあったんですね」

「はい。学校中に広まってますよ、お兄さんの存在……」

「……マジかよ」

「なんでも、ファンクラブもあるらしいです」

「はぁ、勘弁してくれ……」


 灰夢が面倒くさそうに答えながら、もう珈琲を一口だけ口にする。


「まぁ、それはともかく。その噂のように、イジメられない理由を作るんです」

「──あっ、なるほどっ!」

「まぁ、イジメの全てを無くすのは難しいですが、氷麗の事は守れると思います」

「そうですね。とりあえず、今は、あの子を助けることを考えましょう」


 姫乃先生は両手をグッと握ると、自分に気合を入れていた。


「氷麗の面談の日取りとかって、教えて貰えたり出来ますか?」

「はい、まぁ。それは大丈夫なんですけど……」

「……?」

「本人があまり、来て欲しくなさそうにしていたので……」

「大丈夫です。そこは、俺がどうとでもしますんで……」

「は、はぁ……。わ、分かりました……」


 姫乃先生が、紙に面談の日取りを記入し、灰夢に渡す。

 そして、灰夢は当日に、自分が一緒に行くことを伝えた。


 その後も、灰夢は相手のギャルグループの特徴や、

 氷麗の対応などの話を聞きながら、考えをまとめ、

 一通りの話を聞き終えると、灰夢たちは店を後にした。


「ありがとうございます、奢っていただいて……」

「いえ、話を付けてくれた御礼ですので、気にしないでください」

「今日は話を聞いてくださって、ありがとうございました」

「こちらこそ、お話を聞かせていただいて、ありがとうございます」

「それでは、私は、これで失礼させていただきますね」

「はい。また面談の当日に、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。では、失礼します……」


 姫乃先生は、笑顔で灰夢に一礼すると、

 駅の方に向かって、一人、歩いて帰っていく。


 それを見送ってから、灰夢も帰路へと向かう。


 そして、カフェから一人、歩いて帰りながら、

 夕焼けを見つめてボヤくように、灰夢は呟いた。



























「やっぱ俺、敬語って苦手だわ……」

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