第参話 【 文化祭の幕開け 】
高校の文化祭前夜、灰夢は再び店のカウンターで、
梟月、霊凪の二人と、氷麗の面談の内容を話していた。
「……そう、そんなことがあったのね」
「まぁ、あからさまに、そういうタイプのギャルだったからな」
「若い子は思ったことを、そのまま言葉に出してしまうからね」
霊凪がお茶の表面を見つめながら、心配そうに考え込む。
「でも、灰夢くんが庇ってからは、少し落ち着いているのよね?」
「あぁ……。まぁ、根本的な解決にはなってねぇと思うが……」
「そうねぇ。私たちが口を出しても、しょうがないことだものね」
「とりあえず文化祭にでも、また様子を見てみるしかねぇな」
「えぇ、お願いね。灰夢くん……」
「あぁ……」
灰夢は影の中から、よく見る機械の端末を取り出した。
「灰夢くん、それは……?」
「スマホだよ。満月に作ってもらった」
「あらあら、灰夢くんが機械を持ち歩くなんて、珍しいわね」
「言ノ葉たちの担任から、『 すぐ連絡が取れる方が嬉しい 』と言われてな」
「ふふっ、随分先生と親しくなったのね」
「まぁ、店の電話だと、氷麗にバレる可能性もあるからな」
「確かに、それもそうね」
「それに、仕事で遠くにいる時は、普段から満月に頼りっきりだからな」
「そうね。なるべくはこういうのがあった方が、私たちも助かるわ」
「わたしたちの連絡先も、入れておいてくれるかい?」
「あぁ……。その方が俺も何かと助かるからな、頼む……」
スマホを見てしかめっ面をする灰夢を、霊凪が微笑みながら見つめる。
「うふふっ。やっぱり似合わないわね。灰夢くんとスマホって……」
「言うなよ、俺も自分で思ってんだから……」
灰夢が霊凪に答えながら、梟月にスマホを渡す。
「悪ぃ、まだよく使い方が分かんねぇんだ。連絡先入れといてくれ」
「やはり、君もおじいちゃんなんだね」
「新しいことを覚えるのは、どうにも苦手でな」
「うふふっ。なんだか新鮮で、見ていて面白いわね」
「……ほっとけ」
そんな話をしながら、梟月は灰夢のスマホに、二人の連絡先を入れた。
「それにしても、氷麗ちゃんも大変ねぇ……」
「見た目が評価されるだけで、人間ってあんなにも生きにくいんだな」
「言ノ葉もそういうのが無いか、少し心配になってくるね」
「言ノ葉は大丈夫らしいぞ。なんか、親衛隊が居るとかなんとかで……」
「……親衛隊?」
「俺も詳しくは知らんが、モテる方向性が違うらしい」
「そうなのか。まぁ、何事もないならいいんだが……」
灰夢の言葉を聞いた梟月が、心配そうに答える。
「灰夢くん、何か打つ手は考えているの?」
「今のところは、まだ何も。俺の存在や圧力じゃ、もう意味がねぇからな」
「そうねぇ……。何かと近づき難い人材が、身近にいればいいんだけど……」
──三人が難しい顔で考え込んでいると、ガチャッと店の扉が開いた。
「たっだいまぁ〜っ!」
「おかえり、蒼月……」
「おかえりなさい、蒼月さん……」
「おう、おかえり。……どうだった?」
「微妙かな、真新しい情報は掴めなかった……」
「……そうか」
難しい顔で考え込みながら、灰夢が蒼月の姿を見つめる。
「……どうしたの?」
「近づき難い、人材……」
「……え?」
「蒼月、話があるんだが……」
「……ん?」
こうして、言ノ葉たちの高校は、文化祭当日を迎え、
灰夢は桜夢と蒼月を連れ、高校へと足を運んだ。
「おぉ〜っ! すっごいね、狼さんっ!」
「あぁ……。思ったより気合い入ってんな」
桜夢が目を輝かせながら、高校の装飾を見つめる。
「ねぇ、灰夢くん……」
「……ん?」
「なんで、僕まで呼んだの?」
「お前ほど、適材適所な存在はいないからな」
「……えっ?」
「まぁ、気にすんな。人数が居た方が盛り上がるかと思っただけだ」
「そっか。それなら、僕は嬉しんだけど……」
「……どうした?」
視線を向ける高校生たちに、蒼月は笑顔で手を振り返していた。
「さっきから、凄い目線を感じるんだよね」
「ファンが増えてよかったじゃねぇか」
「僕、リリィちゃん一筋なんだけど……。やっぱり、着替えてこようかな」
「ダメだ……。今日は、その姿であることに意味があるんだから……」
「……意味?」
首を傾げる蒼月を無視して、桜夢が灰夢の袖を引く。
「ねぇ、狼さん。あの後ろのもう一つの学校って、何かな?」
「あれは、旧校舎だ。……前に使ってた校舎だな」
「へぇ〜、取り壊さずに取っといてるんだね」
「今は物置になってるとか何とか、そんな話を聞いた」
「なるほどねぇ……」
灰夢に返事をしながら、蒼月がじーっと旧校舎を見つめる。
「……どうした?」
「いやね。あぁいう所って、怪異とかが出やすいからさ」
「まぁ、学校の怪談や七不思議なんてのも珍しくねぇしな」
灰夢も蒼月に促されるように、不気味な旧校舎を見つめていた。
「まぁいっか、初めは何を見に行くんだっけ?」
「なんか、外で開幕のパレードみてぇなのをやるんだとよ」
「……パレード? そんなの見に行くの?」
「言ノ葉が居るんだ。チアリーディング部の活動らしい」
「あぁ、なるほどっ! それは、絶対に見なきゃいけないねっ!」
蒼月と桜夢が屋台に寄りながら、灰夢の後を追って校庭へ向かう。
「おぉ、凄い人数だね」
「お前ら、さらっと食いもん買いすぎだろ」
「こういう時は、とことん楽しまなくっちゃっ!」
「悪魔のおじさんね、どこからでも狼さんを見つけるのっ!」
「だろうな。見通す悪魔が迷子になんかなるかっての……」
「なんなら、僕は飛べるからね」
「……チートだろ」
笑顔で答える蒼月に、灰夢が呆れながら言葉を返す。
「狼さん、見えないよぉ……」
「あ〜、あの後ろの高台に行くか。そこなら、真ん中まで見えるだろ」
灰夢たちが、校庭の外れで言ノ葉の出番を待っていると、
会場の見回りをしていた姫野先生が、灰夢に声をかけてきた。
「あら、言ノ葉ちゃんのお兄さん……」
「……ん? あぁ、姫乃先生。どうも……」
「──ひっ!?」
──その瞬間、姫乃先生が蒼月を見て固まる。
「どうも〜。言ノ葉ちゃんと氷麗ちゃんが、お世話になってます」
「ど、どうも……。担任の、姫乃と申します……」
「一応、俺の家族なんで、そんなに緊張しないでください」
「あっ、そ……そう、なんですね。ごめんなさい。つい、組合の方かと……」
「……ん?」
「まぁ、その点はこちらも自覚してるので、お気になさらず……」
「……え?」
蒼月がつっこむ間も無いまま、灰夢と先生の会話が続く。
「言ノ葉ちゃん、次が出番なんですよ」
「そうですか、それは楽しみです」
「あっ、ほら。出てきました……」
「どこどこ〜っ?」
「桜夢、こっちの方が見やすいぞ」
「あの集団の中の、センターの子ですね」
「……センター?」
チアリーディング部が踊り出すと、真ん中で言ノ葉が舞っていた。
「あいつ、助っ人だろ? なんで、センターにいるんだよ」
「言ノ葉ちゃん、学校の人気者ですからね」
「そ、そうなんですか。そこまでとは、ちょっとビックリです」
「ほら、あそこに言ノ葉ちゃんのファンクラブの方々もいるんですよ」
「……ん?」
灰夢が客席を見ると、ピンクの法被にハチマキを付けて、
光るペンライトを持った、いかにも暑苦しい集団が目に映る。
『──言ノ葉様に、エールを送るっ!!!』
『『『 そーれっ! そーれっ!
『──いち、にっ、さん、しっ! 大喝采っ!』
『『『 ──はっ! 』』』
『──我らが姫に、栄光をっ!!!』
『『『 ──おーっ! 』』』
「あの……。ここ、学校なんですよね?」
「そ、そうですね……。一応、あははっ……」
「あんなのがいたら、確かに言ノ葉に手を出そうとは思わねぇな」
「なんかもう、完全に親衛隊だもんね」
「そりゃ、言ノ葉も応援団と勘違いするわけだ」
汗水流しながら、チアリーディング部よりも過激な踊りで、
一切の乱れを見せずに、その集団は全力で言ノ葉を応援していた。
☆☆☆
しばらくして、チアリーディング部の発表が終わると、
灰夢たちに気づいた言ノ葉が、こっちに向かって走ってきた。
「お兄ちゃんたち、来てくれたんですねっ!」
「おう。チア部のダンス、様になってたじゃねぇか。よかったぞ……」
「言ノ葉ちゃん、すっごくかっこよかったよっ!」
「本当ですかっ!? でへへ〜、ちょっと照れちゃうのですぅ〜っ!」
「うんうん。僕もちょっと、自分の若い頃を思い出しちゃったよ〜っ!」
「いや、何年前の話だよ。それ……」
共感を覚える蒼月に、灰夢が呆れながらツッコミを入れる。
「お疲れ様、不動さん……」
「姫乃先生、ありがとうございますっ!」
「では、私は他の仕事がありますので、これで失礼しますね」
「姫乃先生も、お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます。お兄さんたちも楽しんでいって下さいね」
「……はい」
そう灰夢に言い残すと、姫野先生は去っていった。
「今日は、お母さんたちは来ないんでしたっけ?」
「あぁ……。二人は風花たちを連れて、明日来るってよ」
「なるほど……。毎日学校でみんなに会えるって、なんか嬉しいのだぁ〜っ!」
「まぁ、そんな機会はなかなかねぇからな」
「お兄ちゃんっ! せっかくですし、わたしのクラスに行きませんか?」
「そうだな。氷麗もいるだろうし、行ってみるか」
「いこいこ〜っ!」
「お〜っ!」
灰夢たちは言ノ葉に連れられ、学校を巡りながら、
一年A組にいる、氷麗に元へと向かっていくのだった。
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