第拾弐話【 壁ドン 】

 その日、灰夢は部屋で、言ノ葉、桜夢、氷麗の三人と、

 いつも通りにゲームをしながら、文化祭の話をしていた。





「……っつぅ訳だ。桜夢を行かせてもいいか?」

「全然、大丈夫ですよっ! むしろ、大歓迎なのですっ!」

「私も、楽しみにしてます」

「そうか。よかったな、桜夢……」

「うんっ! ワタシも、楽しみにしてるねっ!」


 許可を得た桜夢が、嬉しそうに笑みを見せる。


「実際、文化祭って、いつなんだっけか?」

「二週間後ですね、お兄さんも来てくれるんですか?」

「いや、行かねぇけど……」


「──えぇっ!? 狼さんは、来てくれないの!?」

「行くわけねぇだろ、あんな人混み……」

「えぇ〜、行こ〜よ〜っ! お願いだよ〜っ!」

「嫌だよ。あんな変人の多い学校、特に行きたくねぇ……」

「お〜ね〜が〜い〜っ!」

「…………」


 桜夢は甘えるように、灰夢の体を揺さぶっていた。


「お兄ちゃんが来たら、大問題になりそうですね」

「……なんでだ?」

「お兄さん、学校の七不思議になってますからね」

「……は?」


 言ノ葉と氷麗の言葉に、灰夢が目を丸くする。


「狼さんの七不思議? どんなお話なの〜?」

「わたしと氷麗ちゃんに手を出すと、【 送り狼 】が来るって噂です」

「お前らの学校だと、俺は怪異になってんのか?」

「私が登校する日に、お兄さんが門の所まで来てくれたじゃないですか」

「あぁ……。まぁ、行ったけど……」

「あれから、氷麗ちゃんにも男の人は寄り付かなくなりましたね」

「……そんなにか」


「髪飾りにアラームがあって、手を出すと鳴り響くと思われてます」

「あのなぁ、防犯ブザーじゃねぇんだぞ……」

「終いには、無理やり捕まえると爆発するとも言われてますね」

「……お前らは、ボ〇兵なのか?」


 ゲームをしながら、灰夢は淡々とツッコミを入れていた。


「でも、私たちは、その噂……好きですよ?」

「……そうなのか?」

「はい。おかげさまで、学生生活は安泰ですからね」

「そ、そう。まぁ、お前らがいいなら、俺は別にいいんだが……」

「お兄さんに、守られてるって感じもしますし……」

「……なんだって?」

「いえ、なんでもないです。気にしないでください」


 振り向く灰夢から、氷麗がクイッと目を逸らす。


「一部では、送り狼さまのファンクラブもあるんですよ?」

「なぁ、言ノ葉……。お前らの行ってるところ、学校なんだよな?」

「一応、学校ですね」

「そこの現役の学生が、『 一応 』とか言うなよ」

「まぁ、わたしたちでも、たまに疑わしいところがありますからね」

「だから、行きたくねぇんだよ。超めんどくさそうじゃねぇか」


「行こ〜よ〜っ! 狼さんも一緒がいいよ〜っ!」

「どうせ、梟月と霊凪さんは行くんだろ? 一緒に行ってこいよ」

「狼さんも一緒がいい〜っ!」

「はぁ……」


 ため息をつきながら、灰夢が黙々とゲームを続ける。


「文化祭って、氷麗ちゃんと言ノ葉ちゃんは何をするの?」

「私たちは、喫茶店をやりますよ」

「喫茶店かよ。ここのバイトと同じじゃねぇか」

「このお店とは違いますよ。メイド喫茶ですからね」

「……正気か?」

「はい。何故か、そうなりました……」

「まぁ、噂になるくらいの氷麗ちゃんが居ますからね」


「いや、言ノ葉もファンクラブあるからね?」

「──えっ!? そうなんですか!?」

「凄く目立つのがいるのに、なんで知らないの……」

「ファンクラブ、居ましたかね。応援団の方ならよく見ますが……」

「応援団、間違ってない気もするけど……」

「なんだよ、それ。お前らの学校に何がいるんだよ」

「ピンクの法被を着て、光る棒を振り回してるファンクラブです」

「……なぁ、本当に学校なんだよな?」

「……はい。一応、学校です……」


 灰夢の中の『 学校 』という概念は、ほぼ崩壊していた。


「二人って、そんなにモテるんだね」

「わたしはあまり、実感無いですけどね」

「確かに。言ノ葉に告ったとか、手を出したとかは聞いたことねぇな」

「言ノ葉は彼女より、妹として守ってあげたい感があるんだと思います」

「あぁ、なるほど……」


「なんでしょう。何か複雑な気持ちになりますね、それ……」

「……なんで、俺を見る?」

「……別に、なんでもないです」

「……?」


 言ノ葉が不満そうな顔で、灰夢をじーっと睨みつける。


「氷麗ちゃんは、告白とかされるの?」

「最近は噂のおかげでありませんが、前はしょっちゅうありました」

「へぇ〜、どんなの?」

「普通の告白や、ラブレターもありましたし、それに……」

「それに……?」

「廊下で【 壁ドン 】とか、されたこともあります」

「……壁ドン?」


 その言葉に、桜夢は首を傾げていた。


「……横の教室がうるさかったのか?」

「マンションの壁越しで喧嘩する、アレじゃないですよ?」

「……違うのか?」

「桜夢ちゃんはともかく、お兄ちゃんも壁ドンを知らないんですか?」

「おいおい、爺さんに流行を期待するなよ?」


「ゲームだと、最新のソフトでトップに立つくせに……」

「悪かったな。どうせ俺は、ゲームオタクの引きこもりだよ」

「祠を出ないだけで、引きこもる範囲は割と広いですけどね」

「ここには、お前ら以外、年寄りばかりだからな。外のことは分からん」


 氷麗が簡単に絵を描きながら、二人に説明を始める。


「壁ドンとは、異性に距離的に迫って、壁に手を当てて……」

「……待て。その前に、その絵はなんだ?」

「……壁ドンをしている絵ですよ?」

「この人間、足の部分から、手が四本生えてんぞ?」

「──足はこっちですよッ!!!」


 灰夢のド直球な感想に、氷麗が頬を膨らます。


「つまり、こうやって相手の逃げ道を塞ぐんです」

「いや、それ普通に犯罪だろ」

「まぁ……。正直、訴えたら勝てる気はします」

「壁ドンって、告白の時にするの?」

「というか、前段階もなく『 俺と付き合えよ 』と、いきなり来ますね」

「どこを聞いても、犯罪臭しかしねぇな」

「世間で言うところの、ナンパと似たようなものです」


 氷麗がコクコクッと頷きながら、灰夢の言葉に同意する。


「壁ドンは知らない人から来ると、ただの脅迫ですからね」

「お前ら女子高生がそれ言ったら、もうラブストーリーは成立しないだろ」

「だって、圧力が凄いんですよ。無理やり『 俺のモノになれ 』って感じです」

「それ、惹かれる人間がいるのか?」

「恐怖感とドキドキを、錯覚させるんじゃないですか?」

「あぁ〜、一種の吊り橋効果みてぇな何かってことか」


 灰夢は、吊り橋の上で逃げ道を塞ぎながら、

 ゆっくりと女性に迫る、男の絵面を想像していた。


「……うん、アウトだな」

「まぁ、元々好きでもない限りは効かないと思いますけどね」

「最近の学生は大変だなぁ……」

「それもまた、青春の苦い1ページです」

「苦いとか言うなよ。お前らだって、まだ青春の真っ只中だろ」


 そう告げる灰夢の横顔を、桜夢がじーっと見つめる。



「──なら、狼さんがやってあげたら?」



「……は?」

「……え?」

「──ハッ!」


 桜夢の言葉に、全員が一瞬で固まった。


「だって、好きな人からならドキドキするんだよね?」

「た、確かに……」

「なるほど、その発想はなかったですね」


「お前ら、ジジイにゼロ距離で『 俺のモノになれ 』って言われたいのか?」

「年齢は関係ないよ、見た目が優しいお兄さんなら許されるんだって……」

「『 お兄さん 』って、それをする俺の身にもなってくれ」


 桜夢の提案に心底嫌な顔をしながら、灰夢がゲームを続ける。


「……そんなに嫌なの?」

「曾孫よりも年下のガキに迫るのは、さすがに気が引ける」

「狼さん、鏡ちゃんと見た事ある?」

「お前、俺が顔洗うとき付いてきてんだろ」

「だって、凄く年齢を気にしてるから……」

「俺の中の人生経験は、どう足掻いても無かったことにはできねぇの……」

「もぅ〜、融通が利かないなぁ……」


 その瞬間、氷麗がゲームのコントローラーを置いた。


「お兄さん、やりましょう……」

「ほら、氷麗だって……は?」

「何事もチャレンジですよ、お兄ちゃんっ!」

「おい、また俺の人権が無くなってんぞ」


「世の中は多数決だと、お兄さんは私に教えてくれましたよね?」

「それが俺は嫌いだから、こうやって祠に隠れて生きてるって話だけどな?」

「男を見せる時ですよ、お兄ちゃんっ!」

「それはせめて、戦う時だけにしてくれ……」


「傷つくことをかえりみない、カッコイイお兄さんはどこいったんですかっ!」

「体は治っても、社会的地位は戻らねぇんだよっ!」

「大丈夫です。誰も、お兄ちゃんの事を嫌いになったりしませんからっ!」

「お前らじゃなくて、ここの住人がだなぁ……」


「見られなければ、犯罪にはなりませんよっ!」

「おい、氷麗。その考えとてもよくないと思うぞ。俺……」

「バレなきゃいいんだよ、狼さん……」

「フラグだろ。悪人基質が抜けてねぇんじゃねぇか? 桜夢……」

「一回だけ、ダメですか? お兄ちゃん……」

「…………」


「お願いだよ、狼さん。ワタシも青春してみたいっ!」

「一回でいいですからっ! ね、お兄さんっ!」

「お願いです、お兄ちゃん。乙女の夢なのですっ!」

「…………」



「「「 ──お願いしますっ! 」」」



 三人が手を合わせながら、拝むように頼み込む。


「はぁ……。分かった、一回だけだからな?」

「いぃやったぁ〜っ!」

「さすが、お兄さんですっ!」

「狼さん、優しい〜っ!」



( なんか、こういうの日常化してきてねぇか? )



 歓喜に溢れる子供たちを、灰夢は呆れながら見つめていた。



























           チャレンジ一人目 …… 橘 氷麗



























「お、お願いします。お兄さん……」

「少なくとも、こうやって意気込んでするものじゃないよな。きっと……」


「お兄ちゃん、ファイトですっ!」

「なんか、見てるこっちもドキドキするね」

「そうやって見るものでも、ない気がするんだが……」

「大丈夫です。わたしたちも、今だけは応援する側に徹しますからっ!」

「俺が気にしてるのは、そこじゃねぇ……。てか、『 今だけ 』ってなんだよ」


 ため息をつきながら、灰夢が壁にもたれ掛かる氷麗に近づいていく。


「ま、まままままま、待ってくださいっ!」

「……なんだ?」


 氷麗の言葉を聞いて、灰夢はピタリと足を止めた。


「す、少し……離れて、ください……」

「お、おう……」


 指示に従うように、灰夢が数歩、後ろへ下がる。


「やばい、心臓が破裂しそう……」

「お前、こういうの慣れてるんじゃないのか?」

「知らない人をあしらうのが、慣れてるだけです」

「はぁ……。どうすんだ? やめんのか?」

「い、いえ……。すぅ〜、はぁ〜……。お、お願いします……」


 氷麗が覚悟を決めた顔をして、武術の構えのように身構える。


「いや、そんなに身構えんなよ。……近づきにくいだろ」

「き、きき、気にしないでください……」


「…………」

「…………」


「……行くぞ?」

「……はい」


 氷麗がコクッと頷くと、灰夢は再び、ゆっくり歩き出した。


「ま、まままままま、待ってくださいっ!」

「はぁ……。今度はなんだ?」

「す、少し……離れて、ください……」

「ったく……」


 指示に従うように、再び灰夢が離れていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……。こんなに、緊張……するもの、だっけ……」

「いや、知らねぇよ……」


「氷麗ちゃん、冷や汗がやばいです」

「ここからでも、心臓の音が聞こえそうだよ」


 荒い息を立てる氷麗を、言ノ葉と桜夢が心配そうに見守る。


「なぁ、やめていいか?」

「ダ、ダメです。もう一回お願いします」

「次で最後だからな?」

「は、はい。分かりました……」


 再び灰夢が歩きながら、ゆっくりと氷麗に迫っていく。

 ──が、氷麗の強ばる表情を見て、ピタリと止まった。


「あ、あわあわあわあわあわあわ……」

「おい、ディーネみてぇな声が出てんぞ」

「だ、だだだだ、だって……」

「いつもの自慢のポーカーフェイスは、どうしたんだよ」

「いざ来ると思うと、何だか凄く緊張しちゃって……」

「はぁ……、ったく……」


 足を止めた灰夢を見て、氷麗が諦めたように俯く。



























      その瞬間、灰夢が不意打ちで、氷麗に勢いよく壁ドンをした。


























           『 俺のモノになれ、氷麗── 』


























「──ッ!?」


 目の前の灰夢を認識すると同時に、氷麗がガチッと氷のように固まる。


「…………」

「……おい、氷麗?」

「…………」

「お〜い、生きてるか?」

「ダ、ダメ……」

「……は?」

「だめぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「──ぐふっ!?」


 叫ぶ氷麗の体から大量の氷柱が伸び、一瞬にして周囲の全てを貫く。


「──お兄ちゃんっ!」

「──狼さんっ!」

「痛ってぇ……。何しやがんだ、テメェ……」


 灰夢が傷を癒しながら、立ち尽くしたままの氷麗に目を向ける。


「氷麗ちゃん、気を失ってますね」

「あららぁ、メンタルが持たなかったかぁ……」

「立ったまま気を失ってんのか。器用だな、こいつ……」


 氷のオブジェになった氷麗を見て、灰夢は呆れ返っていた。


「お兄ちゃん、本当にやる時はやりますよね」

「というか、これで合ってるのか?」

「ワタシも初めて見たけど、多分、かなり上手い方なんじゃないかな?」

「本来、不意打ちなんだろ? なら、俺の得意分野だ……」


 どこか誇らしげに、灰夢がドヤ顔を決める。


「戦場の先制攻撃を、ここで活かさないでくださいよ」

「いや、お前らがやれって言ったんだろ」

「次、ワタシやりた〜いっ!」

「はぁ……。なら、とっとと氷麗を起こしてくれ……」


 言ノ葉の言霊によって、氷麗の氷は溶かされた。



























          チャレンジ二人目 …… 十六夜 桜夢



























 桜夢が両手を広げて、迎え入れるポーズをして構える。


「いいよ、狼さんっ! いつでもおいで〜っ!」

「ぜってぇ、そうやって呼ぶもんじゃねぇよな?」


「私にも、あれくらいの勇気があれば……」

「いえ、氷麗ちゃんは頑張ったと思います」


 灰夢がゆっくりと、桜夢の前に迫っていく。


「あ、ちょ、ちょちょちょちょ、タンマっ!」

「お前もかよ、なんだ?」


 桜夢の言葉を聞いて、灰夢はピタリと足を止めた。


「ちょ、ちょっとだけ戻ってくれる?」

「お、おぅ……」


 灰夢が桜夢から、数歩距離をとって後ろに下がる。


「す、凄いねコレ、見てるのとやるのとじゃ全然違うや……」

「……そうか?」

「こんなにスリリングとは、ちょっと思わなかった」

「俺には、よく分からねぇんだが……」


「すぅ〜、はぁ〜。よっし! いいよっ! いつでもばっちこいっ!」

「俺は今から、お前にボコされでもすんのか?」


 そう言いながら、再び灰夢が歩み始め、桜夢にどんどんと迫っていく。


「ひゃ〜、やばいこれ。直視できない〜っ!」

「お前なぁ……」


 ニヤケ顔を抑えるように桜夢が目を逸らす。

 そして、桜夢の目の前にまで、灰夢が迫った。



 その瞬間──


























       灰夢が桜夢の顎を抑えて、自分の方に顔を向けさせた。


























         『 いいから黙って、俺だけを見てろ 』


























 そう灰夢が告げた瞬間、桜夢の中で何かが貫かれる音が響き、

 桜夢は幸せな顔をしたたま、その場にバタンッと倒れ込んだ。


「……あ?」

「まさか、今のは……」

「あの伝説の、【 顎クイ 】……ですね」


 灰夢の行動を見た氷麗と言ノ葉が、冷静に解説を始める。


「……顎クイ?」

「壁ドンと同じで、無理やり自分に目を向けさせて、相手を落とす技です」

「技って、日常じゃこんなの使わねぇだろ」

「知らない人にやられたら『 触らないで 』って言われるのがオチですね」

「それをわかってて実行する高校生って、ある意味狂気だな」

「かなり自分に自信がある人しか、本来はやりませんからね」


 魚のようにピクピクしている桜夢に、

 灰夢が呆れながら、冷たい視線を送る。


「……で、何で、こいつは笑顔で死んでんだ?」

「壁ドンと連携して使われて、ハートが貫かれたんだと思います」

「こんなの何がどこがいいんだか、さっぱりわかんねぇな」

「正直、それを無意識で実行できる、お兄さんが一番怖いです」


 平然と高等テクニックを繰り出す灰夢に、

 氷麗は改めて驚きながらも、若干引いていた。


「……で、どうすんだ?」

「次は、わたしの番ですねっ! お兄ちゃん、お願いしますっ!」

「言ノ葉……。お前は俺がやって、トキメキなんか感じるのか?」

「感じますよっ! わたしだって乙女なのですよっ!?」

「はぁ……。そうですかい、分かったよ……」



























            チャレンジ三人目 …… 言ノ葉



























「お兄ちゃん、いつでもおっけいですっ!」

「へいへい……」


 灰夢が呆れた顔のまま、ゆっくりと言ノ葉に近づいていく。


「ああぁぁぁぁぁ。ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「この段階を挟まねぇと、先に進まねぇのか? お前らは……」


 灰夢がピタリと足を止めて、じーっと言ノ葉を見つめる。


「だ、大丈夫です。そのまま来てください」

「……おう」


 灰夢が再び歩き出し、ゆっくりと言ノ葉に近づいていく。


「逃げちゃダメです。逃げちゃダメです。逃げちゃダメです……」

「おい。なんかのパクリみてぇなセリフはやめろ」


 言ノ葉が目を瞑りながら、その場で必死に堪えていた。

 その瞬間、ドンッという音が、言ノ葉の耳元で響き渡る。


 それを聞いて、言ノ葉は、ゆっくりと目を開けた──


























    『 言ノ葉。俺はもう、お前を妹として見れなくなっちまった 』


























 数秒の間を置いてから、言ノ葉の顔がボフッと赤く染った。


「わっ……わわ……」

「……あ?」

「わ、わわわ、わたしたちは……家族ですっ!!!」

「おい、お前どこ行……」

「──あわわっ!」

「──あっ、危ねぇっ!!!」


 言ノ葉が逃げ出そうとした瞬間、ちゃぶ台に足を引っ掛けて転び、

 その上に乗っていた食器やリモコンが、一斉に灰夢の部屋を舞った。



 ──それを見た灰夢が、覆い被さるように言ノ葉を庇う。



「お、お兄ちゃん……」

「痛ってぇ、怪我してねぇか? 言ノ葉……」


 押し倒されるように、下敷きになった言ノ葉が、

 顔を赤くしながら、そっと両手で灰夢の顔を掴んだ。



























  「 分かり、ました……。お、お兄ちゃんなら……いい、ですよ…… 」



























「……は?」


 突然の言ノ葉の行動に、灰夢の頭が追いつかず、狼狽える。


「お兄さん、【 床ドン 】まで……」

「……ゆ、ゆかどん?」



 ──その瞬間、灰夢の部屋の扉がガチャッと開いた。



「何か、凄い音がしたけど、大j……?」

「あっ、お母さん……」

「れ、霊凪……さ、ん……」


 霊凪の圧のこもった冷たい瞳に、灰夢も思わず息を飲む。


「灰夢くん、私の娘に何をしているの?」

「いや待て、待ってくれ。事情を説明させてくれっ!」


 霊凪がじーっと部屋を見渡して、冷静に問いかける。


「……言ノ葉、これは?」

「大丈夫ですっ! わたしが自分から頼みましたっ!」

「そう、ならいいわ。続けてちょうだいっ!」


「……は?」

「ごゆっくり〜っ!」

「待て待て待て待てっ! 何がいいのか全然わかんねぇんだがっ!?」


 霊凪は笑顔で扉を閉めると、灰夢の部屋から去っていった。


「もう、親も公認なんですね」

「ったく、どういう神経してんだ? お前の親は……」

「でも、もうお風呂とか皆で入ってるのも知ってるもんね」

「そこに、言ノ葉まで居るとは思ってねぇだろ。さすがに……」


「お風呂のことも、お母さんは知ってますよ?」

「……は?」

「お父さんは知らないみたいですが、お母さんは知ってました」


 まさかの言ノ葉の一言に、灰夢の表情が青ざめる。


「……い、いつから?」

「お兄ちゃんが麒麟さん?を倒した後の、初めて一緒に入った時ですね」

「……何か、言われたのか?」

「次の日に、『 今日も灰夢くんたちと入るの? 』と聞かれました」

「怖ぇよ、蒼月より怖ぇよ……」


「だから、わたしがお兄ちゃんと入る時、お父さんは来ないんです」

「おい、なんで協力的なんだよっ! おかしいだろっ!」

「お母さんが味方って、凄いですね」

「言ノ葉ちゃんから言うなら、なんでも許してくれるんだね」

「やっぱ俺、霊凪さんが一番怖ぇわ」


 灰夢の中の霊凪に対する恐怖が、また一段階上がった。



 ☆☆☆



 灰夢たちは部屋を整えると、再びゲームを始めていた。


「……っと。まぁ、壁ドンとはこんな感じですね」

「まさか、顎クイと床ドンまで繰り出すとは……。さすが、お兄ちゃんです」

「なんか、文化祭も行くの楽しみになってきたぁ〜! 今から待ち遠しい〜っ!」

「いや、こんなことする場所じゃねぇだろ。学校は……」


 瞳を輝かせる桜夢に、灰夢が冷静なツッコミを入れる。


「お兄さん、他の人にはやっちゃダメですよ?」

「むしろ、どういうタイミングでやるんだよ」

「お兄ちゃんは不意打ちに強いから、ズルいのですぅ……」

「職業病なんだから、しょうがねぇだろ。そこに文句言うなよ」


「狼さん、一緒に文化祭いってくれる?」

「お前、この流れで来てくれると思ってんのか?」

「──うんっ!」

「感受性に問題ありだな。今度、精神科医に見てもらえ」

「……ジュセイ? ……セイシ?」

「そこだけ切り取るんじゃねぇよ、埋めるぞ……」


 灰夢のツッコミに、桜夢は首を傾げていた。


「わたしたち、お兄ちゃんの専属メイドになってあげますよ?」

「既に、二人の和服メイドと番犬が居るから、俺は間に合ってる」

「私も、お兄さんに御奉仕したいです」

「お前らがいると、御奉仕するのは俺だろ」

「ワタシ、学校って初めてだから怖いんだもん」

「安心しろ。サキュバスの筋力なら、並の人間は拳一つで返り討ちだ」


 淡々と言葉を返す灰夢を、三人はつぶらな瞳で見つめる。


「ダメですか? お兄ちゃん……」

「狼さん、お願い……」

「お兄さん。私のやっと始まった、学校生活なんです……」


























            「 ……はぁ、勘弁してくれ 」


























 散々文句をいいながらも、結局、三人の圧力に負け、


        無理やり文化祭に行く約束をさせられる灰夢だった。

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