第拾参話【 君という花を…… 】

 週末、みんなが朝食を食べ終わった頃の朝方、

 庭先で満月がしていた、染命花の整地が終わった。





 霊凪は、灰夢、梟月以外の全員を連れて、

 新しく出来た、庭の染命花を見に行っていた。


「す、凄いのです……」

「なんかもう、ガーデニングの域を超えてませんか?」

「ワタシ、こんなに綺麗な庭、初めて見たよっ!」

「うふふ、家族がたくさん増えた証拠ね」


 目を輝かせる子供たちを見て、霊凪が静かに微笑む。


「クマの、お兄さん……。凄い、です……」

「お花、すっごくたくさんある」


「桜夢ちゃんたちの部屋に繋がる、廊下に沿って咲かせたんだね」

「あぁ……。今回は、自然に囲まれた道をテーマにしててな」

「さすがだね、ミッチー。まるで、もう一つの植物庭園だ……」


「ましゅたぁ〜! しゅご〜いっ!」

「さすが、満月さまでございますね。ここまで幻想的に仕上げるとは……」

「花を作ったのは、リリィと霊凪さんで、オレはそれを整えただけだがな」


「これがあるだけで、この店自体が華やかに感じるのぉ……」

「自然とは、何とも美しいものじゃな」


 自然に囲まれた庭は、住民の心を魅了していた。


 白い花を見て、ケダマが嬉しそうに顔を擦り付ける姿を、

 蒼月と言ノ葉が、静かに後ろから見つめながら小さく微笑む。


 そこに、風花と鈴音も走っていき、ケダマと一緒に花を愛でていた。


「白くて、フサフサぁ……」

「んにゃ〜っ!」

「凄く、面白い……形、です……」


「ケダマちゃん、あの白いお花が気に入ったんですかね」

「あれは、【 ねこひげ 】っていうんだって……」

「……猫の髭?」

「うん、ケダマちゃんの染命花だってさ」

「へぇ〜、そんなピッタリの花。さすが、お母さんですっ!」


「今回決めたのは、灰夢くんらしいよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「白愛ちゃんの染命花だけは、ミッチーが決めたらしいけどね」

「他は全部、お兄ちゃんが決めたってことですか?」

「うん。さっき霊凪ちゃんが、そんなようなことを言ってた」

「ほぁ〜。なんか意外すぎて、びっくりなのだぁ……」


 言ノ葉が目を丸くしながら、周囲の花をじーっと見回す。


「当の本人は朝早くに一人で見て、今は部屋でゲームしてるけど……」

「なるほど。だから、お兄ちゃんも来なかったんですね」

「まぁ、彼はあんまり、そういうことを言うタイプじゃないからね」

「でも、みんな凄く綺麗なのです……」

「そうだね。ちゃんと祈りや想いを込めて、一つ一つ選んだらしいし……」

「なんだか、お兄ちゃんらしいですね」

「うん、そうだね」



 ☆☆☆



 そのころ、霊凪は新しく出来た染命花の元に、

 その対象となった子供たちを連れてきていた。


 すると、桜夢が一つの花を見て駆けだす。


「うわぁ、綺麗〜。コスモスだぁ〜!」

「あら、桜夢ちゃん。そのお花のこと知っていたの?」

「うん。ワタシと同じ、【 桜 さくら】っていう字の入ってるお花なんだってっ!」

「……そうなんですか?」

「えぇ、コスモスは漢字で【 秋桜 あきざくら】と書くの……」

「へぇ〜。なんだか、ロマンチックですね」


 霊凪の説明を聞きながら、氷麗はコスモスを見つめていた。


「それは、桜夢ちゃんの染命花なのよ」

「……そうなの!?」

「えぇ……」



























    『 秋の季節に巡り出会った、桜のように華やかで、


           元気で明るく、とても可愛い笑顔を咲かせる少女 』



























「……という想いを込めてね」

「素敵ですね。桜夢さまに、とてもお似合いです」

「やったぁ〜! えへへ。すっごい嬉しいっ! ありがとぅ〜!」

「うふふ。喜んでくれると、頑張って作った甲斐があるわね」


 喜ぶ桜夢に笑顔を返しながら、霊凪が次の花へと進んでいく。



 ☆☆☆



 そして、白く小さな花を咲かせる植物の前に止まった。


「これが、氷麗ちゃんの染命花、【 雪華草 ゆきはなそう】よ」

「雪華草。これが、私の……」


 しゃがんで見つめる氷麗の横で、リリィが語りかける。


「この花は、別名が、あるの……」

「……別名?」

「一つは、【 ユーフォルビア・ダイアモンドフロスト 】……」

「何だか、氷の必殺技みたいな名前デスね」

「とても素敵な響きです。氷麗さまに、お似合いでございますね」


 恋白とノーミーの言葉を聞きながら、氷麗は嬉しそうに微笑んでいた。


「他には、【 白雪姫しらゆきひめ 】とかも、呼ばれる……」

「……白雪姫、ですか?」

「氷麗ちゃんの学校のあだ名と、同じですね」

「確かに、小さい白い花がたくさんあって、本当に雪のようじゃな」

「だからこそ、氷麗ちゃんの染命花に決めたのよ」


 霊凪が花を見つめながら、そっと口を開く──



























 『 氷麗ちゃんの力で生まれた、真っ白に積もる雪のように、


          世界を白く彩る美しさと、儚くて綺麗な姿が良く似会う 』



























「──って、灰夢くんが選んだのよ」

「お兄さんが、私をそんな風に……えっ!? あの、お兄さんが!?」


 まさかの言葉に、氷麗はバッと霊凪の方に振り返った。


「えぇ、うふふ……。今回はほとんど、灰夢くんが選んだんだもの……」

「お兄さん……。そんなこと、一言も言ってなかったのに……」

「灰夢くんは基本、こういうことは言わないものね」


「えっ、じゃあ……。ワタシのコスモスも、狼さんが選んだの?」

「えぇ、もちろん……」

「……狼さん」


 その言葉を聞いて、桜夢も嬉しそうにコスモスを見つめる。


「桜のように華やかで、元気で可愛い女の子……じゃったか? 桜夢殿よ……」

「ひゃ〜、やば~いっ! 後で、狼さんにギュ〜ッてしてあげよっ!」

「ズルいです、桜夢さん。私も、一緒にギュ〜ッてしに行きますっ!」

「抜け駆けは許さないのだぁ〜っ!」

「あらあら、相変わらずモテモテね。灰夢くんは……」


「ダークマスター、やる時はやる男デスからね」

「やる時以外、あやつはとことんやらんがのぉ……」

「まぁ、本人が見に来てないことを察すると、照れくさいんじゃろうな」

「それもまた、主さまらしいですね」

「うふふ……。さぁ、他の花も見に行きましょうか」


 そういって、霊凪は次の花の所へと歩き出した。



 ☆☆☆



 そして、鈴のような形をした花の近くで、足を止める。


「これが、白愛ちゃんの染命花ね」

「……はくあ?」

「あぁ、そうだ……」

「白愛のお花は、【 鈴蘭すずらん 】なのですね」

「えぇ……。これは、満月くんが考えてくれたのよね」

「はい。小さくふわふわしてる花が、よく似ていたので……」

「とても、白愛らしいです」


 恋白と白愛は嬉しそうに、近くで花を見つめていた。


「花言葉の中に、【 再び幸せが訪れる 】と言うのがあるそうだ」

「……そうなのですか?」

「あぁ、だから……」



























   『 この子がこの先、まだ村で笑っていた頃のように、


           また幸せになれることを願って、この花を選んだ 』



























「……満月さま」

「他にも、【 純粋 】や【 純潔 】と言った花言葉も理由だがな」

「本当に、白愛ちゃんによく似合うお花ですね」


 そんな話をしていると、白愛は恋白の手から離れ、

 短い足で歩きながら、満月の足元へと歩み寄っていく。


「ましゅたぁ〜?」

「……ん?」

「ましゅたぁ〜、ありがとぅ〜!」

「……白愛」

「えへへっ、ありがとぅ〜!」

「あぁ、どういたしましてだ……」


 そういって、笑顔で抱きつく白愛の頭を、満月はそっと撫でていた。



 ☆☆☆



 続いて歩いていると、子供たちの上から何かが見えてきた。


「次の染命花は、これよ……」

「う、上から何かぶら下がってるデスよッ!?」

「これは、恐らく……わたくしのですね」

「確かに……。まるで、蛇のような実を付けておるのぉ……」

「ちょっと、これがたくさん落ちてたら、さすがに怖いですね」

「この植物は、【 蛇瓜 へびうり】と言うの……」


 うねうねと曲がった長い実を、恋白がじーっと見つめる。


「主さまは、わたくしが蛇だから、これを選んでくださったのでしょうか?」

「第一印象はそうみたいだけど、決めた理由はお花だそうよ」

「……お花、ですか?」


 すると、大きな葉の上に、クルクルと紐の出た小さな花を見つけた。


「凄い……。なんとも繊細というか、とても細かい作りの花をしていますね」

「なんじゃろうな。小さいながらも、とても華やかで綺麗な花じゃ……」

「蛇の部分だけを見ると見落としてしまいそうな、儚い美しさデスね」


 ノーミーの感想を聞いた、他の大精霊たちが

 花を見つめるノーミーの顔を、横から見つめる。


「ミーちゃんが、珍しく雰囲気にあった凄いカッコイイこと言ってる」

「……え?」

「そういう時は自覚ないんだね、ミーちゃん……」

「まぁ、ノーミーだからね」

「ノーミーさんらしいです」

「な、なんデスか!? みんなして……」


 ノーミーは仲間たちから、どこか哀れんだ瞳を向けられていた。


「灰夢くんは、この花を見て即決したそうよ」

「主さまが、この花と、わたくしを……」



























  『 体は人に恐れられる、毒を持った恐ろしい大蛇でも、


           心は繊細で優しく、とても可憐で美しい少女だから 』


























「──と、灰夢くんは言っていたわ」

「……主さま」


 灰夢の想いを聞いた恋白が、静かに瞳を潤ませる。


「素敵ですね。ちゃんと、心を見てるからこそって感じがします」

「灰夢は、どんな見た目でも恐れることなく、話しかけてくるからのぉ……」

「不死身故なのか、そういう人間なのか、たまに分からなくなるわぃ……」

「それもまた、彼のいいところよ」

「そうですね。だから、今、私たちは救われてるんです」

「……じゃな」

「……うんっ!」

「……はい」

「うふふ。それじゃ、次に行きましょうか」


 再び霊凪は歩きだすと、次の花へと向かっていった。



 ☆☆☆



 その時、目の前の花を見て、シルフィーが呟く。


「……アネモネ」

「そう、シルフィーのは、【 アネモネ 】、だよ……」

「……マスター」


 リリィの言葉を聞いて、シルフィーは嬉しそうに振り向いた。


「この国の名前では、【 牡丹一華ぼたんいちげ 】とも言うそうよ」

「この花がシルフィーに選ばれるのは、何の理由があるんだ?」

「この花はね、神話の中では、【 風の花かぜのはな 】と呼ばれているの……」

「風の花、素敵ですね……」


「風花ちゃんに使うのかなって、前は思ってたんですよね」

「風花ちゃんの候補にも挙がっていたのだけど、狐関係で他のにしたのよね」

「でも、風の大精霊さんには、ピッタリだねっ!」

「明るいシルフィーさんに良く似合う、とても華やかなお花ですね」


 みんなの言葉を聞いたシルフィーが、灰夢とのデートを思い出す。


「フッシーもね、前にそう言ってくれてたの……」

「うん。灰夢が、これがいいって……」


「……えっ!? 選んだのって、マスターじゃなかったの?」

「ワタシが迷ってたら、灰夢が、『 ついでに 』って、言ってきた……」

「フッシー。私と見て回ってた時、そんなこと言ってなかったのに……」

「灰夢には、『 言わなくていい 』って、言われてたけど……」

「言っちゃったデスね、マスター……」

「多分、シルフィーたちも、喜ぶと思って……」


 そう告げるリリィに、サラが疑問を問いかけた。


「たち……? もしかして、アタシたち大精霊のも、おにーさんが決めたの?」

「うん。本当に、よく考えてくれてたし。みんなも、喜ぶかなって……」

「よ、よよよろ、喜ぶっていうのは、マスターでも同じだよ!?」

「そ、そそそ、そ、そそ、そうですよっ!?」

「……でも、意味合いが、違うでしょ?」


 顔を赤く染める大精霊たちに、リリィがストレートに問いかける。


「マスター。鈍そうな話し方の割に、意外と鋭いデスよね」

「分かるよ。ワタシも、乙女だもん……」


 リリィはケダマたちと他の花を見る、蒼月の後ろ姿を見つめていた。


「うふふ。大切な気持ちは、いつか、ちゃんと伝えなくちゃね」

「……うん」

「それじゃあ、次へ行きましょうか」


 霊凪が再び歩き出し、子供たち共に、更に奥へと向かっていく。



 ☆☆☆



 そして、見えてきた赤い花を見てサラが呟いた。


「あっ、これ……。アタシの居る火山に咲いてるやつだ……」

「これは、【 ハワイフトモモ 】って言う、火山地帯の、お花……」

「……太もも?」

「いや、この国の花ではないから、そういう意味ではないだろ」

「あっ、確かに。それもそうデスね」

「その意味合いで選んでたら、お兄さん変態ですよ」


 ノーミーの言葉に、氷麗が白い目を向ける。


「これは、『 サラちゃんに似合う 』って、灰夢くんが選んだのよ」

「アタシに似合うかぁ……」

「あれ? でも、私がフッシーとお花見てた時、火山エリアには行ってないよ?」

「前に、サラと戦った時、綺麗な花があったって、言ってた……」

「おにーさん、よくそんな余裕あったな。アタシと戦ってる時に……」


 心の余裕がありすぎる灰夢に、サラは言葉を失っていた。


 そんなサラの横に、リリィが一緒になってしゃがみながら、

 鮮やかな赤色に染まる花弁を、小さく微笑みながら見つめる。


「この花は、サラみたいだって、言ってた……」

「……アタシみたい?」

「……うん」



























     『 サラみたいに、綺麗で、情熱的な色だし、


             気高くて、カッコイイって、言ってたよ…… 』



























 そんなリリィの言葉を聞いて、サラが目をそらす。


「へ、へぇ〜……。そ、そうなんだぁ……。そんな風に、アタシのことを……」

「サラちゃんっ! 熱気が溢れてるっ! 溢れてるからっ!」

「サラさん、凄く顔に出てますよ」

「服以外も真っ赤になってるデスね」

「き、きき、気のせいだよっ! 見ないで、見ないでっ!!」


 サラは顔を真っ赤にしながら、その場にうずくまっていた。


「でもね。この花には、悲しいお話があるの……」

「……悲しい、お話?」

「えぇ……」


 みんなに見つめられながら、霊凪が静かに語り出す。





「このお花は、別名【 オヒアレフア 】と言ってね。


 昔、【 オヒア 】と言う名の、一人の青年と、

 その恋人、【 レフア 】という少女がいたそうなの。


 だけど、ある時、青年オヒアに、火山の神様が恋をした。

 でも、オヒアには、既にレフアが居たから、その恋を断った。


 そしたら、断られた神様が怒ってしまってね。

 オヒアのことを、醜い木の姿に変えてしまったの。


 だから、それを知った他の神様たちが、可哀想に思って、

 彼の恋人だったレフアを、その木に美しく咲く花にしてあげた。


 だから、この花が取れてしまうと、雨が降ると言われているの……」



























    「 きっと、離れ離れになると、悲しくて泣いてしまうから…… 」


























「……ってね」


 そんな霊凪の話を、子供たちは悲しそうに聞いていた。


「そんな話があるんですね」

「ダークマスターは、それを知っているんデスか?」

「うん……。ワタシが、話した……」


「なら、おにーさんは……なんで、この花をアタシに……」

「初めて、灰夢が、サラに会った時、悲しそうだったって、言ってた……」

「それ確か、初めて会った時に直接言われた気がするなぁ……」


 灰夢と初めて正面からぶつかった時のことを、サラが思い返す。


「まぁ、サラちゃん常に気を張ってたからね」

「うん、否定はしないけどさぁ……」

「でも、今は、幸せそうに、笑ってるって……」

「……アタシが?」

「うん。みんなといると、可愛く、幸せそうに、笑ってるって……」

「おにーさんが、そんなこと……」



























     『 だから、サラも、この恋する花のように、


              皆の傍で、美しく笑ってて欲しいって…… 』



























「恋の物語のような想いの繋がりを、わたしたちで例えてるんですね」

「まぁ、恋愛で物語を綴ったら、対象はダークマスターになるデスからね」

「確かに……。灰夢も時々、醜い姿に変わるからのぉ……」

「変えられると言うよりは、自分から変わってますけどね」


 みんなの感想を聞くサラの顔が、再び真っ赤に染まっていく。


「いやいやいやっ! みんな、何を言ってるのっ!?」

「……間違ってるデスか?」

「いや、それは……その、違う……くはない、けど……」

「だから、サラちゃんっ! 熱気が溢れてる、溢れてるって!」


「も〜っ! いいからっ! 次に行こうよ、次っ!!」

「うふふ、行きましょうか」


 サラの言葉に押されるように、霊凪は再び歩みを進めた。



 ☆☆☆



 そして、見慣れた花を見た氷麗が、その場に足を止める。


「あっ、彼岸花……」

「でもなんか、色がピンク色デスね」

「この花はね、【 姫彼岸花 ( ヒメヒガンバナ ) 】っていうの……」

「……姫、彼岸花?」

「またの名を、【 ダイアモンドリリー 】とも言うそうよ」

「リリー。マスターと、同じ……」


 霊凪の説明に続くように、リリィが言葉を続けていく。


「花言葉は、箱入り娘……」

「なんデスか? その花言葉……」


 そんな花言葉を聞いて、シルフィーがハッと閃いた。


「もしかして、ディーネちゃん?」

「──えっ? わたし?」

「そう、これは、ディーネちゃんの染命花よ」

「えぇ〜っ! わたし、箱入り娘なんですかぁ?」

「正確には、自分から人を避けてたんだけどね。ディーネちゃん……」

「まぁ、はい……それは、認めますけど……」


 まさかの理由を聞いて、ディーネが悲しそうにうずくまる。


「この花は、他にも別名があって、【 ネリネ 】とも呼ばれているの……」

「……ネリネ、デスか?」

「海に住む、女神たちの名前から、付いた名前……」

「そう言えば、【 ネレイス 】と言う海の女神がいたデスね」

「……そうなの?」

「確か前に、ゲームにでてきたデス。ヒロイン的なポジションで……」

「な、なるほど……」


 ノーミーの説明に、霊凪は微笑みながら、言葉を続けた。



























   「 海の女神たちに例えて、灰夢くんはディーネちゃんを、


         『 湖に眠る女神の様だ 』って、この花を選んだのよ 」



























 そんな灰夢の想いを聞いて、ディーネの瞳から涙が溢れる。


「灰夢さまが、わたしを……」

「ディーネちゃん!? ちょ、泣かないでよっ!」

「だって……。ぐすっ、だって……」

「うふふ、大丈夫。彼はちゃんと、あなたの変わっている所も見ているわ」

「……霊凪さん」

「もう一つの花言葉は、【 また会える日を楽しみに 】ですって……」

「……また、会える日を……楽しみに?」

「ディーネと、会う度に、努力を、感じるって、言ってたよ」


 リリィが小さく微笑みながら、ディーネに語りかけると、

 ディーネは涙を拭いながら、バッと拳を握って立ち上がった。


「わたし……もっと、頑張らないと……」

「うん、一緒な頑張ろうね。ディーネちゃん……」

「うん、ありがとう。シルフィーさん……」


「うふふ。それじゃ、次はノーミーちゃんのお花ね」

「おぉ〜! それは、楽しみデスねっ! さぁ、行くデスよっ!」


 はしゃぎながら走るノーミーの後を、霊凪たちはゆっくりと追っていった。



 ☆☆☆



 そして、ノーミーが謎の植物を前に、唖然としながら立ち止まる。


「な、なん……デスか? この上から生えてる、青い植物は……」

「こんな色した花、見たことない……」

「なんでしょう。独特な何かを感じますね」


 ノーミーに並ぶように、子供たちも謎の植物を見上げていた。


「このお花は【 翡翠葛ひすいかずら 】という名前なの……」

「翡翠……。だから、こんな色をしているんですね」


「これが、ワタシの染命花なんデスか?」

「えぇ……。『 ノーミーちゃんには、これしかない 』って言ってたわ」


「ど、どういう想いが込められてるデスかね」

「……強そう」

「……え?」




























   「 灰夢が『 必殺技みたいで、強そう 』って、言ってたよ…… 」



























 リリィの言葉に、ノーミーが固まる。


「……それだけ、デスか?」

「……うん」

「──ガーンッ!」


 全然想いのこもってない理由に、ノーミーの心は折れた。


「そういえば、おにーさんって術とか技の名前に、花の名前よくあるよね」

「何かとトドメを刺す時は、花のイメージを演出することは多いのぉ……」

「……そ、そうなんデスか?」


「山神戦の時は、【 燚火ノ灯火 いつかのともしび】という花火じゃったな」

「以前、怪鳥を倒した時は【 緋桐焔 ひぎりほむら】という剣術を使っておりましたね」

「悪魔が攻めてきた時も、血で【 紅椿 あかつばき】を咲かせてました」

「マザーには刀六本で【 臥龍桜 がりゅうざくら】という技を使っておったな」


「なんデスか、そのめちゃめちゃ強そうな名前の数々はっ!?」

「そういう響きが好きそうだから、ミーちゃんに選んだんだね。きっと……」

「確かに、これはワタシとダークマスターにしか、分からない響きデスね」


 翡翠葛を見つめながら、ノーミーがそっと微笑む。


「というか、刀六本って、どうやって持ってるの? おにーさん……」

「吾輩の幻影を使って、そういう鎧を作ってたんじゃよ」

「遂に、四本から六本になったんですね」

「なんかもう、そのうち八本とかになりそうだね」


「そう思うと、ワタシには、この花が少し特別に思えてきたデスよ」

「いつか、そういう名前の技も、作ってくれるといいね」

「そうデスね。そしたら、ワタシにも、ぜひ見せて欲しいデス……」


 そういって、ノーミーは満面の笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、次が最後ね」

「……ん? あとは、何があるんじゃ?」

「見てのお楽しみよ。いらっしゃい……」


 そういって、霊凪が再び歩き出し、庭の奥へと向かっていく。



 ☆☆☆



 そして、霊凪が止まった先には、

 黒い百合と、黄色い花が咲いていた。


「……これは?」

「この黒いお花が、【 黒百合クロユリ 】。牙朧武くんの染命花よ」

「……ん? 呪霊である吾輩のもあるのか!?」

「えぇ……。せっかくなら、ケダマちゃんや牙朧武くん、九十九ちゃんのもってね」


「わ、わらわのもあるのか? わらわは、ただの刀じゃぞ?」

「私たちは、そう思ってないわ。あなたももう、大切な家族だもの……」

「……霊凪殿」

「九十九ちゃんのは、この下にある黄色いお花よ」

「可愛いのぉ、なんという花なんじゃな?」

「これは、【 九十九草つくもぐさ 】というの……」

「……ま、まんまじゃな」


 そのまんま過ぎる名前に、九十九が少しガッカリする。


「まぁ、九十九にはピッタリで良いでは無いか」

「うむ。ただ……そのまんま過ぎて、正直選んでもらった感が薄いのぉ……」

「大丈夫。灰夢くんは、ちゃんと想いを込めて選んでいるわよ」

「あるのか? 別の理由も……」


 すると、霊凪は花の前でしゃがみ、静かに語り出した。


「この花は、どちらも【 呪い 】と【 恋 】という花言葉があるの……」

「……呪い?」





「えぇ、そう。他者を苦しめる、呪い……


 あなたたちは、他者を侵してしまう程、強い呪いを持っている。

 でも、その孤独が強い分、誰より他者を愛おしく想う心も知っている。


 そんな、あなたたちに、この花はとても良く似ている。

 だから、そんな孤独を知るあなたたちに、この花を送りたいって。



「なんじゃろうな。呪いと言われると、正直あまり喜べんのじゃが……」



 私も最初そう思って、『 一度、考え直したら? 』って言ったわ。

 彼も、『 呪いと聞いたら、二人も嫌がるかもな 』と言っていた。



 でも、その後に言っていたの──



























     『 でも、その呪いがあるから、今、こうやって会えたんだ 』



























 ──とね。



 呪いと聞くと、悪いイメージの方が浮かんでしまうけれど、

 それが無ければ、こうして、あなたたちに会えなかったって。


 封印されなければ、牙朧武くんは人の世界にはいないだろうし、

 主を蝕むことがなければ、他の人間に利用されていたかもしれない。



 ──同族や他者に嫌われているからこそ、私たちに出逢えた。



 九十九ちゃんが人の生命力を吸ってしまう体質でなければ、

 刀として封印されてることも無く、誰かが使っていたかもしれない。



 ──そしたら、灰夢くんが拾ってくれる未来が無くなっていた。



 確かに、過去を振り返れば、いいイメージは無いかもしれないけど、

 不死身の体質と、他者を蝕む呪いがあるから、こうやって巡り会えた。



 そして、最後に、彼が優しい笑顔で言っていたの──


























  『 だから、俺は【 呪い 】という言葉が、少し好きになったんだ 』


























 ──ってね」



「ご主人が……わらわたちを、そんな風に……」



「今ある繋がりを、出会いを、絆を作ってくれた呪いが、

 灰夢くんは大好きだから、このお花を選んだんだって。


 だから、きっと、あなたたちにも、その体質や忌能力を、

 あまり嫌ったりしないで欲しいっていう、メッセージなのよ」



「……灰夢」



「名前だけじゃない。ちゃんと祈りと意味を込めて選んでいたわ。

 あなたたちとの出会いも、絆も、想いも、彼は受け取っている。



 だから、これだけは言えるの──」



























    『 このお花を選んだのは、あなたたちが大好きだからってこと 』



























   『 他の誰でもない、牙朧武くんと九十九ちゃんに、


           これ以上にないくらいの、深い愛情を込めてね 』


























 そういって、霊凪は二人に、そっと笑って見せた。


「本当に、お兄さんらしいですね」

「ダークマスターは、こういう不意打ちがあるからズルいデス……」

「不意打ちが、主さまの得意技でございますからね」


「ご主人が、灰夢殿であってよかったと、改めて思ったわぃ……」

「こんなに嬉しいプレゼントを貰ったのは、吾輩も初めてじゃのぉ……」

「この命を繋ぐ花たちは、あの方が見つけてくださったのですね」

「この花だけじゃない。あなたたちという名の花を、彼は人生で見つけたのよ」


 その言葉に、九十九と牙朧武が微かに瞳を潤ませる。


「見かけの悪さからは想像出来んくらい、ロマンチックにしてくれおる」

「全くじゃ。感動しすぎて、ちと反応に困るわぃ……」

「うふふ。彼に怒られちゃうから、この祈りを話したことは秘密よ」



 ──すると、桜夢が突然、ウキウキした顔で走り出した。



「ワタシ、狼さんにお礼言ってくるぅ〜っ!!!」

「あっ、ズルいっ! 私も行きますっ!」

「抜けがけは許しませんよ〜っ! わたしも一緒に行くのですっ!」

「風花も、おししょーと……遊び、ますっ!」

「ししょーのところに、ご〜ご〜!」

「ごしゅじ〜んっ!」


「わたくしも、日頃の感謝とお礼を……」

「わらわもたまには、ご主人に飛びつきたいのぉっ!」

「よく飛びついておるじゃろ、お主……」


「ワタシも行くデスよ〜っ!」

「いこいこ〜っ! フッシ〜っ! 今、いっくよ〜っ!」

「わ、わたしも……行きますっ!」

「み、みんなが行くなら、しょうがないかなぁ……」


「ましゅたぁ〜、あるじぃ〜、遊ぶ〜?」

「白愛も、灰夢のところに行くか?」

「いこぉ〜!」

「おー!」


 桜夢の後を追うように、みんなが店の中へと入っていき、

 残った霊凪、蒼月、リリィは、それを笑顔で見守っていた。


「本当に、賑やかになったね」

「えぇ……。こんなに毎日が楽しいなんて、本当に夢みたいだわ」

「精霊たちも、嬉しそう……」

「本当に、彼は大したヒーローだよ」

「うふふ、お爺さんにも負けてないわね」

「爺さんと婆さんにも、見せてやりたかったな」

「……うん」


「あの子たちが、いつか大きくなったら……」

「その時は、きっと、この想いをついでくれるかもね」

「……うん」


 そんな話をしていると、二階の灰夢の部屋から、

 ドタバタと戯れる、子供たちの声が響き始める。


「……あ? げっ!? 何だ、急に、そんな大勢で……」

「狼さんっ! お花ありがと〜!」

「ごしゅじ〜んっ!」


「ちょ、そんなに大人数で入ってくんなっ!」


「えへへ〜っ! お兄ちゃんは渡さないのだぁ〜っ!」

「お兄さんは、私の従者ですよ〜っ!」

「ししょ〜っ!」

「おししょ〜っ!」


「暴れんなっ! 狭ぇんだよ、てめぇらぁ!!!」


「ダークマスターっ! また一緒に、術を考えるデスよっ!」

「フッシーっ! また一緒にデートしよー!」

「おにーさんっ! またバチバチしよーよっ!」

「また一緒に、深海を泳ぎにいきましょう。灰夢さま〜っ!」


「せめて、日付をズラせよっ! 俺は一人しかいねぇんだっつのっ!」


「灰夢は相変わらずじゃのぉ……」

「わらわも、たまには参戦じゃ〜っ!」

「牙朧武、見てねぇでなんとかしてくれっ!」


「ましゅたぁ〜! あそぶ〜っ!」

「ほら、白愛も行っておいで……」

「ちょ、危ねぇ危ねぇっ! 白愛っ! 危ねぇから近づくなっ!」

「大丈夫だ。オレの作った武装が、ちゃんと白愛を守る」

「それのせいで、俺らが危ねぇっつってんだよッ!!!」


「おいで、白愛っ!」

「ふぅ、恋白がいてくれて助かっt……」

「今日は、わたくしたちも参加させていただきますよっ! 主さまっ!」

「おねぇちゃん、いこぉ〜!」

「ちょ、お前までそっち側かよっ! 恋白っ!」


 その荒れる物音を、蒼月たちは静かに聞いていた。


「大人気だね、灰夢くん……」

「灰夢、モテモテ……」

「うふふ、私も梟月さんのところに、行ってこようかしらっ!」

「そうだね。そろそろ、僕たちも戻ろっか」

「……うん」

「あら、あなたたちはもう少し、お花を見てからいらっしゃいよ」


「……え?」

「……?」


「せっかく綺麗なお庭が出来たんだもの、デートでもしてらっしゃいなっ!」


 そう言い残すと、霊凪は店内へと戻って行った。


「…………」

「…………」


 残された二人が、静かに目線を合わせる。


「リリィちゃん。もう少しだけ、僕に付き合ってくれるかい?」

「……しょうがない。特別、だよ?」

「やったぁ〜っ! じゃ、行こっかっ!」

「……うん」



























    そういって、蒼月とリリィは、再び花を見て周り、


            梟月と霊凪は、灰夢たちの声を聞いて微笑んでいた。


























「狼さん、ワタシを食べて~っ!」

「おししょー、えっちさんなの……め、です……」

「なら、こいつら退けてくれよ。風花っ!」


「ワタシの理解者は、ダークマスターだけデスよ~っ!」

「勝手に、お前の理解者にすんなっ!!」


「主さま、わたくしと本契約してくださいませっ!」

「それチューするやつじゃないですか、一人占めはダメなのだぁ~!」


「えへへ~、ワタシは狼さんと、三回もチューしちゃったもんね~!」

「なんか一回増えてますし、氷麗ちゃんも何か言ってあげてくださいよっ!」

「……えっ!? ……そ、そうだね。キスは……ね。えへへ……」

「氷麗ちゃん? まさか、隠れてチューしてないですよね?」

「──ひぇっ!? そ、そんなことは……」

「じーーーーーー……」

「ちょ、ちょっと言ノ葉、顔が怖いよ……?」

「正々堂々って言いましたよ? わたし……」

「待って待って、言霊を使うのはやめて~っ!」


「お兄ちゃんっ! どうなんですか!?」

「どうでもいいから、俺の人権を返せっ!!」

「どうでもよくないですよ、とても大事なことですっ!!」


「灰夢は、いつも大変じゃのぉ……」

「そう思ってんなら助けろよっ! 牙朧武ッ!!!」

「モテキが来てよかったな、灰夢……」

「モテ期もクソもあるかッ! 満月も見てねぇで何とかしろッ!!!」

「オレは白愛がいれば、それだけで満足だ」

「てめぇの気持ちなんか聞いてねぇよッ! 歳を考えろ、ロリコン野郎ッ!!!」


「ご主人ぐらいの年齢には、このわらわがピッタリじゃろ~っ!」

「賞味期限切れのロリババアが、うつつぬかしてんじゃねぇぞッ!!!」

「よいではないか~、よいではないか~っ!」

「九十九も、本当に神経が図太いのぉ……」

「あれなら封印されてても、正直否定は出来ないな」



























  「 てめぇら、いい加減にしねぇと喰らい尽くすぞっ! ゴラァッ!!! 」



























 六畳間の一室を、溢れんばかりの愛が包み込み、


       かつてない愛情を向ける、灰夢の大事な家族は、


             最後にみんな仲良く、影の中へと落ちていった。



























❀ 第拾参章 穏やかな日々と命の花 完結 ❀

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