第陸話 【 誰かを想う心 】

 月影たちは、祠の中を確認してから戻り、

 満月は、戦いによって壊れた店を修復していた。




「とりあえず、今のところは問題なさそうだな」

「植物庭園も、問題ないって……」

「あの悪魔たちが負けることすら、敵には予想外だったのかもしれないね」

「まぁ、人間に負けるとは、普通は思わないよな」


 周囲の点検を終えた月影たちが、店の中へと戻る。


「この場所がバレてるとなると、次の奇襲も時間の問題かな」

「敵のボスは、随分と臆病者みてぇだな」

「まぁ、ネクロマンサーは手下が多いからね」

「まだ、『 自分の出る幕ではない 』とでも思ってんのか」


 月影たちが話をしていると、傍に居た桜夢が、

 静かに涙を流しながら、月影たちに頭を下げた。


「ごめん、なさい……」

「別に、お前が悪いわけじゃねぇだろ」

「だけど、みんなを……。危険な目に、遭わせちゃった……」

「あんなもん、俺らには日常茶飯事だ。気にすんな」


 灰夢が慰めるも、桜夢の涙が止まらない。


「狼さんが、切られた時……。死んじゃったかと、思った……」

「いや、本当に切られたとしても、それはねぇだろ。不死身なんだから……」

「そうだけど、怖かった……。ワタシのせいで、みんなが……」

「はぁ……。ったく……」


 震えながら涙を流す桜夢の頭に、灰夢がポンッと手を置く。


「大丈夫だ。何があっても守るって、約束しただろ?」

「……うん」

「誰も桜夢を嫌ったりしねぇよ。大丈夫だから、ちったぁ俺らを信じろ」

「もう、ワタシのせいで……。誰も、傷つけたくないよ……」

「あぁ……。だから、マザーは俺が倒す。必ず、桜夢を自由にしてやる」

「……おお、かみ……さん……」


 桜夢はしばらくの間、その場で涙を流し続けていた。



 ☆☆☆



 その夜、しばらく泣いていた桜夢を部屋に寝かせてから、

 灰夢は蒼月と店のカウンターで酒を飲みながら話していた。


「さっき、情報屋の仲間に面白い話を聞いたよ」

「……面白い話?」

「遥か昔、この国がまだ他国と戦争をしていた頃の話さ」

「……世界大戦時の時代か」

「滅んだ国の死者が次々と蘇り、人を襲う事件があったそうだ」

「お前、それって……」


 蒼月の話を聞いた灰夢が、驚いた表情で大きく目を見開く。



























  『 コードネームは【 喰らい歩く死者の軍勢ストラトス・トン・ネクロン 】、


          殺したの者すら自分の味方にする死者の部隊だ 』



























「ゾンビ軍団、そんな事件があったのか」

「忌能力事件だから、世間じゃ隠蔽されているけどね」

「それは、今回の事と関連があるのか?」

「正直、同一人物かまでは分からないけど……」

「…………」

「もし、その時の犯人が生きていたとしたら……」


 起こりうる未来を想像し、蒼月の手にも自然と力が入っていた。


「ちなみに、その……。スト〇ング・ゼロだっけか」

酒飲み人の味方ストロング・ゼ〇じゃなくて、喰らい歩く死者の軍勢ストラトス・トン・ネクロンね」

「それで生まれた死者の軍勢を、昔の奴らは、どう沈めたんだ?」

「聞いた話では、一人の巫女が死者の魂を天に返したらしいよ」

「いや、そっちの方がチートだろ。誰だ、そいつ……」

「分からないけど、それが原因で指名手配されたらしくて……」

「……指名手配?」

「ゾンビを殺したことで、人殺しと国の上役に判断されたらしい」

「でも、ゾンビってのは、もう人間に戻らねぇんだろ?」

「そりゃ、もちろん……」

「なら、人殺しも何も、もう死んでるじゃねぇか」

「でも、普通の人間には生きている人間と同じに見えたんだろうね」

「そりゃ、彷徨う死者たちを救った巫女も報われねぇな」


 灰夢が話を聞きながら、酒を一口だけ口にする。


「でもよ、蒼月……」

「……ん?」

「さっきのやつらはゾンビじゃなく、悪魔だったんだよな?」

「そうだね。魔術も使ってたし、間違いないと思う……」

「マザーの使う死霊魔術ってのは、悪魔も呼び出せる能力なのか?」

「いや、正確に言えば、悪魔を呼び出せる術式ではないよ」

「なら、なんで骸骨共じゃなく、悪魔がマザーに従ってるんだ?」

「それは、そもそもの術が、死者を蘇らせる術式じゃないからさ」

「……違ぇのか?」


 蒼月が酒をひとくち口に入れ、灰夢に話を続けていく。


「死霊魔術というのは、、その者を術式だ」

「……定着?」

「死体という器を用意して、そこに捕まえた魂を入れ従わせる」

「なら、どうして死んだ人間が蘇るんだ?」

「それは、殺した瞬間に、元の器に魂を入れ直しているからさ」

「つまり、その入れる魂が、何らかの方法で捕まえた悪魔の魂なら……」

「当然、普通の死人と同じように、悪魔がマザーに従うって訳さ」

「なるほど、そりゃ厄介な術式だな」

「ただ、その悪魔の魂の出所が分からない」

「……悪魔を召喚して殺したとかか?」

「悪魔なんて、そんなにポンポン出てくるモノじゃないでしょ……」

「だが、事実……。悪魔はたくさんいるって桜夢が言ってただろ?」

「もしかしたら、悪魔の魂を売っている者がいるのかも……」



( もしかしたら……。アイツが、この国に…… )



 蒼月が真剣な表情をしながら、自分の酒の水面を見つめる。


「はぁ……。あと何回、世界の終わりを救えば気が済むんだかな」

「今年だけで、もう三回目だね。灰夢くん……」

「そろそろ、勇者の職務も辞任させて頂きたいところだな」

「こんなに歳食った勇者、僕は見た事ないよ」

「いい加減、英雄という形で次世代に引き継がせてくれ」

「いいじゃないか。最近は、優秀なパーティが増えてるんだから……」

「年寄りが集まってるか、女子高生にたかられてるの間違いだろ」

「よく言うよ。あんなにモテモテに、チューなんかしちゃってさ」


 当てつけのように文句を言いながら、蒼月が酒を流し込む。


「お前にも、死ぬほど愛情を注いでくれる想い人が居るだろ?」

「そりゃいるけど、チューは絶対させてくれないでしょ……」

「したら、逆に毒を流し込まれそうだな」

「やめてよ、シャレにならないじゃんか」


 灰夢の一言に、蒼月が苦笑いをしながら目を逸らす。


「にしても、お前も物好きだなぁ……」

「……そう?」

「はたから見たら、殺されに行ってるようにしか見えねぇよ」

「あんなに純粋な心を持つ子は、他に居ないと思うけどなぁ……」

「……純粋?」


 蒼月の言葉を聞いて、灰夢が不思議そうに見つめる。


「彼女は出会った時から、自然を愛する真っ直ぐな目をしていたんだよ」

「…………」

「愛する者を死んでも守る。そんな強い心を持つ彼女に惹かれたのさ」

「……そうか」


「その分、敵に回すと躊躇いなく殺しにくるけどね」

「それを純粋にやるのは、やばくねぇか?」

「それもきっと、愛の形だよ。彼女なりのね」

「それなら、あのヒステリックにもならないでほしいけどな」

「まぁ、素を見せてるだけ、僕らは信用されてるって事なんじゃない?」

「そうなのか? まぁ、お前がいいなら、別にいいんだけどよ」

「今は、他にも純情な女の子がいるけど、僕の一目惚れは変わらないさ」

「一番最初に見つけた相手が、最も難易度の高い相手だったな」

「あははっ。それでも、いつか僕は彼女を振り向かせてみせるよっ!」

「まぁ、せいぜい頑張れ……」

「上手くいった時は、一杯奢ってね」


 それからしばらくして、灰夢は自分の部屋へと戻った。



 ☆☆☆



 灰夢が部屋に戻ると、桜夢と一緒に寝ていたケダマが目を覚ました。


「……ごしゅじん?」

「ケダマ、桜夢を守っててくれたのか」

「にゃ〜ん、ゴロゴロォ……」

「ありがとな。一人じゃ心細いだろうから、守ってやってくれな」

「……?」

「まぁ、言ってもわかんねぇか」


 純粋な瞳で見つめてくるケダマを、灰夢が優しく撫でる。


「……ごしゅじん」

「……ん?」

「……ま、もる?」

「……んっ!?」

「……?」

「ふっ……。少しずつ、お前も言葉を覚えてんのか」

「にゃ〜ん……」

「一緒に守ってやろうな。ケダマ……」


 ケダマはコクっと頷くと、そのまま再び眠りについた。


 そこから数日の間は、何事もない日常が続いた。

 言ノ葉の部活、忌能力練習、敵組織の情報収集。


 当たり前の変わりない日常が、灰夢の周りを流れていた。



 ☆☆☆



 一週間後、灰夢が風呂を出て店に戻った時だった。


「あっ、ししょーっ!」

「おししょー、おかえりなさい」

「おう、ただいま」


 店に戻った灰夢を、風鈴姉妹と蒼月、バイト中の氷麗が出迎える。


「おっ、灰夢くん。風呂上がったんだね、おかえり……」

「おう。……にしても、本当によく降るな」

「まぁ、秋雨前線真っ只中だからね。しょうがないさ」

「雨の時は、ろくな事がねぇんだよなぁ……」


 灰夢は雨の降る灰色の空を、風鈴姉妹と共に、静かに見上げていた。


「お兄さん。雨の日に、何かあったんですか?」

「あぁ、今年の梅雨に、怖い女豹に氷漬けにされかけた事があってな」

「それは誰のことか、詳しく聞かせてもらって良いですか?」

「まぁ、細かいことは気にするな」

「全然、細かくないんですけど……」


 不満そうな氷麗が、頬を膨らませながら灰夢を見つめる。


「そんなことより、お前もバイト終わりだろ? 帰らなくていいのか?」

「今日は泊まりで女子会をする予定なので、大丈夫です」

「鈴音も参加だよ〜っ!」

「風花も、です……」


 灰夢の足元から、風花と鈴音が嬉しそうに手を上げる。


「氷麗。お前、最近泊まりの回数増えてるよな」

「ま、まぁ……。居心地いいですから、ここ……」

「一応、ちゃんと学校も行ってるし、別にいいんだけどよ」

「やった! お兄さんの許可も貰いましたっ!」

「はぁ……」


「灰夢くんは、女の子に甘いなぁ……」

「こいつの人生だ。俺がわざわざ、どうこう言うもんでもねぇよ」


 蒼月の微笑ましそうな笑顔に、灰夢が呆れながら答える。

 すると、灰夢の部屋に居たケダマが、二階から降りてきた。


「……ごしゅじん」

「……ん? どうした?」


 ケダマが灰夢の腕を引っ張り、二階の部屋まで連れていく。


「……どうしたんだろう?」

「……さぁ、なんですかね」


 蒼月たちは、その後ろ姿を不思議そうに見つめていた。

 灰夢が導かれ、部屋に入ると、いつもの自分の部屋だった。


「……どうした?」

「……ごしゅじん、守る?」

「……ん?」


 もう一度、部屋をゆっくり見渡し、灰夢が不意に違和感に気づく。


「──ッ!?」


 そして、慌てて斜め向かいにある、言ノ葉の部屋にノックをした。


「は〜い、誰ですか〜?」

「言ノ葉っ! 桜夢、そこにいるか!?」


 女子会の準備をしていた言ノ葉が、自分の部屋の扉を開ける。


「いえ……。今は、お兄ちゃんの部屋で寝てるんじゃないですか?」

「いや、居ねぇ……。下にもいなかった……」

「……えっ?」


 灰夢が急いで店に戻り、蒼月たちに事情を話す。


「風呂には行ってないから、もしかして出ていっちゃったかな」

「……出ていった?」

「ほら、自分がいると迷惑そうなこと言ってたじゃん?」

「あぁ、まぁ。確かに言ってたが……」

「ここ数日、なんとなく元気なかったし……」

「今日の女子会も、その為に開く予定だったんですけどね」

「面倒なことになったな。雨だと俺や牙朧武でも匂いを追えねぇ……」


 月影たちは、雨を見ながら最悪の展開を考えていた。



 ☆☆☆



 その頃、桜夢は一人街の中を彷徨っていた。



( これで、みんなを巻き込まずに…… )



「ターゲット、発見……」

「……えっ?」


 後ろを振り向くと、数人の悪魔が立っていた。


「いや、やめt──ッ!?」





 桜夢は忌能力を使う前に、無数の悪魔たちに口を塞がれ、

 手足を魔術で縛られながら、悪魔たちに連れていかれた。

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