第伍話 【 捨て駒 】

 ケダマが来てから、数日が経過していた。


 灰夢たちは、いつも通りの日常を過ごし、

 晩御飯を食べ終え、食器の片付けをしていた。




「桜夢ちゃん、元気ないですか?」

「……えっ? いや、そんなことは無いんだけど……」

「なんか、嫌いなもんでも入ってたか?」

「ううん、すっごく美味しかったよっ!」

「そうか。なら、何をそんなに気にしてるんだ?」

「…………」


 無言で俯く桜夢の前に、灰夢がそっと座り込む。


「ワタシ、ここに居てもいいのかなって……」

「……なんでだ?」

「ワタシ、罪人なんだよ? たくさんの人、誘惑して連れ去ってきたんだよ?」

「……まぁな」

「なのに、こんな幸せになっても、居てもいいのかなって……」

「別に、お前がしたくてしてた訳じゃないんだろ?」

「それは、そうだけど……」


「人は時に過ちを犯す。子供なんか、特にそうだ……」

「でも、罪は同じでしょ?」

「あぁ、それは間違いない。悪いことをすれば、償う罪は必ずある」

「なら、ワタシは自由になっちゃ行けないんだよ」

「あのなぁ、お前はもう十分……」


「シャーーーーーーッ!」

「……あ?」


 灰夢が振り向くと、ケダマが外に向かって威嚇していた。


「おい、どうした? ケダマ……」

「あらあら、どうしたのかしら……」


 ケダマの様子を気にしていると、灰夢の頭に声が響く。

 

『灰夢、気を付けろ……』

『どうした、牙朧武……』

『外に何かいるぞ……』

『……人か?』

『いや、マナを感じる。恐らく、人間ではない』

『チッ……』


 それを聞くと、灰夢は席を立った。


「お前ら、ここから出るなよ」

「……お兄ちゃん」

「……お兄さん」


 灰夢の表情に状況を察した言ノ葉と氷麗が、息を飲む。


「灰夢、気をつけろ」

「外を見てくる。満月、チビ共を頼む」

「あぁ、わかった……」


「灰夢くん、僕も行くよ」

「蒼月、頼む……」


 灰夢が店の扉に近づき、そっと様子を探る。

 すると、眼帯を外した蒼月が、大声で叫んだ。


「──ッ!? 灰夢くん、危ないッ!」

「……ん?」


 蒼月の呼び掛けに、灰夢が後ろを振り向いた途端、

 ドカァンッという音と共に、扉や壁が一気に砕けた。


 その突然の攻撃で、灰夢が店の奥まで吹き飛ばされる。


「──お兄ちゃんっ!?」

「──お兄さんっ!?」


「ターゲット、桜夢、発見……」

「よし、とっとと回収するぞ……」


 テレパシーのような声と共に、二人の赤目の人間が、

 壊れた扉から、不敵な笑みを浮かべながら入ってくる。


「あぁ、ご……ごめん、ごめんなさい……」


 その二人の姿を見て、桜夢が突然、ガタガタと震え出した。


「桜夢ちゃん、私の後ろに隠れてなさいっ!」

「れ、霊凪さん……」


 霊凪が桜夢や言ノ葉たちを、そっと自分の後ろに隠す。

 そんな子供たちを守るように、月影たちが立ちはだかった。


「わたしの店を壊すとは、いい度胸じゃないか」

「礼儀がなってねぇな、ったく……」( ※ 裏リリィ )

「また店を壊しやがって、材料も無限じゃないんだぞ?」


「桜夢、回収する……」

「うへへ、他は皆殺しだ……」


「テメェら、悪魔か。エロガラスと同じ匂いがするな」


「大人しく桜夢を渡せ。そうしたら命は助けてやる」

「抵抗、無意味。降参、推奨……」


 そう告げる二人の悪魔に、蒼月が不敵な笑みを返す。


「やれるもんならやってみな。僕ら月影全員を相手に勝てるならね」

「人間如きが、立場をわきまえろ」

「どうせ、マザーの手下だろ? 君たちには、聞きたいことが山ほどあるんだ」

「面白い。なら、立場を分からせてやr……!?」



 <<< 牙穿流・参ノ型・漸影風刃脚がせんりゅう・さんのかた・せんえいふうじんきゃく >>>



 その瞬間、奥に吹き飛んだ灰夢が、忍のような影を纏い、

 リミッターを開け、稲妻と共に光速で敵へと突っ込んだ。


「敵戦力、確認……」

「コイツ、人間じゃないのかっ!?」


 驚く悪魔二人に、灰夢の紅い獣の瞳が睨みを利かせる。



























     「 入店の仕方も知らねぇクズ共が、偉そうに吠えるな 」



























 蒼月が二つのマグナムを構え、灰夢の横に並ぶ。


「片方は、僕が相手をするよ」

「左のヤツは任せる。俺は、このナイフを舐めてる雑菌野郎を潰す」

「こいつらは死んだ人間の肉体を被った魔人だ、気を付けて……」

「わかった……。悪魔なら本気を出しても、どうせすぐには死なねぇよな」


 そういって、灰夢は静かに笑みを浮かべる。



 ☆☆☆



 そんな灰夢たちの姿を、桜夢は不安そうに見つめていた。


「……狼さん」

「大丈夫です。お兄ちゃんたち、すっごく強いのですっ!」

「お兄さんは、こんなので負けたりしないですよっ!」

「う、うん……」


 言ノ葉たちの言葉を聞いて、桜夢が祈るように手を合わせる。



 ☆☆☆



 敵の一人が羽を生やし、夜空へと大きく飛び立つと、

 その後を追うようにして、蒼月も空へと飛んでいった。


 そして、早々に空高くで、魔弾の打ち合いが始まる。


「まさか、そっちにも悪魔がいるとはな」

「テメェは、どう調理してくれようか? 雑菌野郎……」

「その影を纏った姿。お前も、ただの人間じゃないな?」

「そりゃ、お互い様だろ。いや……。テメェの場合は、人間ですらねぇか」


「人間如きが、オレ様に楯突きやがって。立場をわからせてやる」

「そんなにナイフばっか舐めて、鉄分が足りてねぇんじゃねぇか?」

「へっ、ほざいていられるのも、今のうちだ──ッ!!!」


 そう悪魔が吠えた瞬間、目にも止まらない速度で、

 灰夢と悪魔による、激しい体術の打ち合いが始まった。


「やるなぁッ!! 人間ッ!!」

「いつまで余裕をかましてられるか、試してやるよ」

「雑魚が。その首持ち帰って、姐さんへの手土産にしてやらぁッ!!!」



 <<< 正典魔術・闇夜を斬り裂く死鎌テネブラース・カエデーンス・タナトス・カノン >>>



 詠唱と同時に、ただのナイフが巨大な鎌へと変わる。


「──チッ!」

「──ギャハハハハハハハッ!!」

「──狼さんッ!」


 その瞬間、灰夢が胴体から真っ二つにされるも、

 幻影のように、斬られた体がその場から消えた。



 <<< 幻影呪術・虚ろな影げんえいじゅじゅつ・うつろなかげ >>>



「──なっ、消えた!? 奴はどこに……」



 <<< 牙穿流がせんりゅう伍ノ型ごのかた落花狼刺らっかろうぜき >>>



 真上から落下しながら、カカト落としをかました灰夢が、

 稲妻を纏いながら、地面ごと悪魔を雷撃で潰しにかかる。


「──ぐはッ!!」

「ほら……。次、行くぞ──ッ!!!」


『 姿すがたかく臆病者おくびょうものの、まこと姿すがたあばかんとせん 』



 <<< 灰弄死術かいろうしじゅつ幻姿落剥げんしらくはく >>>



 そのまま掌底を打ち込むと、敵の肉体が灰となり、

 人の器の中に入っていた、悪魔の本来の姿が現れた。


「──こいつッ!?」

「化粧が剥がれたな、雑菌野郎ッ!!」


 体制を整える間も与えずに、次々と灰夢が体術を叩き込む。



























   『 らいし血肉ちにく鳳花ほうかよ、大地だいちくだいてみだれん 』



























        【  ❖ 刄血死術・染天残花 紅椿 じんけつしじゅつ・せんてんざんか あかつばき❖  】



























「──オラァ、俺の鉄分を分けてやらぁッ!!!」


 乱れ打ちから回し蹴りを入れ、勢いよく地面に叩きつけると、

 悪魔の腹部から一本の真っ赤な木が生え、椿の花が咲き乱れた。


「チェックメイトだ、クソ悪魔……」

「……ぐ、はぁ……こ、こいつ……」

「テメェは、蒼月みてぇな瞬間移動は出来ねぇみてぇだな」


 必死にもがくも、悪魔が動けずに這いつくばる。


「灰夢くん、おつかれさま。こっちも終わったよ」

「おう、お疲れ……」


 空から蒼月が、気絶した悪魔を連れて帰ってきた。



 ☆☆☆



 そんな二人の姿を見て、桜夢が目を見開く。


「す、凄い……」

「お兄ちゃんも蒼月のおじさんも、やっぱり強いのですっ!」

「正直、どっちが悪役か分からないですけどね」


「さっすが、ししょ〜っ!」

「おししょー……。お見事、ですっ!」


 子供たちは嬉しそうに、笑みを浮かべていた。



 ☆☆☆



 灰夢がしゃがみ、地面に這いつくばったままの悪魔に語りかける。


「さぁ、マザーとやらの居場所を吐いてもらおうか?」

「ふ、ふっへへへ。お前らなんかに、くれてやる情報はねぇぞ」

「俺は拷問が苦手なんだ。早ぇところ吐かねぇと死ぬぞ?」


 そう言いながら椿に触れると、悪魔の体から血の棘が生えてきた。


「ぐふぁ、ぐはぁ……この、バケモノがぁ……」

「悪魔が、ただの人間相手に何を言ってやがる」

「お前らなんか、姐さんが相手なら、一瞬だ……」

啖呵たんか切ってこのザマの奴が、どの口でほざく?」


「あの小娘が死んでない理由は分からねぇが、オレらは裏切り者を許さない」

「……裏切り者?」

「一度でも逃げ出したなら、どこまでも追いかけ必ず殺す」

「桜夢は、逃げ出したことになってるのか」

「帰ってこなければ同じだ。使えない捨て駒を生かしておく義理はない」

「使えねぇか、なるほどな」

「情報は絶対に吐かない、オレらに裏切りはありえないっ!」


「いや、それだけ吐いてくれりゃ十分だ……」

「……なん、だと?」

「要は、そっちから出向いてくれるんだろ?」

「ははっ、そんな口を聞けるのも今のうちだ。後で後悔しろっ!」

「後悔するのは、どっちだろうな?」

「ど、どういう意味だ……」

「お前は負けたんだよ、その意味が分かるか? ……」



 ──その瞬間、その場の上空に巨大な瞳が現れた。



「蒼月っ! その手に持ってる悪魔から離れろッ!!!」

「──えっ!?」


 蒼月と灰夢が離れると同時に、呪いの術式が悪魔に発動する。


「なんで、姐さんっ! オレたちはまだ、嫌だ……死にたくない、死にt……」

「…………」



 ──そのまま悪魔は体を崩壊させ、その場から跡形も無く姿を消した。



「今のは、死の宣告……」

「マザーとやらは、手段を選ばずに来てるな」

「使えなければ、片っ端から証拠隠滅するつもりか」

「あぁ……。負けた手下は、一人残らず消していくつもりだろう」

「なるほど、マザーと呼ばれるだけのことはあるね」

「ったく、面倒な相手を敵にしたもんだな」





 店の周りに出来た、戦いで壊れた爪痕を見ながら、

 月影たちは、事態の深刻さを身に染みて感じていた。

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