第肆話 【 化惰魔 】

 灰夢の膝の上で、気持ちよさそうに眠る裸の幼女を見ると、

 恋白の体から妖気が溢れ出し、後ろから水の大蛇が三匹姿を現した。





「あの、主さま……これは、いったい?」

「待て待て待て待てっ! 分かったから、その後ろの蛇を消せっ!」

「さすがに、主さまとはいえ、幼女を相手にこういう行いは如何なものかと……」

「違う、俺はこんなガキは知らん。何かの間違いだってっ!」

「何かの間違いで、裸の幼女を膝に乗せますか?」

「ほんとに知らねぇんだよ。頼むから、弁解する猶予をくれっ!」

「結果次第では、多少の罪は認めていただきますよ?」

「分かったから、俺が悪かったら何してもいいから、一旦落ち着けっ!」

「そうですか、かしこまりました……」


 恋白は静かに頷くと、後ろに蠢く大蛇を消した。


「はぁ、死ぬかと思った。死ねねぇけど……」

「……ごしゅじん?」

「……あ?」


 足元で目覚め見上げる少女を、灰夢が毛布で優しく包む。


「お前、誰だ?」

「鈴音さまや、風花さまでは無いのですよね?」

「いや、違うだろ。これは……」


「……?」

「……お前、どこから来たんだ?」

「……?」

「……こいつ、言葉通じねぇのか?」


「……ごしゅじん?」

「いやな、それだけ喋られても解決しねぇんだよ」


 ケモ耳を生やした少女が、つぶらな瞳で灰夢を見つめる。


「あの、主さま……」

「……ん?」

「子猫さまは、どちらに行かれました?」

「あっ……」

「もしかして……」

「恋白、ちょっとこい……」

「……はい?」


 灰夢は少女を抱えると、走って一階の店へと向かった。


「おい、蒼月ッ!」

「……ん? どうしたんだい? 灰夢くん……」

「お前、このガキが誰かわかるか?」

「誰って、この間の拾ってきた子猫ちゃんでしょ?」

「分かってんなら、なんで早く言わねぇんだよッ!!」

「いや、別に害はないから、いいかな〜って……」


「いいわけねぇだろっ! どうすんだよ、こんなもん家に入れてっ!」

「いいじゃない、特に悪意も無いし。本当に、ただの子猫だよ?」

「ただの子猫じゃねぇだろ、どう見てもっ! 誰が世話すんだよっ!」

「今更、一人二人女の子が増えたって、変わらないでしょ〜!」

「チッ、こいつ……」


 軽く答える蒼月に、灰夢がしかめっ面を向ける。


「蒼月さまは、分かっていらしたのですね」

「まぁね。ただ、何を言っても、助ける結果に変わりはなかったでしょ?」

「まぁ、言ノ葉さまたちなら、恐らくそうですね」


 恋白は納得すると、子猫の顔を見つめていた。


「はぁ……。どうすんだよ、これ……」

「……ごしゅじん」

「なんで、俺がご主人なんだよ」

「灰夢くんが、ずっと傍に居るからじゃないの?」

「まさか、この先も俺に面倒みろと?」

「自ら自然に帰るならあれだけど、望んで君の傍に居るならそうなるね」


「冗談じゃねぇぞ。今年に入って、何人ガキが増えてると思ってんだ」

「君、きっと今年厄年なんだよ」

「厄年って、六十二歳までじゃなかったか?」

「まぁまぁ。もう起こっちゃったもんは、しょうがないニャ〜!」

「遺言は、それでいいか?」

「分かった、今のは僕が悪かったよ……」


 灰夢のギロッと睨んだ目を見て、蒼月が死を悟る。


「……ごしゅじん」

「分かったから、そんな寂しそうな目で見んなって……」


 子猫がうるうるとした瞳で、じーっと灰夢の顔を見つめていた。


「それにしても、面白いくらいに可愛く化けるね」

「……化ける? こいつは、化け猫なのか?」

「【 猫又 ねこまた】だよ。人に変化して、おびき寄せて喰らったりする妖魔さ」

「おいおい、結構ガチじゃねぇか」

「まぁ、教育次第でしょ。心はまだ、純粋無垢な子供だし……」


「猫の擬人化なんて、どこの妄想癖だよ」

「擬人化と言うよりは、猫の姿も今の姿も、どっちも化けた姿だけどね」

「……どういう事だ?」

「本当の姿を出したら、結構デカいって聞くよ?」

「おい、店ぶっ壊れんぞ……」

「さすがに、こんな所で戻ったりしないでしょ。多分……」

「保証しきれてねぇじゃねぇか」

「まぁ、それも教育次第かな」


 そういって、蒼月が子猫に笑みを向ける。


「まさか、それを俺にしろと?」

「まぁ、本音を言えばね」

「ったく……。俺は、いつから教育者になったんだか」

「今更でしょ。子供たちに懐かれてるのが、何よりの証拠さ」

「はぁ……、仕方ねぇ。とりあえず、満月にテキトーな服を作ってもらうか」

「そうだね、それが一番てっとり早い」


 そういって、灰夢たちは満月の部屋へと向かった。



 ☆☆☆



 夕方になり、学校を終えた言ノ葉たちが帰宅した。


「……ごしゅじん」

「だから、俺はお前のご主人じゃねぇよ」


「本当に、人の姿になってます」

「お兄さん。この子が本当に、あの猫ちゃんなんですか?」

「あぁ、そうだ……」

「狼さんの部屋、女の子いっぱいだねっ!」

「いかがわしい言い方をすんな。お前らが勝手に俺の部屋にいるんだろ」


 子供たちが物珍しそうに、灰夢にくっつく幼女を見つめる。


「鈴音たちと、同じ耳が生えてる」

「おししょー、この子は……。狐じゃ、ないんですか?」

「あぁ。正真正銘、言ノ葉たちが拾ってきた猫、【 けだま 】だ……」


「……けだま?」

「誰も名前付けねぇから、俺が勝手にそう呼んでる」

「呼び方、可哀想すぎませんか?」

「なんでだ。動く毛玉だぞ、可愛いだろ?」

「そう言われると、そんな気もしないですね」


「漢字で書くと【 化惰魔けだま 】だな」

「おぉ……。なんだか、急にバケモノ感が増したのです……」

「化ける怠惰な妖魔だ。いいネーミングセンスだろ?」

「まぁ、響きは嫌いじゃないので、良しとしましょう」

「良しとするんだね、言ノ葉……」


 何故か、納得している言ノ葉に、氷麗が死んだ魚の目を向ける。


「この子、なんで急に化けたんでしょうか?」

「蒼月いわく、元気になってきた証拠らしい」

「あぁ、なるほど……」


 すると、氷麗が不安そうな声で、灰夢に問いかけた。


「お兄さん。やっぱり、いつかは自然に帰しちゃうんですか?」

「……どういう意味だ?」

「いえ、お別れはやっぱり、寂しいなって……」


「狼さん。この子、帰る場所あるのかな?」

「所詮は猫だ。親が傍にいない以上は、自然の中でも一人だろ」

「……そっか」


 灰夢の言葉を聞いて、子供たちが静かに俯く。


「ここは、月影の本拠地だからな。普通の家庭とは違う」

「まぁ、そうですよね」


『 飼いたい 』という言葉は、子供たちの口からは出なかった。

 それでも、別れを惜しむ子供たちの顔を見て、灰夢が笑みを浮かべる。



























  「 だから、人間じゃねぇのが一匹増えても、今更、変わらねぇだろ 」



























「……え?」

「それって……」


 まさかの灰夢の言葉に、子供たちが目を丸くした。


「ただの猫とか動物なら、霊獣や悪魔を警戒するものは少なくない」

「そうなんですか?」

「生物的に格上だからな。普通は、本能でそれを悟るはずだ」

「な、なるほど……」

「だが、こいつは子供だからか、妖魔だからなのか知らねぇが警戒はしていない」


 そういって、灰夢がゴロゴロと甘えるケダマの顎を撫でる。


「だから、こいつが牙朧武や俺らに怯えねぇなら、別にいいんじゃねぇか?」

「……いいの? 狼さん……」

「こいつが外で生きていける保証は俺にはできん。それに……」

「……それに?」



























      「 お前らが、こいつを助けたいと思ったんだろ? 」



























「……お兄ちゃん」

「だったら、最後まで責任もってやれ……」


 その言葉を聞いて、子供たちの表情に笑顔が溢れた。


「やぁ〜た、やったぁ~っ! お兄ちゃん、大好きなのですっ!」

「お兄さんっ! ありがとうございますっ!」

「狼さん、ありがと〜! ばり好いと~よっ!」

「分かったから離れろ、いちいちくっつくなっ!」


「……ごしゅじんっ!」

「ケダマも、どさくさに紛れて入ってくんなよっ!」

「ししょー! 鈴音も〜っ!」

「おししょー、大好きですっ!」

「多い多いっ! 潰れっから、重てぇからどけって!!」





 みんなが抱きつく中に、ケダマも一緒に紛れると、

 子供たちに負けない笑顔で、幸せそうに笑っていた。

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