第参話 【 拾われた子猫 】
灰夢と桜夢は、お昼ご飯を食べ終えると、
そのまま二人で、灰夢の部屋でゲームをしていた。
「初めてにしては上手いな、桜夢……」
「そう? えへへ〜。やったぁ〜、褒められたぁ〜っ!」
不意に灰夢の部屋に、コンコンッっとノックが響く。
「……ん? どちら様だ?」
「お兄ちゃん、ちょっといいですか?」
「言ノ葉、帰ってきたのか。入っていいぞ……」
「ありがとです、失礼しますね」
そういって、言ノ葉が扉を開け、氷麗と共に部屋に入る。
すると、横にいた氷麗の手には、タオルに包まれた、
一匹の小さな子猫が、両手で大事そうに抱かれていた。
「うわぁ、可愛いっ! ……けど、元気ないね。この子……」
「お前ら、その猫どうした?」
「雨の中に倒れていたので、思わず連れてきちゃいまして……」
「お兄さん、何とかしてあげられませんか?」
「何とかって……。とりあえずは温めるのと、先に餌だな」
灰夢は影から毛布を取り出し、言ノ葉と氷麗に渡した。
「俺は食えそうなもん持ってくる。少し、お前らで面倒見とけ」
「はい、ありがとです。お兄ちゃん……」
灰夢はそのまま、餌を持ってくるついでに、店へと向かった。
☆☆☆
店には、梟月と蒼月が、いつも通りに話をしていた。
「おや、灰夢くん。ちょうど良かった」
「なぁ。今、チビ共が猫を連れてきたんだが?」
「ちょうど僕たちも、その話をしてたんだよ」
「わたしたちも、言ノ葉に言われたからね」
「また、
「いいのか? ここで世話しても……」
「店に支障がないように面倒を見れるなら、入れても良いと言ったよ」
「そうか。まぁ、許可を貰ったならいいか」
「今、買い物に行った霊凪に、キャットフードを頼んでおいた」
「そうか、助かる。とりあえず、今、食えるもん作るから、台所借りんぞ」
「あぁ、構わないよ……」
そういって、灰夢は台所に入っていった。
☆☆☆
灰夢は軽い料理を作ると、自分の部屋へと戻った。
「ほら、これなら食えるだろ」
「お兄ちゃん、本当になんでも作りますよね」
「こんなの、キャベツを煮込んでササミを入れただけだ」
「即席にしても、キャットフード以外直ぐに浮かびませんよ。普通……」
「ネコ科は肉食寄りだ。こいつが食えりゃなんでもいい」
灰夢が餌をそっと置くと、猫が嬉しそうにムシャムシャと食べる。
「美味しそうに食べてますね」
「この猫、尻尾が二つ生えてんのか」
「たまにいますよね、二又の猫って……」
「まぁ、人間にも、俺らみたいなのがいるくらいだからな」
「この子も、私たちみたいに一人なのかな」
「さぁ、どうだろうな。親猫はいなかったのか?」
「はい。物陰の通路で、隠れるように横たわっていました」
「そうか。なら、こいつも他の猫から嫌われてるのかもな」
子供たちが、少し悲しそうに俯く。
「お兄ちゃん、しばらくお世話してもいいですか?」
「うちは人じゃないのもが多いから、動物的にはどうなんだろうな」
「この子が嫌じゃなかったら、いいんですか?」
「梟月たちも許可してるなら、追い出しはしねぇが。お前ら、学校があるだろ」
「まぁ、そうですけど……」
「俺も仕事が無いわけじゃねぇからなぁ……」
困った顔をする灰夢を見て、桜夢がそっと手を掴む。
「狼さん、ワタシからもお願い……」
「……桜夢」
「……桜夢ちゃん」
「ここに置いてもらってるワタシが言うのもなんだけど、見捨てたくないの」
桜夢が真っ直ぐな瞳で、じーっと灰夢を見つめる。
「はぁ……。分かった、ひとまず元気になるまでな」
「うんっ! ありがとう、狼さんっ!」
「やったぁ! やっぱり、お兄ちゃんは優しいのですっ!」
「お兄さん、ありがとうございますっ!」
「お前らで、ちゃんと面倒みろよ?」
「「「 はいっ! 」」」
「……にゃ〜ん?」
晩飯を済ませ、代わる代わるにお風呂に行きながら、
子供たちは嬉しそうに、拾った猫の面倒を見ていた。
☆☆☆
夜になり、灰夢が風呂から上がり、
自分の部屋に帰ってきた時だった。
「にゃ〜ん、おいちぃでちゅか〜? にゃにゃ〜ん……」
「にゃ~ん?」
( ……あ? )
室内から響く、聞いたことの無い謎の声を聞いて、
灰夢が影に潜り、こっそり扉を開けずに部屋に戻る。
「にゃ〜ん」
「ほらほら〜、可愛いでちゅねぇ……」
「…………」
「にゃ〜ん?」
「にゃ〜ん、にゃ〜ん」
「何してんだ、氷麗……」
「ひゃあぁあぁあぁあぁっ!!」
猫の真似をしていた氷麗が、慌てて灰夢の方を振り返った。
「お前、キャラがぶっ飛んでんぞ……」
「おっ、おおお、お兄さんっ!? いつから、そこにいたんですか!?」
「今、風呂から戻った……」
「い、言ってくださいよ。完全に自分の世界に浸ってたじゃないですかっ!」
「部屋から聞き慣れねぇ声がしたから、静かに来たんだよ」
「はぁ……。もう、嫌だ……。恥ずかしぃ、死にたい……」
「死にたいときに死ねるくせに、贅沢な奴だな」
「いや、何に嫉妬してるんですか」
氷麗が顔を赤くしながら、その場に丸くなる。
「猫、大丈夫そうか?」
「はい、だいぶ元気になりました」
「……そうか」
「夜は、お願いしても大丈夫ですか?」
「あぁ……。どうせ、桜夢の事も見てなきゃだしな」
「ありがとうございます。お願いしますね、お兄さん……」
その日から灰夢は、桜夢を見守るのと一緒に、
言ノ葉たちの居ない時間も、猫の面倒も見ていた。
☆☆☆
猫が来てから数日後、桜夢の昼寝を見守りながら、
灰夢は猫を膝の上に乗せて、部屋で一緒に眠っていた。
「……ん?」
「おはようございます、主さま……」
「──っ!? あぁ、なんだ……。恋白か……」
「主さまも、たまにはぐっすりとお眠りになられるのですね」
「まぁ、この部屋にいる時だけはな」
「左様でございますか。それは、とてもいい事ですね」
いつの間にか座っていた恋白が、灰夢の顔を見て微笑む。
「というか、いつから居たんだ? お前……」
「そうですね。今から、一時間ほど前からでしょうか?」
「……何しに?」
「主さまに、お知らせしたいことがあったので……」
「お前、一時間も起きるのを待ってたのかっ!? 俺の前で、ずっとっ!?」
「……はい」
「いや、起こせよ。別に怒ったりしねぇから……」
「それも考えましたが、急ぎのようでもありませんし、それに……」
「……それに?」
「主さまの寝顔が、とても可愛らしかったので……」
「えぇ、怖っ……」
恋白の眩しい笑顔を見て、灰夢の表情はドン引きのまま固まった。
「……んで、俺に何の用だったんだ?」
「一応、ここ数日の桜夢さまの、ご報告をと……」
「あぁ、どうだ? 腕や足の傷なら、だいぶ無くなってきたみたいだが……」
「お風呂で体の様子も確認しましたが、かなり良くなっておられます」
「そうか。さすが、リリィが作っただけあるな」
「はい。さすが月影の方々は、対応力が素晴らしいですね」
「全くだ。たまに、自分がいるのが申し訳なくなる」
「そう仰られる主さまも、かなりの対応力だと思いますが……」
「牙朧武や九十九、死術の力を借りればの話だ。俺だけじゃ何も出来ねぇよ」
「それでも事実、多くの方を救っておられますよ」
「たまたま、そいつらを救える力を俺が持ってただけだ」
「そんな謙虚な所も、わたくしはお慕いしております」
「恋白に言われると説得力を感じるから、俺でも少し自信がつくな」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄です」
灰夢がそっと、傍で眠る桜夢の頭を撫でる。
「桜夢の親玉は、なかなか尻尾を掴ませないな」
「はい、蒼月さまや警察の方々も、頑張っておられるようですが……」
「まぁ、先を急いでもしょうがねぇか」
「ですね。時が過ぎれば、自ずとその時が来ると思われます」
「……そうだな」
すると、恋白が突然、部屋をキョロキョロと見渡す。
「そういえば、主さま。あの子猫さまは、どちらに?」
「あぁ、それならここに……あ?」
灰夢が膝の毛布をそっと退けると、灰夢の足を枕に、
ぐっすりと気持ちよさそうに寝ている、裸の猫耳少女がいた。
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