第弐話 【 命を背負う覚悟 】

 桜夢が来た次の日、灰夢は寝ている桜夢の傍で、

 一晩中、過去の死術を漁りながら、見守っていた。





 昼過ぎになってから、桜夢がゆっくりと目を覚ます。


「……お、狼さん?」

「起きたか、どうだ? 寝れたか?」

「うん、よく眠れたよ」

「そうか、そいつはよかった……」


 桜夢は目を覚ますと、辺りをキョロキョロと見回していた。


「……みんなは?」

「言ノ葉と氷麗は学校、風花と鈴音は精霊たちの所に遊びに行った」

「あぁ、学校かぁ……」

「……ん?」

「ギュルルルルルルルル……」


 桜夢のお腹から、大きな音が響く。


「あ、あっはは……。お腹、すいちゃった……」

「お前、よく腹が鳴るな」

「えへへ、食いしん坊なのかな。ワタシ……」

「健康な証拠だ。……下に行って食うか?」

「うん、食べたいっ!」

「わかった、んじゃ行くか……」

「うんっ! えへへっ……」


 灰夢はそういうと、桜夢を連れて、一階の店へと向かった。



 ☆☆☆



 店に行くと、SACTの唯と宗一郎が顔を出していた。


「あっ……」

「……ん? あぁ、そうか。お前、逃げてたな。そういや……」


 二人に気づいた桜夢が、灰夢の後ろにそっと隠れる。


「おや、灰夢くん。おはよう……」

「おう。唯たちには、蒼月から連絡したのか?」

「うん、昨日の夜にね。一応、脱走したことになってるからさ」

「まぁ、そりゃそうだよな」


「お、狼さん……」

「大丈夫だから、そんな怯えんな」


 桜夢が灰夢の服を掴みながら、不安そうに見つめていると、

 それをカウンターから見ていた唯が、灰夢の元に歩いてきた。


「灰夢さん、おはようございます」

「おう、お前も桜夢の要件か?」

「はい。昨日の夜に連絡を貰ったので、本人の所在確認ということで……」

「なるほど。まぁ、そうなるか……」


 不安そうな桜夢の頭に、灰夢がポンッと手を置く。


「その、病気……いえ、呪いが治ったとか……」

「あぁ……。蒼月が大丈夫っつうんだから、きっと大丈夫だろ」

「そうですか。……その、灰夢さんの方は、大丈夫なのですか?」

「……ん? 俺の忌能力、知ってんだろ?」

「まぁ、軽い怪我程度なら見た事ありますが、呪いとまで言われると、さすがに……」

「体がバラけても治るんだ。呪いぐらいじゃ、俺は死ねねぇよ」

「そうですか。灰夢さんが居てくださって、本当によかったです」

「たまたまだ。過去に見つけた死術書に、偶然そういうのがあってな」

「それでも、一人の少女の命を救えたことに、変わりはありませんよ」

「まぁ、それもそうだな」


 唯が桜夢の顔を見つめると、桜夢が怯えて灰夢に隠れた。


「それで、その子の今後の事なのですが……」

「……連れていくのか?」

「……お、狼さん」


 唯と話す灰夢に向けて、桜夢が潤んだ瞳を向ける。


「本当は、そうしなければならないのですが……」

「……違うのか?」

「連れていくと言ったら、灰夢さん……渡してくれますか?」

「…………」

「…………」


 真剣な眼差しで桜夢を見つめてから、灰夢が唯に視線を戻す。


「……渡すと思うか?」

「ですよねぇ……。蒼月さんとも話しましたが、そんな気はしてました」

「まぁ、唯ならきっと、分かってくれるだろうって思ってっからな」

「むぅ〜、その言い方はズルいと思います」

「……そうか?」


 唯が不貞腐れるように、頬をぷっくらと膨らませる。


「とりあえず、こちらでも対応はできる限りします」

「そうか、礼を言う」

「ただ、犯人を捕まえるまでは、根本的な事件解決にはなりません」

「まぁ、そうだな」

「なので、敵の頭を捉えるまでの、保留釈放としておきます」


「つまり、桜夢を捕まらせないように、保留期間中に親玉を捕まえろと?」

「まぁ、ストレートに言うとそうなりますね」

「なるほどな。それなら、話が早くて助かる」

「灰夢さんなら、そう言ってくださると思ってました」


 そういって、唯はニッコリと笑みを浮かべた。


「……にしても、よくSAKTの中で、そんな回し方が出来たな」

「それはまぁ……。こちらにも、無駄な権力を持つ上司がいますから……」


 それを聞いた宗一郎が、唯の元へと歩み寄る。


「その言い方は感心しないな、唯……」

「工藤先生が言い出したんじゃないですか、『 私が黙らせる 』って……」

「それはそうだが、教え子にそんな扱いをされると、私も心が痛む……」


「宗一郎……。お前って、見た目の割に結構メンタル弱いよな」

「いや、それは唯ちゃんだからじゃないのかな。灰夢くん……」

「まぁ、それもそうか」


 唯がポカンとした顔で、灰夢と蒼月を見つめる。


「それは、どういう意味ですか?」

「親父ってのはな、娘には勝てねぇんだ……」

「……ん?」


「まぁ、手を回してくれたことには礼を言うよ。宗一郎……」

「私からしても、君たちには借りがたくさんあるからね」

「お前のそういうところ、俺は嫌いじゃねぇよ」

「それに、君に本気で歯向かわれたら、私たちに勝ち目はないさ」

「そりゃまぁ、本気で奪いに来たら、そうなるだろうけどよ」


「そんな、灰夢さん……。我々と敵対するような発言はやめてくださいよぉ……」

「この忌能力の時点で、大半の人間は敵になるんだぞ?」

「まぁ、そうですけど……」

「それに、そんな中途半端な覚悟で、なんて言えるかっての……」

「ふふっ、灰夢さんらしいですね」


 後ろにいた桜夢が、灰夢の羽織をギュッと掴りしめた。


「ねぇ、狼さん。ワタシ、連れていかれちゃう?」

「行かせねぇよ。だから、この二人が来てくれたんだ」

「……そうなの?」


 桜夢が不思議そうな表情で、警察の二人を見つめる。


「君は仮釈放の身だ。早いところ、君を閉じ込めてた人を捕まえないとね」

「……マザーのこと、捕まえるの?」

「まぁ、それが私たちの仕事だからね」

「マザーは人のこと、すぐに殺しちゃうよ?」


「そのために、俺ら忌能協力集団アウトサイダーがいる」

「…… 忌能協力集団アウトサイダー?」

「俺らは、そういう忌能力者や怪異と戦ったり助けたりすんのが仕事なんだよ」

「……そうなの?」

「まぁ、俺は本来戦闘ではなく、何かを運ぶことがメインなんだけどな」

「それじゃあ、マザーには……」


「でも、君を自由にする為に、灰夢さんは戦ってくれるって……」

「……狼さん」

「助けるっつったろ。交わした約束くらいは守ってやっから、心配すんな……」

「うんっ! えへへ……」


 桜夢は嬉しそうに、灰夢にベタベタと抱きついていた。


「昨日とは見違えるほど、元気になってますね」

「そりゃまぁ、呪いが解けたからな」

「いえ……。それ以上の何かが、この子の中で変わったんだと思います」

「……ふっ、そうかもな」


 笑顔で灰夢に抱きついている桜夢を、灰夢は笑ってそっと撫でる。


「実際、相手が殺りに来るなら、俺は本気で潰しにいくぞ?」

「その時は、我々の方で形にして処理します」

「……そうか」

「はい。なので、身柄の拘束はできる範囲で大丈夫です」

「わかった、礼を言う……」


「では、わたしたちは、これで失礼しますね」

「あぁ、わざわざ来てもらって悪かったな」

「いえ……。これが、わたしたちの仕事ですからっ!」

「唯は少し真面目が過ぎる。あまり気を入れすぎて、先にばてんなよ」

「はい。ご心配、痛み入りますっ!」


「では、私も、これで失礼するね」

「宗一郎もありがとな、いつも助かる」

「私は蒼月くんに命を救われた身だ。これぐらいは当然さ……」


 そういうと、唯と宗一郎は車に乗って帰っていった。


「最近は、よく雨が降るね」

「こういう時に、大体何かあるんだよな」

「あははっ……。トラブルメーカーの君が言うと、説得力があるね。灰夢くん……」

「蒼月まで言うなよ。最近、少し自覚してきてるんだから……」

「まぁ、自覚して何とかなるものじゃないけどね」

「全くだ……。老後ぐらいは、穏やかに過ごしたいところだな」


 しとしとと降る雨の様子を、灰夢と蒼月が静かに見つめる。


「ギュルルルルルルル……。ねぇ、狼さん……」

「あぁ、そうか、昼飯な。今、作ってやるよ」

「……うんっ!」


「灰夢くん、僕のも作ってくれる?」

「もちろんだ。ちょうどお前に食わせたかった、悪魔のレシピとか言う料理本を見つけてな」

「あのぉ、出来れば人間が食べるものでお願いしたいんですけど……」

「……自分で作るか?」

「……楽しみにしておきます」





 灰夢の買った、悪魔のレシピによって生み出された料理は、

 文句一つ付けられない程に、美味しいサラダうどんだった。

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