❀ 第壱部 第拾弐章 猫と少女と交わした約束 ❀

第壱話 【 刻まれた恐怖 】

 桜夢の呪いを解いた後、灰夢は死術書をしまい、

 蒼月は桜夢の体に、異常がないかを確かめていた。




「……どうだ?」

「うん、問題は無いと思うよっ!」

「そうか。そいつは一安心だな」

「狼さん。助けてくれてありがとね」

「気にすんな。礼なら、その笑顔だけで十分だ」

「えへへっ……」


 桜夢が灰夢に、ニッコリと笑ってみせる。


「ギュルルルルルル……」

「ふっ、健康な音が聞こえたな」

「なんか安心したら、お腹すいちゃった」

「そうか。まぁ、色々動いたからな」


「そういえば、晩御飯の支度がまだだったわね」

「ご飯、今朝から食べてないや」

「なら、作っといてやるから、風呂に入ってこい」

「……作ってくれるの?」

「そりゃ、作らなきゃ俺らの飯はねぇからな」


 当然のように答える灰夢に、桜夢は驚いていた。


「人の手作りなんて、最後に食べたのいつだろう」

「……そんなにねぇのか?」

「うん。手料理なんて、ほとんど食べたことないよ」

「そうか、なら期待しとけ。すっげぇもん作ってやっから……」

「ほんとっ!?」

「あぁ……」

「今日は桜夢ちゃんの歓迎会だものね。頑張らなくっちゃっ!」


 霊凪が嬉しそうに微笑みながら、袖をまくって気合を入れる。


「満月、風呂ってもう動いてるか?」

「あぁ、お前らが外にいるうちに、動かしておいた」

「そうか、礼を言う。ついでに、桜夢の服を作ってくれ」

「あぁ、分かった……」


「言ノ葉、氷麗、風花と鈴音も、桜夢を風呂でピカピカにしてこい」

「了解なのですっ!」

「了解です。行ってきますね、お兄さん……」

「ししょー、ご飯楽しみにしてるねっ!」

「おししょー……。行って、きます……」


「あぁ……。九十九と恋白も、そばで見ててやってくれ」

「うむ、了解じゃ……」

「承りました、主さま。行くよ、白愛……」

「えへへっ、おふろー!」


 女性陣が桜夢を連れて、ゾロゾロと檜風呂へと向かっていく。


「んじゃ、俺は晩飯を作ってくる」

「私たちは、ここの飾り付けをしておくわねっ!」

「あぁ、よろしく頼んだ……」

「任せてちょうだい。あなた、手伝ってくれる?」

「あぁ、わかった……」


「僕は少し、部屋でネクロマンサーの能力を調べてくるね」

「オレもネットで、組織のことや、それっぽい情報が無いか調べてみよう」

「あぁ、よろしく頼む……」


大精霊たちみんな、ちょっと手伝って……」

「マスター、どうしたんデスか?」

「薬、作るから……」

「了解です、お手伝いしますね。マスター……」


 そういって、月影たちも、各々の持ち場へと向かっていった。



 ☆☆☆



 女性陣は風呂場に着くと、桜夢をピカピカにしていた。


「はぁ〜、お風呂なんて久し振りだなぁ……」

「なんか、見違えるくらいに綺麗になりましたね」

「……うん」


 気持ちよさそうに湯船に浸かる桜夢を見ながら、

 言ノ葉や氷麗たちが、あまりの変化に目を疑う。


「その尻尾は、子供の頃からあるんですか?」

「これは、初めて幻惑を使った時に生えてきちゃって……」

「それから、そのままってことですか?」

「一応、消せるんだけど、出てないと能力が使えないの……」

「あぁ、なるほど……」


「しまってるよりは、出てた方が開放感があるからねっ!」

「なんか、小悪魔感凄いですね」

「桜夢さまの能力はサキュバスに近いと、蒼月さまが仰っておりましたからね」

「はたから見たら、エッチなコスプレですよ」

「えへへ、あんまり褒められると照れちゃうよぉ……」

「いや、それは褒めてはいないんじゃないかのぉ……」


 デレデレと照れる桜夢を見て、言ノ葉たちが哀れみの視線を送る。


「それにしても、凄く大きいね」

「……ん? 何がですか?」

「……おっぱい」


 桜夢が見つめる氷麗の胸に、全員の視線が釘付けになった。


「え、えっとぉ……」

「ちょっと、触ってみてもいい?」

「ダ、ダメですっ!」

「ダメって言われると、触りたくなるよねっ!」


 桜夢がいかがわしい表情のまま、氷麗の体に飛び掛かる。


「あっ、ちょっと……ひゃんっ、だめっ! あんっ、そこは……」

「こ、これは……。凄い、弾力だァ……」

「んもぅ、おだつんでないふざけないでッ!!!」

「──グハッ!」


 氷麗は桜夢の頬を引っぱたき、顔の半分を凍らせた。



 ☆☆☆



 店に戻ってくると、灰夢たちが、ご飯の準備をして待っていた。


「ほら、待たせたな」

「まさか、これは……あの伝説の【 お子様ランチ 】デスか?」

「いや、お子様ランチにしては、本格的すぎないか?」


「凄いっ! 狼さん、こんなにご飯作れるの?」

「まぁ、無駄に年期は積んでるからな」


 でかい皿に乗った数々の料理を見て、家族たちが目を光らせる。


「わぁ〜い、バンバーグだぁ~!」

「オムレツ……。乗って、ます……」

「トンカツも乗ってるのだぁ!」

「こっちには、ピラフまで乗っておりますね」

「それに、ナポリタンまで……。お兄さん、ワンプレートに入れすぎでは?」

「何を言ってる。【 トルコライス 】と言う名の、ちゃんとした料理だぞ?」

「あっ、ちゃんとあるんですね。料理名……」

「南の方の郷土料理だな」


「【 強化版お子様ランチ 】の間違えだろ」

「まぁ、それっぽい名前で呼ばれることも少なくはねぇらしい」

「……少なくないのかよ」

「桜夢が『 手料理をほとんど食ったことない 』って言うから、本気出した」

「いや、本気の出し過ぎにも程があるだろっ!」


 平然と答える灰夢に、満月が尽かさずツッコミを連発する。


「灰夢くんって和風な見た目の割に、結構洋風の料理も作るよね」

「そういえば、この間の風邪を引いた時はサムゲタン作ってくれましたね」

「お弁当は、重箱でしたけどね」

「凝りようが凄くて、たまに道を間違えてる気がするよ」


「狼さん。これ、全部食べていいの?」

「あぁ……。おかわりもたくさんあっから、好きなだけ食え」

「やったぁー! いただきまぁ〜す!」

「いただきますなのだぁ〜!」

「い、いただきます……」


 業務用レベルの食材を使い果たし、晩餐は二時間程で終わった。



 ☆☆☆



 片付けが終わると、月影たちは、それぞれ自分の部屋へと戻り、

 灰夢の部屋では、言ノ葉と氷麗、風花と鈴音が桜夢に寄り添っていた。


「ぐっすり寝ちゃいましたね」

「よっぽど疲れてたんだろうな」

「雨の中、走り回ってたみたいですからね」

「こうやって寝るのも、久し振りなんじゃねぇか?」

「監獄にいた時は、『 厳しかった 』って言ってましたもんね」


 すると、不意に風花が、灰夢の袖をクイクイっと引く。


「ねぇ、おししょー……」

「……ん?」

「桜夢お姉ちゃんは、悪い人……ですか?」

「そうだなぁ。風花から見たら、どう見える?」

「凄く、優しかったです……」

「……そうか」

「あと、寂しそうでした……」

「……寂しそう、か」


 それを聞いて、灰夢が桜夢の寝顔を見つめる。


「ししょーと唯さんのお仕事からしたら、悪い人なんだよね?」

「まぁな。ただ、何事にも例外はある。あんまり深く気にすんな」


「桜夢ちゃん、幸せになれる?」

「本人がどう望むか、だな」

「おししょー……。幸せに、してくれる?」

「そうだな。まぁ、出来ることはしてやるさ」

「……そっか!」

「よかった、です……」

「お前らも、出来るだけ仲良くしてやってくれ」

「……うんっ!」

「……はいっ!」


 すると、コンコンッと、灰夢の部屋にノックが響く。


「……誰だ?」

「……ワタシ」

「……リリィ?」


 扉を開けると、大精霊たちとリリィが立っていた。


「どうした? こんな時間に……」

「よかったら、これ、使って……」


 そういって、リリィが謎の瓶を灰夢に渡す。


「なんだ? これ……」

「ワタシの育てた、植物の、成分が入った、クリーム……」

「まさか、桜夢の傷跡か?」

「うん。きっと、よくなるから……」

「そうか、ありがとな。これは助かる」

「……うん」


 大精霊たちが、灰夢の部屋をそっと覗き込む。


「あの子、大丈夫そうデスか?」

「あぁ、今はぐっすり寝てるよ……」

「呪いが解けて、ほっとしたのかもしれないですね」

「だな。一日逃げ回ってた疲れってのもあるだろう」


「薬が、必要だったら、また言って……」

「あぁ、わかった。ありがとな」

「……うん」


 用を済ませると、リリィたちは、植物庭園へと帰っていった。


「わたしたちも、そろそろ寝ますね」

「おう、言ノ葉と氷麗もありがとな」

「いえ、同い年の女の子同士の方が、話しやすいこともありますから……」

「そうだな。また起きたら、気にかけてやってくれ」

「はい、任せてください」


 言ノ葉が笑顔で、灰夢に言葉を返す。


「ししょー。鈴音たちも、今日はお姉ちゃんたちと寝るね」

「あぁ、風花と鈴音もありがとな」

「おししょーも、ゆっくり……。休んで、ください……」

「あぁ、ありがとう」


「お兄ちゃん、おやすみです……」

「おやすみなさい、お兄さん……」

「おやすみ、ししょー……」

「おやすみ……なさい、おししょー……」

「おやすみ、また明日な……」


 子供たちは、言ノ葉の部屋へと眠りにいった。



























         眠っていた桜夢は、一人、夢を見ていた。



























         夢の中に、ひたすら鞭を打つ音が響き渡る。



























『また失敗したね? 桜夢……』

『ご、ごめんなさい、ごめんなさい……』

『全く、いつになったら学習するんだ、使えない小娘がっ!』

『痛い、痛いよ……ごめんなさい、ごめんなさい……』

『お前の病気を、誰が庇ってやってると思ってるんだいっ!』

『やめて、ごめんなさい……ワタシが悪かったから、許して……』

『学ばないお前が悪いんだよ。もう病気なんか知ったことかっ!』

『嫌だよ、死にたくないよ……ごめんなさい、ごめんなさい……』

『お前なんか、一人で野垂れ死にしちまえばいいんだよッ!!』



























      そういって、マザーは【 死の宣告 】を発動させた。



























 灰夢が一人、部屋の中で過去の死術書を読み漁っていた時だった。



「──いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」



「──ッ!? な、なんだ急に。どうした!?」

「嫌だよ、死にたくないよ。助けて、お願いだからっ!」


 パニックになって突然目覚めた桜夢を、灰夢が慌てて抱き寄せる。


「落ち着け、大丈夫だ。お前は死なないから、もう大丈夫だから……」

「やめて、触らないで……。いや、死にたくないのっ!」

「桜夢、落ち着けっ! 俺の顔を見ろ、俺はマザーじゃないっ!」


 灰夢が無理やり目を合わせると、気づいた桜夢の動きが止まった。



「……お、おお……かみ、さん……」



「大丈夫だ、俺はお前の味方だ。お前を傷つけたりはしない」

「怖いよ、狼さん……。ワタシ、死にたくないよ……」

「大丈夫だ、絶対死なせねぇから……」

「怖いよ、ワタシ……マザーに、殺されちゃうよぉ……」

「絶対に殺させねぇ。何かあったら、俺が必ず守ってやる」


「でも……マザー、人を……簡単に、殺しちゃうんだよ……」

「俺は不死身だから、絶対に死なねぇ。俺は絶対に殺されたりしねぇから……」

「絶対、絶対だよ……?」

「あぁ、絶対だ……だから、落ち着け。大丈夫だから……」


 その言葉を聞いて、桜夢が涙を流しながら、静かに抱きつく。


「どこにも行かないで、お願いだから……ワタシを、一人にしないで……」

「大丈夫だ、ずっと傍に居る……。だから、安心しろ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「深呼吸だ、ゆっくりな……。落ち着くまでは、このままでいいから……」

「うん、ごめんなさい……」

「謝らなくていい、怖かったな。もう、大丈夫だ……」

「うん、ありがとう。狼さん……」


 部屋の扉を霊凪がそっと開け、他の子供たちも後ろから覗いていた。


「灰夢くん。凄い声したけど、大丈夫かしら?」

「あぁ、悪い夢を見たみたいだ。悪かったな、夜中に……」

「大丈夫よ。何か、暖かい飲み物でも持ってくるわね」

「悪ぃな、礼を言う……」





 灰夢は、震えて涙を流す桜夢が落ち着くまで、

 優しく頭を撫でながら、しばらく抱きしめていた。

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