第参話 【 任務完了 】

 灰夢は捕まっていた捕虜と、小悪魔の女を連れ出すと、

 待機していた警察の唯たちに、身柄を引き渡していた。




「灰夢さん、本当にありがとうございます」

「あれで、全員なのか?」

「はい。少なくとも、わたしの部下は全員いました」

「そうか、そりゃよかったな」


 部下たちの無事を確認した唯が、ホッと息を漏らす。


「本当に、なんとお礼を言って良いか」

「別にいい。俺らも世間体のことで、手は貸りてるからな」

「善良な市民が救われるなら、手を貸すのは当然のことです」

「お前を見ていると、この世も捨てたもんじゃないと思える」

「……へっ?」

「いや、何でもねぇ……。そうだ、さっきのガキだが……」

「彼女は近くの病院で、検査をすることになっています」

「そうか、悪ぃな」

「いえ……。あの子はまだ、子供ですから……」


 少女が輸送される車を、二人が会話をしながら見つめる。


「何かあったら、また連絡してくれ。蒼月にも聞いてみる」

「はい、分かりました……」

「そんじゃ、俺は帰るな」

「また何かあれば、よろしくお願いします。灰夢さん……」

「あいよ、またな。唯……」


 そう言い残すと、灰夢は一人で夢幻の祠へと帰って行った。



 ☆☆☆



 夜になり、灰夢が月影たちの住む家まで戻ってくると、

 露天風呂の方から、お風呂上がりの蒼月が歩いて来た。


「おぉ、おかえり、灰夢くん。ご苦労だったね」

「……ん? おう、蒼月か……」

「……あれ? 灰夢くん、何か背中に付いてるよ?」

「……あ?」


 灰夢が自分の背中を見るも、特に何も見えるものは無い。


「……どこだ?」

「肉眼で見えるモノじゃないのか。なんだろう、これ……」

「お前の目には、何か見えるのか?」

「ピンク色の煙が、灰夢くんの来た道に沿って残ってる」

「……ピンクの煙? なんだ、それ……」

「何かの残り香か。もしくは、何かのマーキングかな?」

「誰が、俺なんかにマーキングするんだっつの……」

「ん〜、氷麗ちゃんっ!」


 笑顔で蒼月が告げると同時に、灰夢の顔が一瞬で青ざめる。


「洒落になんねぇから、マジでやめてくれ」

「あの子、今のバイトに来てるよ」

「あぁ、もう始めたのか」

「みたいだね。凄く楽しそうにやってたし……」

「そうか、ならいいんだが……」


 少し笑みを浮かべながら、灰夢は店の入口を見つめていた。


「灰夢くん、氷麗ちゃんと何かあった?」

「……ん? なんでだ。?」

「あの子が来た時、店の入口でキョロキョロしてたからさ」

「まぁ、この間のゲーム大会の後にちょっとな」

「それは、聞かない方がいいやつかい?」

「あぁ、出来ればやめてくれ……」

「あははっ、君が言うんだから、相当だな。りょ〜かいっ!」


 灰夢は念の為、その場で着ていた羽織を別の服に変えると、

 蒼月と二人で、明かりのついた店へと入っていくのだった。



 ☆☆☆



 灰夢たちが店に入ると、言ノ葉と氷麗が店の片づけを行い、

 その様子を、座敷で話をしながら梟月と霊凪が眺めていた。


「あら、灰夢くん。おかえりなさい……」

「おかえり、灰夢くん……」

「あぁ、ただいま……」


 座敷の二人と話すのを見て、言ノ葉と氷麗が灰夢に気づく。


「お兄ちゃん、おかえりなのですっ!」

「おぅ、ただいま……」


「遅いですよ。お兄さん……」

「悪かったな、仕事だったんだよ」

「お兄さんって、ちゃんと仕事してたんですね」

「お前、バカにしてんだろ」


 いつもの無表情な氷麗に、灰夢が呆れた顔で言葉を返す。


『恋白、着いたぞ……』

『はい、主さま……』


 灰夢の念話で声を掛けると、恋白が影の中から姿を見せる。


「お疲れ様でした。主さま……」

「お前もな。今日は助かった、ありがとな」

「いえ、またいつでも、お呼びくださいませ」


 そう、灰夢に告げると、恋白は白愛の元へ向かっていった。

 それを静かに見送った灰夢に、座敷から梟月が声をかける。


「唯くんに連絡は貰ったよ。無事に助けられたそうだね」

「あぁ……。だが、建物内でスケルトンの群れと戦った」

「……スケルトン?」

「足元に骨が落ちてた骨が、急に動いて襲ってきてな」


 灰夢の証言を聞き、梟月と蒼月が冷静な顔で見つめ合う。


「それはもしかして、前に捕まってた……」

「わからねぇ……。術や仕掛けなのか、前の捕虜なのか」

「もし、死者蘇生の能力だとしたら……」

「決定的な証拠はない。術者本人もいなかったしな」

「そうか。まぁ、何にせよ、君が無事でよかったよ」

「今回は牙朧武や九十九に加えて、恋白もいたからな」

「総合的に見ると、凄い戦力だよね。それ……」

「あぁ、おかげで効率もよかった。ありがたい限りだ」


 灰夢が蒼月と話をしていると、氷麗が不意に問いかけた。


「あの、お兄さん……」

「……ん? なんだ……」

「お兄さんって、何の仕事してるんですか?」

「何って、運びの依頼だが……?」

「──は、運びの依頼っ!?」


 急に出てきた裏社会の仕事に、氷麗が思わず言葉を失う。


「まぁ、元々は俺ら、裏社会の便利屋だからな」

「……便利屋?」

「俺たちは忌能力を使って、各々の依頼をこなす仕事人だ」

「ということは、皆さん、お仕事が違うんですか?」

「あぁ……。俺は人を運んだり、人質を救出したり……」

「えっと……。お金を、運んだりとかは……」

「時にはあるが、その時は、それなりの理由もある」

「あるのかぁ、知りたくなかったぁ……」

「んじゃ、聞くなよ。バカなのか、お前は……」


 灰夢の仕事の真実を聞き、氷麗が自然と深い溜息をつく。


「蒼月は情報屋だから、探偵じみたことを引き受けている」

「蒼月さんが、探偵……?」


 笑顔でピースをする蒼月を、氷麗が冷めた顔で見つめる。


「僕はストーカー被害とか、浮気調査をしているんだよ?」

「ストーカー被害って、警察の仕事じゃないんですか?」

「警察って、被害が出てからじゃないと動かないじゃん?」

「まぁ、それはそうかもですが……」

「そういう時に、一般人から僕たちに依頼が来るのさ」

「な、なるほど……」

「あとは、警察でも歯が立たない時に、仕事が入ったりね」

「……歯が立たない時?」

「今回のように、相手が忌能力者だと危ないでしょ?」

「あぁ、確かに……。普通の人間だと、かなり危険ですね」

「警察にも専門の部署があるけど、中身は普通の人間だ」

「相手が何の能力か分からないと、対策できませんからね」

「そう。そういう時に、警察から僕たちに仕事が来るのさ」


 人助けだと分かっていても、氷麗の表情は固まっていた。


「今まで、そんな人たちがいるなんて、知りませんでした」

「忌能力の仕事を、世間じゃ公表なんて出来ねぇからな」

「完全に裏社会を覗いてたんですね。私……」

「何を言ってやがるんだ、今更……」

「お兄さん。どうして、教えてくれなかったんですか?」

「教えてどうすんだ。俺に関わらないでいてくれたのか?」

「そんなの、関わるに決まっているじゃないですかっ!」

「なんでだよ。関わんなよ、裏社会っつってんだろ」

「そんな危ない仕事、何かあったらどうするんですかっ!」

「何があるんだよ。俺らだって、一応はプロなんだぞ?」

「だとしても、危険と隣り合わせなのは同じですよ」

「お前さぁ、俺が不死身の忌能力者なのを忘れてねぇか?」


 本気で灰夢に怒る氷麗を見て、横から蒼月が口を挟む。


「大丈夫だよ。灰夢くん、むちゃくちゃ強いし……」

「それは、そうかもですけど、運び屋だなんて……」

「まぁ、元々は忍者だからね。灰夢くんは……」

「──忍者ッ!?」

「現代では通じないから、運び屋を名乗っているけどね」


 氷麗はポカンとした顔のまま、灰夢を見つめていた。


「話は聞きますけど、忍者って、何をする人なんです?」

「昔の忍者と言えば、諜報や潜伏、暗殺が主な仕事だね」

「──あ、暗殺ッ!?」

「昔はね。灰夢くんは、人を殺めるタイプじゃないよ」

「……ほ、本当ですか?」


 座敷で寛いでいる灰夢に、氷麗が疑いの眼差しを向ける。


「その忍者ってもの、周りが勝手に言い出したんだがな」

「……そうなんですか?」

「俺はただ、死術書を探して侵入しまくってただけだ」

「それはそれで、不法侵入な気がしますけど……」

「それは、現代社会の話だろ。昔は法律なんてもんはない」

「いつの時代の話ですか、それ……」

「お前の爺さん婆さんが生まれるよりも、もっと前の話だ」


 平然と異次元の話をする灰夢に、氷麗は呆れ返っていた。


「でも、お兄さん。お祭りの時、殺意マシマシでしたよ?」

「それは、君や言ノ葉ちゃんが危なかったからでしょ?」

「まぁ、それは……」

「僕らはね。忌み子が笑って暮す為に仕事をしてるんだよ」

「忌み子が、笑って暮らせるように……?」

「忌み子も色々いるけど、奴隷や人身売買も珍しくない」

「そ、そんな……」

「時代によっては、戦争の道具にさえされていた時代もある」

「…………」

「そういう子を一人でも救う為に、僕らは戦っているのさ」

「そうだったんですね。お兄さんも、忌み子を救う為に……」


 自分の顔を見つめる氷麗から、灰夢がシレッと目を逸らす。


「まぁ、世の中からしたら、僕らも邪魔者だけど……」

「邪魔者って、どういうことですか?」

「僕たちは忌能力者だ。当然、普通の人間には恐れられる」

「そ、それは……」

「灰夢くんのように、自動発動系の力は隠すことも難しい」

「…………」

「だから、必然と僕たちは、裏社会から抜け出せないのさ」

「ということは、リリィさんや満月さんも同じなんですか?」

「うん、もちろん。まぁ、分かりやす並べると……」





 不死月 ……  運び屋( 依頼対象の運送 )


 蒼月  ……  情報屋( 事件等の情報収集 )


 華月  ……  護衛人( メイドとして護衛、保護 )


 満月  ……  技術屋( 月影の専用武器製作 )


 梟月  ……  参謀役( 月影の作戦立案 )


 霊凪  ……  霊媒師( 彷徨える魂の供養 )





「こんな感じで、請け負う仕事が割り振られているよ」

「みなさん、キャラ濃すぎませんか?」


 それぞれの偏った役職を聞き、氷麗が驚いた顔で固まる。


「何を言ってんだ、今更……」

「リリィさんのメイド姿なんて、見たことないですよ?」

「まぁ、仕事中しか着てねぇし、俺らもそうそう見ねぇよ」

「普通に話してると、何の違和感ないのに……」

「お前がだんだん、ここに馴染んできてるからだろ」

「まぁ、否定はしませんけど……」


 灰夢と蒼月はカウンター席に座ると、飲み物代を置いた。


「この話は、ここまでだ。コーヒーでも入れてくれ」

「あの、お兄っ……」

「店の制服、よく似合ってんじゃねぇか。氷麗……」

「──ひぇ!?」


 急な不意打ちに、氷麗の顔が一瞬で真っ赤に染まっていく。


「……ん?」

「い、いえ……。今、聞こうかと思ったので……」

「おう、そうか……」

「あ、ありがとぅ……ごじゃい、ましゅ……」

「なんで、聞こうとしたのに、赤くなってんだよ」

「だって、急だったので……」


 照れ隠しをする氷麗の横で、言ノ葉がムッとした表情を送る。


「お兄ちゃん、わたしはどうなんですか〜?」

「言ノ葉の制服姿は、別に初めてじゃねぇだろ」

「むぅ〜っ!」


 そんな話をしていると、氷麗がコーヒー・アートを出した。


「お兄さん……。これ、作ってみたんです……」

「……ん?」

「……どうですか?」

「これは、凄いな。お前の芸術センスが問われるレベルだ……」

「それ、どういう意味ですか?」

「率直にいえば、グロッキーが過ぎる」

「もぅ〜、なまら頑張ったのにぃ〜っ! しばらかしますよ?」

「やめろ、せっかくのコーヒーが冷めるだろ」


 すると、言ノ葉が猫の顔が描かれたコーヒー・アートを出す。


「お兄ちゃん、わたしからもプレゼントなのですっ!」

「お前は相変わらず上手いな、こういうの……」

「えへへ〜っ! 一応、ここの娘ですからねぇ〜っ!」


 褒められた言ノ葉が嬉しそうに、デレデレとしながら喜ぶ。


「ぷいっ、いいもん。私はまだ、練習中だもん……」

「まぁ、少しずつ頑張れ」

「出来るようになったら、ご褒美くれますか?」

「ダメだ、難易度が低い」

「むぅ〜、お兄さんのケチ。割と難しいんですよ、これ……」

「忌能力や不登校とは、比べ物にならねぇだろ」

「それは、そうかもしませんけど……」


 そんな話をする灰夢たちを、横から蒼月がじーっと見つめる。


「あの、二人とも……僕には?」

「……え?」

「……あっ」


 悲しげな表情をする蒼月に、灰夢が氷麗に貰った珈琲を渡す。


「安心しろ。蒼月には、このグロッキー・アートをくれてやる」

「待って、灰夢くん。氷麗ちゃん凄い冷気を出してるからっ!」

「大丈夫だ……。味は同じだから、死にやしねぇって……」

「いやいやいや。別の意味で、僕も君も殺されるってっ!!!」

「安心しろ。俺はぜってぇ、死なねぇから……」

「それは人を庇う時じゃないと、カッコよくないからっ!!!」


 そんな冗談を言いながら、結局、灰夢は二つの珈琲を飲んだ。



 ☆☆☆



 そこから、灰夢は蒼月に、今日の仕事内容の話を話していた。


「それは多分、淫魔いんまだね」

「……淫魔?」

「うん、相手を誘惑したり、幻惑を掛けて操ったりするんだよ」

「魔ってことは、やっぱり悪魔の類か?」

「うん、そうだね。よく聞く名前だと、サキュバスとかかな?」

「あ〜、それならアニメとかで見るから、何となく分かるな」

「簡単に言うと、エッチな夢や幻惑で、異性を誘惑する悪魔だ」


 蒼月の発言を聞いて、言ノ葉と氷麗がバッと同時に振り向く。


「ええ、えええええ、えっちな夢!?」

「お、おおおお、お兄ちゃん、それに会ってきたんですか!?」

「会ってきたっつうか、今回の敵だっただけな」

「お兄さんに、えっちな夢を……」

「氷麗、顔が怖ぇぞ……」


 ゴゴゴゴッと冷気を出しながら、氷麗が眉間にシワを寄せる。


「お兄ちゃんは、誘惑されなかったんですか?」

「されなかったというか、出来なかったというか」

「……出来なかった?」

「俺の御面を外して、二回ぐらい息を吹きかけたりはしてたな」

「何でバッチリ受けてんのさ。普通、それでアウトなんだよ?」

「まぁ、どうせ掛からないんだからいいだろ」

「お兄さん、鈍いですもんね」

「そういう理由じゃねぇよ、俺が不死身だからだ、多分……」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えっ、そうだよな?」

「…………」

「…………」

「…………」

「──何か言えよッ!!!」


 無言で見つめる蒼月たちに、灰夢が全力でキレ散らかす。


「ちょっと、否定できないのですよ。お兄ちゃん……」

「やめろよ。俺まで、そんな気がしてきただろ」

「まぁ、敵も男で掛からない奴がいたら、驚くよね」

「そんなに強力なのか? サキュバスの幻惑ってのは……」

「僕や霊凪ちゃんなら、幻術を解けると思うけどね」

「満月はまず、呼吸をしねぇし、誰も効かねぇじゃねぇか」

「ここにいる人を基準にしちゃダメだよ。灰夢くん……」

「…………。そうだな、悪かった……」


 冷静になった灰夢が、カウンター席で珈琲を口にする。


「そういえば、病院に行ったんだっけ? その子……」

「あぁ、なんか、病気だとか言ってたからな」

「悪魔や忌能力者なら、死ぬことないと思うけど……」

「そういうリスクがあるのは、死術ぐらいだもんな」

「元々、何か持病でも持っているのかな」

「その割には、かなり元気に動いてたぞ?」

「まぁ、検査すれば分かるか。結果が出たら聞いておくよ」

「悪ぃな、頼む……」

「でも、結局、敵の頭は出てこなかったんだよね?」

「あぁ……。敵はスケルトンと、小娘ぐらいだった……」

「また時が過ぎれば、動くかもしれない。警戒しておこう」

「あぁ、そうだな」


 すると、再び氷麗が、灰夢に追加の珈琲を出してきた。


「お兄さん、これでどうですか?」

「おい、待て……。お前、また作ったのか……?」

「だって、私も褒められたいですし……」

「あのなぁ、タダじゃねぇんだぞ? これ……」

「大丈夫です。お兄さんが買ってくれる前提ですので……」

「いや、何が大丈夫なのか、分からねぇんだが……」


 ドヤ顔で宣言する氷麗を、灰夢が冷めた視線で見つめる。


「子供には、チャンスを与えてくれるんですよね?」

「チッ、余計なこと言うんじゃなかった……」

「えへへっ……。はい、どうぞ……っ!」

「はぁ……。こりゃ、先が思いやられるなぁ……」





 その後も、事件の憶測や敵の情報を蒼月と共有しながら、

 灰夢は氷麗の失敗した珈琲を、二十杯以上飲むのだっだ。

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