第弐話 【 潜入調査 】

 人里から離れた大森林にある、地下施設の入口に、

 灰夢は牙朧武、九十九、恋白の三人を連れて来ていた。




「あれか、地下施設ってのは……」

「なんじゃ。まるで、遺跡みたいな入口じゃな」

「まぁ、森に隠す為の工作なんだろうな」


 恋白が蛇の温度感知を使い、静かに周囲の気配を探る。


「警備兵などは、見当たりませんね」

「敵の実態が見えんのぉ。ご主人、どうするんじゃ?」

「とりあえず、影に潜って侵入すっか」

「まぁ、それが妥当じゃな」

「うむ、了解じゃ……」

「承知致しました、主さま……」


 灰夢は三人を連れて影に潜ると、地下施設の中へと潜って行った。



 ☆☆☆



 さっそく地下施設に入ると、狭く薄暗い道が長々と続き、

 その途中にある分かれ道で、灰夢たちは立ち止まっていた。


「しかたねぇ、ここからは手分けだな。恋白は俺と来い」

「はい、かしこまりました」

「ならば、吾輩たちは、こっちの道に行くとしよう」

「うむ、承知したぞ。牙朧武殿……」


 そういって、四人がそれぞれ、二組に分かれる。


「全員、敵と思われる者を見つけ次第、連絡しろ。いいな?」

「うむ……」

「引き受けたぞ……」

「承知致しました……」

「うっし。それじゃ、行くぞ……」


 分かれ道を分担して、灰夢たちは進んで行った。



 ☆☆☆



 分かれ道を進みながら、灰夢が恋白に声をかける。


「恋白……。お前、来てよかったのか?」

「はい。白愛は満月さまが、お部屋で守っていて下さるとの事でしたので……」

「そうか。まぁ、お前がいいならいいんだが……」


「それに、わたくしも、主さまのお力になりたいですから……」

「別に、そんなに気を使わなくてもいいんだぞ?」

「いえ、気を使っている訳ではなく、わたくしがそうしたいのです」

「そうか。なら、俺も助かるし、ありがたく手を貸してもらうが……」

「はいっ! どこもでもお供致します、主さまっ!」



( ……なんか、だんだん俺の周りに、こういうの増えてねぇか? )



 そんな話をしながら、灰夢と恋白が道を進むと、

 地下施設の最奥に、謎の大きな鉄の扉を見つけた。


「……臭うな」

「いかが致しましょうか、主さま……」

「とりあえず、下から潜ってみるか」


 地下施設の奥の扉を影で潜り抜けると、白骨死体が広がり、

 部屋の壁全体に牢屋が付いた、円柱状の監獄部屋へと辿り着く。


 鉄格子の牢屋の中には、大人の男から女、子供までの、

 人間たちが捉えられ、何故か、俯いたまま微笑んでいた。


「なんでしょう。皆様、俯いて笑っておられますね」

「なんだか薄気味悪いところだが、こいつらが捕虜なのか?」


 そういいながら、灰夢たちが部屋の中心に向かうと、

 監獄の上の方から小さな物音が響き、二人が足を止める。


「……?」

「……?」


 そして、二人が天井を見上げると、一人の女が声をかけてきた。



























         『 ……あら、新しいお客さんかしら? 』



























 その声と共に、天井から女が飛び降りてくる。


「──主さまっ!」

「いい、俺が言うまで攻撃するな」

「はい、承知致しました……」


 お色気全開のコスプレのような、悪魔の見た目をした女が、

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、灰夢をじーっと見つめる。


 それを見て、灰夢は牙朧武たちに心話で連絡を送った。


『牙朧武、九十九、聞こえるか?』

『うむ、聞こえておるぞ。ご主人……』

『灰夢か、なにか見つけたのか?』

『敵の一人らしき人物が現れた、そっちも警戒しとけ』

『うむ、承知じゃ……』

『ご主人も、気をつけるのじゃぞ……』

『あぁ……』


 会話を悟られないように、灰夢が女に言葉を投げ掛ける。


「お前、ここの住人なのか?」

「えぇ、そうよ。なんか、変わったお面ね。黒い狐さん……」

「これは狐じゃなくて、狼な」

「狼さんなんだ、ここに何しに来たのかしら?」

「捕まってるヤツらを、連れ出してほしいって依頼を受けてな」

「ふ〜ん。そんなこと出来るかしらね?」

「出来ないと思うか?」


「この間も来たのよ、二十人くらいね」

「あぁ、なんか前にも潜入部隊がいたっつってたな」

「その人たちは、一人も帰れなかったわよ?」

「そいつは随分と、力不足だったみてぇだな」


 互いの出方を探るように、灰夢と女が冷静に見つめ合う。


「狼さんたち、たった二人だけ?」

「さぁ、どうだろうなぁ?」

「むぅ〜、教えてくれないの〜?」

「普通に考えて、敵に情報を与えると思うか?」

「ふふっ。なら、正直になるようにして……あ・げ・るっ!」

「……は?」


 女が突然、灰夢にグッと迫り、狼の御面を取り上げる。


「あっ、おい。お面……」

「スゥ〜、ハァ〜ッ!」


 すると、顔を近づけた女が、ハァ〜っと吐息を吐きかけた。


「──主さまっ!」

「…………」


 息を吹きかけられた灰夢が、黙ったまま女を見つめる。


「ふふっ。それじゃ、大人しく吐いてもらおうか? 狼さん……」


「…………」

「主、さま……」


 動きを止めた灰夢を、恋白が心配そうに見つめていると、

 灰夢は何かを訴えるように、女の顔にそっと手を伸ばした。


「さぁ、お姉さんに教えて……」



























            「 ……顔を近づけんな 」



























「あぁああぁいたたたたただだだだだっ!!」

「……あ、主さま?」

「痛い痛い、握力バケモノだってッ!!!」


 灰夢のアイアンクローに悶える女を、恋白が哀れむように見つめる。


「なんだ? 恋白……」

「あっ、いえ……。その、なんでもございません……」


 とても冷静な灰夢の返しに、恋白は心配したことを後悔していた。


「あいったぁ、どんな馬鹿力なのさ。この人……」

「お前が近づいてくっからだろ」

「……あれぇ? おっかしぃなぁ……」

「……あ?」

「なんで狼さん、意識あるの?」

「あっちゃ悪ぃのかよ、お面返せ……」


 普通に返答してくる灰夢に、女がキョトンとした表情を見せる。


「……えぇ?」

「……なんだよ」

「……狼さん、男だよね?」

「……あぁ、そうだが?」


 それを聞くと、女は再びハァ〜っと吐息を吐きかけた。


「お前、リス〇リンの効果実験でもしてんのか?」

「あれぇ〜!? なんで、かからないの!?」

「なるほど、そうやって捕虜を生け捕りにするわけか」

「──えっ!? あっ、いや……。違うの、だってこれは……」

「問答無用だ……。現地は取ったぞ、クソアマ……」

「──ひぃぃぃぃいっ!」


 眼を光らせた灰夢の後ろから、巨大な影狼が姿を現す。


「ちょ、やばいやばいやばい、ちょっとコイツら倒してっ!」


 その呼び掛けと同時に、倒れていた白骨死体が立ち上がり、

 灰夢と恋白を囲むように構えると、全ての逃げ道を塞いだ。


「カルシウム如きが、調子に乗りやがって……」

「た、たった二人で、勝ち目なんてないよっ!」

「数と力量を測り違えるな。戦闘経験の差ってやつを教えてやらァ……」



【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 灰弄かいろう ❖  】



 灰夢の体から灰が舞い、体に死印が刻まれる。


「主さま、よろしいですか?」

「あぁ……。だが、あの女は殺すな。……生け捕りにする」

「はい、かしこまりました……」

「あと、あんまり水を撒いて、牢獄の奴らまで巻き込まないようにな」

「ふふっ、承りました……」



【  水神仙衛術すいじんせんえいじゅつ …… ❀ 蛇衛じゃえいみず ❀  】



 恋白の後ろに、大きな水の玉が浮き上がり、

 恋白を守るように、三頭の大蛇が姿を現した。


「な、何あれ……」

「推して参ります、お覚悟くださいませ……」


 二人が戦闘モードに移行したのを見て、女が焦りを募らせる。


「た、たったの二人だっ! や、やっちゃえ、スケルトン軍団っ!!!」

「カタカタカタカタカタカタカタカタカタッ!!」



 <<< 水神術すいじんじゅつ斬水刄ざんすいじん >>>



 向かってきた骸骨たちに対して、恋白の後ろの水の大蛇たちが吠え、

 口から細い水のビームを放つと、綺麗に切断するように、骨がバラけた。


「なっ! 嘘、あんなに一瞬で……」

「どうせ関節がバラけても、こういうのって復活するタイプなんだろ?」

「ならば、細かく切断してしまえばいい。ですね? 主さま……」

「あぁ。治らないところを見ると大正解だな。さすが恋白だ……」

「ふふっ、ありがとうございますっ!」


 恋白が嬉しそうに、クスクスと笑みを浮かべる。


「くそっ……。なら、狼さんの方を狙ってっ!」

「カタカタカタカタカタカタカタカタカタッ!!」

「おうおう、急に大人気だな。サインなら、一人ずつにしてくれ」


 向かってくる骸骨を見て、灰夢がゆっくりと歩き出す。



























   『 孤独こどく彷徨さまよ亡者もうじゃこころちる代償だいしょうに、


          はかないのちはいとして、夢幻むげんそらへとかん 』



























         【  ❖ 灰弄死術かいろうしじゅつ夢幻灰桜むげんはいざくら ❖  】



























 近づいてきた骸骨に灰夢が触れ、骸骨を一瞬で灰に還す。


「……えっ!? 嘘……何、今の……」

「……どうした? ……もう終わりじゃねぇだろ?」


 向かい来る骸骨の群れを、次々と灰にしながら、

 灰夢がゆっくりと、悪魔の姿をした女に迫っていく。


「……な、なら……これでどう!?」

「……あ?」


 周囲の牢獄が開くと、捕虜がゾンビのように灰夢に迫る。


「返してくれるのか? 礼を言う……」

「……え?」


 灰夢が襲い来る捕虜たちを、瞬く間に影狼で喰らっていく。


「なんで、躊躇いもなく……だ、だったらッ!!」

「まだあるのか。思ったより芸が多彩だな」


 女が手をかざすと、後ろから巨大な骸骨が姿を現した。


「前言撤回、芸がねぇな」

「……えっ!? ちょ……」


 巨大な骸骨の拳に触れると、それすらも一瞬で灰へと還る。

 その謎の能力に、女は動揺しながら追い詰められていった。


「なんで。なんでよ……。や、やめて……。こ、こないで……」

「言ったはずだ、問答無用だと……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……ワタシが、悪かったから……」

「残念だが、チェックメイトだ……」

「やだよ、死にたくないよ……。許して、ごめんなさい……」


 女が腰を抜かし、その場にバタッと崩れ落ちる。


 すると、ボンッという音と、ピンク色の煙と共に、

 ボロボロの服を着た、傷だらけの少女の姿に変わった。


「……自分の姿も偽ってたわけか」

「やめて……。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 怯えて丸くなる少女に、灰夢がスッと手を伸ばし、

 ポンッと頭に手を置いて、少女にそっと語りかける。


「……お前の親玉はどこだ?」

「……ふぇ?」

「親玉だよ。どう見ても、お前が主犯格じゃないだろ」

「……なんで?」

「組織のボスが、そんなボロボロの服と傷だらけの体できて出てくるか?」

「それは、そうだけど……」


「それに、お前。……何に、そんなに脅えてる?」

「……え?」

「俺じゃない何かに、初めからずっと怯えてんだろ」

「お、狼さんには、関係ないでしょっ!」

「言いたくないならいいが。……で、親玉はどこだ?」


「…………」

「…………」


 灰夢の言葉から逃げるように、少女が目を逸らす。


「まぁ、俺は尋問は向いてねぇから、答えねぇならそれでもいい」

「……殺していいよ」

「……あ?」

「……殺すんでしょ? いいよ、殺りなよ……」

「いや、お前の命なんか要らねぇよ」


「なら、なんでここに来たんだよっ!!」

「言ってんだろ。捕まったヤツらを連れ出す依頼を受けただけだ」

「なんで、そんなこと……」

「俺は、運び屋なんでな」

「……運び屋?」

「あぁ、そうだ。今回の依頼は、ここにいる人間の命だ……」

「だってさっき、ワタシが操った捕虜も食べて……」

「影の中にぶち込んだだけだ。……別に殺してねぇよ」


「……なら、ワタシは?」

「定石なら、牢獄行きだな」

「それなら、今、ここで殺してよっ!」

「……なんでだ?」

「そんな所で死ぬくらいなら、ここで死んだ方がマシだよッ!!!」

「いや……。なんで、刑務所で死ぬ前提なんだよ」


 突然、怒鳴り散らす少女に、灰夢が冷静に問いかける。


「病気、だからだよ……」

「……病気?」

「……うん」

「……治療は?」

「受けられるわけないでしょ、こんなことしてて……」


「はぁ……。まぁ、そこは掛け合ってやる」

「どうせ、治せないよ……」

「……試したのか?」

「ううん、自分でもわかる。これはもう治せない」

「そうか。だが、ここで死ぬよりはいいだろ」

「あんたなんかに、ワタシの気持ちが分かるk……」

「…………」


 少女が隠していた刃物で、突然の灰夢を襲いかかるも、

 灰夢が瞬間的な反撃を叩き込み、一撃で少女が気を失う。


 それと同時に、少女に生えていた、悪魔の角と尻尾が消えた。


「……主さま、いかがいたしますか?」

「とりあえず、今は捕虜を運び出すのが優先だな」

「その方は、病気と仰られておりましたが……」

「コイツの状態については、唯に病院と掛け合ってもらう」

「そうですか、承知しました……」


 灰夢が少女を抱えながら、牙朧武たちに心話で呼びかける。


『牙朧武、九十九、そっちの様子はどうだ?』

『灰夢か。眠っておる人質を見つけたぞ。女子供ばかりじゃが……』

『そうか。こっちには男ばかりだ。きっと、残りの人質だな』

『なるほどのぉ。使い分けなどで、部屋を分けておるのか』


『とりあえず、そいつらを解放して連れてきてくれ。そしたら脱出する』

『うむ、了解じゃ……』

『ならば、お主らの部屋で合流しよう』

『あぁ、頼む……』


 灰夢が牙朧武たちとの心話を終えると同時に、

 突然、監獄の至る所から複数の声が響き渡った。


「はっ、ここは……」

「た、助けてくれぇ……」


「……あ?」


「ここは、どこだ……」

「おぉ、助けが来たのか……」


「なんだ。今更、気がついたのか?」


「なんだか、今まで夢を見ていたような気がして……」

「朧気なんだが、いい夢を見ていた気がする」


「……いい夢?」


 牢獄に入っていた、残りの捕虜たちが正気を取り戻し、

 牢獄の管理人を倒している灰夢を見て、救いの手を求める。


「とりあえず出してはやるが、鍵とかねぇから無理やりだすぞ?」

「……無理やり?」

「痛くもねぇし死にはしねぇから、あんま驚くなよ」

「……?」


 その瞬間、捕虜たちの足元から、次々と影狼が現れた。


「うわああぁぁぁぁあ!」

「……な、なんだこれっ!?」


「大丈夫だ。外に着いたら、ちゃんと出してやっから……」


「助けてぇ〜っ!」

「うゎぁぁぁぁあああ!!」





 灰夢は影の中に、全ての捕虜と少女をぶち込むと、

 到着した九十九、牙朧武と共に、外へと向かった。

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