❀ 第壱部 第拾壱章 淫夢の誘いと刻まれた呪い ❀

第壱話 【 失踪事件 】

 季節が夏から、秋へと変わりつつある頃。


 世間は、毎年恒例の秋雨前線に見舞われ、

 灰夢たちの祠にも、雨がしとしとと降り注ぐ。


 そんな中、灰夢はゲームが好きな住人たちと、

 暇な日中から、新作のゲームをして遊んでいた。




「ししょ〜! 頑張れ〜っ!」

「おししょー……。ファイト、です……」


「牙朧武殿、負けるでないぞっ!」

「ふっ、当然であるっ!」


「ノーミー、そっち任せたよっ!」

「任せろデス、フレイムマスターっ! 行く、デスよっ!」


 灰夢&牙朧武 対 ノーミー&サラの戦いを、

 九十九と風鈴姉妹が、後ろから必死に応援する。


「喰らうがいいデス、ダークマスターっ!」

「ぬるいな、ノーミー……」

「──なっ! これも避けるデスかっ!?」

「ほら、隙ありだ……」

「ぎゃ〜、参ったのデスよ……」


「あちゃ〜、アタシもやられたぁ〜っ!」

「ガッハッハッ! 我輩と灰夢の連携は、伊達では無いぞっ!」


 2対2のチーム戦は、灰夢と牙朧武が勝利を収めた。


「やはり格ゲーとなると、ご主人は格が違うのぉ……」

「そういう九十九さんも、いつもトップランカーだけどね?」

「あれは、ご主人が共に戦っておるからじゃよ」

「あぁ、なるほど……」


「動きが分かれば、どのゲームも似たようなもんだろ」

「それでランキングのトップが取れるなら、苦労はしないデスよ……」


 圧倒的な強さを誇る灰夢軍に、大精霊たちが哀れみの視線を送る。

 すると、突然、灰夢の部屋に、コンコンッとノックが響き渡った。


「……ん? 誰だ?」

「灰夢くん、ちょっといいかい?」


 灰夢に返事をしながら、梟月が部屋の扉を開ける。


「梟月、何か用か?」

「君に依頼が来ていてね」

「……俺に?」

「あぁ、運びの依頼だそうだ」

「そうか、わかった。すぐ行く……」

「店のカウンターで待っているね」

「……おう」


 梟月は部屋の扉を閉めると、店に戻っていった。


「ダークマスター、お仕事デスか?」

「あぁ、ちょっと行ってくる。九十九、変われ……」

「わらわたちは、行かなくて良いのか?」

「とりあえず、話を聞いてからでいい。今はみんなで遊んでな」


 そういって、店に向かおうとした灰夢の足に、

 突然、風花がキュッと、小さな手でしがみつく。


「……ん? どうした? 風花……」

「おししょー、風花も……聞いてみても、いいですか……?」

「……風花が? ……聞くって、仕事の話だぞ?」

「ししょーがどんな仕事してるのか、鈴音も聞いてみたいっ!」

「鈴音もか。別に構わねぇが、あまり楽しい話じゃねぇぞ?」


「──うんっ!」

「──うんっ!」


「わかった。んじゃ、ついてきな」

「はいっ!」

「ありがとう、ししょーっ!」


 灰夢は風花と鈴音を肩に乗せると、店へと向かった。



 ☆☆☆



 店内に着くと、珈琲を入れる梟月と話す、一人の見知らぬ女性。

 そして、お座敷で蒼月と話す、無駄に強面の大男が座っていた。


「おぉ、灰夢くん。……来たね!」

「蒼月、帰ってきてたのか」

「うん、さっきね」


 そんな話を話している灰夢を、蒼月の横から、

 顔に傷をつけた、強面の男が静かに見つめる。


「お前も久しぶりだな、宗一郎……」

「灰夢くん、ご無沙汰しているね。お邪魔しているよ」


 そう答える怖い顔の男を見て、風花と鈴音が、

 灰夢の両肩に隠れながら、灰夢の方に振り向く。


「お、おししょー……。誰、ですか……?」

「お顔、傷だらけ……」

「俺らに仕事を任せてくる、とある組織のお偉いさんだ」

「……お偉いさん?」


「おや、見たことない顔ぶれの子たちだね」

「あぁ……。今年の初めあたりから、うちで面倒を見てるチビ共だ」

「そうか、私は工藤くどう 宗一郎そういちろうという者だ、よろしくお願いするよ」


 微笑んで見せる宗一郎に、二人がコクッと頭を下げる。


 そんな話の傍ら、鈴音がカウンターの席に座る、

 スレンダーな見知らぬ女性を静かに見つめていた。


「ししょー、あっちの人は?」

「あっちが、いつも俺に仕事を依頼してくる人だ」

「……そうなの?」


 そんな二人の会話を聞いて、座っていた女性が席を立つ。




「初めまして、お初にお目にかかります。わたしの名は平塚ひらつか ゆい

 国家秘密警察・特殊事件対策局捜査課こっかひみつけいさつ・とくしゅじけんたいさくきょくそうさかの部隊長を務めています」




「唯……。その自己紹介は、ガキにはムズすぎんだろ」

「あっ……。その、申し訳ありません……」


「何か、お名前が……凄く、長かったです……」

「全然、聞き取れなかった……」


 唯の長い自己紹介に、双子が揃って首を傾げる。


「唯は分かりやすくいえば、普通の警察には難しい事件を専門にする警察官だな」

「……おまわりさん、ですか?」

「元々は軍の中から作られた組織だが、今は秘密警察として国家組織に入っている」

「おぉ……。なんか、カッコイイです……」

「正式名称『 秘密事件忌能対策局 Secret incident Ability Countermeasures team』。通称、【 SACTサクト 】と略される特殊部隊だ」

「特殊部隊だって! 凄いね、風花っ!」

「……うん」


「ちなみに、あっちの顔の怖い顔した宗一郎オッサンは、監督役のお偉いさんな」

「ははっ……。君たちだけには、怖い顔と言われたくないな」


 灰夢の説明に、風花と鈴音は目を輝かせていた。


「我々SACTは、イレギュラーな事件の解決と、被害者の生活安全保護を行います」

「……イレギュラーな事件?」





「例えば、放射能汚染地域の調査や、普通の人間では命を落としそうな現場など、

 一般の警察では処理しきれない特殊な事案を引き受け、それを解決に導きます。


 その為、我々には特殊な武器やスーツが、各部隊に特別に支給されています。

 ですが、そんな我々も所詮は一般人。やはり、対処不可能な事案は出てきます。


 そういった場合に我々が行うのが、忌能力を持つ方々へ直々の仕事の依頼です」





「そっか! ししょーなら、怪我も病気も治るから……」

「はい。中でも特に危険なのが、犯罪者が同じ忌能力者のようなケースですね」

「……えっ? 相手も忌能力者なんてことがあるの?」

「あります。力があるが故に悪に手を染める人間は、正直、少なくは無いです」

「……そっか」

「その為に、我々も忌能力を持った方と連携をと取り、事件解決に挑んでいます」

「なるほど……。でも、ししょーみたいな裏の人間が、警察と関わってもいいの?」

「そこは許可が下りておりますので、問題ありませんよ」

「……許可?」


 そんな鈴音の純粋な疑問に、唯が一枚の紙を見せる。


「月影の方々はアウトサイダーとして、我々と協定を結んでいるんです」

「……協定? ……アウトサイダー?」


「何か、美味しそうです……」

「三〇矢サイダーじゃねぇぞ? 風花……」


 ヨダレを垂らす風花の口を、灰夢が優しくカパカパと閉じて遊ぶ。


「ししょー、アウトサイダーって何?」

「俺らみてぇな、忌能力を使って人助けを行う第三組織のことだ」

「おししょーも、人を助けるんですか?」

「まぁ、俺らからすれば、ただ仕事を引き受けてるだけだがな」


 灰夢の言葉に続くように、唯が双子に説明していく。


「我々の組織では、灰夢さんのような忌能力者を【 ファクター 】と呼んでいます」

「……ファクター?」

「そうです。その中でも、SACT以外の外部協力者を【 忌能協力者 エイド・ファクター】と呼んでいます」


「おししょーは、エイド・ファクターさんなんですか?」

「俺だけじゃない。月影五人衆は、全員が専門分野に分けた忌能協力者だエイド・ファクター

「みんな、エイド・ファクターさんでした……」


「そういった、忌能協力者のエイド・ファクター集まる月影のような第三組織を【 忌能協力者団体アウトサイダー 】と呼ぶ」

「へぇ〜。ししょーって、本当に凄いんだね」

「お前の中の俺の元の印象、悪すぎんだろ。鈴音……」

「えへへっ……」


 笑って誤魔化す鈴音の頬をプニプニしながら、灰夢が横目で見つめる。


「逆に、忌能力で犯罪を起こす人を、【 忌能犯罪者 ログ・ファクター】と呼びます」

「……ログ・ファクター?」

「はい。特別な力を悪用する形で使い、多くの方を傷つける悪い人たちです」

「なんか、凄く……怖い人たち、です……」


「中には、犯罪者たちで組織を組んだ【 忌能犯罪者集団ジェネレイド 】というものもあります」

「悪い人たちも、同じように集まってるんだね」

「そんな犯罪者たちを捕まえ、人々の安全を守るのが、我々SACTの務めです」

「唯さん、カッコイイ……」

「ふふっ、ありがとうございます」


「まぁ、わかりやすく言うと、こんな感じだな」

「どれどれ……?」



       救援 → 忌能協力者 エイド・ファクター 忌能協力者団体 アウトサイダー

  SACT            VS

       対処 → 忌能犯罪者 ログ・ファクター 忌能犯罪者集団 ジェネレイド



 灰夢が影の中から、大きなホワイトボードを取りだして説明すると、

 鈴音と風花はボードに書かれた解説を見て、コクコクッと頷いていた。


「じゃあ、ししょーは正義の味方なの?」

「どうだろうな。結局のところ、世間じゃ嫌われ者であることに変わりはない」

「おししょーは、ログ・ファクターさんと戦うんですか?」

「相手の思想なんかにもよるが、基本的にはその認識で大丈夫だな」


 唯がホワイトボードに追記しながら、二人に説明を続ける。





「我々SACTは、あらゆる特殊な事件に関わっていきます。


 世の中の難事件では、汚染物質や怪異的な事件もありますが、

 特に難しい事件は、忌能犯罪者ログ・ファクターが原因である事の方が多いです。


 忌能力者の中にも、自らの意志で他人に危害を加える方や、

 生きる為にやむおえず、悪に手を染めている場合があります。


 時には犯罪者を捕え、時には忌能力者に生きる道を提供する。

 それが我々【 SACT 】の行っている仕事内容になります。


 ですが、我々もあらゆる境遇に備えた訓練を受けているとはいえ、

 強い忌能力者が相手だった場合、対応しきれないことがあります。


 なので、我々SACTは、契約した忌能協力者のエイド・ファクター協力を仰ぐ事ができます。


 中でも、月影の方々のような、強力な忌能力者の方々などは、

 我々のような一般人からすれば、とても心強い味方なんです。


 もちろん、雇うには厳しい試験を受け、資格を得る必要がありますが、

 梟月さんを筆頭に、月影の方は記録を更新する勢いで試験をクリアされ、

 今では、トップの方々も目を離せない程の活躍を見せてくれております。


 なので、今回のような特別な依頼も、お任せすることができるんですよ」





 そういうと、唯はニッコリと笑みを浮かべた。


「おししょー……。かっこいい、です……」

「逆に言えば、俺ら社会不適合者には、そういう仕事しかねぇだけだがな」

「でも、普通の人には出来ないんでしょ?」

「そりゃ、相手だって俺らと同じ忌能力者だ。普通には向かえば死ぬだけだろ」

「おししょー、ヒーローさん……みたい、です……」

「どうだかな。俺らも結局は、都合のいい方に付いてるだけの傭兵だ」


 灰夢に尊敬の眼差しを向ける双子を、唯がじーっと見つめる。


「その子たちも、忌能力者なんですか?」

「あぁ、そうだ。まぁ、今はうちに住んでるだけの、ただのチビ二人だがな」

「なるほど……。いい人に拾われたね、二人とも……」

「──うんっ!」

「──はいっ!」


 唯の笑顔に答えるように、風花と鈴音が満面の笑みで微笑む。


「ふふっ、凄く可愛い。その耳と尻尾は、灰夢さんの趣味では無いんですよね?」

「唯、テメェも灰にしてやろうか?」

「いや、すみません……。その、忘れてください……」


 灰夢がカウンターに珈琲代を置くと、梟月が直ぐに珈琲を置く。

 それを飲んで一息つくと、灰夢は座っていた宗一郎に呼びかけた。


「……んで、監督者まで顔を出すってことは、今回はただ事じゃねぇんだろ?」

「あぁ……。今回は少し、被害が大きくてね」


 宗一郎が心苦しそうな顔で、出された珈琲の水面を見つめる。


「前に蒼月が言ってた、失踪事件ってのと関わってんのか?」

「さすが、灰夢くん。鋭いね……」

「別に、お前ほどじゃねぇよ」


 蒼月を横目に見つめながら、灰夢が再び珈琲を飲む。


「唯、説明してあげなさい」

「……はい」


 宗一郎に促されるように、唯は調査書類を取り出すと、

 それを灰夢に見せながら、事件についての説明を始めた。





「例年、原因不明の行方不明者数は、全国で8万人を超えています。


 海外からは平和に見えるこの国でも、人身売買や人体実験など、

 表に事件が公開されていないだけで、多くの裏取引があります。


 そして、近年、その行方不明者数が、10万を超える勢いを見せ、

 我々SACTだけにあらず、警察組織でも問題視されてきています。


 また、今回は一部の地域で、数が急上昇している場所があり、

 その原因を探るべく、我々で独自に調査を進めておりました。


 その実態は、ただの子供や女性を狙った人間の犯行だけでなく、

 大の大人や、体格のいい男ですら連れていかれるという始末でした。


 また、警備に当たっていた、わたしの部下たちからの情報によると、

 不審な動きをした男が、フラフラと暗闇に消えたとの情報もあります。


 調査員は常に二人組で行動させ、調査を行っていたのですが、

 消えた男の後を追った二人共が、戻らなくなってしまいました。


 結局、行方は分からず。今でも、その実態は謎に包まれています。


 ですが、近辺に目撃されていた情報を元に、手がかりを集めたところ、

 とある地下施設が見つかり、そこが真相ではないかと調査を進めました。


 しかし、これまた調査に行った調査員たちが戻って来ておらず、

 施設に入ったまま、潜入班全員との通信が途絶えてしまいました。


 そんなことから、強力な忌能犯罪者ログ・ファクターが関わっている可能性を考え、

 今回は御協力をお願いしようと、足を運ばせていただいた次第です」





 話を終えると、唯は少し暗い顔をしてうつむいていた。


「その部下たちは、お前の育てた部下たちなのか?」

「はい。わたしの大切な、直属の部下たちです」

「……そうか」


 それを聞いて、灰夢がじーっと珈琲を見つめる。


「そういえば、前にノーミーちゃんも似たようなこと言ってたよね?」

「あぁ、そういや『 目のヤベぇオッサンがいたデス 』とか言ってたな」

「もしかしたら、関係があるかもしれないね」

「……となると、ますます怪異か忌能力者絡みの可能性が高いか」


 宗一郎は唯の落ち込む顔を見ると、灰夢に視線を向けた。


「灰夢くん、どうかな? ……受けてくれるかね?」

「まぁ、あんたらには俺らも世話になってるし、人情があるのも知ってる」


「……灰夢さん」

「要は、施設の中に捕まってるだろう奴らを、運び出しゃいいんだろ?」

「はい。それが、わたしからの依頼です」

「だがまぁ、敵もだが、中に全員いるか分からねぇ以上、保証はしねぇぞ?」

「それでも大丈夫です。どうか、よろしくお願いします」


 そういって、唯が最後の頼みの綱に縋るように、深々と頭を下げる。

 すると、肩に乗った風花と鈴音が、不安そうに灰夢の顔を見つめた。

 

「ししょー、捕まらないでね」

「おい、俺が捕まると思ってんのか?」

「でも、フラフラと変な動きをして、居なくなったって……」

「大の大人や、男の人……居なくなったって、言ってました……」

「俺に幻術や催眠の類は効かない。不死身の特性を信じろ」

「あっ、そっか!」

「おししょー、凄いですっ!」

「勝手に体が弾くだけで、別に俺が凄いわけじゃねぇけどな」


 期待の眼差しを向ける二人に、灰夢が呆れた視線を送る。


「灰夢さん、とても信頼されてるんですね」

「鈴音たちもね、助けて貰ったんだよっ!」

「おししょー……。凄く、強いです……」

「あんまり大袈裟にすんな、面倒な仕事が増える」


「灰夢さん。わたしの部下たちを、よろしくお願いします」

「分かった。行くなら早い方がいいか、支度してくるから待ってな」

「はい、ありがとうございます」





 灰夢は部屋に戻り、部屋の牙朧武と九十九を影に戻すと、

 唯と共に、地下施設があると言われる場所へと向かった。

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