第伍話 【 受け継がれる意志 】

 灰夢の部屋で、ゲーム大会の二次会を楽しんだ後、

 言ノ葉や他の者たちは、自分の寝床へ帰って行った。





 そして、灰夢は残った氷麗と二人で、

 オンラインゲームのチーム戦をしていた。


「あの、お兄さん……」

「……ん?」

「さっき、梟月さんに『 暇な時に、店を手伝って欲しい 』と言われました」

「それは、バイトの話か?」

「……はい」

「ここなら、働けそうなのか?」

「もちろんです。言ノ葉も、お兄さんもいますし……」

「そうか、よかったな」


 そんなことを言いながら、灰夢が敵を倒していく。


「…………」

「…………」


 数秒の沈黙が、灰夢と氷麗を包む。

 すると、氷麗はゆっくり言葉を発した。


「お兄さんが、頼んでくれたんですよね?」

「……俺が? なんで……」

「私が困っていると、必ず助けてくれるからです」

「いや、流石に期待し過ぎだろ」

「それに、このお店、いつも混んでないじゃないですか」

「まぁ、それは否定はしねぇ……」


 誤魔化しながらも、灰夢が冷静にゲームを続ける。


「私が困ってる時に、こうも都合よくバイトなんて見つかりませんよ」

「偶然だろ。見つかったんなら、素直に喜べばいいじゃねぇか」

「喜んでますけど、また助けて貰っちゃったなって……」

「人を無理やりゲーム大会に出させておいて、今更、何を言ってやがる」

「それは、まぁ……。はい、すいません……」


 申し訳なさそうに呟く氷麗に、灰夢がそっと言葉を返していく。


「迷惑なんつぅのは、一緒にいりゃ掛け合うもんなんだよ」

「それは、いい事なんでしょうか?」

「いい事じゃねぇのか? 互いに気を許してる証拠だろ」

「まぁ、確かに。そう言われると、そんな気もしますけど……」

「それでも、ダメなのか?」

「なんか、私が助けて貰ってばかりな気がして……」


 そう告げる氷麗の言葉を聞いて、灰夢が小さく笑みを浮かべる。


「なら、他に困ってるやつを見つけたら、その時に手を貸してやれ」

「……私が、ですか?」

「あぁ。何も助けて貰った相手に対して、恩を返す必要はねぇんだ」

「…………」

「もちろん、誰かに助けられたら、感謝の心は必要だぞ?」

「……はい」

「だが、別に俺らは、恩を返してもらうことが目的じゃねぇんだからよ」

「まぁ、それは、そうかもしれないですけど……」


 それでも、どこか申し訳なさが抜けない表情の氷麗に、

 灰夢がゲーム内でサポートをしながら、話を続けていく。


「それに、俺の場合は助けてるんじゃなく、チャンスを与えてるだけだしな」

「……チャンス?」

「やり方を教えて、本人に壁を越えさせる。俺はただ、それを見守るだけだ」


 そんなことを言う灰夢に、氷麗が疑問を問いかける。


「お兄さんは、なんで赤の他人にチャンスを与えようと思うんですか?」

「それは、俺が──」



























      「 子供の頃に、ずっと求めていたことだったからだ 」



























 そう告げる灰夢を、氷麗がじーっと見つめる。


「お兄さんは、チャンスが欲しかったんですか?」

「……まぁな」


 淡々と敵を倒しながら、灰夢は静かに語り出した。


























 この世の中は、子供には生きにくい。


 ここは金が物を言う世界だ。それ故に、金を持たない者に人権はない。

 だがそれは、未来を担う子供たちにもチャンスが無いということだ。


 子供は成長と共に、多くの【 初めて 】を経験していく。

 失敗しても経験は必ず活きる。無意味なんて事は存在しない。


 だが、『 まだ早い 』とか、『 お前には無理だ 』と、

 頭から否定し、行動する前から決めつける輩が多いのが現実だ。


 確かに、失敗すれば、それなりに代償は多くつくだろうが、

 その経験をしたということ自体に、なんらかの意味が必ずある。


 本来は場を整えて、子供のそばで教えてやるのが、大人の役目だ。

 だが、世の中の大半の大人は、それを許そうとはしない。



 ──そのチャンスすらも、子供に与えはしない。



 俺ら忌み子なんてのは、特に、誰からもチャンスを貰えない人間だ。

 だから、俺は同じ辛さを味わわないように、チャンスを与えている。



























 その言葉を聞いて、氷麗が再び問いかける。


「私にも、そうだったんですか?」

「今までやってきた経験、今日もちゃんと活かされてただろ?」

「ゲーム大会で、何か活かされてましたか?」

「お前、自分で勝とうと努力してたじゃねぇか」

「それはまぁ、私が言い出したことですし……」


 そう告げる氷麗に、灰夢が話を続けていく。


「人を頼ることを知った。そして、自ら行動するようになった」

「それは、お兄さんだからですよ」

「相手は誰であれ、頼れる相手が一人いるだけでも世界は変わる」

「まぁ、そうですけど……」

「部屋にこもってただけの頃に比べれば、大きな進歩だと思うぞ」

「…………」

「それに、人前に出ることに、多少なりとも恐れなくなっただろ?」

「それは、そうですね」


「お前、今日は焦ってる時も、忌能力でてなかったしな」

「それは、言ノ葉に止めてもらったからで……」

「……止めてねぇよ」

「……え?」

「俺が言ノ葉に、影で止めないように言った」

「……えっ!?」


 まさかの言葉に、氷麗が驚き目を見開く。


「でも、出てなかっただろ?」

「それは、そうですけど。出たらどうするつもりだったんですか!?」

「その時はその時だ。そんな状況、俺がどうとでもしてやる」

「……お兄さん」

「何事も試さなくては結果は見えない。その機会を与えるのが俺らの役目だ……」


 淡々と語る灰夢の横顔を、氷麗がじーっと見つめる。


「それは、お兄さんが大人だからですか?」

「まぁ、世の中的にいえば、そうなるんだろうな」

「お兄さんにとって、16歳の私は、まだ子供ですか?」

「お前、俺を何歳だと思ってんだ?」

「まぁ、それは……分かってます、けど……」


「だがまぁ、正直にいえば、年の差なんてもんはどうでもいい」

「……えっ?」

「大切なのは【 責任を負う覚悟を持ってるか否か 】、それだけだ……」

「責任を負う、覚悟……?」


 灰夢は相手プレイヤーを倒すと、そっとコントローラーを置いた。





「俺が昔そうだったように、生きる方法を探す子供は少なくない。

 だが、世の中は大人は、そのチャンスすら与えてくれやしない。


 普通の生活を送る人間や、裕福な家庭にはあるかもしれないが、

 俺らのような、変わった力を持つ者には、世間の目はかなり冷たい。



 ──何も変わらない心があっても、目も合わせようとしない。

 


 大抵の人間は危ないと思えば、目を背けるか、その者を自由を封じる。

 自分を変えようと努力する機会すらも奪い、存在を否定する奴ばかりだ。


 大人同士ならともかく、子供相手にも、その態度で出てくる。

 数の暴力で理不尽な意見を押し通し、それを当たり前とする。


 そんな世の中の仕組みそのものが、そもそもおかしいんだ。


 本来は、その抱えてしまった問題をどうやって乗り越えるか、

 その問題とどうやって向き合って、これからを生きていくのか。



 ──大人と呼ばれる者は、それを『 子供 』に教えなきゃいけない。



 だが、世の中の大半の大人は、責任から逃げることしか考えない。

 最悪のケースだと、大人同士で責任の押し付け合いが始まる始末だ。



 ──だから、ろくに責任感を持った『 大人 』が生まれない。



 それ故に、何も踏み出せず、諦め、心を閉ざす子供が山のようにいる。

 そんな大人たちの背中を見て育つんだ。そりゃ、そうなるのも仕方ない。


 大人なら、時に責任を負ってでも、ちゃんとそばで子供を見守る。

 失敗をした時は、その責任を背負わされても、笑って受け流してやる。


 それくらいの度胸を持つ者こそが、本来、なんだ」



























    「 長く生きて、ただ年を重ねたから大人になるんじゃない 」



























  「 子供にチャンスを与え、責任を負う覚悟のある者が大人と呼ばれるんだ 」



























   「 体の大きさや、生きた人生の長さなんかじゃない。


          きな器を持つこそが、本当の【 大人 】だ 」



























「そこに、血の繋がりなんてものは関係ない。


 周りにいる大人たちで、多くの子供たちの未来を担う。

 そうして、子供は多くの経験を積み、次の世代に繋げる。



 ──それこそが、本来あるべき姿だと俺は思っている。



 だからこそ、救いを求める者が目の前にいるのなら、

 恩返しなんか無くっても、例え凍ろうと手を差し伸べる。


 そして、そいつの人生を、多くの経験を知る為のリスクを、

 俺ら月影が代わりに背負って、そいつの将来へと繋げていくんだ」



























   「 俺らは、その責任を背負う覚悟を爺さんに教わった。


           そして、その優しさと、温もりを婆さんに教わった 」




   「 だから、俺らは同じ境遇の子供にチャンスを与える。


           一人でも多く、孤独な檻の中で苦しむ者を救う為に── 」



























     『 かつて、俺らが月影が、そうしてもらったように── 』



























「だから、お前が俺に助けられた、救われたと思うのなら、

 それと同じことを、お前が救いを求める誰かにすればいい。


 お前がここに来るまで、人生を変えるキッカケを探していたように。

 誰かに孤独から助けてほしいと、お前が以前まで思っていたように。


 いつか必ず、お前の前にも現れる、そんな儚い願いを持つ者を、

 今度はお前の手で、お前がされたように、救いあげてやればいい」



























  「 それが、『 次の世代に受け継がれていく 』ということだからな 」
























    「 だから、次は氷麗。お前がその手で、多くの者を救ってやれ 」



























  「 それが、助けられた者への感謝の仕方であり、


             お前が立派に大人になった、その証拠だから── 」



























             「 おにぃ、さん…… 」



























 氷麗の瞳からは、静かに涙が溢れていた。


「つっても、俺の世代交代は、いつになるか分からねぇんだがな」

「……ほんとに、変わった人……ですね。ほんとに……お人好し、です……」

「性格は死ぬまで治らねぇから、この性格はどうしようもねぇな」

「……はい、ぐすっ……そう、ですね……。えへへっ……」

「悪ぃな。歳をとると、どうにもお節介な話し方になっちまう」


 微笑んで見せる灰夢の羽織を、氷麗がそっと握りしめる。


「……お兄さん」

「……ん?」

       



























        氷麗の呼び掛けに振り向いた瞬間、


                灰夢の口が、氷麗の唇に塞がれた。


























               「 ──ッ!? 」



























     少しの間をおいてから、そっと唇が離れると、


            氷麗が、『 氷の花 』を作りながら語りだす。


























「いつか、あなたに認められる大人になってみせます。


 あなたが、私を助けてくれたように。

 これからも、きっと私を助けてくれるように。


 いつか、大きく胸を張って、私はあなたに救われたと。


 その優しさを、その愛情を、この想いを、この温もりを──

 あなたに救われた、この命で。あなたを想う、この心で──


 次の世代を担う未来の子供たちに、伝えていきたいと思います」



























            「 だから、その時は── 」


























        『 この想いを、どうか受け取ってください 』



























 そういって、氷麗は氷で作った花を、そっと灰夢に渡した。


「つ、らら……」

「ふふっ……。お兄さんの不意を突かれた顔、初めて見れました」

「お前、この花……」

「今回は私の勝ちですね。いい気味ですよ、お兄さん……」

「いや、勝ちって……」


「分かってます。お兄さんの中に、私の知らない誰かがいることも……」

「お、お前……」

「だから、あなたのケジメが付くまで、私はずっと待ってます」

「…………」

「なので……。その時がきたら、私のことも考えてみてくださいね」

「……氷麗」


 目を泳がせる灰夢の口に、氷麗がそっと指を立てる。


「……約束、ですよ?」

「……お、おう」

「えへへっ……。言質げんち、取りました。忘れたら、しばらかしますからね?」

「…………」

「孤独な夢を覚ましてくれた、私の王子様……」


 氷麗は灰夢に、満面の笑みでそう告げると、

 灰夢の部屋を出て、言ノ葉の部屋へと向かった。


 そんな氷麗の後ろ姿を、灰夢がポカンとしたまま見つめる。



























     部屋に残された灰夢には、沈黙と戸惑いだけが残されていた。


























「こりゃ、霊凪さん並みにおっかねぇもん、拾っちまったかもな」

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