第玖話 【 お守り 】
夏休みの最終日。灰夢、氷麗、言ノ葉は、
道場でいつも通り、忌能力の練習をしていた。
「よし、今日はここまでだ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「よく頑張ったな。かなり上達したと思うぞ」
「……本当ですか!?」
氷麗が息を切らしながら、嬉しそうに灰夢を見つめる。
「あぁ、空気中の水分を操る練習に移ってから、かなり上達も早い」
「お兄さんが、練習時間を前より伸ばしてくれましたから……」
「まぁ、体への負担が少なくなったからな」
「おかげでイメージも、前より掴めるようになりました」
「お前は努力家で飲み込みがいいから、それだけ結果に繋がってる」
「えへへ。なんか、お兄さんに褒められると嬉しいですね」
「なんだよ、それ。まぁでも、この練習も終わりが見えてきたな」
「……はい、そうですね」
その言葉に、氷麗が少し寂しそうな返事を返す。
「……言ノ葉はどうだ?」
「そうですね。多少の衝撃では、解除されることは無くなりました」
「そうか、よく頑張ったな」
「お兄ちゃんが、いっぱい付き合ってくれたおかげなのですっ!」
「調子がいいな。この小娘共は……」
言ノ葉は嬉しそうに、灰夢に笑顔を向けていた。
「お兄さん、言ノ葉……」
「……ん?」
「……どうしました? 氷麗ちゃん……」
手を震わせながら俯く氷麗を、二人が静かに見つめる。
すると、氷麗は意を決したように、ゆっくり口を開いた。
「私、明日から……。学校に、行ってみようと思うの……」
「……そうか」
「氷麗ちゃんと一緒に登校、嬉しいですっ!」
どこか不安を抱えながらも、氷麗は決心していた。
そんな氷麗の頭を撫でて、灰夢が優しく笑いかける。
「無理はしなくていい。辛かったら、またやり直せ……」
「……お兄さん」
「別に、次が無いわけじゃねぇ。三年もありゃ、まだチャンスはある」
「でも、私……」
「成功するまで付き合ってやるから、あんま気負わずに行ってこい」
「……はい、ありがとうございます。お兄さんっ!」
そういって、氷麗は灰夢に笑顔を見せた。
☆☆☆
次の日の朝、灰夢は氷麗と言ノ葉に、お弁当を作っていた。
「お兄さんの、手作り弁当……」
「梟月や霊凪さんと日替わりでな。今日は俺からのスペシャル弁当だ」
「じ、重箱……」
「まぁ、これは二人用だからな」
そういって、灰夢がドンッと二人の前に、三段重ねの重箱を置く。
「お兄ちゃん。いつも、ありがとですっ!」
「おう。別に、無理して全部食わなくてもいいからな」
「……いいんですか?」
「残ったら、牙朧武の眷属たちが食べる餌になる」
「な、なるほど……」
「腹いっぱい食わねぇと力も出ねぇから、食える分はちゃんと食えよ?」
「はい、ありがとうございます」
灰夢はそのまま、外まで二人を見送っていた。
「それでは、行ってくるのだぁ〜っ!」
「おう、気をつけてな」
「お兄さん、行ってきます」
「あぁ、行ってらっしゃい」
灰夢は二人を店の前で見送ると、そのまま中へと戻り、
店のカウンターに座って、梟月に出された珈琲を飲む。
そんな、どこか落ち着かない様子の灰夢を、
蒼月は酒を飲みながら、静かに見つめていた。
「灰夢くん、あの子が心配かい?」
「……蒼月は、どう思う?」
「ん〜、そうだねぇ……。人が怖い感覚は、人混みに入ると出てきちゃうし……」
「だよなぁ……」
そういって、珈琲を見つめる灰夢に、
梟月がコップを拭きながら、語りかける。
「灰夢くんには、怖いものがないからね」
「そういう梟月は、怖いものとかってあんのか?」
「ん〜、そうだね。霊凪が怒った時くらいかな?」
「あぁ、まぁ……。そりゃ、やばそうだな……」
「でも、いつも彼女がそばに居てくれるから、安心なのもある」
「そばに居る、ねぇ……」
すると、梟月は静かに、灰夢に微笑みかけた。
「わたしにはね、いつも持っている御守りがあるんだよ」
「……御守り?」
梟月が自分のポケットから、小さな護符を取り出す。
「……これは?」
「昔、会ったばかりの頃に、霊凪がくれたものなんだ」
「……霊凪さんが?」
「隠れ里に住んでいた彼女に会いに行くのは、険しい道が多かったからね」
「それで、災難に遭わないようにってか?」
「まぁ、そんな所だ……」
「災難に遭っても、お前は切り抜けて行きそうだけどな」
「実際そうだったけど、そこは気持ちの問題だよ」
( ……マジで、災難に会ってたのかよ )
当たり前のように語る梟月に、灰夢が哀れみの視線を送る。
「確かに、人からもらったものがあると、そばに居る気がするよね」
「わたしは不安な時ほど、このお守りに励まされているよ」
「僕も、リリィちゃんに何か貰えないかなぁ……」
「その前に、お前の心臓が取られそうだけどな」
「梟ちゃん、シャレにならないこと言わないでよ」
梟月の言葉に、蒼月は青ざめた顔で身震いをしていた。
すると、灰夢が何かを思いついたように、目を見開く。
「人からもらったもの。そうか、その手があったっ!」
「……灰夢くん?」
「悪い、ちょっと出てくる……」
「……えっ、今から!? どこいくの?」
「すぐに帰る。あいつらに、忘れもんを届けてな」
「……忘れ物?」
「あぁ……。あいつらを守る為の、御守りをな」
そう告げる灰夢を見て、蒼月が微笑ましそうに笑みをうかべる。
「そっか、いってらっしゃい」
「おう、行ってくる」
灰夢は二人に見送られると、影に潜って祠の外に向かった。
☆☆☆
その頃、言ノ葉と氷麗は、学校までの道のりを歩いていた。
「おい。あの子、すげぇ可愛いくね?」
「あんな子、うちに居たか?」
「お前、話しかけてみろよ……」
「いや、絶対フラれるだろ……」
「でた、気取ったマドンナじゃん」
「また学校に来たんだ……」
「なんか、いつもムスッとしてるよね」
「自分が可愛いとか思ってるんでしょ……」
聞きたくない言葉が、氷麗を不安へと追い込んでいく。
「シャーーーーーーッ!!!!」
「……なんだ? あの、となりの子。威嚇してるぞ……」
「わたしの親友に、好き勝手言うのはやめてくださいっ!」
言ノ葉は周りの視線を、なるべく逸らそうと頑張っていた。
「ごめん、言ノ葉。気を使わせちゃって……」
「気にしないでください。わたしは一緒に来れて、嬉しいですから……」
「……言ノ葉」
「お昼ご飯、一緒に食べましょうねっ!」
「……うんっ!」
高校の門のところまで来ると、氷麗と言ノ葉の担任が、
登校してくる生徒たちに挨拶をしながら、見張りをしていた。
「あら、橘さん。今日は学校に来れたのね」
「……はい」
「最近、また見なくなってたから、心配してたのよ?」
「……すいません」
「何か困った時は相談に乗るから、ちゃんと話してね」
「……はい」
忌能力の事が人に言えない以上、相談出来るにも限度がある。
それを分かっている氷麗には、教師の言葉が胸に刺さっていた。
その時、立ち止まっていた言ノ葉と氷麗の背後にヌッと影が伸び、
和服と御面を身に纏う男が、突然、羽織を広げながら姿を見せる。
「──ひっ!?」
「おい。誰だ、あの人……」
「今、どこから出てきた?」
「 見せもんじゃねぇぞ、ガキ共…… 」
氷麗が聞き覚えのある男の声を聞いて、バッと目を見開き振り返る。
すると、同時に胸の中に詰まっていた不安が、一瞬で全て飛び去った。
「……おにぃ、さん?」
「あれ、お兄ちゃんっ!? 何で、ここに……?」
「よぅ、二人に忘れ物のお届けだ……」
氷麗と言ノ葉を見た灰夢が、御面を付けたまま優しく微笑む。
「……お届け物? お弁当なら持ちましたよ?」
「ったりめぇだ。せっかく作った弁当忘れたら、俺が全部食べる」
「いや、そこは素直に持ってきて欲しいです」
「知らん、忘れる方が悪い……」
呆れた視線を送る言ノ葉に、灰夢が当然のように告げる。
「それじゃあ、忘れ物ってなんですか?」
「あぁ、そうそう。これだ……」
灰夢は袖に手を入れると、氷麗の髪に雪の華の髪飾りを、
言ノ葉の髪に、緑色をした大きな葉っぱの髪飾りを付けた。
「お兄さん、これ……」
「本当は練習が全部終わったら、渡すつもりだったんだが……」
「お兄ちゃんからのプレゼントですか?」
「正確には、【 ご褒美 】と呼ばれるべき代物だな」
氷麗は、灰夢が初めに言っていた、
何気ない一言を、ふと思い出した。
『 全部出来たら、褒美をくれてやる。だから、せいぜい頑張れ…… 』
「……お兄さん」
「……どうだ? 少しは不安、無くなりそうか?」
──その優しい一言に、氷麗の瞳から涙が溢れ出す。
「はい、ぐすっ……もう、なんにも……怖く、ないです……」
「ほら、泣くな泣くな。これから学校行くんだろ?」
「はい、わたし……がんばって、いってきます……」
必死に答える氷麗の頭に、ポンと手を置きながら、
灰夢はそっと目線を合わせて、小さく笑って見せた。
『 お前が帰ってくんの、ちゃんと待ってっからな 』
「……おにぃ、ざん……ぐすっ、わだじ……わだじ、ぐすっ……」
「練習が無くても、いつでも帰ってこい。理由なんか要らねぇから……」
「……はい、ぐすっ……ありがどう、ございまず……」
灰夢が優しく涙を拭うと、氷麗が灰夢の体にギュッと抱きついた。
それを見た言ノ葉も笑みを浮かべながら、一緒に灰夢に抱きつく。
「お兄ちゃんっ! ありがとうなのですっ!」
「おう。喜んでくれたなら、来た甲斐があったな」
「お兄さん。私、頑張りますね」
「あぁ、頑張ってこい。ただ、無理はするなよ」
傍に居ることを、心に伝えるように、灰夢が抱きしめ返す。
そして、二人の笑った顔を見ると、灰夢は担任に語り掛けた。
「俺の大事な妹たちを、よろしくお願いします」
「……えっ!? あっ、はい……。お引き受け、致します……」
「何かあれば、俺を呼ばせてください。保護者代わりに出向きますので……」
「──は、はいっ! 分かりましたっ!」
突然の振りに、担任が驚きながら言葉を返す。
「んじゃ、俺は帰る。二人とも気をつけてな」
「お兄さん。来てくれて、ありがとうございます」
「お兄ちゃん、ありがとですっ!」
「あぁ、どういたしましてだ。学校、頑張れよ」
灰夢は役目を終えると、颯爽と歩いて帰路に向かった。
「──お兄さんっ!!」
「……ん?」
「行ってきますっ!」
「おう、いってらっしゃい」
「えへへっ……」
「行ってきますなのだぁ~!!!」
「帰ったら、また練習だかんな〜!」
「「 はーいっ! 」」
その日から、高校全体に、とある噂が広まった。
一年A組の
彼女たちを守る
❀ 第玖章 夏の終わりと勇気の一歩 完結 ❀
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