❀ 第壱部 第拾章 小さな変化と受け継ぐ心 ❀

第壱話 【 ゲーム大会 】

 その日、灰夢は新作のゲームをしながら、

 部屋に来ていた言ノ葉と、二人で話をしていた。





「お兄ちゃん、新しいゲームは楽しいですか?」

「あぁ、なかなかの出来だ……」

「おぉ、久しぶりの当たり作品なんですねっ!」

「ストーリーが前作の続きだし、CGもポリゴン数の割によくできてる」

「おぉ、なんか、業界用語が入ってきましたね」

「モーションやエフェクトも凝ってて、新しい技を手に入れるとワクワクするな」

「お兄ちゃん、見方がプレイヤーと言うより、クリエイターなのです……」


 そんな話をしていると、何かが階段を走ってくる音が響き、

 灰夢の部屋の前で止まると、ガチャッと勢いよく扉が開いた。


「……ん?」

「……おや、氷麗ちゃん?」


 扉を開けた氷麗を、灰夢と言ノ葉が冷静に見つめる。


「お兄さんっ! 私と、【 ゲーム大会 】にでてくださいっ!」

「……は?」


 その前触れのない謎のセリフに、灰夢はしかめっ面を向けた。


「これを見てほしいんです」

「……?」


 そういって、氷麗が灰夢に、一枚のチラシを見せる。


「夏のゲーム大会、ス〇ブラトーナメント……賞金100万円?」

「私と一緒に、出てくれませんか?」

「──断るっ!」


 氷麗の頼みを、灰夢は一言で両断した。


「えぇ〜、なんでですかっ! お兄さん、このゲーム得意じゃないですかぁっ!」

「苦手じゃねぇが、人前に出るなんて、真っ平御免だ……」

「……お兄さんのケチ」

「ケチで結構だ。別に、金なんか要らねぇよ」


「私は、今、必要なんですよぉ……」

「……なんでだ?」

「バイト、辞めちゃったので……」

「……いつ?」

「お兄さんと初めて会った、あのコンビニ事件の時です」


 灰夢が氷麗と初めて会った、春のコンビニ事件を思い出す。


「あぁ、あの素敵な店長のコンビニか」

「……はい」

「……それで?」

「学費が足りなくて、生活費も払えなくなりそうで……」


「それで、なんで、俺まで出るんだよ。お前だけでも十分強いだろ」

「チーム戦なんです、これ……」

「タッグマッチってことか?」

「4人組×32組、計128人で行われるトーナメントです」

「なんか、無駄に参加人数多いな」

「4人組の中から2人ずつ選出して戦って、優勝したチームが賞金100万です」

「4人で疲れないように、交代で戦ってくださいってか」

「ラストは4人で2対2ずつに別れて、決勝戦をするらしいですけどね」


 灰夢が再びチラシを手に取り、内容をよく確認する。


「その128人は、どうやって決まる?」

「32組の先着順で、応募人数が埋まり次第、応募期間終了です」

「お前、まさか応募したのか?」

「──はいっ! 私の名前でっ!」

「……テメェ」

「……すいません」


 灰夢がしかめっ面を見て、氷麗は申し訳なさそうに丸くなった。


「……んで、あと2人は?」

「それは……。その、今のところ未定です……」

「未定って。お前、他に宛があるのか?」

「それは、お兄さんなら……。宛とか、あるかなって……」

「おいおい、他力本願が過ぎんだろ」

「しょうがないじゃないですか。私、今まで学校も行ってなかったですし……」


「つってもなぁ。俺も、このゲームをやり込んでたのは、かなり前だぞ?」

「でも、お兄さん。私より強いじゃないですか」

「そりゃ、一度でもやり込んでたんだから、多少なら出来るけどよ」

「多少のレベルで、私は負けたんですか。それもまたショックです」


 氷麗が、どんよりとしたオーラを出しながら、あからさまに落ち込む。


「これ、来週開催じゃねぇか。いくらなんでも近すぎんだろ」

「昨日、このイベントを知って、枠が最後の一組だったので……」

「そんな即席メンバーで、大会に勝つ気だったのか?」

「お兄さんなら、きっと勝ってくれると思って……」


 期待の眼差しを向ける氷麗に、灰夢が哀れみの視線を返す。


「それで、一時的に金欠をしのいだとして、その先はどうすんだ?」

「それはまた、これが終わってから考えるつもりです」

「そんなんで、よく生きてこれたな。お前……」

「忌能力を隠して地元から逃げるので、頭がいっぱいだったので……」

「まぁ、気持ちはわからなくはねぇけどよ」


 氷麗は少し俯きながら、そっと本音を口にした。


「バイトするのが、怖いんです……」

「……忌能力でか?」

「それもですが、強盗とか、万引きとか、クレームとか……」

「…………」

「私、昔からトラブルに巻き込まれやすいので……」

「まぁ、確かに。俺も見てて、それはよく思う」

「それでまた、恐怖のあまり忌能力が出たらと思うと、怖くて……」

「…………」


「ごめんなさい。自分勝手なのは分かってます」

「…………」

「正直、お金目的と言うのも、あまりいい気もしていません。でも……」

「生きるのに金がいるのは、確かだからな」

「……はい」

「…………」

「キャンセルなら出来ます。多分、他にも出たい人はいますから……」

「……はぁ、しょうがねぇか」


 灰夢が頭を掻きながら、仕方なさそうに呟く。


「……え?」

「わかったよ。大会に出りゃいいんだろ」

「……いいんですか?」

「まぁ、少し試してみたいこともあるから、実験も兼ねてな」

「……実験?」

「ただし、やるからには本気で勝つからな?」

「……はいっ!」


 落ち込んでいた氷麗の表情が、パッと明るくなった。


「お兄ちゃん、勝てそうですか?」

「言ノ葉、俺を誰だと思ってんだ?」

「まぁ、お兄ちゃんなら大丈夫そうですね」


「色々調べてみたところ、この大会の常連がいるみたいです」

「……常連?」

「はい、このゲームの上位ランカーが出てくるとか」

「あぁ、ランキング保持者か。まぁ、大会あるあるだな」

「しかも、その人たち、初期からずっと上位に居るんです」

「ということは、かなり強いんだろうな」

「前に、一度だけトップから落ちたそうですが、それ以外は独走だそうです」


 それを聞いて、言ノ葉が首を傾げる。


「なんで、落ちたんですか?」

「正体不明の、ゲーマー集団に落とされたって……」

「正体不明のゲーマー集団?」

Fl.Ashフラッシュさん、Sha.Lfシャルフさん、Bearickベアリックさん、Cloudクラウドさんの四人組……」

「かっこいい名前ですね、外国の方でしょうか?」

「分からない。誰も正体を知らない、ネットに動画を上げてる人たちなの……」

「その人たちが、一位だったんですか?」

「うん。どのゲームでも一瞬トップをとって、すぐ居なくなるみたいで……」

「おぉ、流行りに乗ったゲームプレイヤーなのですね」


 氷麗の情報を聞いて、言ノ葉はキラキラと瞳を輝かせていた。


「特に、フラッシュさんと他三人が、よくペアを組んでて……」

「やっぱり、凄く強いんですか?」

「とんでもないほどにね。そのお陰で、Y〇uTubeユー〇ューブでも大人気なの……」

「おぉ、今、流行りのY〇uTuberユーチ〇ーバーさんですねっ!」

「それに、出てくる映像では、一度も死んだ姿を見せたことがないって……」

「なんか、異次元ですね。現実のお兄ちゃんみたいです」

「いや、俺は死ぬ姿を見せないんじゃなくて、死ねないんだよ」


 呆れた瞳を向けながら、灰夢が冷静にツッコミを入れる。


「フラッシュさんは攻撃を全て見切って、受け流して戦うらしくて……」

「おぉ、なんか格闘家っぽいのです……」


「ベアリックさんは防壁を張って、遠くから仲間をアシストしてるって……」

「攻守を分けて戦ってるんですね。頭いいのです……」


「シャルフさんが組むと、また配置が変わって……」

「戦い方が変わるんですか?」

「シャルフさんが突っ込んで、フラッシュさんがカバーをするって……」

「フラッシュさんは、仲間の動きを熟知しているんですね」


「クラウドさんはフラッシュさんと、背中を向け合って戦ってるって……」

「名前もですが、盟友って感じがしていいですね」


「稀に、もう一人、D.isディズさんって方も出てくるらしいんだけど……」

「普段は、いないんですか?」

「うん。たま〜に出てくるから、幽霊メンバーって呼ばれてるって……」

「おぉ、なんか怖いですね」

「でも、五人の中では、その人が一番強いんだって……」

「なんか、たまに出てくる乱入ボスみたいな扱いなのです」

「これが、四人がいた時の上位ランキングです」


 そういって、氷麗は一枚の印刷された紙を見せた。





 一位 …… Fl.Ashフラッシュさん

 二位 …… Bearickベアリックさん

 三位 …… Sha.Lfシャルフさん

 四位 …… Cloudクラウドさん

 五位 …… Brothers.αブラザーズ・アルファさん

 六位 …… Brothers.βブラザーズ・ベータさん

 七位 …… Sisters.γシスターズ・ガンマさん

 八位 …… Sisters.Δシスターズ・デルタさん

 九位 …… Purgatoriumプロガトリウムさん

 十位 …… 暗黒破壊神・蚤死さん





「すげぇな。お前、マジで本格的に調べてきてんじゃねぇか」

「もちろんです。やるからには、徹底的ですっ!」

「このブラザーズとか、シスターズとかの人ですか?」

「うん。この人たち、リアルも兄弟らしくて……」


「なんか、下の方に一人すげぇ浮いてるのいっけど……」

「お兄ちゃん。わたし、この人が誰かわかったかもしれないです」

「俺もだ。……だが、あえて言うな」

「……はい」


 死んだ魚の目をした灰夢と言ノ葉が、

 名前に触れてはいけない何かを感じ取る。


「まぁ、今回は上の四人がいないので、可能性はあるかなって……」

「何はともあれ、まずは人員確保が最優先だな」

「そうですね。どうですか、お兄さん。頼れそうな方とか居ますか?」

「まぁな。九十九、出て来い」


 呼び掛けに応えるように、九十九が影からひょっこり顔を出す。


「……何か用か? ご主人……」

「お前、俺が出るゲーム大会に付き合ってくれないか?」

「なんと、わらわが出ても良いのか?」

「前に祭りで買った、鬼のお面でも付けてりゃ大丈夫だろ」

「よかろうっ! ならば、その役目、わらわが引き受けたぞっ!」

「……九十九さん」


「よし……。んじゃ、あと一人は……」

「その話、このオレが引き受けよう」

「おれがぁ、ひきうけよぉ〜!」


 その低い声と共に、押し入れのふすまがバッと開くと、

 白愛を抱いた満月と、付き添う恋白が立っていた。


「そう来ると思ったよ、満月……」

「満月さんも出てくれるんですか?」

「もちろんだ。こんな面白そうな話、乗らない手は無い」

「お前、人前に出るのは大丈夫なのか?」

「最近、白愛と外に出れるように、人間に見える機体を作ってみたんだ」

「なるほど……。それの試作を試すには、ちょうどいいってわけだな」

「あぁ、そういう事だ……」


「わたくしは、白愛と応援席で応援しておりますね」

「ぐ〜っ!」

「これで人員は揃ったな。大会には、この四人で出る」


 そう灰夢が告げると、影の中にいた牙朧武が、

 寂しそうな顔をしながら、ひょこっと顔を出した。


「……吾輩は、お留守番なのか?」

「九十九や満月でも危ねぇのに、お前のオーラは絶対に隠せねぇだろ」

「ぐぬぬ……。人の世界は、吾輩には生きにくいのぉ……」

「ただ、練習は付き合ってくれ。正直、腕を戻すのに時間が惜しい」

「ガッハッハッハッ! よかろう、引き受けたぞ。灰夢よっ!」

「……牙朧武さん」


 笑顔で応える牙朧武に、氷麗がホッと笑みを浮かべる。


「うっし。んじゃ、各自、一週間後に向けて猛特訓な」

「──おうっ!」

「──うむっ!」

「──はいっ!」





 そこから一週間、氷麗は灰夢の部屋に泊まり込みで、

 寝たら牙朧武と交代しながら、毎日、猛特訓を重ねた。

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