第参話 【 復讐 】

 灰夢と満月は、女性を食事に招き入れ、

 釣った魚をおかずに、ご飯を食べていた。




「本当に、敵では無いのだな?」

「いつまで言ってんだ。敵なら、こんな所で飯は食わねぇだろ」

「それもそうだな、すまない……」


 女性が申し訳なさそうに、食事を口にする。


「あんた、この島の生まれなんだろ?」

「あぁ、そうだ……」

「悪魔ってのがなんなのか、聞いてもいいか?」


「…………」

「…………」


「あれはもう、十五年も前のことだ……」


 女性は少し俯きながら、昔の島のことを語った。





「この島には昔から、【 白き英雄 】と呼ばれる伝説がある。

 村が危機に瀕した時、白い髪の英雄が村を救ったという話だ。


 その者は、島を守る白蛇様が、人に化けた姿と言われている。

 だから、島の奥には祠があり、そこに、白蛇様を祀っていた。


 そのおかげか、ほんの十五年前まで、村はずっと平穏だった。

 裕福ではなかったが、普通の生活を送るには十分だったんだ。


 私は父の影響で、昔から物作りや機械をいじるのが好きでな。


 村の人たちには、『 女の子らしくない 』とは言われたが、

 そんなことはお構いなしに、父と二人で村のゴミを集めては、

 村の発展の為に、長い時間をかけて、ガラクタを作っていた。


 水を組む水車や、生ゴミを燃やす焼却炉に、畑を耕す機械と、

 村は少しずつだが豊かになり、作物を実らせ発展していった。


 その後、父は自らの研究を行う為に、一人でこの島を離れた。

 それからは、父の代わりに、私が村人を支えようと努力した。


 毎日、父に教わった事を思い出しながら、様々な物を作った。

 村人の助けとなるモノを作ると、村の人たちは喜んでくれた。


 そんな、充実した日々が、私はずっと続くと思っていたんだ。

 十五年前の夜。あの怪物が、私の目の前に現れるまでは──。



 ──あの時、私はまだ、十歳の時だった。



 緑の大きな翼と、人間を突き刺せる程に丈夫で鋭いくちばしを持ち、

 傷ついた瞳で睨みを利かせる、何とも恐ろしい化け物だった。


 その化け物は、村の人を躊躇いも無く次々と喰らっていった。

 村長も、友達も、大人も子供も、私の家族も、何もかも……。


 母の機転のおかげで、私は命からがら逃げ出すことが出来た。

 だが、生き残ったのは子供が数人、ほとんどの村人が死んだ。


 結局、その後も怪物が住み続ける故郷に、帰ることはできず、

 私と他の子供たちは、流れ着いた街の人に保護してもらった。


 だから、私は誓った。自分の手で、必ず故郷を取り戻すとな。


 だが、生き延びた子供たちは、ここに戻ろうとはしなかった。

 皆、『 あの時の恐怖を、忘れられないから── 』と……。


 保護してくれた人たちにも頼ったが、信じてはくれなかった。


 そして、悟った……。一人で戦うしかないんだということを。

 父から教えてもらった技術で、この島を救うしかないと……。


 一人前になるまでに、十五年もの月日がかかってしまったが、

 ようやく戦う技術を身につけて、その準備を整えてきたんだ。


 だから、私は今日……。今度こそ、あの悪魔を殺すと決めた。


 そして、私の故郷を……。この島を、必ず取り戻すんだ……。

 皆の笑顔の為……。そして、大好きな故郷に、帰る為に──」




 女性は手を震わせながら、静かに殺意を抑えていた。


「村が襲われた時、白き英雄はどうした?」

「わからない。だか、少なくとも、私は見ていない」

「助けに来なかったか、それとも、もう居なかったのか」

「所詮は伝説だ。科学で証明出来ないものは、信じるに値しない」


 そんな女性の言葉に、灰夢の耳がピクッと反応する。


「それは、果たしてどうかな」

「……どういうことだ?」

「信じられないのは、お前が信じようとしないからだ」

「なら、お前は神が実在するというのか?」

「そうだと言ったら、お前は信じるのか?」

「いや、それは無いだろう。所詮は拠り所を求めた、人間の戯言だ」

「そう思うなら、それでもいい。だが、一つだけ言っておく……」

「……なんだ?」



























      「 目の前で起こった事実からは、


               目を背けない度胸を持っとけ 」



























 灰夢は真っ直ぐな瞳で、女性の瞳を見つめていた。

 そんな、灰夢の顔を見て、女性が冷静に口を開く。


「妙なこと言うんだな。お前……」

「……どういうことだ?」

「目の前で起こってることを信じなくて、何を信じるんだ?」

「目で見ても、信じない人間がいるんだよ。この世界にはたくさんな」

「そうか。少なくとも、私は科学者だ。起こった事実は受け入れるさ」

「そうか。なら、その言葉が嘘でないことを願うとしよう」


 そう、横目に告げると、灰夢は再びご飯を食べ始めた。



 ☆☆☆



 三人が食事を済ました頃には、朝日が登り始めていた。


「お前、白い髪をしているんだな」

「俺のは白じゃなく、灰色だ……」

「……そうなのか?」

「俺は英雄じゃなく、ただの流浪人だからな」

「まぁ、本当に英雄がいたら、救われていたか」

「その英雄が、その悪魔とやらに勝てたらの話だがな」

「……そうだな」


 片付けを一通り終えると、女性は立ち上がり、二人に告げた。


「食事に関しては礼を言う。美味しかった……」

「そうか。そう思ってくれたんなら、食わした甲斐がある」

「私は村に向かう。悪魔が出る前に、あんたらはここを出るといい」


 そう告げる女性に、灰夢がしかめっ面で振り返る。


「何を言ってんだ。俺らも探しものがあるっつったろ」

「お前、私の話を聞いてなかったのか?」

「……悪魔がいるんだろ?」

「そうだ、村人も皆死んだ。そんな所に探し物なんて、死にに行く気か?」

「そんなんで死ぬんだったら、俺はとっくに死んでるよ」

「……どういうことだ?」

「細かいことはいい。これも何かの縁だ、俺らを村まで案内してくれよ」

「お前、自分の命をなんだと思ってるんだっ!」

「さぁな。俺はそれを知るために、探し物を探してんだよ」

「その探し物が何かは知らないが、生きて帰れる保証はないぞ?」

「別にいい、死んでお前のせいにする気はねぇよ」

「はぁ……。わかった、食事の礼代わりだ……」

「…………」

「ただ、足でまといにならないでくれよ」

「へいへい……」


 女性は颯爽と、島の森の中へと向かっていった。


「灰夢……。あの女、信じて大丈夫なのか?」

「話した限りは、話の通じない奴じゃない」

「それはそうだが……」

「今は、一つでも多く情報が欲しい。道を知ってるなら儲けもんだ」

「村にある保証があるのか?」

「死術は比較的、人工の建造物にある確率が高い」

「……そうなのか」

「まぁ、下手したら、あの女が死ぬかもだがな」

「その時は、どうするんだ?」

「それは、そうなった時に考えりゃいい。あれは止めても一人で行くさ」

「まぁ、確かに、それもそうだな」

「交渉は俺がする。お前は、いざと言う時に手を貸してくれ」

「あぁ、わかった……」


 先に向かった女性が、話している灰夢たちの方を振り返る。


「おい、行かないのか? やっぱり辞めるか?」

「悪かったな、キャンプの道具をしまってたんだよ」

「日が暮れる前に辿り着く、遅れるなよ」

「へいへい。お前こそ、途中で迷子とか勘弁だぞ?」

「私は、この島の生まれだぞ? そこまでバカじゃない」

「結構な自信をお持ちのようで。まぁ、その方がありがてぇか」


 軽口を叩きながら、灰夢が満月と女性の後を追う。


「お前、これから悪魔と遭遇するかもしれないんだぞ?」

「……おぅ、だからどうした?」

「もう少し、緊張感を持ったらどうだ?」

「緊張感なんてもんは、母親の腹ん中に忘れてきたよ」

「……変なやつだな」


「余計なお世話だ。あと、俺はお前じゃなく、不死月しなづき 灰夢かいむだ……」

「そうか。私は、臼末うすえ 真希まきだ。呼び捨てでいい」

「そうしてくれると助かる。敬語は苦手だ……」


「……で、そっちのロボットは?」

「俺は熊寺くまでら 満月みちづきだ。よろしく頼む……」

「熊寺 満月、聞いた事ない名だな」

「まぁ、ないだろうな」


「これだけの技術を持っていれば、科学者として名前が上がりそうだが……」

「オレは、表沙汰に名前を晒すのが好きじゃないんだよ」

「なるほど、そういう科学者もいるのか」





 話を終えると、二人は真希に導かれながら、

 島に広がる森の中へと、足を踏み入れて行った。

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