第弐話 【 氷の忌能力 】
部屋にいた少女に放たれた冷気によって、
灰夢は自分の部屋の扉ごと、腕を凍らせていた。
「……氷?」
『最っ低ですっ! なんなんですか、急にっ!』
「いや、ここは俺の……」
『せめてノックとかしたらどうなんですか!?』
「いや、だからここは……」
『男なんて性欲まみれの野蛮な人ばかりで、みんな大っ嫌いですっ!!』
「…………」
( 全世界の男に告げる。これは
灰夢は、凍った自分の腕を見て思い出した。
春の初頭にコンビニで出会った、高校生くらいの少女を。
強盗から庇った時に灰夢の腕を凍らせた、あの少女を──
( あの時の小娘か、なんでここにいんだ? )
扉の中を見ることも出来ないが、それでも確信した。
その時、後ろから走ってきた言ノ葉が話しかけてきた。
「お、お兄ちゃんっ! 今の悲鳴はっ!?」
「言ノ葉か。いや、なんか俺の部屋に知らない子が居てな」
「──えっ!? あっ、一番手前の部屋って言ったから……」
「……あ?」
灰夢の部屋は二階の一番手前、向かいは物置部屋。
そして、灰夢の部屋の斜め前、物置部屋の横が言ノ葉の部屋である。
故に、
「お前の友達って、あの子か……」
「はい、ごめんなさい。……お、お兄ちゃん、腕がっ!?」
「……ん? あぁ、大丈夫だ。気にすんな……」
そんな話しているうちに、凍った腕が溶けていく。
それを見て、言ノ葉がホッと安心した様に息を吐く。
「そっか。お兄ちゃん、不死身でした……」
「俺じゃなかったら、大惨事だぞ。言ノ葉……」
「……
灰夢は優しく、言ノ葉の頬をつねっていた。
「……で、あの子は何なんだ?」
「わたしの学校の友達です。まぁ、見ての通りの忌能力者で……」
凍りついた扉を見て、二人でどうするか考える。
「言ノ葉。お前の忌能力で、この氷を溶かせ……」
「──えっ!? でも、あれを使うのは……」
「今は俺がいる。何か言われたら、俺のせいにしとけ」
「わ、分かりました。……やりますよ?」
「あぁ、頼む……」
すると、言ノ葉が息を整え、言葉に意志を込めた。
『 氷さん、溶けてください 』
言ノ葉が言葉を発した途端、扉の氷がみるみるうちに解け始めた。
「本当にすげぇな。お前の【
「でへへ〜っ、それほどでもあるのですぅ~!」
「……あるのかよ」
灰夢の言葉に、言ノ葉は照れくさそうに笑っていた。
「でだ。俺がこの中に入ったら、また凍らされそうなんだが……」
「一体、何したんですか? お兄ちゃん……」
「俺が帰ってきて開けたら、中で服を脱いでたんだよ」
「あぁ、わたしが『 着替えを貸してあげる 』って言ったから……」
「お前、どこに行ってたんだ……」
「お風呂場です。クマさんたちに、お風呂を温めておいて貰おうと……」
「確かに、お前も少し濡れてんな」
「二人して、通り雨にやられちゃったので……クシュン!」
大体を理解した灰夢が、ため息をついて考える。
「珈琲を淹れてきてやるから、お前は部屋の中で説明しとけ」
「……えっ、いいんですか?」
「あぁ、飲めば少しは体も暖まるだろ」
「お兄ちゃん、ありがとなのですっ!」
そういって、言ノ葉が灰夢に抱きつく。
「俺まで濡れるだろ。ほら、とっとと中に入って説明しとけ」
「いえっさぁー! 了解、なのですっ!」
「あっ。それと、言ノ葉……」
「……はい?」
「俺の腕が凍ったことは、あの子には言わないでおいてくれ」
「わ、分かりました……」
「頼むな。そんじゃ、俺は下に行ってくる」
「はい、ありがとなのです。お兄ちゃん……」
そういって、灰夢は一人で店のカウンターへと向かった。
☆☆☆
灰夢が一階に降りると、再び梟月と蒼月が迎えた。
「なんか、凄い声したけど。……大丈夫?」
「俺の部屋の中に、言ノ葉の友達がいたんだよ」
「あぁ、なるほど……。ラッキースケベってやつだ!」
「おかげで、腕が凍りついたがな」
「お、おぉ。命懸けだねぇ……」
「不死身じゃなかったら、腕が無くなってた」
「ははっ、シャレにならないなぁ……」
灰夢の言葉に、蒼月が軽く苦笑いをする。
灰夢はカウンターに座ると、珈琲代を置いた。
「梟月、珈琲三つ入れてくれ」
「金はいい、言ノ葉の友達だからね」
「いや、俺のも入ってる」
「今日はいいさ。代わりに、あの子の相談に乗ってあげてくれ」
「それは俺じゃなく、お前の出番じゃないのか?」
「若い子は年代が近い方がいい、この場合は『 見た目 』という意味でね」
「今回は、俺が一番当たっちゃいけない気がするがな」
灰夢の言葉に、梟月が首を傾げ、
それを聞いた蒼月が、横から会話に入る。
「
「あぁ……。たぶん、コンビニで脅されてた嬢ちゃんだろう」
「そっかそっか。助けてくれたヒーローとの、感動の再開だねっ!」
「出会い頭に、冷凍保存されかけたがな」
「それは、向こうも気づいてないからでしょ?」
「だとしたら、尚更、御面は外せなくなったな」
「それはまた、どうして? 見たら思い出してくれるかもだよ?」
「半身が凍った上に、頭を打たれても蘇ったんだぞ?」
「おぉ、それはまた盛大にやられたね」
「そんな人間が再び現れたら、トラウマもんだろ」
「ん〜、人にはよると思うけどなぁ……」
「面倒が少ないに、越したことはねぇよ」
「まぁ、それもそっかぁ……」
そういって、蒼月が自分の酒を飲む。
「氷か、また面倒な力を持ったやつも居たもんだな」
「そうだねぇ。自分で体温を下げられる能力は、かなりレアだ……」
「……そうなのか?」
「魔法や精霊ならともかく、大体の生き物は体温下げたら死ぬからね」
「確かに、それもそうか」
「灰夢くんも、氷の死術を持ってなかったっけ?」
「あぁ、
そう答えると、灰夢は置いたコインを持って凍らせた。
コインを持った、自分の指と共に──
「うわぁ、自分も凍るのか。それ……」
「範囲が広ければ広いほど、自分の体も反動で凍る死術だ」
「便利なんだか、不便なんだか」
「俺からしたら、大して変わらねぇよ」
「灰夢くんって、死術を無詠唱でも使えるの?」
「そもそも死術に、詠唱なんてもんはねぇよ」
「だって、いつもブツブツ呪文いってるじゃん」
「あれは、自分の術のイメージを固めてるだけだ……」
「……そうなの?」
「大技を放つ時だけは、詠唱がある方がブレがない」
「ほぅほぅ、なるほど……」
「二つ以上の死術を合わせた煉合死術なんて、本来は存在しねぇしな」
「確かに、あれは灰夢くんのオリジナルか」
「お前もよく言うが、術も要は使い方次第だ」
「それじゃあ、術式の展開は?」
「術にもよるが、軽く扱う程度なら開かなくてもいい」
「そんなもんか、自分を捨てる時は開くのね」
「まぁ、そんな所だ……」
「そう思うと、しょっちゅう開けてる灰夢くんってヤバいね」
「……今更だろ」
「あははっ、違いないや……」
二人がコーヒーを入れる梟月の背中を見つめながら、会話を続ける。
「……んで、
「一言で言えば、
「……心の壁?」
「この場所を見て驚いてはいたけど、表情にはあまり出してなかった」
「……理由があるってことか?」
「なんかこう、『 感情を表に出さないように堪えている 』って感じだったよ」
「なるほど……。そりゃ、お悩み抱えてるのは間違いねぇな」
「……だね」
「その
そういって、梟月が灰夢にトレイに乗った珈琲を渡した。
「運びの依頼より、難易度高くて面倒くさそうなんだが……」
「そうかい? わたしは、君ほどの適任者はいないと思っているよ?」
「梟月の言葉だと、無駄に説得力を感じるんだよな」
「実際、君は既に言ノ葉を救ってくれたからね」
「あれは、俺の忌能力の相性が良かっただけだろ」
「だとしてもさ。まぁ、できる範囲で寄り添ってあげてくれればいいよ」
「はぁ、わかった……」
灰夢は梟月から珈琲を受け取ると、自分の部屋へと向かって行った。
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