❀ 第壱部 第参章 捨てられた妖鬼姫 ❀

第壱話 【 角の生えた少女 】

 店という名の、自宅に帰宅した灰夢と仲間たち。

 満月は真っ先に、壊れた入口綺麗に修復していた。





「さて、それじゃ俺は、ベアーズと外の復旧作業に取り掛かるかな」

「いつもありがとね、満月くん。またお願いしちゃうわ」

「別にいいですよ。能力向上も兼ねて、いろいろ試しているんで……」


 すると、霊凪が時計を見てハッとする。


「あらやだ、もうこんな時間。お夕飯の支度しなくちゃっ!」

「結構長い間、戦ってたもんね」

「あなた、手伝ってくれる?」

「あぁ、わかった……」


 梟月が微笑み、霊凪に頷く。


「んじゃ、僕は店番をしているよ」

「私、植物庭園の、お花と、妖精たち、見てくる」

「リリィの庭園。中身とか、ぶっ飛んでなきゃいいんだが……」

「多分、大丈夫。あそこには、微精霊達が、いるから……」

「そうか。なら、よかった……」


 そういって、灰夢が胸を撫で下ろす。


「そんじゃ、俺は風呂でも入ってくるかな」

「そうじゃな。いい加減、疲れを取りたいところじゃ……」

「なら、先に風呂から直しに行くか」

「悪ぃな、満月。頼む……」


 すると、肩に乗った鈴音が呼びかける。


「灰夢くんっ! 鈴音も入りたいっ!」

「安心しろ、ちゃんと女湯もある」


 そして、今度は逆側の風花が呼びかけてくる。


「一緒は、ダメですか?」

「ダメですね」


 凛々しい顔で、灰夢は即答した。


「言ノ葉、お前もこい……」

「……えっ!? お兄ちゃん。ついに、わたしまで……」

「おい、『 まで 』ってなんだ?」

「灰夢くんも、年頃だもんね」

「蒼月……。お前、俺の年齢いくつだと思ってんだ?」

「見た目の話だよ。僕らの中身は基準にならないからね」

「いや、むしろ中身に重点置けよ。見た目がおかしいんだから……」


 すると、店の奥からゴゴゴゴッと黒いオーラが漂う。


「灰夢くん、わたしの娘に手を出すというのだね?」

「ださねぇから、落ち着け。梟月……」

「私たち両親の前で、その言葉は聞き捨てならないわよ?」

「別に変なことしねぇから、霊凪さんもサラッと不動明王呼ぶなよ」


 灰夢の一言で、不動夫婦からとんでもない圧力が放たれる。


「言ノ葉には、子狐共を風呂に入れてもらおうと思っただけだ」

「なんだ、そういうことなのね」

「そうか、よかった……」


 そう告げると、夫婦から圧力が消えた。


「当たり前のように、人間離れした技を披露するのやめてくれ」

「神獣を消し飛ばした灰夢くんが、何を言ってるのさ」

「いちいち圧力受けてたら、俺の寿命が縮むんだよ」

「君、寿命ないでしょ……」


 灰夢と蒼月が、互いに呆れた顔でツッコミを入れていく。


「んじゃ、まぁそういう訳で、俺らで一風呂行ってくる」

「うむ、やっと疲れを取れるのぉ……」

も、お供いたすぞっ! ご主人っ!」

「来たいやつは付いてこい。ゆっくりと……あ?」


 聞いたことの無い少女の声に、灰夢がピタッと立ち止まる。


 そして、ゆっくり後ろを振り向くと、和服を身に纏う、

 見たことの無い、角の生えた一人の幼女が立っていた。



























          ((( ……えっ、誰? )))




























 その姿に、月影一同が揃って目を丸くする。


「灰夢くん、また女の子を拾ってきたの?」

「言い方を少し考えろよ。誰だ、お前……」

「──酷いぞ、ご主人っ!」

「……ご主人?」

「ご主人が、わらわの封印を解いてくれたのではないかっ!」

「……封印?」


 幼女の訴えを聞いて、灰夢が必死に記憶を探る。


「……何の封印だ?」

「わらわの体を、清き水で洗い流してくれたでは無いかっ!」


「灰夢くん。女の子の体、水で洗ったの?」

「するわけねぇだろ、初対面だぞ……」


「狼の、お兄さん……えっちさん、は……めっ! です……」

「風花、頼むから俺の話を聞いてくれ……」


「灰夢もレベルが上がったな」

「上がるステータスがおかしいだろッ!!!」


 降りかかる濡れ衣を払う為、灰夢が記憶をさかのぼる。

 すると、後ろにいた牙朧武が、灰夢の肩にポンッと手を置いた。


「灰夢よ。こやつはずっと傍におったぞ、お主の影の中にな」

「……は?」

「この姿を見るのは、吾輩も初めてじゃが……」


 それを聞いて、今度は蒼月が笑い出す。


「あははっ。なるほど、そういう事かっ!」

「何だ、急に……」

「灰夢くん、刀出してごらん?」

「……刀? 雫落か?」

「そうそう、あれあれ……」


 灰夢が、言われるがままに刀に呼びかける。



きる血潮ちしおらん……

           ──かしずけッ!!!』



























       ……しかし、何も起こらなかった。



























「……?」

「……灰夢くん、この子を見てごらん」

「……あ?」


 灰夢が振り向くと、雫落が床に刺さっていた。


「なんだ、ちゃんとでてるじゃねぇか」


 そういって、灰夢が妖刀を引き抜く。


「じゃ、俺は風呂に行ってくるわ」

「こらこら、現実逃避しないの……」

「お前らも俺も、何も見てない……いいな?」



『──よいわけなかろうっ!』



 その声と共に、刀が少女の姿に戻った。


「なぁ、俺は悪夢でも見てるのか?」

「灰夢は、いつも寝ないじゃろ」

「いい加減、認めなって……」

「また、家族が増えたな。灰夢……」

「刀の擬人化とか冗談じゃねぇぞ。刀剣が乱舞しちまうだろ」


 灰夢が頭を抑えながら、呆れた顔を見せる。


「置いていかないでおくれ、ご主人っ!」

「なら、影に入ってりゃいいだろ」

自由になれたんじゃ、よいではないかっ!」

「今までは、なれなかったってのか?」

「そうじゃ。ご主人が清き水で、わらわを磨いてくれるまでは……」

「清き水ってなんだ? お前のその姿だって、初めて見たんだぞ?」


 すると、牙朧武が灰夢に疑惑を問いかけた。


「灰夢よ。お主、刀に黒炎を纏った時に、水をかけておらんかったか?」

「おい、嘘だろ? 清き水ってアルプ〇天然水のこと言ってんのか?」

「他に思い当たる節もなかろう……」

「おいおい、市販の水で擬人化するなんて聞いたこともねぇぞ」

「わらわは幼刀ではなく、妖刀じゃっ! そこ、テストに出るぞっ!」

「……なんのテストだよ」


「凄いのぉ、最近の人間の作るものは……」

「いや、水凄いんじゃなく、こいつがおかしいだけだろ」

「文句があるのなら、わらわを封印した者に言えっ!」

「確かに、それは一理あるな」


 どこから疑えばいいのか、キリのない疑問が灰夢に浮かぶ。


「まぁいいか。言ノ葉、一人追加だ……」

「了解なのですっ! よろしくですっ! えっとぉ……」


「お前、名前なんて言うんだ?」

「わらわは妖鬼姫ようきひ東雲しののめ九十九つくもと申す」

「そこは、雫落じゃねぇのか」

「それは、わらわの器になっとる刀の名前じゃ……」


 灰夢は冷静に幼女を見つめ、その存在を確かめていた。


「妖鬼姫ってことは、鬼か?」

「うむっ! その通りじゃっ!」

「鬼ねぇ……」


 それを聞いて、灰夢がじーっと九十九の角を見つめる。

 すると、九十九が少し寂しそうな目で、灰夢を見つめ返した。


「そなたも、鬼は嫌いか?」

「いや、俺が昔会ったのとは、随分違うと思っただけだ……」


 その言葉に、蒼月が反応する。


「灰夢くん、鬼に会ったことあるの?」

「昔にな。【 霊鬼 】っつぅらしいんだが、知ってるか?」

「あぁ、霊鬼ね。知ってるよ。ただ、あれは人間の怨念だけどね」

「……そうなのか」

「うん。【 鬼 】は単純にそういう種族だから、霊鬼とは全く別物だよ」

「……そうか」


 九十九の心配が晴れない様子を見て、牙朧武がポンッと肩に手を置く。


「安心せい。そんなんで嫌うほど、我らの主は愚かではない」

「……ほんとうか?」

「まぁ、お前も封印されてたんだから、嫌われる理由はあるんだろうな」

「わらわは、使い手の精気を吸ってしまうのじゃよ」

「誰かさんの吸魂だの、体力吸収エナジードレインと同じだな」


 それを聞いて、再び蒼月が反応する。


「効果は同じだけど、少しレベルが違うかな」

「……レベル?」

「……うん」





「鬼というのは昔から、種族としての数が少ないんだ。

 それでも種族が生き残るほどの、強い生存力を持っている。


 それ故に、多くの生き物から、その存在を恐れられ、

 恐怖の対象とされる程に、強い生き物となりえている。



 たった一人ですら、簡単に集落を滅ぼすと言われる。



 確かに、風花ちゃんと鈴音ちゃんも妖狐だから、

 大人になれば、普通の妖魔よりは、かなり強いと思う。


 けど……吸魂することが本能じゃない。


 でも、鬼の場合は、元々が生き物の精気を吸ったり、

 他の生き物の血を飲んで、生き長らえる種族なんだよ。


 だから、相手の体力や血を奪うという面に関しては、

 多分、この子は、そこらの妖魔とは桁が違うと思うよ」





「それが、封印されていた理由ってことか?」

「それが全てでなくとも、強過ぎる力が理由なのは間違いないだろうね」

「吾輩もじゃが、生きておるだけで蝕むのも、また悩みもんじゃからな」

「わらわも、別にしたくてしとる訳じゃない。そういう体の仕組みじゃ……」

「そりゃ、他からしたら、居るだけで死ぬかもしれないのに変わりねぇからな」

「その結果が、器である刀ごと封印されて、そのまま置き去りじゃ……」


 そう言いながら、九十九が暗い顔をして俯く。


「灰夢の周りには、そんなのばかりが集まってくるのぉ……」

「お前がトップバッターだろ。牙朧武……」

「ヌッハッハッハッ! これも、何かの巡り合わせじゃよ」

「こんなのがポンポンでてきたら、それこそ人間扱いされなくなりそうだ」

「何万もの妖魔を倒しておった時点で、その扱いには十分じゃろ」

「ったく、老骨に優しくねぇ毎日だな」


 ため息をつくと、店の出口に向かって灰夢が歩きだす。


「とっとと風呂いくぞ。何をするにも、まずは風呂だ……」

「まぁ、それもそうじゃな」


 そう告げる灰夢の後ろ姿を、九十九が寂しそうに見つめていた。


「あっ、満月……」

「……ん?」

「ついでに、狐二人と鬼一人のバスタオルと寝巻きを作ってくれ」


 そう言い放った灰夢を見て、九十九の目が見開く。


「やれやれ、何でもかんでも頼りやがって……」

「最近、のび〇くんの気持ちが、少しわかった気がするよ」

「それ、ダメ人間になってる証拠じゃないか?」

「夢を叶えてくれんだぞ? ダメ人間にもなるだろ。普通に……」

「一応、子供向けのアニメなんだけどな。アレ……」


 すると、不意に立ち止まった灰夢が、九十九の方に振り返る。


「何してんだ、お前も風呂入るんだろ?」

「……よ、よいのか? わらわも一緒で……」

「俺はどうせ死なねぇからな。今更、一人増えたところで変わんねぇよ」

「……そう、なのか?」

「ただ、俺以外の人間から、精気を吸ったりすんなよ?」

「……も、もちろんじゃっ!」


 そういうと、灰夢は再び歩き出した。





 笑顔で灰夢の後を追う、九十九の頬には、

 潤んだ瞳から流れた、一筋の雫が落ちていた。

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