第拾陸話【 ただいま 】

 影の壁が全て砕け散り、鉄の防壁がほとんど吹き飛び、


    土の壁に穴が開き、魔法障壁にヒビが入ったところで、


       灰夢たちの攻撃の衝撃は、ギリギリ食い止められていた。



























 月影たちが、それぞれの防壁を解除していくと、

 防壁の外の世界は見違える程の景色となっていた。


 地面がえぐれ、店の周りの木々は無くなり、

 まるで、爆撃でもされたかのような世界。


 灰夢たちが術を放ち、ぶつかり合った一点から、

 何もかもが吹き飛ぶ異様な光景が広がっていた。


「こりゃ凄いや、全部吹き飛んじゃった」

「狼の、お兄さん……。どこ、いっちゃったの……?」

「麒麟も消えたな。灰夢が勝ったのか?」

「どうだろう、牙朧武くんもいないけど……」


 灰夢の仲間たちが、唖然とした顔で周囲を見渡す。


「蒼月、お前の瞳で過去は見えないか?」

「最後の一撃がぶつかるまで見えるけど、そこから先はグチャグチャだ……」

「どちらも、行方は分からずか」


 蒼月と梟月すらも、手探りのように灰夢を探していく。


「灰夢なら、きっと生きてると思うが……」

「さすがに神獣相手は、規模が凄すぎて分からないわね」

「ここまでの力をぶつけ合うとは、わたしも思わなかったな」


 そんな月影たちの困惑した反応を見て、

 風花と鈴音も不安そうな顔をしていた。


「お兄さん……」

「灰夢くん……」


 その時、言ノ葉ことはが突然、声を上げて駆け出す。


「わたし、探して来るのですっ!」

「こんなグチャグチャの中に走っていったら、危ないよっ!」

「だって、お兄ちゃん。最後まで私たちを、守ってくれたんですよっ!」


「灰夢くん、迎えを待ってるかな」

「風花も、お兄さん……探しますっ!」

「うん、一緒に迎えに行きましょうっ!」


 風花と鈴音も、意を決して霊凪の肩から降りる。


 そして、二人が言ノ葉の所に向かおうとした瞬間、

 ピタッと二人が何かを感じてその場に立ち止まった。


「…………」

「…………」


「……どうしたんですか?」


 少し先で、振り返ったまま固まる言ノ葉が、

 キョトンとした顔の風花と鈴音に問いかける。


 すると、言ノ葉の背後に伸びる影を見て、

 蒼月が笑いながら嬉しそうに言葉を放った。


「あははっ……。灰夢くん、君のは、無駄じゃなかったよっ!」

「……えっ?」


 突然の言葉に、言ノ葉が思わず目を見開く。


 すると、蒼月の投げた冗談に答えるように、

 言ノ葉の頭に手を乗せ、背後から声が響いた。



























           「 ……いや、犬死は無駄だろ 」



























 よく聞いたことのある声、くだらない冗談ばかり言う声。

 風になびく和風の羽織に、いつもの言葉遣いの悪い口調。


 それに気づいた言ノ葉が、涙を流しながら後ろを振り返った。


「お、おにぃ……。お、にぃ……ちゃん……」

「……何で泣いてんだ? 言ノ葉……」


 止まっていた風花と鈴音が、それを見て勢いよく駆け出す。

 そして、三人は涙を流しながら、同時に灰夢に飛びついた。


「──灰夢くんっ!」

「──お兄さんっ!」

「──お兄ちゃんっ!」

「──ぐへっ、痛ってぇっ!!!」


 灰夢が三人に抱きつかれ、抑えきれずに後ろへと倒れ込む。


「やっぱり生きてたね、灰夢くん……」

「全く、呆れるほどに丈夫な奴だな。お前は……」

「ったく、ちゃんとカタつけたら帰るっつったろうが……」


「遅いですよ、お兄ちゃんっ!」

「凄く……。怖かった、です……」

「灰夢くん、無事でよかった……」

「はぁ……。心配症だなぁ、お前らは……」


 灰夢が呆れた顔をしながらも、子供たちの頭を優しく撫でていた。


「お疲れ様、灰夢……」

「悪ぃ、リリィ……。森、消し飛ばしちまった……」

「これは、しょうがない。後で、満月に、木材を集めてもらう」

「そうだな。店や道場、池や植物庭園も修理するから、それにでも使おう」


 申し訳なさそうにする灰夢に、満月とリリィが微笑んでみせる。


「それにしても、よく店は無事だったな」

「君の幻影のおかげでもあるさ。後は、梟ちゃんの機転かな」

「わたしはただ、君たちを頼っただけさ」

「影に防壁に精霊術に魔術まで張ったからね」

「すげぇな。なんか、最終防壁みてぇなレベルしてやがる」

「それでも、最後の魔法障壁にヒビが入るところまで来たんだよ?」

「そうか。悪ぃ、さすがに暴れすぎた……」

「本当だよ。どんな破壊力してるのさ、君たち二人は……」


 その言葉を聞いたからか、影から牙朧武が姿を現す。


「さすがに、あそこまで暴れることは滅多に無いからのぉ……」

「そうそう神に、ポンポン出てきてこられても困るわ。主に俺が……」

「二日連続で神に打ち勝った気分はどうだい?」

「そうだな。素直な感想を言うと……二度とゴメンだ」

「あはは、ごもっともだね」

「不死身の俺ですら、疲労感を感じる気がするくらいだ……」

「まぁ、人間が戦って勝てる相手じゃないからね。普通……」

「ったく……。いつもの事ながら、本当についてねぇ……」


 灰夢が子供たちに抱きつかれたまま、空を仰ぎ、ため息をつく。


「灰夢くん、帰ってこないかと思った……」

「狼の、お兄さん……。死んじゃったかと、思ったです……」

「お兄ちゃんが、生きてます……。お兄ちゃん……」


 灰夢にギュッと抱きついたまま、三人は涙を流していた。


「だから、俺は死なねぇんだって……」


「…………」

「…………」

「…………」


「大丈夫だ……。俺が帰ると言ったら、絶対に帰ってくっから……」


「……絶対?」

「あぁ、絶対だ……」


「……約束、ですよ?」

「あぁ、約束だ……」


「そっか。えへへっ……」

「よかった、です……。えへへっ……」


 その言葉に、風花と鈴音が笑顔を取り戻す。

 すると、今度は言ノ葉が灰夢に問いかけた。


「お兄ちゃん……。あのお馬さんとぶつかった後、どこ行ってたんですか?」

「残ってた雷が分散し始めたから、二人で影の中に逃げたんだ」

「影に、そっかぁ……。本当に、無事でよかったのです……」

「言ノ葉……。お前の応援、ちゃんと受け取ったぞ……」

「──ほんとですかっ!? えへへっ、よかったのですっ!」


 急に安心したように、言ノ葉がデレデレと照れ出す。

 

「さすがに、今回のは僕も一瞬焦ったけどね」

「蒼月が心配するなんて、中々ないんだよ? 灰夢くん……」

「梟ちゃんが口を挟むことも、滅多にないけどね」

「今回は、そのレベルの戦いだったということさ」


「そんなレベルの戦いだったのか? 自分じゃあまり実感ねぇな」

「正直、僕らの本気でも、勝てる保証まではできない相手だったからね」

「勝てる可能性がある時点で、お前らも十分に化け物だろ」


 蒼月の言葉に、灰夢が呆れた視線を送る。


「吾輩も、ここまで熱を持った戦いは久方ぶりじゃったな」

「お前が居てくれて助かったよ、牙朧武……」

「こういう時は無駄に素直じゃのぉ。お主……」

「感謝と想いは口にしねぇと、相手には伝わんねぇからな」

「口と目付きが悪くなければ、その言葉も響くんじゃがな」

「いや、お前にだけは言われたくねぇよ」


 灰夢が子供たちと共に立ち上がり、身体に付いた土を払う。


「さてと……。これで、とりあえずは一件落着だな」

「ようやく、何も気にせずゆっくり出来そうじゃな」

「これでまた双子を狙ってきたら、マジで病気だぞ……」

「不死の呪いを纏っておる灰夢が、病気とか言っても説得力がないのぉ……」


 二人の危機感のない会話に、月影たちはホッとしていた。


「これ、全員が揃ってる時に来て良かったね」

「ほんとよね。危うく霊界から、ゾロゾロ連れ出しちゃうところだったわ」


 霊凪のシャレにならない一言に、全員の顔が青ざめる。


「……俺たち、いらなかったんじゃねぇか?」

「色んな意味で、世界を救ったということにしておこうか」

「……そ、そうだな」


 すると、霊凪がパンパンッと手を叩き、自分のお店を見つめた。


「まずは、お家の中のお片付けから始めましょうか」

「いい加減、明日は休暇を貰わねぇと割に合わねぇな」

「お主の場合、休みはゲームしとるか、テレビを見とるだけじゃろ」

「神と戦って、世界を危機に晒すよりマシだろ」

「比べるものがおかしいんじゃよ」


 くだらない冗談を掛け合いながら、皆で家の中へと入っていく。

 すると、突然、思い立ったように、蒼月が足を止めて振り返った。


「あっ、そうだっ! 灰夢くん、牙朧武くん──」


「……あ?」

「……なんじゃ?」


























               「 おかえり 」


























 その言葉に続くように、みんなの言葉が二人を包み込んだ。


「 おかえりなさい 」

「 おかえり…… 」

「 よく帰ったな。灰夢、牙朧武…… 」

「 おかえり、二人とも…… 」

「 お兄さん、狼さん……。おかえり、なさい…… 」

「 おかえり、灰夢くんっ! おかえり、牙朧武くんっ! 」

「 お兄ちゃんっ! 牙朧武さんっ! おかえりなのですっ! 」


 その言葉を聞いて、灰夢と牙朧武は静かに見つめ合い、

 小さく笑うと、を告げた。



























            「 あぁ、ただいま…… 」


           「 うむ、ただいまじゃ…… 」



























 灰夢と牙朧武の見つめる、壊れた店の入り口の中には、


       血や契約などではない、確かな絆で結ばれた仲間の、


             暖かな家族の温もりが、二人の帰りを待っていた。



























❀ 第弐章 忌み子達の帰る場所 完結 ❀

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