第弐話 【 居場所 】

 久しぶりに店に帰ってきた灰夢かいむが、店の扉を開ける。


 すると、目隠しをした、白服のヤクザのような男と、

 バーテン服のような格好の男が、灰夢たちを出迎えた。





「やぁ、灰夢くん。おかぇ……っ!?」

「だから、宿屋に『 おかえり 』はおかしいだろ」

「…………」

「……何だ?」


 灰夢を見た白服のヤクザが、口を開けて固まる。


「……灰夢くん。いつから、そういう趣味が?」

「おい、理由も聞かずに決めんな。誘拐じゃねぇっつの……」


「ダメだよ、灰夢くん。ちゃんと、元いたところに返してきなさい」

「梟月も、捨て猫みたいに言うんじゃねぇよ」


 三人の会話に、風花ふうか鈴音すずなが不安な顔をしていた。


「心配すんな。こういう冗談が、ここでの普通のやり取りだからな」

「……冗談、ですか?」

「この人たち、人間だよ? ……大丈夫?」

「人間なのは見た目だけだ。こいつらも、俺の……同居人だからな」

「そこは『 俺の家族 』っていうんだよ〜!」

「そうだぞ。わたしたちは、共に暮らす仲じゃないか」

「帰ってきた苦労人を犯罪者扱いしておいて、どの口が言ってんだ……」


 灰夢はカウンターの席に着くと、そのまま無言で珈琲代を置いた。


「はぁ、やっと一息つけるな」

「なかなか大変だったみたいだね」

「あぁ……。さすがに俺も、今回は疲れた……」

「お疲れ様……。その子たちのことは、聞いてもいいの?」

「昨日、山の神をぶっ潰したら、山の自然が消えちまってな」

「……え?」

「森に食えるものが無くなっちまったから、仕方なく連れてきた」

「…………」


 ぶっ飛んだことを言う灰夢に、バーテン服の男が言葉を失くす。

 それを見た白服のヤクザのような格好の男が、呆れ顔で口を挟む。


「とりあえず、サラッと山の神様を潰すのやめようか」

「成り行きだが、やっちまったもんはしょうがねぇだろ」

「それだけ聞くと、君……かなり悪者だけどね」

「まぁ、いつもの事だ……」

「それもそうだね。その方が、灰夢くんらしいや……」


 灰夢がオーナーの出した珈琲を、ゆっくり飲んで一息つける。

 すると、風花がヤクザの格好の男に、怯えながら語り掛けた。


「……あの、ね」

「……ん?」

「お兄さんはね、助けてくれたの……。風花たちのこと、助けてくれたの……」

「……そっか」

「ボロボロに、なっても……。命を懸けて、助けてくれたの……」

「うん、そっかそっか……。それもまた、灰夢くんらしいや……」


 目隠しした男が、風花の言葉に満足そうに笑う。

 それを見て、灰夢が風花の口に人差し指を立てる。


「余計な事を言わんでいい。あと、命はかけてねぇ……」

「でも……。狼の、お兄さん……。悪い人じゃ、ないです……」

「それは、こいつらも知ってる。パッと見が悪者っぽいのも、いつものことだ……」

「そっか……。よかった、です……」


 灰夢の言葉に、風花の表情にも笑みがこぼれた。


「灰夢くん、随分懐かれてるね」

「ムカつくから、そのニヤニヤした顔やめろ」


 そういって、灰夢は目を逸らし、再び珈琲を飲む。

 すると、今度は鈴音が、目隠しをした男に尋ねた。


「……その目、どうしたの?」

「……ん? あ〜、これ? 大丈夫だよ、怪我じゃないから……」


 それを聞いて、鈴音と風花がキョトンとした表情を見せる。


「そいつは、魔封じのアイテムだ」

「……魔封じ?」

「この男は世に言うところの『 半人半魔 』ってやつでな」

「お兄さん……。半魔って、なんですか?」

「言葉の通り、だ……」

「──あ、悪魔っ!?」


 ──その瞬間、風花と鈴音が怯えながら、灰夢の背中に隠れた。


「何もしないよ? その力を抑えるのが、このアイマスクだからねっ!」

「こいつの名前は鴉魔からすま 蒼月そうげつ。悪魔の心臓を喰った、だ」

「悪魔の、心臓……。食べた、人……」

「あっちゃ〜、刺激が強すぎたかな?」

「まぁ、影を纏って暴れる俺を見てんだ。今更だろ……」


 そんな灰夢の言葉を聞いて、鈴音が灰夢に視線を向ける。


「そういえば、灰夢くんは何者なの?」

「俺もよくわからねぇが、世の中的には『 獣付き 』と言うらしい」

「……けものつき?」

「牙朧武みてぇな、怪異に取り憑かれてる人間を言うんだとよ」

「あぁ、なるほど……」


 灰夢の説明を補足するように、蒼月が言葉を続けていく。


「灰夢くんみたいな人間は、『 呪人 』とも言うよ」

「……ノロイビト、ですか?」

「うん。牙朧武くんは呪霊の一種だから、灰夢くんと共に居るだけで呪い続ける」

「……呪われ続けると、どうなるんですか?」

「普通は精気を吸われて理性を失い、最後には誰にでも襲いかかる怪物になるかな」

「そんな、狼のお兄さん……」


 悲しそうな瞳を向ける風花の頭を、灰夢が優しく撫でる。


「俺は不死身だ。精気を吸われても尽きねぇし、体の異常はすぐに治る」

「じゃあ、灰夢くんは呪われないの?」

「自分じゃよくわからねぇが、体感的には何も変わらねぇな」

「なんか、灰夢くんの方がバケモノな気がしてきた……」


 化け物染みている灰夢に、鈴音もいよいよ言葉を失っていた。


「まぁ、見た目はこんなでも一応は味方だ。蒼月も別に悪いやつじゃない」

「……そうなの?」

「……そう、なんですか?」


「灰夢くんにそう言われると、なんか嬉しいねぇ〜っ!」

「っつぅのは嘘でな。こいつは悪魔だから、俺らの永遠の宿敵で……」

「──ちょ、灰夢くん!?」


 オーナーはコップを拭きながら、灰夢たちの会話を笑って聞いていた。



 ☆☆☆



 しばらく経つと、風花と鈴音は、お座敷の上で眠っていた。


「随分と疲れていたみたいだね」

「まぁ、色々あったからな」

「それで、お目当ての死術は見つかったのかい?」

「一応な。使ってもみたが、また死ねなかった……」

「そっか、残念……」


 灰夢が山で取った死術の話をしていると、

 奥からオーナーが、梅酒を取り出してきた。


「なんだ、今日は気前がいいな」

「君が頑張ったみたいだからね。ご褒美だ……」

「ふっ、そうか。礼を言うよ……」


 そんな二人の会話を、蒼月が横から見つめる。


「珈琲飲んだ後に、梅酒ってどうなのさ」

「ほっとけ、好きなんだからいいだろ」


 そういって、蒼月と灰夢は静かに盃を交わし、

 灰夢は、今日の出来事を詳しく二人に話した。



 ☆☆☆



「……とまぁ、それが理由でチビ共を連れてきた」

「なるほど、そんなことがあったんだね」

「まぁ、それなら正しい判断じゃないのかな」


 蒼月は話を聞くと、スヤスヤと眠る双子を見つめていた。


「でだ、梟月きょうげつ……。悪いんだが、ここに子狐二匹を置いといてもいいか?」


 そんな灰夢の質問に、オーナーがコップを拭きながら答える。





「ここは、確かに私が代表の店ではあるが、

 別に、私だけの権利を通す場所ではない。


 元々、私たちを拾ったあの男が開いて、

 こうして忌み子の憩いの場としたんだ。


 拾われた一人である、君が決めたのなら、

 それを反対する者は、ここにはいないさ」





 そんな梟月の言葉に、灰夢がホッと胸を撫で下ろす。


「そうか、そう言って貰えると助かる」

「でも、ちゃんと面倒見るんだよ? 忌能力者は、何かと生きにくいからね」

「お前らがいりゃ、大体のことは大丈夫な気もするけどな」

「あの子たちは君に懐いているようだから、君がそばにいる方がいいだろう」

「まぁ、極力そうするよ。少なくとも、俺が何かで死ぬまではな」


「それなら、大丈夫そうだね。灰夢くん、どう頑張っても死なないしっ!」

「それが、俺の一番の悩みなんだけどな」


 三人は笑いながら、それぞれの酒を楽しんでいた。


「そういや、梟月。……部屋って空いてたっけか?」

「君の部屋の前にある、物置部屋を使うといい。明日には空けておくよ」

「そうか、悪ぃな……」

「気にしなくていいさ。きっと、言ノ葉も喜ぶだろう」

「ひとまず、今日は俺の部屋でいいか」





 そういうと、灰夢は寝ている風花と鈴音を連れて、

 店の二階にある、自分の部屋へと向かっていった。

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