第漆話 【 反撃の狼煙 】

 山神が声に振り向くと、鈴音すずなを左腕に抱え、


     風花ふうかの背中を掴んで、右手にぶら下げながら、


         目元を隠す狼のお面が、山神をにらんでいた。



























「……友達だと?」

「あぁ、同じかまの飯を食ったからな」

「くだらない、所詮は人間のこじつけた関係に過ぎんな」

「それもそうだな。実際にはじゃなくてだし、ここに来たのも気まぐれだ」

「その気まぐれで手を出したことで、貴様は今ここで死ぬことになる」

「そうか、そいつは楽しみだな」


 そう台詞と吐くと同時に、灰夢の口元がニヤリと笑みを浮かべる。

 すると、当然のようにいる灰夢の存在に、山神が違和感を覚えた。


「貴様……。どうやって、この結界の中に入った?」

「入っちゃいけねぇところに入るのが、俺の特技でな」

「森の迷宮術式、めいきゅうじゅつしき集落の傀儡人くぐつびと、そして、この樹縁絶鬼じゅえんぜっきおり……」

「……仕掛け多くね?」

「……貴様、どうやって抜けてきたのだ?」

「こんな森の仕掛けも抜けられねぇようじゃ、『 しのび 』の名は名乗れねぇんだよ」

「……忍びだと?」


 一瞬の出来事に、状況が飲み込めていない風花が、

 狼のお面をつけた、灰夢の顔を見上げて問いかける。


「狼の、お兄さん……?」

「よっ、また会ったな」

「なんで、ここに……」

「…………」


 灰夢が二人を降ろして、血を流す鈴音を羽織で包むと、

 少し悲しそうな声で、戸惑う風花の顔を見ながら答えた。




























     「 さっき、でっけぇが聞こえたんだ。


             哀しみと怒りを込めた、悲しいがな 」



























 その言葉に、風花が瞳から涙が溢れだした。


「……風花、守れなかった……。姉さんは、守ってくれたのに……」

「…………」

「……お母さまも、ずっと……。風花たちを、守ってくれていたのに……」

「……そうか」

「……風花は、何も出来なかった……。みんな、死んじゃった……」


 言葉を一言発する度に、風花の瞳から次々と大粒の涙が溢れる。

 そんな風花の頭を優しく撫でて、灰夢は静かに笑みを浮かべた。



























          「 お前の姉ちゃん、まだ生きてんぞ 」



























 その一言に、風花がハッと顔を上げる。


「お前の妖力を、できる限りでいい。分けてやれ……」

「できる、かな……」

「吸魂は、お前らの得意技なんだろ? なら、その逆をイメージしてみな」


 風花が流れた涙を拭うと、キッと強気な顔に戻った。


「わかった、頑張りますっ!」

「ふっ、その意気だ……」


 灰夢はそう告げると、羽織で包んだ鈴音を風花にそっと渡した。

 そして、風花が鈴音を抱き抱えて、自分の妖力を送ろうと試みる。


 すると、山神が冷静さを取り戻し、灰夢に語りかけてきた。


「方法は知らないが、どの道、ここから小娘たちは出られないぞ?」

「何を言ってんだ。お前を潰せば、この結界は消えんだろ?」


 その言葉に風花が驚き、灰夢の後ろ姿を見つめる。


「……お兄さん。風花たちの為に……戦って、くれるの?」

「俺も個人的に、アイツには言いたいことがあるんでな」


 山神に向かって歩く背中を、じーっと見つめながら、

 小さな涙声で、風花が灰夢にそっと一言想いを告げた。


「……お兄、さん……死なない、でね……」


 それを見つめる山神が、再び怒りを顕にする。


「──思い上がるな、人間ッ!!!」


 巨大な岩が二つ宙に浮き、左右から勢いよく迫るも、

 それを気にも止めずに、灰夢は風花に笑って答えた。



























        『 大丈夫だ、俺はぜってぇ、死なねぇから── 』



























 その言葉と同時に、岩が灰夢の上半身を一瞬で押し潰し、

 その場で盛大に砕け散ると、辺り一面が砂埃にまみれた。



 ──それを見て、風花が言葉を失う。



「おにぃ、さん……」

「ハッハッハッ! 所詮人間、一瞬でスクラップではないかッ!!!」


 その場に崩れ落ちるようにして、倒れる灰夢の下半身。

 それを嘲笑あざわらうかのように、山神が一人大声で叫ぶ。


 それを見て、風花が再び涙を流した。


「いや……いやああああぁぁぁぁああっ!」

「あとは、お前らの力を喰らうだけだ。ガキ共……」


 そういって、山神はジリジリと双子にせまる。



























           ──その時、後ろから再び声が響いた。



























           『 ……不死身相手は、初めてか? 』



























「──ッ!?」


 振り向く山神の顔に、灰夢が腕に影をまとって手刀を叩き込む。

 その斬撃は風花の後ろの鳥居と、木々数本を一瞬で切り倒した。


「……痛ってぇ、骨が逝ったな。頭に被ってんのわらじゃねぇのか?」


 そう言いつつも、折れた腕が瞬時に修復していく。


 何故か、何事もなく平然と立っている灰夢に、

 理解が追いつかない風花は、目を丸くしていた。


「……お、にぃさん……なんで、いきて……」

「……言っただろ? 俺はぜってぇ死なねぇって……」

「…………」

「お面も服も、また新しいの補充しとかねぇとなぁ……」


 すると、灰夢の影の中から黒いオーラを纏う牙朧武が姿を見せる。


「下半身の服が残っててよかったのぉ、灰夢……」

「そりゃねぇと、十八禁問題になっちまうからな」

「それこそ、子供には見せられんぞ……」

「【 歩く十八禁 】が異名とか、さすがに俺も笑えねぇよ」


 少しすると、結界の端まで飛ばされた山神が、

 自分の傷跡を修復しながら、再び立ち上がった。


「あの小僧、死んでない……だと?」


 そして、影から現れた牙朧武の異様な力を感じて、

 赫月の力を纏う山神ですらも、多少の動揺を見せる。



( なんだ、あの獣は……。あの小僧、一体何者なのだ…… )



 灰夢の一撃で天蓋が外れ、山神の天狗の素顔があらわになる。

 その人ならざる山神の姿に、風花は思わず言葉を失くしていた。


 すると、山神の素顔を見た牙朧武が、冷静に灰夢に語りかける。


「……天狗か。なるほど、幻術や結界を得意とする訳じゃな」

「……あの、ドライアイの術のことか?」

「あぁ……。あれを仕掛けたのも、恐らく奴なのだろう」

「っつぅことは、あれはアイツが危険視してたレベルの代物という訳か」


 それを聞いた山神が問い詰めてくる。


「貴様、御社おやしろの箱を開けたのか?」

「あぁ、遠慮なく……。俺は死術を集めてるんでな」

「悪ふざけが過ぎたな、小僧……」

「使ってなかったんだから、別にいいだろ?」

「お前には、最も苦しい死に様を与えてやる」


 山神が天に手を伸ばすと、周囲の結界が全て消え、

 森の中からうめき声が響き、大量の妖魔ようまが現れた。


「観客呼ぶな、人口密度が高くなるだろ。密だぞ……」

「人口と言っても人じゃないがのぉ、埋まっていた死体はこやつらか」

「埋まってたのって、人間や動物の死体じゃなかったのか?」

「奴は傀儡人を作れるのだ。人の死体に、妖魔の卵でも宿しておったのだろう」

「なんだ、それ……。寄生虫じゃねぇんだからよ」

「言わば死体は、卵を隠すためのじゃ……」

「つまり、この妖魔は全員、アイツの手駒ってことか」

「相当な数じゃな。外から来た人間が帰らぬという理由は、これか……」

「まぁ、そりゃこんなデケェ虫を植え付けられたら、帰ってこねぇわな」


 山神が妖力を解き放ち、着ていた僧侶服を脱ぎ捨て、

 隆起した体が顕にしながら、背中に金色の光背こうはいを作り出す。


「例え、あの死術であろうとも、私に恐れる程の力にはなり得ない」

「随分とムキムキだな、着痩せするタイプなのか?」


 赫月の力を見せつけるも、灰夢が動じることなく言葉を返し続ける。


「灰夢よ。さっきの死術で灰に変えた方が早いのではないか?」

「残念ながら、灰弄死術は魂の入ってる相手には使えねぇんだ」

「そうなのか。全く、物事は上手く運ばんのぉ……」

「まぁ、いいだろう。ラスボスをチートで倒したら、つまらねぇからな」

「いつでも気楽じゃのぉ、お主は……」


 山神の姿観察しながら、灰夢は戦い方を考えていた。


「あれ、絶対に飛ぶよな」

「まぁ、羽も生えておるからな」

「俺、嫌いなんだよなぁ。浮遊系のボス……」

「灰夢、ゲームオタク感が丸出しじゃぞ……」

「そこは【 ギャップ萌え 】っていう、素敵な言葉でカバーしてくれ」

「確かに、お主はさっき燃えようとしておったからな」

じゃねぇ、だ。大事な一文字が変換ミスされてんぞ」

「それぐらいには、無理があるということじゃよ」


「仕方ねぇだろ。俺は普段は寝ねぇから、ゲームしかやることがねぇんだよ」

「まぁ、確かに。暇な時間は多いのは分かるんじゃが……」

「この世界には、素敵な娯楽を生み出すクリエイターがたくさん居てだな」

「悪いのは娯楽ではなく、お主の悪人面の方じゃよ」

「いや、お前が言うなよ……」

「その顔でポケ〇ンとか、どう〇つの森と言われたら、吾輩でも引くぞ」

「今のお前の発言だけで、十分引いたよ。俺も……」


 ラスボスを目の前にしても、緊張感のない会話が飛び交う。

 そんな二人の様子を見つめながら、山神は怒りに震えていた。


「貴様ら、本当に私と戦う気があるのか?」

「なに言ってんだ、真剣に敵を観察して対策を考えてるだろ?」

「ならば、もう少し緊張感を持てッ!!!」

「そんなに怒んなよ、血圧が上がんぞ……」


 痺れを切らした山神が、大声で二人を威嚇いかくする。


「灰夢よ。お主、いちいちツッコミがジジくさいわい」

「中身がジジイなんだ、そりゃそうなるだろ」


赫月あかつきの力で、貴様らもすぐに傀儡の仲間入りにしてやるッ!」

「友達いないからって、傀儡のフレンド作りは発想がぶっ飛びすぎだろ」

「どんな妖魔も、今の私には雑魚同然に過ぎないッ!!」

「ライ〇ップで鍛え抜かれた程度の筋肉じゃ、俺は殺れねぇぞ?」

「そのラ〇ザップが何かはわからぬが、今の私はレベルが違うぞ?」


 灰夢を見下すように、山神は少しずつ浮遊し、

 さらに多くの赫月の力を体に取り込み始めた。



























            「 ……やっぱ、空中戦かよ 」



























 大きなため息をつき、灰夢が牙朧武に問いかける。


「牙朧武……。周りの雑魚共、お前一人で殺れるか?」

「こやつら程度、吾輩なら一瞬じゃ……」

「なら、こっちは任せる。俺は、あの筋肉達磨きんにくだるまを潰す」

「構わぬが、一人で良いのか?」

「あぁ……」


 牙朧武の目に映る灰夢は、怒りを感じさせる瞳をしていた。


「何か、あやつに思うところでもあるのか?」

「特に深い理由は無い、ただ……」

「……ただ?」

「アイツが、俺を見下してたやつらと同じ目をしてた。それだけだ……」

「……同じ目じゃと?」

「あぁ……。子狐共を、自分の力を主張する玩具おもちゃとしか見てねぇ目だ……」

「確かに、自分以外はどうでもいいと思っとるタイプじゃろうが……」

「あぁいう他人を見下す目が、俺はどうにも気に食わなくてな」

「……そうか」


「これは俺の八つ当たりだが、あのガキ共の分も俺が性根を叩き直してやる」

「……わかった。ならば、奴はお主に任せるとしよう」


 牙朧武が『 どうせ言っても聞かないだろう 』と言う、

 呆れた笑みを浮かべつつ、灰夢の言葉に頷きながら答える。


「ちなみに、お前ならアイツは強いのか?」

「天狗如きなら一瞬であろうが、今はヤツは別じゃな」

「……別?」

「赫月の力を元にしているとなると、吾輩とも互角に戦えるであろう」


 その言葉に、灰夢が目を見開く。


「そんなにすげぇのか? 赫月の力ってのは……」

「赫月だけなら妖魔も霊獣も、ワンランク、ツーランク上がる程度じゃ……」

「なら、大したことなさそうじゃねぇか?」

「じゃが、自然の力を持つものは、その影響が跳ね上がる」


「自然の力。つまり、森だの山だのの力を持つ類ってことか」

「そうじゃ。奴は、今、この山の自然全てを握っておる」

「なるほど。そりゃ、厄介だな……」

「時間と共に赫月の力も強くなるじゃろう、簡単には行かぬと思え……」


 そう牙朧武が説明すると、灰夢が嬉しそうに笑みを見せる。


「さすが、自分で【 神 】を名乗るだけのことはあるじゃねぇか」

「奴の妖力は無限に等しい。この先待つのは、紛れもない泥試合じゃな」

「俺の回復力とどっちが上か、試してやろうじゃねぇか」


 そういって、指をパキパキと鳴らしながら灰夢が気合を入れる。

 そして、灰夢は双子を見つめると、小さな声で牙朧武に告げた。


「牙朧武、子狐二匹を頼む。俺は今から、多分すげぇ暴れっから……」

「引き受けよう、存分に暴れて来るがいい」

「悪ぃな。いつも任せてばっかで……」

「吾輩は、お主に宿るただの呪霊じゃ。お主の意志のままに命令すれば良い」

「俺は一度だって、お前のことを『 呪霊 』と思ったこたァねぇよ」

「ふっ……。全く、変わったご主人様じゃな」


 灰夢と牙朧武が互いに顔を見ずに、小さく笑みを浮かべる。

 そして、灰夢は深呼吸をすると、牙朧武に最後の一言を告げた。



























   「 人も妖魔も関係ねぇ、襲ってくるヤツは全て敵だ。


            風花と鈴音を狙うなら、一匹残らず喰らい尽くせ 」



























      そう牙朧武に告げると、灰夢は目を瞑って、


              山神に向かって、ゆっくりと歩き出した。



























         【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 血壊けっかい ❖  】



























    灰夢が呟いた途端、周りに目に見えない衝撃波が走り、


           風が勢いを増し、灰夢の何かが外れたことを知らせる。



























         そして、先程とは違う死印が、灰夢の体に現れた。



























         『 きざ鼓動こどううなりをげて、


                 おのれ限界かせはなつ、


           ける血潮ちしおいかりとともに、


                 修羅しゅらみちへといざなわん 』



























       『 ねむ鬼神きしんらい、して天地てんちひるがえせ 』



























         【  ❖ 血壊死術けっかいしじゅつ鬼気きき 狂葬羅刹きょうそうらせつ ❖  】



























 死術の発動と共に、鬼のような形相に変わった灰夢が、

 体から蒸気を立ち登らせながら、ギロッと山神を睨む。


「人間の非力な力で、神の力を得た私に挑むつもりか?」

「神だろうと悪魔だろうと、敵になるなら喰らうだけだ」

「ふっ、愚かな……。地を這うだけの猿如きが……」

「なら、見せてやるよ。地を這う非力な人間の、死力を尽くした命乞いをなッ!!!」

「──ッ!?」


 灰夢はニヤリと笑うと、その場から一瞬で姿を消し、

 人の力とは思えない威力で、山神を山中へ蹴り飛ばした。


「──グハッ!!」



























         「 ……さぁ、反撃の狼煙のろしは上がったぞ? 」



























 蹴った拍子に折れた足の骨を、何事もなく再生させ、

 灰夢は笑みを浮かべながら、倒れた山神に語りかける。


「まずは、準備運動から付き合ってもらおうじゃねぇか」

「貴様、人間の分際でッ!!!」


 吹き飛ばされた山神が、頭に血を昇らせて、

 高まった妖力を解き放ちながら、灰夢に吠えた。


 そんな山神の怒りに満ちた目を見て、

 灰夢も嬉しそうに、大きな声で吠え返す。



























   「 そうだ、その目だ。そうこなくちゃなァァアッ!


            この俺に死の恐怖ってヤツを、教えてくれやァ!! 」



























    威圧した態度のまま、山に入って行った灰夢を見て、


           その場に残っていた牙朧武は、ボソッと小声で呟いた。



























「どっちが悪役じゃったかのぉ、これ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る