第漆話 【 反撃の狼煙 】
山神が声に振り向くと、
目元を隠す狼のお面が、山神を
「……友達だと?」
「あぁ、同じ
「くだらない、所詮は人間のこじつけた関係に過ぎんな」
「それもそうだな。実際には
「その気まぐれで手を出したことで、貴様は今ここで死ぬことになる」
「そうか、そいつは楽しみだな」
そう台詞と吐くと同時に、灰夢の口元がニヤリと笑みを浮かべる。
すると、当然のようにいる灰夢の存在に、山神が違和感を覚えた。
「貴様……。どうやって、この結界の中に入った?」
「入っちゃいけねぇところに入るのが、俺の特技でな」
「森
「……仕掛け多くね?」
「……貴様、どうやって抜けてきたのだ?」
「こんな森の仕掛けも抜けられねぇようじゃ、『
「……忍びだと?」
一瞬の出来事に、状況が飲み込めていない風花が、
狼のお面をつけた、灰夢の顔を見上げて問いかける。
「狼の、お兄さん……?」
「よっ、また会ったな」
「なんで、ここに……」
「…………」
灰夢が二人を降ろして、血を流す鈴音を羽織で包むと、
少し悲しそうな声で、戸惑う風花の顔を見ながら答えた。
「 さっき、でっけぇ
哀しみと怒りを込めた、悲しい
その言葉に、風花が瞳から涙が溢れだした。
「……風花、守れなかった……。姉さんは、守ってくれたのに……」
「…………」
「……お母さまも、ずっと……。風花たちを、守ってくれていたのに……」
「……そうか」
「……風花は、何も出来なかった……。みんな、死んじゃった……」
言葉を一言発する度に、風花の瞳から次々と大粒の涙が溢れる。
そんな風花の頭を優しく撫でて、灰夢は静かに笑みを浮かべた。
「 お前の姉ちゃん、まだ生きてんぞ 」
その一言に、風花がハッと顔を上げる。
「お前の妖力を、できる限りでいい。分けてやれ……」
「できる、かな……」
「吸魂は、お前らの得意技なんだろ? なら、その逆をイメージしてみな」
風花が流れた涙を拭うと、キッと強気な顔に戻った。
「わかった、頑張りますっ!」
「ふっ、その意気だ……」
灰夢はそう告げると、羽織で包んだ鈴音を風花にそっと渡した。
そして、風花が鈴音を抱き抱えて、自分の妖力を送ろうと試みる。
すると、山神が冷静さを取り戻し、灰夢に語りかけてきた。
「方法は知らないが、どの道、ここから小娘たちは出られないぞ?」
「何を言ってんだ。お前を潰せば、この結界は消えんだろ?」
その言葉に風花が驚き、灰夢の後ろ姿を見つめる。
「……お兄さん。風花たちの為に……戦って、くれるの?」
「俺も個人的に、アイツには言いたいことがあるんでな」
山神に向かって歩く背中を、じーっと見つめながら、
小さな涙声で、風花が灰夢にそっと一言想いを告げた。
「……お兄、さん……死なない、でね……」
それを見つめる山神が、再び怒りを顕にする。
「──思い上がるな、人間ッ!!!」
巨大な岩が二つ宙に浮き、左右から勢いよく迫るも、
それを気にも止めずに、灰夢は風花に笑って答えた。
『 大丈夫だ、俺はぜってぇ、死なねぇから── 』
その言葉と同時に、岩が灰夢の上半身を一瞬で押し潰し、
その場で盛大に砕け散ると、辺り一面が砂埃にまみれた。
──それを見て、風花が言葉を失う。
「おにぃ、さん……」
「ハッハッハッ! 所詮人間、一瞬でスクラップではないかッ!!!」
その場に崩れ落ちるようにして、倒れる灰夢の下半身。
それを
それを見て、風花が再び涙を流した。
「いや……いやああああぁぁぁぁああっ!」
「あとは、お前らの力を喰らうだけだ。ガキ共……」
そういって、山神はジリジリと双子に
──その時、後ろから再び声が響いた。
『 ……不死身相手は、初めてか? 』
「──ッ!?」
振り向く山神の顔に、灰夢が腕に影を
その斬撃は風花の後ろの鳥居と、木々数本を一瞬で切り倒した。
「……痛ってぇ、骨が逝ったな。頭に被ってんの
そう言いつつも、折れた腕が瞬時に修復していく。
何故か、何事もなく平然と立っている灰夢に、
理解が追いつかない風花は、目を丸くしていた。
「……お、にぃさん……なんで、いきて……」
「……言っただろ? 俺はぜってぇ死なねぇって……」
「…………」
「お面も服も、また新しいの補充しとかねぇとなぁ……」
すると、灰夢の影の中から黒いオーラを纏う牙朧武が姿を見せる。
「下半身の服が残っててよかったのぉ、灰夢……」
「そりゃねぇと、十八禁問題になっちまうからな」
「それこそ、子供には見せられんぞ……」
「【 歩く十八禁 】が異名とか、さすがに俺も笑えねぇよ」
少しすると、結界の端まで飛ばされた山神が、
自分の傷跡を修復しながら、再び立ち上がった。
「あの小僧、死んでない……だと?」
そして、影から現れた牙朧武の異様な力を感じて、
赫月の力を纏う山神ですらも、多少の動揺を見せる。
( なんだ、あの獣は……。あの小僧、一体何者なのだ…… )
灰夢の一撃で天蓋が外れ、山神の天狗の素顔が
その人ならざる山神の姿に、風花は思わず言葉を失くしていた。
すると、山神の素顔を見た牙朧武が、冷静に灰夢に語りかける。
「……天狗か。なるほど、幻術や結界を得意とする訳じゃな」
「……あの、ドライアイの術のことか?」
「あぁ……。あれを仕掛けたのも、恐らく奴なのだろう」
「っつぅことは、あれはアイツが危険視してたレベルの代物という訳か」
それを聞いた山神が問い詰めてくる。
「貴様、
「あぁ、遠慮なく……。俺は死術を集めてるんでな」
「悪ふざけが過ぎたな、小僧……」
「使ってなかったんだから、別にいいだろ?」
「お前には、最も苦しい死に様を与えてやる」
山神が天に手を伸ばすと、周囲の結界が全て消え、
森の中からうめき声が響き、大量の
「観客呼ぶな、人口密度が高くなるだろ。密だぞ……」
「人口と言っても人じゃないがのぉ、埋まっていた死体はこやつらか」
「埋まってたのって、人間や動物の死体じゃなかったのか?」
「奴は傀儡人を作れるのだ。人の死体に、妖魔の卵でも宿しておったのだろう」
「なんだ、それ……。寄生虫じゃねぇんだからよ」
「言わば死体は、卵を隠すための
「つまり、この妖魔は全員、アイツの手駒ってことか」
「相当な数じゃな。外から来た人間が帰らぬという理由は、これか……」
「まぁ、そりゃこんなデケェ虫を植え付けられたら、帰ってこねぇわな」
山神が妖力を解き放ち、着ていた僧侶服を脱ぎ捨て、
隆起した体が顕にしながら、背中に金色の
「例え、あの死術であろうとも、
「随分とムキムキだな、着痩せするタイプなのか?」
赫月の力を見せつけるも、灰夢が動じることなく言葉を返し続ける。
「灰夢よ。さっきの死術で灰に変えた方が早いのではないか?」
「残念ながら、灰弄死術は魂の入ってる相手には使えねぇんだ」
「そうなのか。全く、物事は上手く運ばんのぉ……」
「まぁ、いいだろう。ラスボスをチートで倒したら、つまらねぇからな」
「いつでも気楽じゃのぉ、お主は……」
山神の姿観察しながら、灰夢は戦い方を考えていた。
「あれ、絶対に飛ぶよな」
「まぁ、羽も生えておるからな」
「俺、嫌いなんだよなぁ。浮遊系のボス……」
「灰夢、ゲームオタク感が丸出しじゃぞ……」
「そこは【 ギャップ萌え 】っていう、素敵な言葉でカバーしてくれ」
「確かに、お主はさっき燃えようとしておったからな」
「
「それぐらいには、無理があるということじゃよ」
「仕方ねぇだろ。俺は普段は寝ねぇから、ゲームしかやることがねぇんだよ」
「まぁ、確かに。暇な時間は多いのは分かるんじゃが……」
「この世界には、素敵な娯楽を生み出すクリエイターがたくさん居てだな」
「悪いのは娯楽ではなく、お主の悪人面の方じゃよ」
「いや、お前が言うなよ……」
「その顔でポケ〇ンとか、どう〇つの森と言われたら、吾輩でも引くぞ」
「今のお前の発言だけで、十分引いたよ。俺も……」
ラスボスを目の前にしても、緊張感のない会話が飛び交う。
そんな二人の様子を見つめながら、山神は怒りに震えていた。
「貴様ら、本当に私と戦う気があるのか?」
「なに言ってんだ、真剣に敵を観察して対策を考えてるだろ?」
「ならば、もう少し緊張感を持てッ!!!」
「そんなに怒んなよ、血圧が上がんぞ……」
痺れを切らした山神が、大声で二人を
「灰夢よ。お主、いちいちツッコミがジジくさいわい」
「中身がジジイなんだ、そりゃそうなるだろ」
「
「友達いないからって、傀儡のフレンド作りは発想がぶっ飛びすぎだろ」
「どんな妖魔も、今の私には雑魚同然に過ぎないッ!!」
「ライ〇ップで鍛え抜かれた程度の筋肉じゃ、俺は殺れねぇぞ?」
「そのラ〇ザップが何かはわからぬが、今の私はレベルが違うぞ?」
灰夢を見下すように、山神は少しずつ浮遊し、
さらに多くの赫月の力を体に取り込み始めた。
「 ……やっぱ、空中戦かよ 」
大きなため息をつき、灰夢が牙朧武に問いかける。
「牙朧武……。周りの雑魚共、お前一人で殺れるか?」
「こやつら程度、吾輩なら一瞬じゃ……」
「なら、こっちは任せる。俺は、あの
「構わぬが、一人で良いのか?」
「あぁ……」
牙朧武の目に映る灰夢は、怒りを感じさせる瞳をしていた。
「何か、あやつに思うところでもあるのか?」
「特に深い理由は無い、ただ……」
「……ただ?」
「アイツが、俺を見下してたやつらと同じ目をしてた。それだけだ……」
「……同じ目じゃと?」
「あぁ……。子狐共を、自分の力を主張する
「確かに、自分以外はどうでもいいと思っとるタイプじゃろうが……」
「あぁいう他人を見下す目が、俺はどうにも気に食わなくてな」
「……そうか」
「これは俺の八つ当たりだが、あのガキ共の分も俺が性根を叩き直してやる」
「……わかった。ならば、奴はお主に任せるとしよう」
牙朧武が『 どうせ言っても聞かないだろう 』と言う、
呆れた笑みを浮かべつつ、灰夢の言葉に頷きながら答える。
「ちなみに、お前ならアイツは強いのか?」
「天狗如きなら一瞬であろうが、今はヤツは別じゃな」
「……別?」
「赫月の力を元にしているとなると、吾輩とも互角に戦えるであろう」
その言葉に、灰夢が目を見開く。
「そんなにすげぇのか? 赫月の力ってのは……」
「赫月だけなら妖魔も霊獣も、ワンランク、ツーランク上がる程度じゃ……」
「なら、大したことなさそうじゃねぇか?」
「じゃが、自然の力を持つものは、その影響が跳ね上がる」
「自然の力。つまり、森だの山だのの力を持つ類ってことか」
「そうじゃ。奴は、今、この山の自然全てを握っておる」
「なるほど。そりゃ、厄介だな……」
「時間と共に赫月の力も強くなるじゃろう、簡単には行かぬと思え……」
そう牙朧武が説明すると、灰夢が嬉しそうに笑みを見せる。
「さすが、自分で【 神 】を名乗るだけのことはあるじゃねぇか」
「奴の妖力は無限に等しい。この先待つのは、紛れもない泥試合じゃな」
「俺の回復力とどっちが上か、試してやろうじゃねぇか」
そういって、指をパキパキと鳴らしながら灰夢が気合を入れる。
そして、灰夢は双子を見つめると、小さな声で牙朧武に告げた。
「牙朧武、子狐二匹を頼む。俺は今から、多分すげぇ暴れっから……」
「引き受けよう、存分に暴れて来るがいい」
「悪ぃな。いつも任せてばっかで……」
「吾輩は、お主に宿るただの呪霊じゃ。お主の意志のままに命令すれば良い」
「俺は一度だって、お前のことを『 呪霊 』と思ったこたァねぇよ」
「ふっ……。全く、変わったご主人様じゃな」
灰夢と牙朧武が互いに顔を見ずに、小さく笑みを浮かべる。
そして、灰夢は深呼吸をすると、牙朧武に最後の一言を告げた。
「 人も妖魔も関係ねぇ、襲ってくるヤツは全て敵だ。
風花と鈴音を狙うなら、一匹残らず喰らい尽くせ 」
そう牙朧武に告げると、灰夢は目を瞑って、
山神に向かって、ゆっくりと歩き出した。
【
灰夢が呟いた途端、周りに目に見えない衝撃波が走り、
風が勢いを増し、灰夢の何かが外れたことを知らせる。
そして、先程とは違う死印が、灰夢の体に現れた。
『
『
【 ❖
死術の発動と共に、鬼のような形相に変わった灰夢が、
体から蒸気を立ち登らせながら、ギロッと山神を睨む。
「人間の非力な力で、神の力を得た私に挑むつもりか?」
「神だろうと悪魔だろうと、敵になるなら喰らうだけだ」
「ふっ、愚かな……。地を這うだけの猿如きが……」
「なら、見せてやるよ。地を這う非力な人間の、死力を尽くした命乞いをなッ!!!」
「──ッ!?」
灰夢はニヤリと笑うと、その場から一瞬で姿を消し、
人の力とは思えない威力で、山神を山中へ蹴り飛ばした。
「──グハッ!!」
「 ……さぁ、反撃の
蹴った拍子に折れた足の骨を、何事もなく再生させ、
灰夢は笑みを浮かべながら、倒れた山神に語りかける。
「まずは、準備運動から付き合ってもらおうじゃねぇか」
「貴様、人間の分際でッ!!!」
吹き飛ばされた山神が、頭に血を昇らせて、
高まった妖力を解き放ちながら、灰夢に吠えた。
そんな山神の怒りに満ちた目を見て、
灰夢も嬉しそうに、大きな声で吠え返す。
「 そうだ、その目だ。そうこなくちゃなァァアッ!
この俺に死の恐怖ってヤツを、教えてくれやァ!! 」
威圧した態度のまま、山に入って行った灰夢を見て、
その場に残っていた牙朧武は、ボソッと小声で呟いた。
「どっちが悪役じゃったかのぉ、これ……」
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