第陸話 【 明かされた真実 】

 白い九尾の妖狐ようこの姿を見せた鈴音すずなは、


      響き渡る咆哮を、山中にとどろかせると共に、


           山神に向かって勢いよく襲いかかっていた。



























「子供と思って手加減してやれば、調子に乗りおって……」

『グアアアァァァァァァアアアアアアッ!!!!!!!』


 歯向かう妖狐の姿をした鈴音に、山神が怒りをあらわにする。


「この私を、誰だと思っているッ!」



 <<< 神妖術しんようじゅつ樹隆潰峰じゅりゅうかいほう >>>



 地面から伸びる太い木の根が全身に絡みつき、

 暴れまわる九尾の動きを、一気に止めにかかる。


『グアアアァァァァァァアアアアアアッ!!!!!!!』

「愚かな子狐が、誰が主か教えてやろうッ!!!」



 <<< 神妖術しんようじゅつ黒怨染こくえんせん >>>



 山神の手から、複数の黒炎の玉を打ち込まれると、

 大きな爆発と共に、妖狐が後ろに大きく吹き飛ぶ。


「──姉さんッ!」

『グアアアァァァァァアアアァァァァァアアアッ!!!!!!!』


 再び立ち上がった妖狐が、巨大な炎を溜め、

 それを口に含み、山神に向かって吐き出す。


「所詮、子供の戯れよ……」



 <<< 神妖秘術しんようひじゅつ天神結界てんしんけっかい >>>



 山神が己を結界で包み、炎から身を守ると、

 そのまま札を出し、次の術式を展開し始める。


「いつまでも、私の手を煩わせるなッ!!!」



 <<< 神妖術しんようじゅつ岩錐貫槍がんすいかんそう >>>



 地面から、無数の岩の棘が伸びると共に、

 一斉に妖狐の体中を貫き、動きを止めた。


『グアアアァァァアアァアァァァアアァァァアッ!!!!!!!』



 <<< 神妖術しんようじゅつ豪爆連染ごうばくれんせん >>>



 さらに山神が追い打ちをかけるように、

 巨大な黒炎の玉を連続で叩き込んでいく。


「初めから大人しくしていれば、こんな怪我をせずに済んだものを……」

「……ね……え、さん……」


 ダメージをおった白い妖狐が、元の鈴音の姿に戻って倒れ込むと、

 風花が急いで駆け寄り、必死に抱えて逃げようと引きずっていく。


 その様子を見た山神が、周囲に新たな術式を展開はし始める。



 <<< 神妖秘術しんようひじゅつ樹縁絶鬼じゅえんぜっき >>>



 山神が空に手をかざし、周囲に複数の巨大な鳥居を作り出すと、

 風花たちを逃がさぬよう広場全体を囲い、一つの結界を作った。


「この山の力は私の力、全ては私の意のままに出来るッ!!」


 山神が夜空に両手を広げ、二人を大声で威圧すると、

 嗤いながら、風花と鈴音に力の差を見せつけ始める。


「山神さま……。なんで、こんなことを……」

「お前らが妖狐として生まれたからだ、それ以上の理由などない」

「そんな、なんで……。私たち、何も……何もして、無いのに……」

「お前たちが私に会った時点で、この運命は決まっていたんだ」

「そんな、どうして……」

「私の悲願を叶えるためだ……」

「……悲願?」

「そうだ……。私は復讐するのだ、この醜い世界にな……」

「復讐の為に、姉さんを……」

「私は、この世界を破壊する力が欲しい。その為に──」



























     「 お前らも母親のように、私に殺される運命なのだよ 」



























              「 ……え? 」



























   「 ……お母、さまは……。村の人たちに、殺されたって…… 」



























    山神の一言によって、風花が立ち尽くすと、


            それを見て、山神は嗤い真実を告げ始めた。



























「何も知らずに私を慕い、いずれ喰われるとも知らずに肥やされ、

 今日まで生き続けてくるとは、実に滑稽こっけいだ。子供というのは……。


 お前らは村人にを恐れている、妖狐の力があれば当然だ。

 私を疑わせない理由には、これほど都合のいい理由はない」




「そんな、なんで……。どうして、お母さまを……」




「山神の権力は、先代が死ぬまで絶対に変わらない。

 その力を得るには、先代から奪い取る必要がある。


 だからこそだ。だから私が、この手で殺した。

 この山の力全てを、この私の糧とするためにな」





 真実に対する恐怖が、風花の心を飲み込んでいた。


 唯一の居場所だった、山神による裏切りは、

 小さな少女の心を、絶望に染めるには十分だった。


 動かない姉の姿と、全てから向けられる敵意に、

 二つの小さな瞳から、溢れ出る涙が止まらない。


 そんな絶望に追い打ちをかけるように、山神は告げた。


「最後の最後まで笑っていたぞ、あの女は……」


 山神の言葉を聞いた風花が、涙を残したまま顔を上げる。





「あの白く輝く宝珠は、この森の御神体などでは無い。

 貴様らを守るために、あの女の作った神器じんぎの一つだ。


 赫月あかつきの満ちる夜に、月の力を借りて結界を張り、

 己の力と祈りを込め、貴様らを守る為の加護とした。


 力を使えば跳ね返され、妖狐の力に触れれば妖炎に焼かれる。

 お前らを守るために、自分の全ての妖力を宝珠に込めたのだ」



「お母、さま……」



「赫月の結界を解くには、赫月の力で無ければならない。

 だから、今日と言う日まで、私は耐え凌いできたのだ。


 いつか、貴様ら二人の持つ妖狐の力を喰らい我が糧する。

 そして、この山の力も、全て吸い尽くしてやる為に……


 この私が全ての妖を従え、世界を我が物とする為になッ!!!」



「……そんな、そんな……ことの、ために……」



 倒れていた鈴音が、血を流しながら立ち上がる。


「そんなことのために、お母さまを……。鈴音たちの、大切な家族を──ッ!」

「案ずるな、貴様も今から会いに行ける」

「……させない。風花だけでも、絶対に守ってみせるッ!!」


 小さな火の玉を、周囲にふわふわ漂わせながら、

 鈴音が山神に向かって、憎しみの全てを向けた。


「最後の最後まで気に食わんな。小娘……」



 <<< 神妖術しんようじゅつ隕粋落撃いんすいらくげき >>>



 山神は手をかざすと、複数の岩を浮遊させ、

 それを勢いよく、二人に向かって叩きつける。


「ふっ……。結界さえ無くなれば、子供など他愛もないな」


 岩をぶつけた方を見つめながら、山神が一人で小さく呟く。



























               ──その時、



























        山神の後方から、聞き覚えの無い声が呼びかけた。




























    「 こういうのを『 幼児虐待 』っていうの、知ってるか? 」



























 それを耳にした山神が、声のする方に振り向く。


「誰だ、貴様……」


 そこには左手で鈴音を抱え、右手に風花をぶら下げて、

 山神に背を向けている、見知らぬ一人の男が立っていた。


「なぁに──」



























         「 ただの死に損ないの、友達さ── 」



























 二人を抱える、和服の羽織を着た男の顔には、


            山神を睨みつける、狼のお面が付いていた。

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