第伍話 【 不吉な予感 】

 風花ふうか鈴音すずなが、山神の後を追っていた頃、

 灰夢かいむ牙朧武がるむは、御社おやしろまで歩いてきていた。





「ここか、御社ってのは……」

「じゃないかのぉ……。明らかに、そんな雰囲気の建物じゃ……」

「扉、空いてっけど……。中に入っていいと思うか?」

「むしろ、ここまで来て、何もせずに帰るとは言うまい」

「まぁ、それもそうだな。……誰かいるか〜?」


 風花と鈴音が出た後の空っぽの御社には、

 抜け殻の様に静かで、物音一つしなかった。


「いねぇか、邪魔すんぞぉ……」


 灰夢は、躊躇うことなく御社の中へと上がり、

 警戒することなく、奥へと足を踏み入れていく。


「部屋の一番奥に、バカみてぇに札が貼られまくってる箱があるな」

「開けられるのか? 封印の術式が施されておるのだろう?」

「さぁな、やってみりゃ分かるだろ」


 そういって、灰夢が迷わず箱を開けようと手を伸ばす。


 すると、突如、壁全体から部屋中に黒い霧が広がり、

 霧の中から、巨大な眼球が姿を見せ、灰夢を見つめる。


「おぉ、割とガチなやつだな」


 そして、灰夢の足元から無数の黒い手が現れると、

 そのまま足を掴み、灰夢を暗闇に引きずり始めた。


「…………」


 それでも灰夢は焦ること無く、じーっと巨大な眼球を見つめる。

 すると、ガラスが割れるような音と共に、一瞬で景色が晴れた。


「まぁ、こんなもんか」

「今のは、なかなか高度な幻術じゃな」

「あの眼球は、ドライアイだったみてぇだがな」

「相変わらず、緊張感の欠けらも無いのぉ……」

「俺の体質が体の異常をかき消すのは、いつもの事だからな」

「ここまで無関心じゃと、仕掛けた方にも同情するんじゃが……」


 灰夢は箱の中を漁り、一つの大きな巻物を取り出す。


「あったぞ、死術書しじゅつしょ……」

「ほぉ、どんな術式なんじゃ?」

「えっと、なになに……」


 辺りを警戒することなく、胡座あぐらをかきながら、

 灰夢が巻物の中を、じっくりと読み進めていく。


焔帝せんていノ書、だそうだ……」

「焔帝というと、炎でも出すのか?」

「自分の汗を可燃剤に変えて、爆発させんだと……」

「それ、使ったら自分も爆発に巻き込まれんか?」

「まぁ、死術だからな。元の能力者以外は、それが原因で死ぬんだろうよ」


 そう平然と答える灰夢に、牙朧武が呆れた視線を送る。


「全く、ろくなもんを作らんな。人間は……」

「こんなもん作るやつが、まともなわけねぇだろ」

「使おうとしておるのに、お主がそれを言うのか」


 灰夢が巻物を床に置き、巻物の中央に血で印を付けて手を乗せる。

 すると、巻物に記されていた術式が、ズルズルと体に取り込まれた。


「うっし、これで目的は完了だな」

「達成してみると、呆気ないのぉ……」

「わざわざ体を燃やさなくても、ライター程度にはなるんじゃねぇか?」

「それはそれで、死術としての価値が下がる気がするんじゃが……」


 灰夢が手を上向きに広げ、手の平の上で新しい術を軽く試し始める。

 すると、線香花火が散るように、小さな爆発がパチパチと起こった。


「なんか、予想以上にしょべぇ……」

「今の汗の量では、そんなものだろう」


 灰夢が再び死術書を開き、コクコクと一人で納得しながら、

 機械のマニュアルを読むかのように、術の内容を読み進める。


「なるほど……。思いっきり走って、汗かいてから使う感じか」

「それで起こせても、人間サイズの爆発が出れば良い方なのではないか?」

「そんなんじゃ、さすがに死術と呼ぶにはしょぼ過ぎな気がするんだが……」

「炎に燃えれば、人の受ける反動としては大ダメージじゃろ」

「まぁ、そんなもんか……」


 灰夢は巻物を閉じると、紐で固く縛った。


「熱を溜め続けられるのならば、とんでもない一撃になりそうじゃがな」

「確かに……。そいつはなんだか、必殺技感があってカッコイイな」

「燃えると言われておるのに、何故、お主は目を輝かせておるんじゃ……」


 呆れた顔をしながら、牙朧武が灰夢にツッコミをいれる。


「吾輩まで、爆発に巻き込まんでくれよ?」

「お前なら死なねぇだろ、俺の忌能力の影響下にあるんだから……」

「言ってくれるわ。吾輩も、燃えれば熱いのじゃぞ?」

「俺たちは、どんなときでも一緒だぞ。牙朧武……」

「こんな時だけ、無駄に優しい笑顔を見せるでないわっ!」


 気持ち悪いくらい笑顔な灰夢に、牙朧武は鳥肌を立てていた。


「まぁ、障壁でも張って防いでくれ。お前なら出来んだろ」

「お主が本気で術式を使って動けば、上限なく勢いを増していくのだろう?」

「限界に達したことはねぇから、今のところはそうなるな」

「その一撃で障壁諸共、砕かれなければよいがな」

「そんな馬鹿みてぇな火力が出るか? 汗を爆発させるだけで……」

「どこかに熱を溜められれば、不可能でも無いかもしれぬな」

「熱を溜める、か。なるほどな……」


「そう都合よく、熱を操ることが出来ればの話じゃがな」

「まぁ、お前から見てヤバそうだったら影に逃げろ」

「じゃな。それが一番安心じゃ……」

「ひとまず火力が分かるまでは、使う場所は気をつけるとすっか」


 その時、大きな揺れと共に、御社の外から獣の鳴き声が響き渡った。


「……んだァ? 外が騒がしいな……」

「東の方で、何かが暴れておるのぉ……」


 二人は外に出ると、遠くに白く輝く光を見つける。

 それと同時に、二人の考えに不吉な予感が過ぎった。


「なぁ、あの双子って確か、『 御社に住んでる 』っつってたよな」

「山神とやらも、ここにはおらぬな」

「すっげぇ行きたくねぇなぁ、あっち……」


 もの凄く面倒くさそうな顔をして、灰夢がボソッと告げる。


「お主は不幸体質も、健在のようじゃな」

「妖怪〇戦争とか、マジごめんだぞ……」

「いつもそう言いながら、突っ込んでいくのがお主じゃろ」

「気づいた時には、勝手に巻き込まれてんだよ」

「知ってしまった以上、もう何を言い訳にしても手遅れじゃよ」

「ったく、いつの世もついてねぇな」





 灰夢は巻物を影にしまうと、牙朧武と共に社を後にして、

 白い光が見える山の上の方へと、走って向かうのだった。

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