第肆話 【 山神 】

 灰夢かいむ牙朧武がるむが村で戦いを繰り広げていた頃、

 風花ふうか鈴音すすなは、御社おやしろで丸くなって眠っていた。





 扉の開く物音で、眠っていた風花が目を覚ます。


 すると、黒い僧侶服そうりょふく天蓋てんがいを被った人物が、

 御社から一人、外へ出ていくのを見かけた。


「山神さま……?」


 風花が御社の出口から外を見つめると、

 森の中へと入っていく後ろ姿が目に映る。


 すると、近くに風花がいないのに気づいて、

 一緒に寝ていた鈴音も後から目を覚ました。


「……何してるの? 風花……」

「山神さま、夜なのに……。一人で山の中に、いっちゃった……」

「山神さまが、こんな時間に?」

「うん。夜は危ないって……。いつも、言ってるのに……」

「ん〜、なんだろう。何かあったら危ないし、後を付けてみよっか!」

「……うん」


 二人がバレないように、山神の後を追いかけ走っていくと、

 山を下った先の開けた場所で、山神は一人立ち止まっていた。


「どれほど、この日を待ち望んだことか……」


 山神が、天に向かって一人、呟く──







あかく染まる月が照らす日を、どれほど待ち望んだことか。


 にくき女の残した子孫の、妖艶ようえんなる膨大な力を、

 ついに、この手でようやく、我がモノにできる。


 貴様の施した加護も、山神の力と赫月あかつきの光によって得た、

 今の私の妖力の前には、ただの飾りに過ぎんだろう」







 風花と鈴音は、それを木陰から見つめていた。


「今日、珍しくテンション高いね。山神さま……」

「何か、凄く……。怖いこと、言ってる……」

「なんだろう、何かのお稽古かな?」


 山神が紫色の布の中から、札が貼られた玉を取り出す。


「あっ……。いつも私たちに、『 触っちゃダメ 』って言ってる御神体ごしんたいだ……」

「お母さまが、いつも大切に……。持ち歩いていた、丸いやつ……?」

「うん。山神さまは、邪悪なモノが封印されてるって言ってたけど……」


 山神が御神体に貼り付けていた、何枚もの札を剥がしていき、

 全ての札が取れると、中から綺麗な色をした宝珠が姿を見せる。


「──赫月よッ! どうか、この私に……力を与えたまえッ!!!」


 そういって、山神が天に手を伸ばすと同時に、

 突然、山神の周囲に黒いオーラが漂い出した。


「……なんか、ヤバくないっ!?」

「……いこう、姉さんっ!」

「──うんっ!」


 風花と鈴音が、慌てて木陰から飛び出し、

 オーラに囲まれる山神の元へ走って向かう。


「──山神さま、大丈夫っ!?」

「……?」


 背後から呼びかけた鈴音の声を聞いて、

 山神が我に返り、謎の儀式を中断する。


「……おや? こんな時間に、どうされたのですか?」

「山神さまが、出ていったから……。何かあったら、危ないと思って……」

「君たちはいい子たちですね。まさか、私の心配なんて……」


 そう言うと、山神が風花と鈴音の頭を撫でた。


「山神さまの為なら、鈴音たちも協力するよっ!」

「それは嬉しいですね。では少し、手伝って貰えますか?」

「……何か、するんですか?」

「お祈りですよ。お月さまに、この山を守ってくださいとね」


 すると、ふと疑問を抱いた鈴音が山神に尋ねる。


「山神さま……。その御札、取っちゃってよかったの?」

「……何故ですか?」

「何か、悪いものが封印されてるんでしょ?」

「あぁ、大丈夫です。……今宵は赫月ですからね」

「……赫月?」


 山神が夜空を見上げながら、赤く染った月を指さす。


「邪悪な力も、あの赤い月の光に浴びると弱くなるのですよ」

「そうなんだ、良かったっ!」


 そんな山神の言葉に、鈴音がホッと微笑む。


「では、そこの広場の中央に立っていただけますか?」

「──うん、わかった!」


 鈴音が走って、開けた広場の中心に向かう。

 その鈴音の後を、風花が走って追いかける。


「待って、姉さん……」

「早く早く~っ!」


 そして、二人は広場の中央に辿り着くと、

 確認するように、山神の方に振り返った。


「山神さま、ここでいいんですか?」

「はい、そこで大丈夫ですよ」

「……何を、するんですか?」

「なぁに、楽しいお遊戯会ですよ」


 そういって、山神がゆっくりと手を伸ばした瞬間、

 四つの鳥居が空から現れ、大地に深く突き刺さる。


「──ッ!?」

「──ッ!? 風花、危ないッ!!」


 それに気づいた鈴音が、ギリギリで風花を突き飛ばす。

 すると、鳥居から伸びる綱が、鈴音の体を強く縛り付けた。


「うわっ、なに……くる、しぃ……」

「とっさに妹を助けるとは、素晴らしい正義感ですね。流石は双子……」

「なんで、山神さま……」


 突然の山神の行動に、風花が驚いたまま固まる。


「私は、今日という日を待っていたんですよ」

「……今日という日?」

「えぇ、そうです……」



























      『 お前たち妖狐の力を、我がモノにできる日をね 』



























 風花が鈴音を助けようと、鳥居の中に向かって突っ込むも、

 鳥居で作られた結界が侵入を妨げ、風花を勢いよく弾き返す。


「──姉さん、姉さんッ!!!」

「無駄ですよ。今日の私は、赫月の力で妖力が増しているのですから……」


 山神は一人で結界の中に入り、捕まった鈴音の前に立つと、

 取り出した札を使って、綱に縛られる鈴音に黒い刻印を刻む。


「うわぁああぁぁああぁぁあぁっ!!」

「やめて、山神さま……。お願い、やめて……っ!」


 苦しむ鈴音を見て、結界の外から風花が泣き叫ぶ。


「ようやくだ……。ようやく、この力を我がモノに……」

「うぐっ……」


 山神が鈴音の首を掴み、妖狐の力を無理やり吸い取っていく。

 ──が、突如、山神が弾かれ、掴んでいた手が白い炎に燃えた。


「──なっ、くそっ! これだけの力でも、まだ加護の力の方が上だとっ!?」

「ごほっ、ごほっ……。ごほっ、ごほっ……」



( なに、今の…… )



「あの女め、どこまでも執念深いッ!」


 手が離れた鈴音は、必死に呼吸をしながら、

 体を縛る綱を解こうと、必死にもがいていた。


「……姉さん、姉さんっ!」

「これ、取れない……」

「くそっ……。やはり、あれを壊さねばダメか……」


 山神は手の炎を払うと、置いていた御神体の方に向かう。

 その隙に鈴音を助け出そうと、風花が必死に結界を叩く。


「風花……。早く、逃げて……」

「ダメだよ、姉さんも一緒じゃないとっ!!」



 ──その時、ガシャンッと、御神体の砕ける音が響いた。



「──ハッハッハッ! これでもう、妖狐を守る力は何も無いっ!」

「ご、御神体が……」

「ようやく……。ようやく妖狐の力を、我がモノにッ!」


 山神の被っている天蓋の隙間から、紅い瞳がギロりと覗く。


「やめて、来ないで……」


 風花の心が恐怖に支配され、身をすくませながら怯えるのを見て、

 鈴音が締め付けられながらも、必死に逃げる様に風花に呼びかける。


「……やめ、て……。ふう……か………。に、げて……」

「もう遅い。この場所にお前らを守るものは、もう何も無いのだから……」


 力の差を見せつけるように、山神は風花に歩み寄っていく。


「や……め、ろ……」

「長きに渡る我が野望を、ようやく叶えられる」


 迫り来る山神に震えながら、風花が恐怖に竦み涙を流す。

 すると、鈴音が最後の力を振り絞って、力強く声を上げた。


「や、めろ……。やめ、ろ……ッ!! ヤメロオォォォォォッ!!!!!」



























  ──その瞬間、鈴音を縛っていた結界がバラバラに砕け散り、


       九つの尾を持つ巨大な白い妖狐が咆哮と共に、その姿を現した。



























   「 なっ、コイツ……。まさか、今の私の結界すら破るとは…… 」



























    『 ──グオオオオオォォォォォォォオオオオッ!!!!!! 』



























 怒りと憎しみに身を任せ、化け狐の姿を見せた鈴音は、


          力の限りを山神に向け、荒れ狂うように襲いかかった。

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