第参話 【 廃村と傀儡人 】

 灰夢かいむ牙朧武がるむは、川沿いを歩いて村まで来ていた。





「思ったよりも時間食っちまったな。日が暮れちまった」

「見事な赫月あかつきっ! 我が心もうるおうと言うものよっ!」


 牙朧武が天に両手を掲げて、大声で月に吠える。

 山の夜空には、紅く染った大きな月が輝いていた。


「夜中に叫ぶな、近所迷惑だろ」

「えっ、あっ……。はい、すいません……」


 呆れた顔で灰夢がツッコミを入れ、サクサクと歩いていく。

 それに置いていかれないよう、牙朧武が小走りに追いかける。


「お主は、テンション上がらぬのか?」

「別に、そんなに変わんねぇけど……」

「ノリが悪いのぉ……」


 冷静に答える灰夢を見て、牙朧武は少ししょぼくれていた。


「逆に……。なんで、そんなテンション高ぇんだよ」

「だって吾輩、影狼かげろうの呪霊じゃし……」

「それ、何か関係あんのか?」

「満月はテンション上がるし、赫月は力が疼くのぉ……」


「『 狼が満月の夜に…… 』って設定、あれ実話だったのか」

「いや……。満月に関しては、ただの気分じゃな」

「気分なのかよ。その設定、一番取っちゃダメなところだろ」


 灰夢が顔を抑えながら、心底ガッカリしたテンションで告げる。


「じゃが、赫月による呪力や妖力の影響は、まことじゃぞ?」

「もうなんか、それすら少し疑わしくなってきたな」

「むしろ、契約しておるのに影響が無さすぎじゃろ。お主……」

「馬鹿言え、影を自在に操れる時点で十分だろ」

「普通はもっと色々あるもんなんじゃよ。理性を失ったりのぉ……」

「それがあったら、苦労してねぇっての……」


 灰夢は村の入口に向かいながら、巨大な赫月を見つめていた。


「てか、牙朧武の場合は俺の精気を喰らって、呪力に変えるんだろ?」

「そうじゃが、それがどうしたんじゃ?」

「それ、別に呪力が増えなくても、お前の力は元から無限じゃねぇか」

「まぁ、それはそうなんじゃが……」


『 肝心なのはそこじゃない 』……と言いたげに、

 牙朧武が灰夢に向けて、じーっと冷たい視線を送る。


「……なんだよ」

「……はぁ、なんでもないわぃ」


 二人が村に入り、家が立ち並ぶ辺りにくると、

 灰夢は足を止め、暗闇の中、村人を探していた。


「人の気配がねぇなぁ、もう寝ちまったか?」

「少し、来るのが遅かったかのぉ……」



 ──半分諦めていた灰夢の瞳に、小さな人影が映り込む。



「おっ、なんだ。……村人いんじゃねぇか」

「……本当か?」

「悪い、ちょっと尋ねてぇことがあって……よ?」

「なんじゃ、その変な声のかけ方は……」


 牙朧武が不思議に思い、灰夢の見つめる方に視線を向けると、

 身体の大部分が腐った、動く死体のような人間が歩いていた。


「あれは、どう見てもアンケートに答えてくれそうじゃねぇよな」

「そうじゃな。あの肉体からは、人間の魂を感じぬ……」


 二人は慌てる様子もなく、静かに観察を続ける。


「お前、あれが何か分かるか?」

「恐らく、【 傀儡人くぐつびと 】じゃな。死人の肉体を使った操り人形じゃ……」

「村人の『 初めまして 』があれじゃ、他が無事ってのは考えにくいか」

「死んで、数日の姿……。ではないからのぉ、あれは……」


 灰夢たちに気づいた傀儡人が、その場にピタリと立ちどまる。


「あっ、目が合った……」

「恋が始まる三秒前じゃな」



 ──その瞬間、奇声と共に、傀儡人が勢いよく走りだした。



『キィエェェェェェェェェェエエエエ!!!!!』


「やべぇ、本当に始まっちまった。一方的に……」

「よかったのぉ。初めての恋物語ではないか」

「おい、勝手に『 初めて 』とか決めつけんなよ」


『キィエェェェェェェェェェエエエエ!!!!!』


「なんか、トンビみたいな鳴き声してんな」

「確か、この近くで鳥人間コンテストとか言うものを開催しておったのぉ……」

「なるほど……。あのまま飛べば、優勝は間違いねぇな」


 くだらないことを言いながら、灰夢が傀儡人に向かって歩き出し、

 真っ直ぐ走る傀儡人も、人ならざる声を上げながら向かってくる。


「ったく……。ここの主は、随分と素敵な趣味をしてるらしい」


 そんなことを言いながらも、灰夢は印を組み、術式を発動していた。



























        【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 灰弄かいろう ❖  】



























   灰夢の体に、アザのような死印しいんが刻まれると共に、


           灰が湯気のように舞い上がり、後方へとなびき始める。



























 『 孤独こどく彷徨さまよ亡者もうじゃこころちる代償だいしょうに、


            はかないのちはいとして、夢幻むげんそらへとかん 』



























 詠唱と共に、肌でも寒く感じるほど、取り巻く空気が変貌する。

 それでも、変化に気づいていない傀儡人は、一直線に走っていた。


 そして、傀儡人と衝突する瞬間、灰夢の術は発動した──



























         【  ❖ 灰弄死術かいろうしじゅつ夢幻灰桜むげんはいざくら ❖  】



























     灰夢がそっと手を伸ばし、触れた瞬間、


             襲ってきた傀儡人が、一瞬で灰に還った。



























     「 ……悪いな。俺にしてやれるのは、これくらいだ…… 」



























 灰夢の寂しそうな後姿を、牙朧武が静かに見つめる。


「はぁ……。人の命ってのは、あっけねぇなぁ……」

「…………」


 憐れむように空を見つめる灰夢に、牙朧武がそっと問いかける。


「灰夢……。その死術は使えば使うほどに、お主自身も灰になるのであろう?」

「本来はな。俺の場合は忌能力のせいで、体が治る方が早いが……」

「灰を漂わせながら戦うとは、何とも不気味な力じゃな」

「これが俺の呪いだ。世間じゃ、これのおかげで嫌われ者だしな」

「人間は、心が狭いからのぉ……」


 牙朧武が同情を送りながら、灰夢に歩み寄っていく。


「それに、俺は自ら命を絶って、この人生を終わらせることも叶わない」

「吾輩は、何も死ぬ事が救いではないと思うのじゃが……」

「人はいずれ死ぬ。仲の良い奴がいても、最後には俺が一人になる」

「…………」

「心に空いた穴ってのは、不死身の俺でも癒えやしねぇんだよ」


 そう言いながら、灰夢が少し悲しげな表情を見せる。

 そんな灰夢の肩に手を置き、牙朧武はそっと微笑む。


「灰夢よ……。人の寿命など、知ったことではないが……」

「……ん?」



























      「 吾輩は、この先もお主とおるぞ。


             我を友と呼んだ、お主の隣にな 」



























 そういって、牙朧武は笑みを浮かべていた。


「顔が怖くなかったら、ちょっとは心に響いたかもな」

「今ぐらいは、少し目を瞑ったらどうなんじゃ……」

「ふっ、冗談だ……。ありがとな、牙朧武……」


 灰夢が照れ隠しをするように、笑いながら牙朧武に答える。

 そんな冗談を言っていると、突然、周囲から物音が響き出す。


「ほら……。お前が珍しく良い事言うから、みんなもダチになりてぇってよ」

「せめて、お話ぐらいはできる相手がよいのぉ。吾輩も……」


 たくさんの傀儡人が、二人の周囲に一斉に姿を見せ、

 ものの数秒で、灰夢と牙朧武が大人数に取り囲まれる。


 大人から子供まで、数は百数十人といったぐらいの大人数。

 それを前にしても、灰夢と牙朧武は冗談を言って笑っていた。


「吾輩にも、友達百人できるチャンスかもしれんな」

「今時はスマホを買って、LI○Eってのを覚えるところから始まるらしいぞ」

「やれやれ、現代の人間は手厳しいのぉ……」


 牙朧武の言葉を最後に、二人が戦闘の構えに入る。


「死ぬんじゃねぇぞ、相棒……」

「ぬかせ……。吾輩を案ずる前に、己の心配をしておけ……」





 互いに背中を合わせ、鼓舞するようにセリフを吐くと、

 二人は傀儡人の群れの中に、勢いよく飛び込んで行った。

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