❀ ❀ 第壱部 第壱章 不死の狼と二人の妖狐 ❀

第壱話 【 森の少女 】

 ※ この物語は、一行40文字幅を基準に制作しております。


   スマホの縦読み、または画面回転で横画面、PC、タブレット等、

   とても読みやすくなりますので、ぜひ一行を広くしてお試しください。







 道理では説明のつかない、人知を超越した存在……【 怪異かいい  】。

 その存在は、空想、伝承、或いは都市伝説として、この世界に息づいている。


 人々は、その存在を前にすると、口々にこう叫ぶ。




 【 怪物 バケモノ  】とー。




 例えそれが、【 特異体質を持っただけの人間 】だとしても、

 人知を超越した力を持ってしまえば、結果的には同じことである。


 そう……この世には、怪異と呼ばれる脅威の存在とは別に、

 特別な力を持っただけの人間も、稀に生まれることがあるのだ。


 そういった特別な人間は、怪異にも人間にも属すことは出来ない。

 あらゆる者から忌み嫌われ、【 忌み子 】と呼ばれる存在となる。


 人に捨てられ、実験体にされ、表世界で生きることを許されない。

 そんな孤独を死ぬまで強いられる者たちが、この世界には存在する。


 そして、主人公【 不死月 灰夢( しなづき かいむ ) 】も、

 生まれながらにして、不老不死の力を持った忌み子の一人である。


 灰夢は、そんな自分の体を縛る不死の呪いを解くために、

 『 死を招く代わりに、不可能を可能にする 』と言われる、

 世界各地に封印された禁書……【 死術 】を探して生きている。





 その日も灰夢は、同じ仕事の仲間である情報屋から、

 探し物の情報を聞いて、とある山まで足を運んでいた。





「山はいい、自然豊かで和む……」


 左目に傷をある狼のお面を付けた一人の青年が、

 和風の羽織を身に纏い、灰色の髪を風になびかせる。


「こういう自然で遊ぶのも、冒険や旅の醍醐味だいごみってもんだよな」


 釣った魚を焚き火で焼き、土鍋で炊く米の様子を眺めながら、

 川の流れる音と、草木の揺れに耳をすましながら一人で呟く。


 そして、そのまま灰夢は何の前触れもなく、

 自分の背後の謎の気配に向かって呼びかけた。


「そんな所に隠れてないで、出てきたらどうだ?」


 驚いたように、後ろの草陰からガサガサと音が響き、

 草の中から、ちょこんと一人の少女が顔を覗かせる。


「……何してる、ですか?」

「見ての通りのピクニックだ。お前も食うか?」

「……いいん、ですか?」

「腹減ってっから、見てたんじゃないのか?」

「違い、ます…。人が居るの、珍しいから……」

「あ〜、『 入った人間が戻らねぇ 』っつぅ噂があるって、蒼月が言ってたな」

「……知ってた、ですか?」

「あぁ、まぁな。そりゃ、普通の人間は近づかねぇか」


 そんな話をしながら、灰夢は少女を見て、

 明らかにおかしい体のパーツに疑問を抱く。



( なんだ、あれ……耳か? ……いや、寝癖か? )



 少女の頭の上に、猫のような大きなケモ耳が生えている。

 見間違えとは思えない程、しっかりとしたフサフサの耳が。



( ついに俺も、こういうのが見えるようになっちまったのか )



 灰夢は何度も少女の頭を見返しながら、幻でないことを確かめる。

 そして、『 自分がおかしいのでは? 』と言う疑念を抱き出す。



( 俺も疲れてんのかもな。……待て、不死身にそんな症状あるか? )



 そんな灰夢のくだらない雑念など、少女は微塵も想像もせず、

 少し不安そうな顔をしながら、小さな声で灰夢に話しかけた。


「ここ、危ないです……。早く、帰らないと……帰れなくなる、です……」

「忠告はありがてぇんだが、俺も探さなきゃ行けないもんがあってな」

「……何を、探してるんですか?」


「そうだなぁ……。本だったり、巻物だったり……」

「……巻物?」

「何かしら、たくさんの字が書いてある物が、お目当ての代物だな」

「……そう、ですか」

「なんかこう、『 触っちゃダメ 』って言われる書物を知らないか?」


 少女が顎に手を当てながら、静かに目を瞑り、

 しばらく考え込んでから、灰夢の質問に答える。


「触っちゃ、ダメって言うのは……。一つ、知ってます……」

「──おぉ、ほんとか!?」

「でも……。紙に書かれた、ものは……知らない、です……」

「あぁ、そうか。まぁ、そんな簡単に分かれば苦労はしねぇよな」

「……ごめんなさい」

「別にいい、気にすんな。あんなもんは、むしろ知らねぇ方がいいしな」


 そんな灰夢の言葉に、少女が疑問を抱く。


「……それ、危ないですか?」

「あぁ……。普通の人間が使ったら死ぬんだとよ」

「それ……。お兄さんは、何に使うんですか?」

「なんて言うか、自分の体の実験? みてぇな。まぁ、悪事には使わねぇよ」

「……怖くない、ですか? お兄さんも、死ぬかも……ですよ?」

「それが、そう上手くは行かねぇんだ」

「……え?」

「大丈夫だ、俺は絶対に死なねぇから……」


 そう言いながら、灰夢が笑って見せると、

 少女が何かを思い出すように、そっと俯く。


「強いんですね。お兄さんも……」

「別に、強ぇから死なねぇ訳じゃねぇよ」

「……そう、なんですか?」

「まぁな。……んで、お前は食うのか? 食わねぇのか?」

「要らない、です……。大丈bギュルルルルルルル……」


 少女の言葉とは裏腹に、お腹の虫がとんでもない鳴き声を上げる。

 その瞬間、少女は顔を真っ赤に染めると、草むらに潜ってしまった。


「はぁ、ったく……」


 灰夢はため息をついて、背を向けながら呼びかける。



「一人じゃ食いきれねぇんだ。悪ぃが手伝ってくれ……」



 その言葉に反応し、少女は再び草むらから顔を出すと、

 魚をじーっと見つめてから、草むらの外へと足を出した。


「お、食う気になっ……ん?」


 後ろに振り向いた瞬間、灰夢は数秒間思考が停止する。

 少女は、背丈が自分の腰にも満たない程度の身長だった。


 長い袖をなびかせながら、足場を確認して歩み寄る。

 何より少女には、フサフサの大きなが生えていた。



( なるほど……。末期だな、俺…… )



 それでも灰夢は、特に問題視することなく、

 ただただ自分が疲れているだけだと解釈する。


「こっちに来て座んな。今、ちょうど焼けたところだからよ」

「……怖くない、ですか?」

「……ん? あぁ……。悪ぃ、この御面か……」


 灰夢は顔の上半分を隠していた、狼の御面を外し、

 近くに立っていた木の枝に、その御面を引っ掛けた。


「俺は口と目つきは悪いが、中身は見た目ほど悪じゃねぇよ」


 そういって、灰夢が鋭い目つきで不器用なりに笑って見せる。


「違い、ます……。風花が……」

「……?」


 何か言いたげな少女を、灰夢が静かに見つめていると、

 少女は途中で口を閉じ、首をブンブンと左右に振った。


「なんでもない、です……。お魚、いただきます……」

「……おう。ほら、熱いから火傷すんなよ」

「……はい。ありがと、です……」


 少女は長い袖をまくり、小さな手で魚を受け取る。


 そして、受け取った魚にガブっと食らいつくと、瞳を輝かせ、

 止まることなく、二口目、三口目と勢いよく食べ進めていった。


「……どうだ、うめぇか?」

「──はい。おいしい、ですっ!」

「そうか、そいつはよかった……」


 噛む暇もないほどに、少女は凄いスピードで食べ進める。


「慌てて食わんでも、まだまだあっから。喉に詰まらせんなよ」

「……はい」


 灰夢の言葉でも止まらないほどに、

 少女は黙々と、魚にかぶりついていく。


 だが、一匹の魚を食べ終えそうなところで、

 少女の手が止まり、声が小さくなっていった。


「……おい、しい……。すごく、すごく、おい……しぃ、です……」


 灰夢が少女の違和感に気がつき、そっと振り向くと、

 少女は悲しそうに俯きながら、静かに涙を流していた。


「……ちょ、どうした?」

「……違うん、です。美味し、くて……」

あゆの塩焼きなんて、そんなに珍しい料理でもねぇだろ?」


「……分から、ない……。ぐすっ、ですが……。懐かし、くて……」

「…………」

「……暖かい、ご飯なんて……、ぐすっ、もうずっと……食べてなくて……」

「…………」

「……ぐすっ、お母さまが……。作って、くれた……。暖かい、ご飯も……」

「…………」

「……こんな風に、凄く……。美味しかったな、って……」


 灰夢は無言のまま、語る少女の言葉に耳を傾ける。


「……こういうの、ずっと……。なかった、から……」

「…………」

「……暖かいとか、美味しいとか……。優しいとかも、ずっと……」

「…………」

「……そういうの、ずっと……。なかったん、です……」


 少女は声を枯らしながら、必死に感情を伝える。

 そんな少女の頭を撫で、灰夢は優しく語り掛けた。


「そうか。なら──」



























     「 今、食えるうちに、たらふく食って、


              腹にたくさん、蓄えとかねぇとな 」



























 少女は目を潤ませたまま、じーっと灰夢を見つめる。

 そんな少女を抱き抱えて、灰夢は自分の膝の上に乗せた。


「ほら、まだまだあっから、腹が膨れるまでたくさん食うといい」


 冷ましておいた鮎の塩焼きを手に取り、灰夢が少女に渡す。


「こんなに、食べても……いいん、ですか……?」

「言っただろ? 一人じゃ食いきれねぇんだって……」

「えへへっ……。ありがとう、です……。狼の、お兄さん……」


 泣き跡が残ったままの顔で、少女は小さな笑みを見せる。

 そんな表情を見て、灰夢もホッと、静かに胸を撫で下ろす。


 そして、再び二人で鮎の塩焼きを食べ進めると、

 そこから、灰夢は少女の過去には触れなかった。



 ☆☆☆



 食べ始めてから数分後、灰夢の食事の手が止まった。


「今日は、やけに客が多いな」

「……えっ?」


 灰夢が、食べている途中の魚を、そっと地面に刺す。

 それと同時に、何かが木を登り、葉が揺れる音が響く。


 すると、甲高かんだかい声と共に、二人の真上から何者かが襲いかかった。


「がおぉぉぉぉ~!!!」

「次から次へと……。今度は、空から女の子ってか?」


 灰夢が右手を伸ばし、降りてくる少女を片手で捕まえる。


 すると、木の上から降ってきた少女はうなり声を上げながら、

 金色に染る髪を逆立て、怒ったような表情で威嚇をしていた。


「──ガルルルルルルルルッ!!!」


 そんな少女の姿を見て、灰夢の口から思わず本音が漏れる。



























          「 やべぇ、二匹目出てきた…… 」



























 捕まえた少女を見た灰夢は、脱力しながら


         凄く面倒くさそうな顔をして、小さくそう呟いた。

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