❖ 不滅の花は月影に咲く ❖

大神 刄月

❀ プロローグ 人と怪異の狭間から ❀

第壱話 【 忌能力者 】

 公園の桜が満開に咲き誇り、春の温もりを感じられる四月上旬。


 世間の至る所で、出会いと別れを迎えるような節目の季節の夜に、

 とあるコンビニでは、二人組のマスクをした男が声を上げていた。





「──いいから、とっとと金を詰めろッ!」

「……ご、ごめんなさい」

「──泣いてんじゃねぇ、早く入れろッ!」


 犯人が鋭いナイフを見せつけ、怒声を響かせながら少女を脅す。


「少しでも怪しい動きをしたら、命は無いものと思え……」

「……は、はい」


 涙目になりながら、バイトの少女が袋の中へとお金を袋に入れる。


「入れたな。そのままレジから出ろ」

「……はい」

「よし……。そこに膝をつけ、早く──ッ!」


 お金を詰め終えた少女が、犯人に従うようにレジの外へと向かう。

 そして、緊迫する空気の中、少女が犯人にお金を詰めた袋を渡す。


「ど、どうぞ……」

「よし……。金も手に入れたし、このままトンズラして──」

「おい、待て……。今、物音がしなかったか?」

「……物音?」


 一人の男が奥から聞こえた物音に気が付き、レジの奥を除く。

 すると、そこには大柄な体型の男が隠れるように蹲っていた。


「おい、テメェッ! 両手を上げながらコッチに出てこいッ!」

「──ひぃっ!? ごめんなさい、許して……」


 バレた男が両手を上げながら、覚束無い足取りでレジの外へ向かう。


「コノヤロウ、コソコソしやがって……」

「おい、コイツ……。このコンビニの店長じゃねぇか」


 店長と書かれている名札を見て、犯人たちが警戒し刃物を向ける。


「お前、サツには連絡してないだろうな」

「してません。ですから、見逃してください。お願いします……」

「……どう思う?」

「……怪しいな」


 犯人たちが刃物を突き付けながら、店長の顔をギロッと鋭い目で睨む。


「……どうするんだ? もし通報していたら……」

「まぁ、その時はコイツらを盾にして逃げればいい」


 すると、震えながら立っていた店長の名札を付ける大柄の男は、

 その場に膝を折り、額を擦り付けるようにして土下座を始めた。


「お願いします。ボクだけでも、見逃してください。どうか……」

「……は?」

「その子は好きにしてもいいです。だから、どうかボクだけでも……」


 店長からでてきた予想外の言葉に、犯人も思わず言葉を失う。

 そして、犯人の二人がバイトの少女の方へと視線を向けると、

 少女は青ざめた表情をしたまま、その場に小さく固まっていた。


「そんな、どうして……。私は、庇ったのに……」

「お願いします。どうか、ボクの命だけでも……」


「……なぁ、どうする? コレ……」

「そういえば、知り合いが女を金にする裏ルートの話をしていたな」

「あぁ、そんな話も聞いたな。そういや……」


 そういって、二人の男が卑しい顔をしながら少女を見つめる。


「せっかくなら、この女も金にしてやるか」

「そうだな。君には悪いが、オレらの生活費になってもらおうか」


「いや、やめて……。──いやっ!」


「おい、叫ぶなっ! 静かにしろっ! ったく──」

「お前、腕を抑えてろ。先に口を縛ってから、そのまま腕を──」


「──誰か、助けてっ! 店長、店長っ!!」


 少女が必死に助けを呼ぶも、店長は蹲ったまま動くことなく、

 犯人に口を塞がれ、脱がされた服で手足までも縛られていく。



( どうして……。わたしばっかり、こんな目に…… )



 生きる希望を無くすかのように、少女の身体から力が抜ける。


「この女、意外といい身体してるじゃねぇか」

「へっ、少し車の中で楽しむか。お前、外の用意してこい」

「あぁ、分かった。なら、先に向こうで……っ!?」

「……おい、どうした?」


 外に向かおうとした男が、突然、何かを見て思わず立ち止まり、

 それに気づいたもう一人が、少女を押さえつけたまま振り向く。

 すると、そこには、見知らぬ和服を着た謎の青年が佇んでいた。



「……よぅ、会計を頼んでいいか?」



 ガラの悪そうな青年が、太い漫画雑誌を片手に真顔で呟く。


「なんだ、テメェ……。どこから湧いてきやがったッ!」

「どこって……。そこで、普通に少年ジャ○プを読んでただけだが……」


 表情を一切変えない青年に、犯人の一人が刃物を見せつける。


「まぁいい、邪魔をするなら殺すだけだ……」

「いや、ジ○ンプ読んでただけで死刑は罪が重すぎんだろ」

「──うるせぇ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞッ!」


 微動だにしない青年に、犯人の男が刃物を持って向かっていく。


 だが、謎の青年は刃物をスレスレで避けると、犯人の頭を掴み、

 腹部に膝蹴りを入れ、そのままコンビニの奥へと蹴り飛ばした。



「「「 ──ッ!? 」」」



「アニメの真似事なら、店の中じゃなく外でやれ」


 想定外の強さを見せる青年を見て、もう一人の犯人が立ち上がる。


「──おい、動くなッ!」

「……?」

「この女がどうなってもいいのかっ!」

「……女?」


 青年が犯人に囚われている少女を見て、無表情のまま静かに佇む。

 そんな少女の首にナイフを突きつけながら、犯人が少女を盾にする。


「た、たすけて……」

「この女の命が欲しけりゃ、そのまま一歩たりとも……」

「……っ!?」

「……おい、聞いてるのかっ!」


 犯人が訴えかけるも、男は犯人に見向きもせず少女を見つめ、

 まるで、不可解な何かを目撃したかのように目を見開いていた。

 そんな男の様子に違和感を覚えた犯人が、手元の少女を確認する。


「いや、死にたくない……。おねがい、たすけて……」

「──ッ!?」


 すると、少女の黒髪が、氷のような淡く冷ややかな色へと変貌し、

 白い素肌から溢れるように、目に見えるほどの冷気を発していた。


「……な、なんだっ!? コイツは──ッ!」

「──きゃっ!」


 思わぬ現象を目の当たりにし、犯人が少女を振り払うも、

 足が床に凍りついて動かすことが出来ず、その場に転ぶ。



( ……雪女? いや、これは…… )



 周囲が次々と凍っていくのを見ながら、青年が静かに考え込む。


「……バ、バケモノめっ!」

「……ちがう、ちがうのっ! これは、わたしのせいじゃ……」


 振り払った際に転んだ少女を指さしながら、犯人は怯えていた。


「た、頼む……。殺さないで……」

「ちがうの、わたしは……。こんなこと、したくないて……」


 店長までもが自分に怯える姿を見て、少女の表情が青ざめていく。



「やめて、もうやめて──ッ!!」



 自分でもコントロール出来ないほどの力に、少女が怯える。

 すると、目の前に佇んでいた男は、少女の頭に手を置いた。


「落ち着け、大丈夫だから……」

「……え?」


 触れた手から凍りつき、半身を凍傷のように傷つけながらも、

 涙を流す少女を落ち着かせながら、青年が優しく微笑みかける。


「大丈夫だ……。俺の顔を見ながら、大きく深呼吸をしてみろ」

「…………」


 何故か、平然としている青年を見て、少女が落ち着きを取り戻し、

 その場で大きく深呼吸をしながら、自分の精神状態を整えていく。

 すると、周囲に溢れていた冷気が収まり、髪も元に戻っていった。


「……大丈夫か?」

「……はい。あっ、あの……。ごめんなさい、私……」

「大丈夫だ……。これくらい、すぐに治……っ!?」


 そう青年が言おうとした瞬間、店内に大きな銃声が響き渡る。

 そして、青年の頭部から、ゆっくりと生暖かい血液が流れ出す。


「……いや、いやあぁああぁあぁっ!」


 青年が倒れ際に振り向くと、蹴り飛ばした犯人が銃を握りしめ、

 手を震わせながら、さげすむような目で自分と少女を見つめていた。



( あぁ……。また、あの目か…… )



「何をやってんだ、狙うのはガキの方だッ!」

「くそっ、外した……」

「そんな、私のせいで……。お兄さん、お兄さんっ!」


 血塗れの自分を見て、必死に呼びかけながら揺さぶる少女を、

 青年が倒れたまま、消えそうなくらい浅い視界の中で見つめる。



( ごめんな、刹那……。俺は、お前を救えなかった…… )



 涙を流す少女の姿は、青年の中にある過去の記憶と重なっていた。


「次こそは、確実にガキを……」


 身体の半身を凍らせたまま、床に倒れ込む青年を無視して、

 銃を持っていた犯人が、特殊な力を持つ少女を殺そうと狙う。


「死ね、バケモノが──ッ!!」


 その言葉と共に銃声が響き、犯人の拳銃から鉛玉が放たれる。 

 そして、放たれた銃弾が、少女の額を目掛けて真っ直ぐに進む。



( だが、せめて……。この身体が朽ちるまでは── )



 そんな絶望的な光景を、スローモーションのように感じながら、

 少女を動くことも出来ず、ただ死の迫る恐怖だけを感じていた。



























     ( 同じ過ちは、繰り返さねぇように──ッ!! )



























 そして、銃弾が目の前に迫った瞬間──


 少女の手元で、大量の血を流しながら倒れていた青年の右手が、

 宙を舞っていた鉛玉を、そのまま素手で力強くガッと掴み取った。


「──なッ!?」

「おにぃ、さん……」


 青年が禍々しいオーラと、灰色の粉のようなものを纏いながら、

 まるで、死者が蘇るかのように、ゆっくりとその場に立ち上がる。


「……な、なんだ?」

「……まさか。コイツも、バケモノ……」


 目の前の光景に、犯人が目を疑いながら立ち尽くしていると、

 立ち上がった青年が、獣のような紅く鋭い瞳を向け口を開く。



『 そんな鉄屑ガラクタ如きで、この俺を殺せるとでも思ったか? 』



 周囲を渦巻く灰色の粉が、青年の全身を包み込むように舞う。

 そして、血塗れになった青年の傷が、嘘のように癒えていく。

 そんな異様な光景を前にし、その場の全員が目を疑っていた。


「なんなんだ、なんなんだよッ! お前は──ッ!!!」

「…………」


 ゆっくりと歩み寄る青年の姿を見て、銃を持つ犯人が銃を構え、

 青年の身体に向けて、ありったけの弾を次々と撃ち込んでいく。

 だが、その傷をも瞬時に治しながら、青年は足を止めずに進む。


「くそっ、こっちに来るな──ッ!」


 そして、青年は犯人の目の前まで迫ると、睨みを利かせたまま、

 犯人の首を掴み上げ、片手で軽々と身体が浮くまで持ち上げる。


「うぐっ……。なんなんだ、コイツは……」



『 自分で言っていただろ。ただの【 怪物バケモノ 】だ──ッ!! 』



 青年が銃を持つ犯人を、相方の犯人の方へ真っ直ぐ投げ飛ばす。

 そして、二人の犯人が重なり合うように、店の入口へ吹き飛ぶ。


「ぐはっ……」

「くそっ、なんて力だ……」


 そんな犯人の元へと、青年が黒いオーラを纏ったまま歩み寄る。



『 死にたくなきゃとっとと失せろ。俺の気が変わらねぇうちにな 』



 本気の殺意を向ける青年を見て、二人の犯人が慌てて逃げ出す。


「に、にに、逃げろ……。退け──」

「お、おいっ! 置いていくなよッ!」


 そして、店から犯人の居なくなると、青年の身体からオーラが消え、

 ボロボロになった店の物悲しさと、春の静けさだけが残されていた。


「お兄さん……。どうして、生きて……」

「簡単な事だ。俺も、嬢ちゃんとだからな」

「……いのう、りょく?」


 その瞬間、店の入口から警察と思われる二人の男が姿を見せる。


「なんだ、この有様は……」

「この血と氷は、一体……」


 凍りついた店内と周囲に流れる赤い血液に、二人の警官が目を疑う。


「来るのが遅ぇよ。もう終わったぞ……」

「なっ、その血痕は……」

「君、それは大丈夫なのか?」

「あぁ、問題ない。犯人なら出ていったから、早く後を追ってくれ」


 血塗れの青年に言葉を失いつつも、警察が本部に連絡を入れる。

 すると、警察を見た店の店長が突然、逃げるように走り出した。


「……た、助けてくれっ!」


 そんな店長を見た警察が、警戒するように腰の銃へと手を伸ばす。


「……どうしました?」

「アイツ……。アイツが、バケモノなんだ……」

「……アイツ?」

「あの男だ、んだっ!」


 そんな店長の言葉を聞いた瞬間、二人の警察官の目付きが変わった。


「──そこを動くなッ!」

「まさか、君が犯人だったとはな」


「いや、俺じゃないが……」


「──嘘をつくなっ! 店の店主が、そう証言しているんだ……」

「この血痕……。まさか、既に被害者が……?」


 店長の言葉に流された警察が、青年を警戒しながら銃を向ける。



( ……なるほど、してやられたな )



 それを見たバイトの少女が、涙を拭って青年の前へと飛び出す。


「──違いますっ! この人は犯人じゃありませんっ!」


「──危ないから、そこを退きなさいっ!」

「チッ──。くそっ、子供の人質まで……」


「犯人は逃げていきましたっ! この人は、私を助けてくれたんですっ!」


「きっと、無理やり言わされているんだな」

「可哀想に……。今、助けてやるからな」


「そんな、どうして……」


 何を言っても信じようとしない二人の警察官を目の当たりにし、

 少女が絶望に浸りながら唖然とした表情で、その場に立ち尽くす。


 すると、青年が少女の肩に手を置き、振り向いた少女を見つめ、

 まるで、何かを諦めるかのように、数回だけ首を左右に振った。


「やめておけ……。店長が証言した時点で、俺らの声はもう届かない」

「そんなの、おかしいですっ!」

「だとしても、これが現実だ。恐怖に呑まれた人間に言葉は通じない」


 説得する気力すらないような表情で、青年が怯える店長を見つめる。



「アイツが、バケモノなんだ……。早く、早く殺してくれっ!」



 必死に青年を殺すよう警察に訴える店長を見て、少女が言葉を失う。


「だがまぁ、あの店長が俺のことで頭がいっぱいなのは助かった」

「……え?」

「嬢ちゃんまで悪く言われていたら、庇いようが無かったからな」



( まぁ、その時は……。全員の息の根を止めれば済むことだが…… )



「そんな、だって……。このままじゃ、お兄さんが……」

「問題ねぇよ。俺は、あんなのに捕まるほどヤワじゃねぇからな」


 いつの間にか手に持っていた肉まんを口にしながら、青年が微笑む。


「……お兄さん」

「嬢ちゃん。これ、あとでレジに打っておいてくれるか?」

「……え?」


 青年が袖に手を入れ、袖ポケットから取り出した三百十円を手渡す。


「一応、ジャ○プ一冊と肉まん代だ」

「は、はぁ……」

「庇ってくれてありがとな、嬉しかった……」

「えっ、あの……」

「他人の言葉に流されない、その強い気持ちを忘れねぇようにな」


 そういうと、青年は警察官に向かってスッと自分の左手を伸ばした。


「──動くなッ! 少しでも怪しい動きをしたら、すぐに撃つからなっ!」

「気を付けろ。この氷、何かの薬品を持ち歩いているのかもしれない」



『 お前らの中の【 常識 】が全てだと思うなよ? 人間共…… 』



 青年が睨みを利かせた瞬間、警察官の足元が一瞬にして凍り付く。


「「 ──なッ!? 」」

「闇の中に吞まれないよう、せいぜい気を付けるんだな」


 そう青年が告げた瞬間。突然、警察官の頭上にあった蛍光灯が割れ、

 ブレーカーが一斉に落ち、月明かりだけがコンビニの店内を照らす。


「……な、なんだっ!?」

「くそっ……。犯人は、どこに──」


 警察官が慌てて懐中電灯を取り出すも、青年の姿はどこにも無い。

 そして、一人で残された少女だけが、ポツンと店内に立っていた。


「……居たか?」

「いや、こっちにはいない」


 足を氷に固定されながらも、警察官の二人が店内を見回す。


「チッ、逃げられたか」

「ひとまず、今は人質の確保を──」


 そういって、二人の警察官が少女の身柄を確保しようとした瞬間、

 少女がレジにガンッと力強く、青年に受け取った小銭を叩きつけた。



「「「 ──ッ!? 」」」



 そして、真っ直ぐ店の裏へと向かい、一瞬にして私服に着替え、

 驚いた表情のまま固まっている、二人の警察の間を堂々と通り、

 その後ろで固まる店長の顔に、バイト着を投げつけながら呟く。



























            『 最っ低です…… 』



























 そう言い残すと、少女は桜と月明かりが彩る静かな夜道を、

 まるで、影の中へと消えていくかのように歩き去っていった。

 そんな少女の抜けた道の桜並木には、微かに雪が積もっていた。

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