第2話 剣士は見張ることにした


 翌日の朝。

 アルドは、少し遠くからイシャール堂全体を見渡せる位置に陣取っていた。


 昼飯は出すから適当に戻ってこいよと言われているので、ひとまずは午前中の数時間。

 イシャール堂およびザオルの周辺を見張るのだ。



 開店時間の少し前になると、店にたくさんの荷物が配達されてきた。

 ザオルと男性店員が小さな機械を手に、あれこれ確認している様子が分かる。


 店の仕入れというのは、たいてい毎週この日の何時に何がくるというのが決まっているものだ。

 そして鍛冶屋では大きく重い箱が多いため、いきなり全部を店に運びこむことはできず、ああして定期的に店の外で色々と動く必要がある。


 つまり店の性質上、ザオルが常に店に引きこもっているという状況にはなり得ない。

 こんな風にちょうど良い位置に陣取ってしまえば、定期的に姿を見ることが出来る。


 なのでもし、ザオルのおおまかな行動パターンを把握せよという依頼をアルドが受けたとしたら、べつに難しくないなと思う。


 なら「そいつ」は何が知りたくて、何が欲しいのだろう。

 店そのものに関する何かなのか。ザオル個人の何かなのか。




 その時ふっと、視界の隅に違和感がよぎった。

 アルドは瞬時にそちらを振り返った。

 店の正面から見て右側に位置する場所。

 いくらかの樹木と、アルドの身長よりも大きな看板が並んだ位置だった。


 いまは一見すると誰もいないが、確かに人影がよぎったのだ。

 妙にふらついていて、なぜか道を外れ、看板の裏側に向かって行ったように見えた。


今のは——怪しいんじゃないか?


 アルドは急いでその場所に向かった。

 一直線に行くと気づかれてしまう危険があるのでいくらか迂回はしたが、そこから誰かが出て行った様子はない。


 あいつがザオルをつけ回しているやつなら、今が好機だ。


「おい!」


 看板に手をかけるようにして、勢いよく裏を覗き込む。

 ばちっ、と目があった。




 可愛らしい2人の子供と。




「へ、えっ?」


 思わず気の抜けた声が出てしまった。

 幼い少女が2人。片方が片方を肩車した状態で、きょとんとした顔でアルドを見つめていた。


「なにかごようー?」

「ごようー?」

「えーっと?」


 あぁ、つまり肩車してふざけ合っていたからふらついていた訳ね?


「いやなんでもないんだ。邪魔してごめんな」

「ええー?」

「ええー?」


 おかしそうに二人が笑い出した。

 よく見ると顔が全く同じなので双子なのだろう。

 そういえば自分も小さいころはよく、フィーネに肩車だのおんぶだのお馬さんだのせがまれたものだ。


「おにーちゃんも遊んでくれるのー?」

「くれるのー?」

「ごめんな、兄ちゃんはいま大事なお仕事中なんだ。でも肩車はちょっと危ないかもな。他のことで遊びな」

「はーい!」

「はーい!」

「あと、初めて会う大人に一緒に遊んでとか言っちゃだめなんだぞー」

「はぁーい!」

「はぁーい!」


 可愛らしいけど、本当にわかってるんだろうか。

 若干の心配を感じつつ、手を繋いで走り去っていく二人を見送った。

 まったく、仲の良さそうな様子が微笑ましい。



 脱力というか、息せき切って駆けつけたのに不発だった気恥ずかしさというか。

 なんとなくそわそわしたような気持ちで、アルドは元いた場所に戻った。


 もう一度イシャール堂周辺をぐるっと見渡してみる。

 多くの店は出勤の時間帯なので通行人は多いものの、誰にも怪しい様子はない。


 イシャール堂の前ではというと、ザオルと店員が二人で板状の機械を覗き込み何か確認しあっていた。

 店の前に積まれていた荷物は半分ほどまで減っている。作業は順調に進んでいるらしかった。



 アルドは深く息を吐いた。


 もし、他の装備屋ではなく、イシャール堂である理由があるのだとすれば。

 さっきの少女達から連想したのかもしれない。イシャール堂特有のものといえばザオルの技術だけではないなと。


『イシャール堂の看板娘』だ。


 彼女もエルジオンに戻れば尊敬を集めるハンターのひとりで、店の広告塔。

 実はけっこう有名人である。


 憧れや好意が暴走する者はいつの時代でもいる。

 時空の穴と出会って以来つくづく思うのだが、人間の欲求や願望は、時代が違っても文化が違ってもまったく変わることがない。

 表に現れる手段やかたちが異なるだけだ。



 もっとも、エイミは一緒に旅をしているので滅多にここにはいないのだが。

 そもそもエイミではなくてザオルが尾行されている訳だから、そうすると、ええと、つまり?


 アルドは懸命に、そういうやつの思考を想像した。


 誰かへの憧れが暴走して、つきまといたくなったとする。

 でもその対象が実は旅をしているので、なかなか姿を現さない。

 旅をしていることを知らないので、本人だけ引っ越して他の場所に住んでいるのか? という推測になる。


 それでも家族と外で食事をしたり、一緒に買い物をしたりすることくらいはありそうなので、家族が出かけた先までついて行けば憧れのその人がいるかもしれない。

と、考えるやつもいるかもしれない。



「いや。何も分からない、でいいんだ。今は」


 アルドは我に返って頭を振った。

 こんなのは推測ですらない、ただの自作の物語に過ぎなかった。なんの根拠も持っていない。

 こういうのは危ない。

 想像した物語に現実を合わせたくなって、歪んだ視界から物事を見てしまうようになる。


 今はただ、怪しいやつを見つけることに集中しよう。

 反省がてら頭を切り替えるべく、アルドはぺしぺしと自分の頬を叩いた。






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 二、三時間も経ったころ、近辺の飲食店がいくらか賑わいはじめた。

 昼食どきに差しかかったようだ。


 いまのところ怪しい気配は現れていない。

 アルドは軽く屈伸をしてから、二度三度、深く息を吸った。

 昼食には戻って来いと言われているので、一度イシャール堂へ戻るとしようか。


 普段は『ホテル・ニューパルシファル』でもらえる弁当を食べることが多いので、実はエルジオンの食事というものをそんなに多くは知らない。

 今日はわりと珍しい機会かもしれない。

 そう思って立ち上がったとたん、多少気が緩んだのか、一気に空腹感を覚えた。

 近くの飲食店から漂う香りが容赦なく胃を攻撃してくるので参った。



 イシャール堂まであとわずかという位置まで戻った時

 店の裏側の通りで、男がひとり、立ち止まっていることに気付いた。

 まだ若い青年だ。


 ほどなく歩き出した、と思ったら、ちょっとだけ進んでまた戻って来る。

 片手に大きな袋を抱え、もう片方の手に持った四角い機械と周囲をちらちら見比べながらその機械を縦にしたり横にしたり。謎の動作をしていた。


 ざわっと胸が騒いだ。

 四角い板状のあれば、エルジオンの住民なら誰もが持っているやたら便利な機械だ。

 あれひとつで様々なことができるのをアルドも知っている。


 よく「しゃしんをとる」「むぅびぃをとる」とか言って、周りの風景や人物を記録しているところを見かける。

 そうだ。そういう時は大抵、あんな風に動かしているじゃないか?


 まさかあの男は、このあたりの情報を集めて記録しようとしているのでは?



 緩んでいた気がまた一気に張った。


 うかつだった。

 こちらは店正面に位置する大通り。向こうは店を挟んで一本向こうの路地。

 あちらはともかく、アルドの方は見通しの良い広い道に来てしまった。

 ちょっとあの男が場所をずらせば、アルドが完全に視界に入ってしまう。


 逃げられてはいけない。

 単なる通行人に見えるよう注意をはらって、呼吸を落ち着けながらその男に近付いた。


「あのさ、そこの人、イシャール堂になにか用があるのか?」

「えっ? あ……」


 何気ない声色を作れていますようにと願いながら声をかけた。

 振り返った男の顔は強張っていた。




 と思ったのは一瞬で

 彼が完全に体をこちらに向けた時には、ぱぁっと嬉しそうな笑顔に変わっていた。


「ああっ! イシャール堂の人っすか!? 良かったぁ〜、ええと『今日のお食事お届けします! にっこりランチデリバリ〜!』のもんっす!」

「えっ!?」

「えっ?」


 想定外の返答にアルドが焦っていると、男はあれ? と首をかしげた。


「イシャール堂の人……ではないです?」

「あー、と? まぁ関係者だけど」

「ああ、なら、お食事のご注文ありがとうございます!」


 ふたたび男はにっこり笑った。


「お待たせしてすみませんでした。俺新人だから道覚えきれてなくて、3Dナビも『目的地に到着しました』つってここで止まっちゃったんすけど、イシャール堂の看板は見当たらないし困ってたんっすよ〜。で、イシャール堂ってどっちっすか?」

「す? すりい、でい? ええーと、イシャール堂はあの建物だけど」

「あああ! なるほど! 裏側に着いちゃったみたいっすね」


 男は手に持っていた機械を操作しつつ、唇を尖らせている。

 くるくると表情の変わる様子にまったく悪意は見られない。取り越し苦労であることは一目瞭然だった。


「もーこのナビアプリ、先週アプデしてから妙に精度低くなっちゃって困るんっすわ〜」

「そうか、大変だな」


 アルドは苦笑気味に頬をかいた。

 よく分からない単語が出てきているが、この時代のよく分からない単語をそういうものとして流すのにはすっかり慣れた。


 要するに、ちゃんとイシャール堂に用事のある人が道に迷っていただけのことらしい。


「おっ、いたいた、ランチデリバリーさん! と、アルド」


 振り返ると、噂をすればとでもいうのか。

 ザオルがこちらに近付いて来ているところだった。


「いつもより遅いからもしかして道に迷ってるかもと思ってよ。それイシャール堂からの注文だよな?」

「そうっす! いや〜お待たせしてすいませんっした! でもウチオリジナルの保温ケースのおかげで、まだちゃんとほっかほかなんで!」


 抱えていた大きな袋をザオルに差し出し、ぺこりと頭をさげる。

 でりばりぃというのは出前のことなのだな。アルドの知識がひとつ増えた。



「ちなみにこちらの保温ケースも、オンライン限定にて販売中っす!」

「おう、ごくろうさん!」

「ではご注文ありがとうございました! またのご利用をお待ちしてまーっす!」


 にこやかに告げて、男は走り去っていった。しゅぱーと音が聞こえそうな小気味良さだった。


「はっはっ、元気のいいやつだったなぁ。さ、アルドもいったん昼飯にしようぜ!」

「うん。ありがとう親父さん」


 ばんばんと背中を叩かれ、いててと呟きながら笑顔を返した。

 店に入る時にアルドの腹の虫が大きく鳴いたので、ザオルに「いっぱい食え!」と笑われた。

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