第3話 剣士はついていくことにした
昼食はとても美味しかった。
こんがり焼かれた肉とポテトにハーブの相性がばっちりで、腹から力が湧いてくるようだ。
午後、ザオルは修理依頼を受けていて店を留守にするという。
件の不審人物が今日も潜んでいるのなら、店を出たザオルを追って行く可能性は高い。
炙り出しやすいようにいくらか遠回りをして欲しいと頼んでおいた。
今がその外出なのだろう。
アルドは今、イシャール堂を出たザオルを見失わない距離で、かつ、できるかぎりの遠さを保って歩いていた。
ややこしいが、人をつけまわす不審者を見つけたいならそいつよりも更に後方から、広い範囲を見渡せるギリギリの距離でついていく必要がある訳だ。
捕まえるにせよ泳がせるにせよ、まずは姿を見つけないことにはどうしようもない。
「親父さんを尾行するやつを見つけるために親父さんを尾行する……なんだか早口言葉みたいだな」
たまに、商品が美しく並べられた店の窓に興味を持ったフリをしておく。
あくまでもただの通行人、買い物客のひとりを装えるよう努力しているつもりだった。
あまりひとりの人間だけを注視してまっすぐ歩いていては露骨すぎて、アルドの方が怪しい挙動になってしまいかねない。
「と、思うんだけどなぁ」
口の中で小さく呟いた。
実は、歩き出して数分も経っていない時点で現れたのだ。
その『露骨に怪しい挙動』の人間が。
気付いた時は、嘘だろ?
と思わず声に出てしまった。
その人物はいまだにザオルだけを注視していてまっすぐ歩いているので、たまにうっかり人や街灯なんかにぶつかりそうになっている。
うん、すごく怪しい。
これで二週間かそれ以上ずっと潜んでいられたとは信じがたいので、
また「偶然ザオルに用のある人でした〜」
というだけのことではないのか。
アルドは今日の反省を踏まえ、まだ近付くことはせず注意深く観察するにとどめていた。
後方からなので顔は確認できないが、年齢は若そうだ。
薄青色の髪は肩を越すくらいの長さだろうか、綺麗な色のはずだが、雑に一本にくくっていますという感じなので洒落っ気はない。
身長は高め。ただしかなりの細身なので
「細い」という印象の方が先に来る。
そして、性別が一見しただけでは分かりにくい。
ザオルが一度追いかけようとした人物の目撃情報と一致していると言えそうだ。
痩せ型の男性のような気もするし、背が高めの女性のような気もする。
肩幅や首周りで確認したいところだが、ダボっとした長めの上着を着ているせいで体のパーツもハッキリ見えない。
その灰色の上着も性別に関係なく着られそうなものだ。
服装と装備は明らかにハンター特有のものだ。装備だけを見れば全身しっかりしているが––––不自然な点がひとつ。
エルジオンで、あんなにも細身のハンターを一度も見たことがない。
細身。いやこの場合、はっきり言ってしまえば貧弱なのだった。
服も装備も体にまったく馴染んでいないせいで、いかにも着られちゃっていますという雰囲気。
距離があるので声までは聞こえないが、人にぶつかりそうになる度におどおどと謝っている様子が背中から伝わってくる。
アルドは、その妙に怯えた様子が気にかかっていた。
ザオルをこっそり尾けているというやましさもあるのかもしれない、でも、どうも元からの性格として怯えや不安が染み付いている人のように思えた。
ただ単に体つきが細い・気が弱いというだけならアルドの旅の仲間にだって当てはまる者はいる。
小柄どころか本当にまだ子供と呼べる実年齢の者だって。
……他にもそそっかしくて目を離せないのもいるし人の話を聞かずに暴走するのが当たり前のもいるし世間知らずすぎるのもいるし……
いやそれは置いといて。
要は、仲間達とあの人物とでは立ち居振る舞いがまったく違う。
武術であれ魔術であれ戦いの心得がある人間なら、もっと体の芯を感じさせる動作になるものだ。
あの人物が戦闘の経験を積んでいるようには到底見えない。
なのにハンターそのものの格好をしているのが、酷くちぐはぐな印象だった。
「……でも、少なくとも乱暴者って感じはしないんだよな」
まず話だけでもきいてみたい。
アルドはさりげなく声をかけてみることに決めた。静かに距離を詰めていく。
「あのすみません、ちょっといいですか?」
「ひぇえあっ!!?」
「へっ?」
びくんっ、と目の前の背中が大きく跳ねた。
素っ頓狂な悲鳴にアルドもつられて驚いてしまい、相手の肩を叩こうとして伸ばしかけていた手を思わず引っ込める。
その人物は、ぎゅるんっ、と音が聞こえそうな勢いでこちらを振り向き、口をぱくぱくさせながら数歩後ずさった。
その拍子に、ある店の出入り口の横に飾られていた置物にぶつかった。
樹木を模した置物はそれ単体なら柔らかそうな素材だったのだが、
倒れた拍子に扉にあった吊り下げ式の飾りのようなものを巻き込んだ。
そっちはどうやら鈴かなにかが使われていたらしく、落下して金属製の派手な音を響かせた。
周囲の通行人が驚いた顔で足を止める。
当の本人はそれで更に動揺してしまったのだろうか、いっそう怯えた表情になったかと思うと、脱兎のごとく駆け出した。
「あっ!? ちょっと!!」
アルドも慌てて後を追う。まさかここまで驚かせてしまうなんて。
「ひぇええ、なっ、なんで追いかけてくるのぉっ!???」
「待ってくれ! 聞きたいことがあるだけだから!」
「申し訳ありませんでしたごめんなさいごめんなさいごめんなさいいぃぃっ!!」
「ええぇっ!? まだ何も言ってな……ちょ、た、頼むから! 止まってくれ!」
必死に呼びかけてみるものの、速度を緩めてくれる様子はまったくない。
ただ、やりとりついでに声で分かった。
男性だ。年齢はアルドとそう変わらないくらい。
こういうのは、まっすぐに追いかけてしまえばますます逃げられる。
アルドは狩りの時の理屈でそう判断し、どこか先回りできる経路はないかと素早く周りを見回した。いっそ壁の上や屋根を使ってでもいいから––––
「あ」
はっと気が付いた。
このままその方角に進み続けてしまったら。
「まずい……! おい、そっちはだめだ! 廃道ルートだぞ!!」
=====
じぃちゃん。フィーネ。
今日のバルオキーの天気はどんな感じでしょうか。もう二人とも昼飯は食べたかな。
晴れているなら、フィーネは掃除道具を洗って干すとこまで終わらせてくれているんだろうな。
いつもありがとう。
「外」を安全に使えるのって、すごいことだよな。
俺はというと、いま廃道ルート99の暗い空の下ですごく困っています。
「はっ、はー、はーっ、はぁ……っ!」
膝に手をついて、ひたすら息を整えることに集中する。
最悪だ。あの青年を見失った。
廃道ルートに通じる大きな扉が開き、彼が走り抜けて行って、こちらが追いつく前に扉が一度閉じた。
それで視界が完全に遮られた。
扉を抜けたあと、彼がどう進んでいったのかが分からない。
「ごほっ、はっ、はぁっ、は、速すぎ……っ、ないか……っ!?」
混乱せざるを得なかった。
彼はアルドでも追いつけない速さを保ったまま、シータ区画から廃道ルートまでのけっこうな距離を走り抜けてしまったのだ。
見るからにひ弱そうだったのに、どこにあんな体力が。
徐々に呼吸が落ち着いてきた。
深い呼吸を繰り返しながら、落ち着けと自分に言いきかせる。
廃道ルートは広いが、崩落している箇所や大きな亀裂が複数あるので、通れそうな道は絞られる。
効率よく最短で探せる経路を考えろ。この先まで進んでしまったのなら、合成人間に遭遇せずに帰れるなんてまずあり得ない。
「ひぅぇあああああぁっーー……っ!」
「やっぱりな!」
絹を裂くような悲鳴。
大きな建物のない空間なので伝わってきやすいのが幸いだったか。おかげで大まかな方角だけは分かった。
ただし今の悲鳴を、他の場所にいる合成人間達も聞きつけている可能性は十分にある。
時間との勝負。アルドは再度走り出した。
道を二回曲がり、多少の高低差なら飛び降りて、雑多な瓦礫でバリケードのようなものが築かれている箇所を無理やりよじ登った。
これで道を一本省略できる。普段こんな危ないことはやらないが、今は一刻も早く追いつくことが最優先だ。
腕に力をこめてぐいっと全身をひきつけ、上に登り切った。
視界に飛び込んできたのは
あの青年が足元のヒビに躓いて転ぶ瞬間と
一体の合成人間が、今まさに巨大な斧を振り下ろさんとする姿だった。
「だめだ!!」
金属と金属が爆ける音。真っ白な火花が散った。
乱雑に着地した脚がじんじんと痛い。
自分がほとんど無自覚にオーガベインの柄に手をかけ飛び降りていたのだと気が付いた。
でも、違う。
飛び降りて、着地することまではできた。でも割って入るのは間に合わない距離だった。今のはアルドではない。
「ははっ」
合成人間は、なぜいきなり斧が消えてしまったのかといわんばかりに首をかしげて自分の手を見つめていた。
灰色の、ダボっとした上着が風にひらめいている。
地面に転がっていたはずの青年が、なぜか合成人間の背中の向こう側にいた。
すっと自然に下げた両方の手に短めの剣を握って。
50cmほどの直刃が二振り。短剣と呼べるほどには短くなく、長剣や刀ほどには長くない。
合成人間の巨大な斧、だったはずのもの。は、いまやバラバラになってあたりに散らばっていた。
青年が嘲笑とため息を混ぜたような笑い声をあげる。
「やっぱつまんねぇなぁお前ら。ゲームじゃねぇんだ、舐めたプレイしてんじゃねぇぞ!」
瞬間、合成人間がだらりと前のめりに腕をさげる姿勢に変わった。
威嚇するようにガチンガチンと歯を鳴らし、眼球の位置にある光源は真っ赤に点滅している。
目の前の存在を危険な敵と見做したからに他ならない。
だがそれも無駄なことだった。
合成人間の脚が力強く地面を蹴ろうとした時にはもう、四肢と身体が分断されていたからだ。
「ぶっ、ひゃはははは! 弱いなぁ笑っちゃうなぁ〜そう思うでしょそこのお兄さんも?」
「えっ、あ、俺?」
アルドは呆然としながらも見入ってしまっていたのだが、直接呼びかけられてやっと我に返った。
同時に、周囲にまた別の気配が近づいて来ていることに気が付いた。不穏をともなった複数の足音が急速に近づいている。
「これは……! 数が多いぞ」
「ふわふわケーキをいくつまとめてぶつけたって脆いもんは脆いのにねぇ! ひゃはははっ!」
「合成人間をケーキ呼ばわりできるのがすごいなと思うけど……加勢する!」
いくら彼が強者だとしてもこの数を相手にひとりで戦わせる訳にいかない。アルドは今度こそ自分の剣を抜いた。
ただし、装備屋で仕入れた通常の剣の方をだ。
さっきは無意識にオーガベインを抜こうとしたものの、よく見ればまったく反応していない。
こんなのは序の口だと言われているような気がした。
=====
「グ…ギギ…ィ」
「撤退! 撤退スル!」
半分以上まで減らすのに数分とかからなかった。
数の有利があっという間に崩壊していくのを見せつけられた合成人間の一団は、どうやら合理的な判断をしたようだ。
ある者は自分の腕を拾って、ある者はかろうじて機能停止していないと思われる仲間を引きずって、廃道ルートの更に奥へ向かう道へと逃げ去り始めた。
青年の様子をそっと伺ってみると、不満げに唇を尖らせてはいるものの、深追いする様子はなさそうなので安心した。
ここから更に進めば過激派の本拠地だ。人間への憎しみが渦巻くところへわざわざ行かずにすむのならその方が良い。
何より、彼を力づくで止めなくてすむのはとても助かる。本当に助かる。
「ジッ、ガガ……貴様……」
「うっ?」
キィィンと音のない音が耳に刺さるような感覚がして、アルドは思わず両耳を押さえて振りかえった。
すぐ近くに落ちている合成人間の上半身がバチバチと音を立てている。人間でいうところの最期の呼吸のようなものなのだろうと分かった。
「……マサカ……貴様、ハ……」
その首はこちらの方向を向いてはいるが、何を見ているのかはわからない。
「ソウ、カ……貴様カ……不覚..//[@[;キヅ、ク……ベキk、ダッd 、−−.;た……–––––」
弱く明滅していた光が消えた。耳の奥に刺さる不快な感覚もなくなった。
気付くべきだった、と言ったのか?
何に?
「あっひゃっひゃこの弱っちさと来たら! 過激派ぁ? ふわふわシフォンケーキちゃんの間違いだろお! んで、そこのお兄さん!」
「おっ、おう!?」
青年が機嫌良さげに、スキップでもしはじめそうな足取りでこちらに向かってきた。
「加勢ありがとなぁ! あんたはかなりのやり手だねぇ」
「あ? うん? あー? ありがとな……?」
「いいねぇいいねぇ血が騒ぐねぇ俺といっぺん手合わせしてぇうええええぇっっ〜ん!! ななななんで合成人間がこんなに転がってるんですかぁっっ!?」
「は!?」
「やだやだやだ怖い怖いよおぉぉ帰るううぅぅ〜〜〜〜!!」
アルドは再び絶句するしかなかった。
こ、こんな前触れなしに変わっちゃうの?
「なんなんだこの人……!?」
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