Episode.4-3 砕けた何か

「セット、確認しまーす」


 某所放送局。

 SAison◇BrighTセゾン ブライトの四人は、とある番組の収録に来ていた。

 スタジオは準備をするスタッフでごった返している。ステージに立つ収録とはまた違った雰囲気に、葵海坂純あおみさか まこと紅咲叶べにさき かなた橙柊聖とうのき しゅうせいはそわそわと周りを見渡した。


「基本はカンペとか、渡されてた台本を読めばいいだけだから」


 対する櫻月陽さづき ようは落ち着いた様子で中を進んでいく。さすがは芸歴の長いリーダー、というところだろうか。周りに挨拶をしつつ、リードするように収録現場を歩いていく。あとを続く三人も、それに追尾していった。ある人物を目にしたところで、「世古渡よこわたりさん」と陽が声をかける。


「あぁ! 今日は来てくれてありがとう、櫻月君」

「こちらこそありがとうございます、お呼び頂いて光栄です」


 四角い黒縁メガネに、髭の生えたダンディな男性は陽を見るやいなやぱっと顔を明るくして談笑を始めた。陽もそれに微笑んで答える。これで合うのは二度目だと聞いていたが、それでもこの対応。「これがリーダーのコミュ力……」三人はあっけにとられた様子で見ていた。

 世古渡が後ろに控えた三人に気づくと、「君たちもオファーに答えてくれてありがとう」と快活に笑いかけてくれる。


「こ、こちらこそありがとうございます」

「そんなに固くならなくてもいい、リラックスして臨んでくれ。櫻月君、紹介してくれるかな?」

「えぇ」


 陽が頷くと、それぞれ順番に紹介をしていく。紹介された三人も「よろしくお願いします」と頭を下げた。世古渡もウンウン、と頷いて紹介を聞く。


「ありがとう櫻月君。知っていると思うが、この番組の総合ディレクターの世古渡だ。櫻月君のお父上とは古い付き合いでね、息子の陽君が陽久はるひさ君の意思を継いでいると聞いて声をかけたんだよ。いつかこの番組でも陽久君を取り上げたいと思っていたから、来てもらえて本当によかった」


 世古渡はよかったよかった、と満足気に話す。どこからか世古渡を呼ぶ声が聞こえると「今日はよろしく頼むよ」と笑って去っていった。


「そういうつながりだったのな」

「そういうことだ。父の意思を継いでいる、とは少し大袈裟だがな」

「そうなんですか?」


 眉を下げて笑う陽に、柊聖が首を傾げてた。陽は常にアイドルや仕事に真剣だった。正直「父親を追いかけている」と言われても頷ける。

 しかし陽は、少し憂いを帯びた目でステージを見て「俺はただ、父さんの代わりに夢を叶えようとしてるだけだから」と呟いた。


 しばらくして番組が始まった。アナウンサーが原稿を読み上げ、それの問いかけにあわせてトークをする。それだけだが、それが思っていたより難しい。

 ある程度決められたことを話すだけなのに、それが決められたものだと感じさせないようにテンポを意識して話す、あまり経験のないことだった。

 そんな苦戦気味の三人とは裏腹に、陽はそれを淡々とこなし、三人のフォローまでもする。父親の血なのか、芸歴の差なのか……、番組収録はいい具合に進んでいった。

 そして陽の父、櫻月陽久のヒストリーが流れ始め、それについてのトークが始まる。


「お父様の歴史を辿って如何でしたか?陽さん」


 アナウンサーの問いかけに「そうですね」と目を伏せる。


「実際父は俺がまだ小さい頃に亡くなってしまったので、母から聞いた話が殆どだったのですが……、こうして愛されてきた記録を実際見ると、本当に愛されていたんだなと実感します」


 感慨深そうに話す陽に「そうですね」とアナウンサーもうなずく。


「そんな父上の背中を見ましたが、陽さん、これからSAison◇BrighTのメンバーとどんなアイドルになりたいですか?」

「どんな、ですか。……そう、だな」


 少し間が空いた。これは原稿と少し違う質問だった。陽は三人の顔を見てから、ゆっくりとまたアナウンサーに目線を向ける。


「……SAison◇BrighTは本当にいい仲間たちです。そんな彼らと、これからも色んな人に輝きを魅せられるアイドルでいられたらいいな、と思います」


 目を細めて笑う陽。アドリブにも柔軟に答える陽に、柊聖は「すごい」と心の中で感嘆の声を上げる。そのまま無事にエンディングを取り終え、これで収録は終わり、と誰しもが思った。

 しかし、世古渡から出た言葉は絶賛と労いの言葉ではなかった。


「最後の質問、取り直し。ちょっとさぁ、その質問変えたらだめだろ。それは陽くんがお父さんの背を追う決意を表す大事な質問なんだから」


 どうやら質問を変えたことが気に食わなかったらしい。アナウンサーは「すみません」と慌てて頭を下げる。


「陽くんもさぁ、アドリブ入ったからってそこは変えなくてもいいでしょ? 君はなんのためにアイドルになったんだ? それをずっと貫く覚悟を伝えるいい機会なんだからさ」

「……すみません、仲間とどういう道を進むかと、俺がどうしたいかはまた別物なので。俺の夢に付き合わせてるように言うのは嫌だったんです」


 眉を下げて謝罪を述べる陽。それに世古渡はため息をつく。


「君、ほんとに陽久君のような人になる覚悟あるの?」

「……それは、どういうことでしょうか」


 笑顔は崩さず、陽は問いかけた。世古渡もまた、苛立ちを隠しもせず続けた。


「彼は偉大だよ? 数年に一人いるかいないか、それくらいの逸材だった。それに到達する覚悟が本当にあるのかって聞いてるんだよ」

「それは」

「さっきのムービー、見たよね? 陽久君は自分が上り詰めるならば努力は惜しまない人だった。周りは仲間でありライバルだと言っていた。そして、たとえ仲間でも、踏み台にするときはする男だったよ。今の受け答え、君にはその覚悟があるとは思えない」


 ピリピリと張り詰める空気の中、誰も口を出すことができない。止めたほうがいい、そう思ってるのに動くことができなかった。


「本気で陽久君になりたいのなら、それくらいのことやって見せてよ」


 世古渡はそう吐き捨てると「休憩入れる、終わったらさっきの質問のところ取り直すから」とこの場を離れた。

 周りはざわざわとまた慌ただしく動き始める。柊聖は陽の顔をのぞき込んで「……大丈夫、ですか?」と声をかけた。


「……あ、ぁ、大丈夫。……大丈夫だよ、ごめんな」


 最初は呆然とした様子だったが、声をかけられて、また目を細めて微笑んだ。「いえ、そんな」と柊聖は取り繕う。

 15分ほどの休憩のあと、取り直しが始まった。

 今回は原稿通りの質問を投げかけられる。陽は微笑んで、原稿通りの文面を言うつもりで口を開いた。


 しかし、その言葉が音になることはなかった。


 突然のことに柊聖や純も驚いた顔でそちらを見てしまう。しかし、この場で一番驚いていたのは陽本人だった。

 声が出ない、言わなければ、父のような人になると、父の背を追い続けると。そう求められているのならば、言わなければ。

 何度口を開けど、それが音になることはなかった。貼り付けた笑みに困惑の色が出る。嫌な汗が首を伝うのを感じた。


「ストップ!!」


 怒りのこもった静止の声が鳴り響いた。世古渡が苛立ちを隠さず陽に近づいてくる。


「何やってんだよ君は!! どうしてたった一言言えない!?」


 陽は混乱したように喉を抑えたまま、世古渡を見上げた。陽本人もどうして言えないのか理解できていない様子だった。「大丈夫か陽」と純が慌てて駆け寄る。


「君はプロなんだよ、求められたものを出すのが仕事なんだよ!! それもできなくてどうするんだよ!! それでもあの櫻月陽久の息子か!?」


 苛立ちを隠さないまま、まくし立てるように世古渡が続けた。スタッフが落ち着かせようとするがそれにも聞く耳を持たない。


「そんな生半可な気持ちで陽久君の背を追っているだの、夢を叶えたいだのほざくんじゃねぇ!!」


 吐き捨てるだけ吐き捨てて、その場に解散の命令だけ出せば、世古渡はズカズカと出ていってしまった。

 その場はシン、と先程までの騒がしさが嘘のように静まり返る。どうやら、この場にいる全員が動揺しているようだった。

 なんとかスタッフが口を開けば、「ひ、ひとまず楽屋にお戻りいただきますね」と四人に伝えた。純や叶も驚きを隠せないまま「は、はい」と声をつまらせながら返事をする。


「陽、戻るぞ。……動けるか?」

「……、………」


 陽は呆然と喉元を抑えたまま地面を見つめていた。

 こんな陽を見るのは、柊聖たちも初めてだった。明らかに異常だとわかる。純は唇を噛み締めたあと、二人の顔を見た。


「……叶、抱えていけるか」

「うん」

「柊聖は先に戻って楽屋の椅子、すぐ座れるように片付けといてくれ」

「わ、かりました」


 柊聖は自分と叶、純と陽の手荷物を持って、足早に楽屋への道を進む。背後では「ごめんね、世古渡さんが……」と謝るスタッフの声が聞こえてくる。それに対応する純の声も聞こえた。少し後ろを見れば、叶におぶられている陽の姿が見えた。その顔は今まで見たことのないような、沈みきった顔をしていた。

 荷物を握る手に力がこもる。クシャ、と台本にシワができる。

 ――どうして、自分は何もできなかったんだろう。

 世古渡が怒り始めたあたりで何かフォローができたかもしれない。だけど結局その時自分は心配の声をかけることしかできなかった。

「大丈夫」と言ったその言葉こそが、陽のSOSだったのかもしれない。それに気づくことができなかった。

 自分は一体何をしているんだ。あまりにも情けなくて、涙が出そうだった。


 扉をあけて陽の座るスペースを作れば、叶は背負っていた陽を座らせる。その姿はまるで、何かが壊れてしまったようだった。人形のように動かなくなってしまった陽を見て、柊聖は唇を噛む。

 最後に入ってきた純は扉を締めた。険しい表情で柊聖と叶を見る。


「……ひとまず、スタッフが本当に解散になるのか世古渡さんに確認をしてくれるみたいだから、一旦待機だって。……陽のことは、プロデューサーに言ったら迎えに来るって言ってた」


 至極冷静に説明しているが、純の声は震えていた。握りしめた拳には爪が食い込み、怪我をしそうなくらい強く握っていた。


「……先輩、手、怪我しちゃいます」

「……怒りたくなる気持ちもわかるけどねー。でも、自分を傷つけるのはだめだよ、マコちゃん」

「……っ」


 歯を噛み締める純。怒りを持っているのはみんな同じだ。しかし、ここで何を言っても何も解決しないのは、皆が一番わかっている。

 何もすることができず、ただ沈黙が続いた。


 しばらくすれば、スタッフが「さっき取り直しって言ってたところ、取り直す前のものを使うみたいです。このまま撮影は終了なので、帰っていただいてだいじょうぶですよ」と声をかけられた。そのスタッフも世古渡の八つ当たりでも食らったのか酷く憔悴しており、「ごめんなさい、お疲れ様でした」と四人に深く頭を下げた。純や柊聖も「こちらこそありがとうございました、失礼します」と頭を下げれば足早に会場を後にした。

 放送局を出れば、プロデューサーの車が見えた。駆け寄って窓を叩けば、扉のロックが開く音が聞こえる。柊聖が車の後部座席のドアを開ければ、陽を背負う叶を補佐して車へと座らせる。


「……やっぱり、そうなったか」


 プロデューサーはこの結末がわかっていたかのように、バックミラー越しに陽の様子を見る。

 その言葉を、当然純は聞き逃さなかった。


「やっぱり、って、こうなるのわかった上で行かせたのかよ!!」


 耐え続けていた怒りを爆発させて怒鳴る。「やめてください先輩」と柊聖が静止するが、純は睨みつけるのをやめなかった。

 それを見てプロデューサーも少し悲痛げに目線を落とす。


「……君の怒りは最もだ。わかってた上で行かせた。だけど、行くことを決めたのは陽自身だよ」

「だけど止めることだってできただろ!?」

「先輩!」


 声を荒らげる純の声は震え、目には涙が滲んでいた。それを止める柊聖の目にも。


「……君たちも帰りなさい。詳しい話は明日するから。……こうなることを止めなかった僕にも否はある。説明の義務も」


 プロデューサーは真っ直ぐ純と柊聖の顔を見た。至極真剣な眼差しだ。傍観していた叶も、純と柊聖の肩をそっと掴み、「帰ろう」と促す。渋々といった様子で純と柊聖は車から離れた。叶は後部座席の扉を締める。

 車の窓が閉まれば、車は走り去って行った。


「……っクソ、なんなんだよ、なんなんだよ……!!」


 納得の行かない様子の純が俯いてギリ、と歯軋りをした。叶も何も言わずに目線を落とすだけだ。

 柊聖は遠くなっていく車をずっと見ていた。

 このまま目を離したら、二度と手が届かなくなるような気がして。


「……陽、先輩」


 不安げに呼ぶその言葉は、誰に届くわけもなく。沈むのが早くなった冬のは、いつの間にか完全に落ちていた。

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