Episode.4-2 ミュージック・ヒストリア

 新年会からまた半月ほどが過ぎた。

 2月、紅咲叶べにさき かなたが単独で参加していたメルシーバレンタインも順当に進んでいるようだった。その最中で、SAison◇BrighTセゾン ブライトは4月に控えた結成一周年ライブに向けての準備を始めていた。

 本来ならもっとあとから開始でもいいのだが、学生である橙柊聖とうのき しゅうせいが月末の期末試験が終わるまでは身動きが取れない。そのため、残りの三人でできることを始めよう、という意味で早めの動きはじめとなった。


「もう周年の話かーって思ったけど、あと二ヶ月切ってるんだもんな、なんだかんだ」

「ほんとだねー」


 雑談を交えて会議室でのんびり過ごす叶と葵海坂純あおみさか まこと。リーダーの櫻月陽さづき ようはいつも通り、別の仕事で合流が遅れることになっていたのだが、陽の予定にあわせて集合時間を決めたため、本来なら集まっていてもいい頃合いだ。

 なんの連絡もなしに彼が遅れるのは珍しいな、と思いつつ、純はスマホを見ていた。


「……陽のやつも失踪したとかねぇよな」

「まだ引きずるー」

「逆にアレがあったからこそ不安になってんだよ。あーくそ、電話入れてみるか」


 コール音が響く。ここに柊聖がいなくてよかったな、と純は思った。叶がいなくなったときのすごく心配そうな顔が脳裏をよぎる。2度も可愛い後輩に同じような顔はさせたくない。

 数コールなれば、ザワザワと人の声が聞こえてくる。繋がったようだ、純はホッと息をつく。


『もしもし』


 その後、陽の声も聞こえた。その声はいつもよりトーンが低い気がしたが、陽の声だった。


「あー、陽? 俺、俺。集合すぎてっけど大丈夫か? なんかあったか?」

『……、あぁ、純か、悪い! 少し話が長くなってな、連絡できなかったんだ。これから向かうから』


 間があってから、いつもの調子の陽の声に戻る。純は「おう」と返して電話を切った。


「あっち、長引いたんだってさ」

「そっかー、なら良かったねー」

「ホントな、繋がっただけで御の字だわ」


 それから少し経った頃に、陽が会議室に現れた。「遅れてすまない」とカバンをおいて席につく。


「いいってことよ、陽は連絡ついたからな!」

「はっはは、失踪犯かなたとは違うからな、俺は」

「わーん、二人していじめるー。……それはさておき、なんの話してたのー?」


 叶がわざとらしくシクシクとしたと思えば、すぐにケロッとした表情に戻り、陽に話を振った。

「ん?」と陽も首を傾げたが、少し考えたあと、笑みを浮かべ「大したことじゃない」と答えるだけだった。


「さ、ミーティング始めるぞ。柊聖が復帰したらすぐ練習が始められるようにしないといけないからな」

「そうだな、新曲のデモも来たみてぇだし、フリ練習今から楽しみなんだよなぁ!!」

「お、マコちゃん気合入ってる~」

「あぁ、そうだな。それで一つ、プロデューサーに通す前に共有しておきたい提案があるんだが……」


 熱心なミーティングは、夜まで続いた。



 それからまた少し時が経った。

 叶のメルバレも無事終わりを迎え、柊聖の期末試験も落ち着き始め、練習参加を再開し始めた頃。暖房の効いた会議室には、プロデューサーが姿を見せていた。


「お久お久~、いやぁ各位お元気ですかな~?」


 そんな感じでゆるい口調で話すプロデューサーの威厳の欠片もない人物。赤い髪をたなびかせ、何故か仮面をして素顔を隠している。声は女性寄りだが、立ち振舞は男性のそれだ。なんとも中性的な人である。

 巷では当然、変人だの怪人だのと呼ばれ、見るからに怪人で変人なこの人こそ、彼らをまとめるプロデューサーであった。


「シューセー君は期末一旦お疲れ様ねー、Pからご褒美にこれをあげよう」

「あ、ありがとうございます。……あの、これは……?」

「もらったけど食べれなくて行き場を失った差し入れ」

「おいそれ腐ってねぇだろうな」

「ダイジョブダイジョブ~貰ったの昨日だからネ」


 会議なのか、と疑われるくらいにはゆるい始まり方。実際プロデューサーがこの有様なので、SAison◇BrighTも開始がわりとゆるいのもこのせいだったりする。プロデューサー曰く、「君たちがリラックスしてやった会議のほうが中身としてはいいものだろうから」だそうで、プロデューサーなりに考えている。……らしい。


「それで? 貴方が直接来たということは、何かでかいことがあるんでしょう?」


 陽が話を振れば、プロデューサーゴホンと咳払いをしたり、何やら考えるようにうつむいたり、髪の毛をくるくるして遊んだり、仮面を気にするように触ったり、ともったいぶり始めた。純が「もったいぶるなさっさとしろ」とピシャリと言えば「ハイ」と素直に話し始める。


「音楽番組からね、オファーが来てるんだよ」

「ほぉ」

世古渡よこわたりサンっていう番組ディレクター知ってるかな、この前陽ちんに会ったって聞いたけど」

「……あぁ、前にモデルの方の撮影してる時にお会いしました。俺と話がしたいとかって」

「そそ。その人からなんよね」


 そう言うと、プロデューサーは番組企画書を机においた。

 番組名は『ミュージック・ヒストリア』。現代のアイドルとともに、過去に活躍したアイドルや歌手を振り返り、昔の楽曲をもっと広げようという趣旨のものだった。

 取り上げる過去のアイドルの名前に、全員一度目が留まる。


「……櫻月陽久さづきはるひさ

「えーっと、陽ちゃんのお父さん、だっけー?」

「そーなのよ。あの人、モデルでもあり俳優でもあって、更に追加でアイドルになろうとした人で、その志半ばで死んじゃった方でしょ? だからそんな沢山芸能界を股にかけた人、番組的には映えるんじゃないかって。それで」

「息子の陽を交えることでより良い話が聞けるかもしれない、ってところか」


 ペラペラ説明するプロデューサーの話を遮って純が番組の意図を予測して話す。プロデューサーは話を横取りされたことに、口を尖らせて拗ねる。柊聖がそれを窘めている横で、陽と純、叶は腕を組んで企画書を見た。


「……これ番組の出汁にされてね? 特に陽」

「うーん。結局スポットが当たるのって過去の人たちでしょー? 俺達いる意味あるのかなぁー」

「うむ。それもあってな、僕一人じゃ決められないなーって思って。問題なければ二つ返事で行くぜ! っていうんだけど」

「いや二つ返事もどうかと思うんだけど?」

「言葉の綾よ、まこちん」


 からかうようにプロデューサーは純で戯れている。純もウザったそうにあしらっていた。それを横目に、叶が「陽ちゃんはどうしたい?」と沈黙している陽に話を振った。未だ考えるように腕を組んだまま


「……俺は、やるべきだと思う。どんな仕事も、オファーが来たならやるべきだ。俺達に期待をして選んでくれてることに変わりはない」


 と、至極真剣に答えた。プロ意識が高い返答に柊聖が「先輩……」と憧憬をこぼす。


「……ま、陽がやるって言うなら、俺も止めないけどさ」

「そーねー、陽ちゃんがそう言うなら」

「俺もがんばります!」

「やるのね? じゃあそういうふうに返事しておくのだわ」


 オーケー、と手でジェスチャーすれば、プロデューサーは企画書を回収した。「あとで同じもんのPDF送るから待っててちょ」と企画書をひらひらと動かして踵を返す。


「僕からはそれだけ! あとは周年会議進めてつかぁさいな。……あ、そうだ。陽」

「はい」


 背を向けたままこちらに振り返る。呼ばれた陽だけでなく、三人も首を傾げてプロデューサーを見た。


「仕事熱心はいいことだ。だが、気をつけなよ、色々と」


 意味深に、真面目なトーンで言う。陽は困ったように笑い「はい」とだけ返した。それを聞いてまたプロデューサーは、いつものおちゃらけた口調で「それじゃあ頑張り給えよ~、輝きブライトの中心にいるアイドル君タチィ~」と手を振って帰っていった。


「……なんでうちのプロデューサーってあんな変なやつなんだろうな」

「俺は好きだけどなー、あれくらい緩いほうが」

「あはは……、でも悪い人じゃないと思うので」

「そう、だな。……さ、周年会議だ。柊聖は休んだ分の情報全部流すから、覚悟しておけよ」

「は、はい!! よろしくお願いします!!」


 気を引き締める柊聖の声と、中で響くワイワイとした会議の声。

 扉の外で、赤い髪が揺らめいた。ふ、と口元を緩めれば、「……信じてるよ、皆」と誰に届くわけでもない言葉だけ残して、会議室から立ち去った。

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