Episode.4-1 慌ただしい冬
ハロウィンナイトフェスティバルが終わってからの
まず純は、別事務所であるビーストレンジ・プロ所属で、先のハロフェスにて交流を持ったユニットの
12月になれば、所属事務所であるプロダクション・プリローダ主催のクリスマスフェスティバルではトリを飾る。
年が明ければ1月元旦、アイドル新春特別バラエティの司会進行に抜擢され、生放送で華々しい新年スタートを切った。
そんな彼らがゆっくり休暇が取れたのは、年明けからだいぶ経ってからのことだった。ここは商店街のある飲食店。やっとのことで予定が一段落した四人は、新年会を称して鍋をつつきに来ていた。
「だーー、年明けから忙しすぎる」
「こんなバタバタしてたの、初めてかもー」
座敷の席に案内され、靴と上着を脱いで座れば、
「あっという間だった気がしますね、ここまで」
「そうだな。新年頑張った分、それぞれどこかの休みは増えるだろうから、予定が合えばこうしてまた集まりたいな」
「陽ちゃんってば、始まる前から次の話ししてるー」
「未来の話をする分にはいくらでもしていいだろ?」
言うだけタダだ、とリーダーの
「それぞれしばらくは単独行動が多くなるだろうからなぁ。柊聖なんかは本腰入れて期末試験の準備だろう?」
「そう、ですね……。これで上位維持できないことにはどうしょうもなくなってしまうので……」
柊聖の通うプリローダ高等専門学校。期末試験では学生間で臨時ユニットを組み、そのユニットで様々な科目をこなさなくてはならない。成績上位者で、尚且つ特待生として成績を残さなければ、SAison◇BrighTの一員としてはおろか、学生の間表立ってアイドルの活動をすることすら叶わなくなってしまう。そのため、しばらく柊聖は少し、いやかなり多忙な日々を送ることになるのは明白だった。「がんばります」と苦笑いをしながらも意気込む柊聖に「無理はすんなよ」と純が念を押す。
「2月からは確かメルバレ始まるよな。そうなると叶も単独行動になるんだな」
「そーだねー。バレンタインの企画楽しみだなー」
メルバレ、正式名称は【メルシー!バレンタイン】。別事務所、シュメルヘン・プロダクションに所属しているユニット、カレンデュラが主催するイベントで、参加を希望する他各ユニットから1名が出て、そのイベント限りのシャッフルユニットを結成する企画のことである。このイベントには、SAison◇BrighTからは叶が出席することになっていた。
「俺さ、お前一人で行かせるのめっちゃ不安なんだけど」
「はは、まぁ大丈夫だろうさ。なんだかんだ成人だからな。叶も」
「ちょっとー、まだ失踪事件のこと根に持ってるー? あれから俺、結構頑張ってる方だと思うんだけどー」
「ハイハイ、名誉挽回に努めてますとも」
「と、とっても頑張ってますよ、叶先輩!」
叶が口をとがらせて「なーんか、柊ちゃんのフォローが適当ー」とぶーたれれば、柊聖は「えっ!? そんなことないですよ!?」と慌てて弁解する。そんな様子を見て、陽は他人事のように楽しげに笑っていた。
事実、秋の一件(彼らの間では【叶失踪事件】と呼ばれている)があってから、叶はいつものサボり癖は少しマシなものになってきていた。
今まで通り到着はギリギリではあるものの、それこそ遅刻や欠席の回数は明らかに減っているし、行動もなんとなく自主的になってきているように思う。まだ本人は努力の感覚自体は掴みきれていないようだが、それでも彼なりに、なんとなく今までとは違うようにしようとのは、三人や講師からも見て伺えた。
「叶はやればできる男さ。それに、知り合いも何人か出てるんだ、同じチームになるかはわからないが、そんなに気負わずやれるだろう。新たなユニットとの縁つなぎだと思って楽しんでこい」
「はぁい。しばらく俺が居なくても寂しがらないでねー、特にマコちゃん」
「誰が寂しがるかってぇの。んで、鍋何にするよ」
純は叶を軽くあしらって、メニューを机に広げた。陽と柊聖も気にする様子もなく広げられたものを眺める。ユニットメンバーの塩対応にむすーと口をとがらせて不満そうにしながらも、叶もメニューを眺め始めた。
「キムチ鍋……あ、坦々鍋とかもあるんですね。シメはラーメンで担々麺にするんだ……」
「へー、俺鍋のシメはうどん派だなぁ」
「俺は雑炊が好きだな。ここの1番人気はあごだしみたいだが」
「俺も雑炊。1番人気であごだしなら確実にうまいわ、それにしようぜ。あとは白飯とかは各自頼めばいいだろうし」
「そうですね」
各々注文を決めれば柊聖が店員を呼び、それぞれオーダーをする。店員は少しソワソワした様子でオーダーを聞いて一礼してから去った。
「……バレてっかな、これ」
「ありえるー」
「俺もなんとなくそんな気がします……」
「まぁ、変装してないやつがいればそりゃあな」
三人の目線は叶に集まる。陽や柊聖、純はメガネをしたりして多少の変装はしていたが、叶は一切そういったことはしていなかった。叶は元から美形なこともあり余計に視線を集めてしまう。
「だぁらお前マスクか眼鏡くらいしろって」
「えー、逆にさー? そんなコソコソしてるほうが目立たないー?」
「それはそうかもですけど……」
「と言うかてめぇの場合めんどくさいが大半だろ」
ジト目で叶を見る純。「そうでもあるー」と悪びれた様子もなく叶は返す。純は大きくため息をついた。
少ししたら、テーブルには鍋のための準備が始まった。準備を行う店員とは別に、店長らしき少し年老いた男性が陽に近づいてくる。
「お客様、人違いでしたら大変申し訳無いのですが……、もしかして、SAison◇BrighTの櫻月陽さん、しょうか?」
「……、はい、そうですが」
バレたのならば仕方がない、そういった様子で伊達眼鏡を外し微笑んだ。するとホッとしたように男性は胸を撫で下ろす。
「あぁやっぱり! ようこそいらっしゃいました。当店、実はお父上の
店長は喜々とした様子で話す。「あちらにサインなんかも頂いたりしたんですよ」と入り口を指せば、全員がそちらを見る。確かに、額縁に色紙が大事に保管されており、その中にはサインも書かれていた。
「父が、そうだったのですね。生前はお世話になりました」
「いえいえそんな、こちらこそ大変贔屓にしていただきまして! これからもご贔屓にしていただけると幸いです。お食事の方もうすぐできますのでお待ちください」
「えぇ、ありがとうございます」
ニコ、と微笑んで会釈をすれば、男性も深々と頭を下げて裏に下がった。仕事隙間に盗み見をしていたスタッフたちもザワザワと仕事に戻っていく。時折「いいなー店長、陽君と話せて」などと話し声も聞こえた。
「先輩のお父様、ここに来られていたんですね」
「みたいだな。俺も初耳だった」
櫻月陽久。陽と同じように小さい頃に芸能界入りを果たし、モデルや俳優として多く経歴を残した人物であり、陽の父親である。
陽がまだ子供の頃に重い病気を患って、40代半ばで帰らぬ人となってしまったが、その短い生涯でも名を知る人は多かった。
「いやぁー、有名人を父に持つアイドルも大変だねぇー」
「それを言うなら君だってそんなもんだろう」
「俺は実家とはほぼ縁切ってるようなもんだしなぁー」
「やっぱ親の後ろ盾あるってプレッシャーヤバそうだよな。おちおち外も気ィ抜いて歩けねぇ」
もう慣れたさ、と陽が笑えば、料理が運ばれてくる。グツグツと煮える鍋からはあごだしの香りが漂い、食欲を刺激する。「熱いのでお気をつけてお召し上がりください」と店員がは一礼してから下がった。
四人はそれぞれ箸を持てばいただきます、と手を合わせ、談笑を交えて鍋を食べすすめた。
穏やかな時間が流れる。友人たちとつつく鍋は格別だった。
店を出て帰路に付けば、一人、また一人と道が別れていく。最初に分かれるのは純、その次が大体叶だが、叶の場合はその時の気分でルートが変わるため、順番はまちまちだったりする。今日は早いうちに別れたため、陽と柊聖二人が残っていた。
「鍋美味しかったですね」などと雑談しながら帰れば、柊聖の寮が近づいてきた。
「それじゃあ先輩、今日はありがとうございました」
「あぁ、おつかれ。また明日な」
ペコリとお辞儀をする柊聖に手を振れば、陽も歩き出した。今日の帰り道はいつもと少し違う。本来曲がるはずの角を曲がらず、ただひたすらに真っ直ぐ、真っ直ぐ。
冬の夜は暗い。永遠に続く闇の中を歩いているようだ。しばらく歩き続ければ、少し大きな一軒家にたどり着いた。
表式には「櫻月」と書かれている。ここは自分の家だが、今住んでいる家じゃない。インターホンを鳴らす。
しばらくすれば「おかえりなさい、陽」とやさしげな女性が出迎えてくれた。
「……、ただいま、母さん」
陽もまた微笑めば招かれた家の中に入っていった。
扉がばたん、と閉められた。
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