Episode.3 エピローグ

「……足が、痺れました……」


 某所、SAison◇BrighTセゾン ブライトが使うとあるレッスン室。

 諸々のお説教が終わり、机の力を借りて立ち上がる。橙柊聖とうのき しゅうせいは情けない姿を晒していた。


「流石に堪えたな……」

「陽ちゃんも柊ちゃんも情けなーい」


 同じようにふらつく櫻月陽さづき ようを見て、今回雷を落とされたはずの紅咲叶べにさき かなたはケロッとした様子で葵海坂純あおみさか まことの持参したクッキーを貪っていた。


「元はといえばお前が失踪したせいだろうが、反省しやがれ」

「反省したってー」

「言動が一致してない!!」

「あいたたー、内臓えぐれたー」


 純が脇腹に正拳突きを繰り出せば、叶は大袈裟なリアクションをする。

 別件の仕事で遅れてきてからあれだけ帰ってきた叶に怒鳴り散らしたにも関わらず、まだ立腹しているらしい。元気なものだ。


「それにしても先輩、一週間以上あの森で過ごしてたんですよね? 食べ物とかどうしてたんですか?」

「まぁー、あそこ行く前にいくらか買い込んではいってたよー、お菓子とか。あとは森の中のきのみ摘んだり、水分はー川の水いい感じに濾過してって感じかな」


 もっと過酷な環境だと思っていたら、思った以上に本人がキャンプ感覚で生活していたような話がかえってきて、柊聖は思わずがくりと肩を落とす。

「そんなことだろうと思ってた」と陽は笑い、「こいつはそういうやつだぞ」と純は呆れた様子でため息をついた。


「さて、明日からは忙しくなるぞ。ハロフェスまであと少しだ。遅れてるぶんを取り返さないとな」

「はい!」

「特に叶はな。鈍ってたら承知しねぇぞ」

「大丈夫大丈夫。俺天才だからー」

「あ? 喧嘩なら買うぞ??」

「やだー血の気が多いー」

「なんでそうやってすぐ喧嘩しようとするんですか先輩!!」


 ついには純と叶は机を挟んで鬼ごっこを始めてしまった。慌てて止めようとする柊聖と、それをケラケラと笑っている陽。

 かくして、ありきたりで当たり前なSAison◇BrighTの日常が、再び戻ってきたのだった。



 ときは流れ、10月末、ハロウィンナイトフェスティバルが始まった。

 このイベントには、他事務所を含めたたくさんのアイドルが参加している。それもあってか一般参加の観客の数も多い。

 アイドルたちはというと、ステージの他にもファンとの交流を兼ねたグリーティングや、自分たちで屋台を出したりする者もいて、それぞれの形でハロウィンナイトフェスティバルを楽しんでいるようだった。

 そして、大目玉となるステージ。SAison◇BrighTもまた、それの出番を待つために楽屋入りしていた。


「あっという間でしたね……」

「あっという間だったねぇー」

「あっという間だったわ……」

「おいおいどうした、まだ始まってすらいないぞ?」


 部屋に入り一息つけば、陽以外の三人はすでに本番を終えたときのような脱力感で壁に寄りかかった。


「いや、なんだか、色々巻き込まれて疲れた……」

「昨日のは面白かったねー。どわぁあ! って。……ふふ」

「笑うなこちとら大変だったんだぞ」

「お、なんだなんだ、聞かせてくれよ」


 着替えながら雑談に花を咲かせる。

 純と叶は昨日、イベント内を仮装して練り歩いていた。そのときにあった珍事件を話すと、陽は大変愉快そうにゲラゲラと笑った。「笑い事じゃねー!!」と純は威嚇する。

 柊聖は何となくその光景を想像でき、あはは、と困ったように笑った。

 今日のステージは、リラックスして臨めそうだ。


 今回のセゾンのステージは、かなり早い手番だ。舞台袖に行けば、黄色い歓声と、それに答えようと笑顔を振りまくアイドルの姿。その光景はとてもキラキラしていた。

 入れ替わりのタイミングで「お疲れ様でした」と軽く会釈をしてすれ違う。

 袖からステージを見据え、陽は後ろに控える自分の仲間たちと肩を組む。この円陣にも慣れたものだ。先程までの脱力が嘘のように、その目に闘志を煌めかせていた。


「……よし、いくぞ!」

「おう!」「はい!」「はぁい」


 ステージに駆け込めば、黄色い歓声が上がる。

 いつもと同じように、歌って踊って楽しませる。観客に自分たちの心を伝える。

 いつもと同じ、いつもどおり。……そのはずだった。


(……なんだろう。いつもと違う)


 叶は今まで得たことのないような高揚感を感じていた。まるで魔法にかかったようだ。視界が、世界が、コントラストが上がったように見える。

 特段特別なことをしてるわけではない、普段通りのステージ。客席に輝くペンライトや会場の照明のせいだろうか? いや、それもいつもどおりのはずだ。

 ならばこの高揚感は、一体?

 自分の感じたことのない感覚にすこし戸惑いを感じる。しかし、それに不快感は全く無い。むしろ心地の良ささえ感じた。

 不思議な時間が続いた。それを顔や動きに出すことはなかったとは思うが、叶の心中にはずっと不思議な暖かく、キラキラした感覚があった。

 曲が終わり、再び黄色い歓声が上がる。

 手を振って袖へと帰れば、次のユニットのステージが始まろうとしていた。


「……」


 叶は不思議そうに自分の手を胸に当てる。さっきの感覚は何だったんだろう。自分は知らない感覚だ。

 一人悶々と考えていると、純が近寄ってきて、叶の脇腹をどつく。


「あいた」

「んだよ、いい表情カオするようになったじゃん、お前」


 満足気ににっと笑えば、純は足取り軽く袖の奥へと消えてしまう。

 叶はそれを驚いたように見送ることしかできず、その背中と自分の手を見つめていた。

 胸が高鳴って、キラキラしたとした、この感覚は何だろう。

 今までアイドルとして活動して、ピアニストとして活動してきて、こんな感覚を覚えたことは一度もない。

 袖の奥では柊聖と陽、そして純が談笑しているのが見えた。叶は彼らをじっと見つめる。


「叶ー、戻るぞー」


 自分を呼ぶ声がする。

 ――彼らがいれば、この感覚が何なのか、知ることができるだろうか。自分を繋ぎ止めてくれた、彼らなら。


「……うん、今行くー」


 叶はふわりと微笑んで、彼らのもとへと歩いていった。


 今はもう少しだけ、彼らとともに歩いてみよう。

 この気持ちが何なのか分かれば、きっと……同じものを見ることができる気がするから。


 ハロウィンナイトの空は、鮮やかなコントラストで彩られているように見えた。

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