Episode.3-3 神のみぞ知る捜索の果て

 がちゃ、とドアを開ける。

 その音とともに、中にいた四人は一斉にこちらを見た。

 ここは商店街にある、ライブハウスのとある一室。ここではN-Sノースサウスリベラズムというバンドアイドルが練習をしていた。

 いや、実際は数分前に練習は終了していたのだが、あるアイドルたちの頼みでここに留まっていた。


「おっ! いらっしゃいっす! ようさん! まことさん! シュウ!」


 銀髪褐色肌の男、新水銀次あらみず ぎんじはメンバーを組み伏せながら来客であるSAison◇BrighTセゾン ブライトの三人に笑いかけた。


「いらっしゃーい、シノくんの第二のおうちへようこそー」

「ぐ、くそ、馬鹿力共が……!!」


 銀次と共に男を組み伏せているのほほんとした眠たげな目元の男、江南水柴之えなみ しのもまた、来客たちに挨拶をする。二人に組み敷かれた男、乾那原智和かんなばら ともかずは自分を拘束する二人を睨めつけていた。


「つ、捕まえておいてとはいったけど……」

「完っ全に組み付いてんな」


 この様子を見て橙柊聖とうのき しゅうせい葵海坂純あおみさか まことは引き攣った笑みを浮かべた。組み付いてはいないものの、それを助けるわけでもなく困り眉で笑うことしかできない清月晴彦きよづき はるひこは「お見苦しくてすみません……」と来客三人に軽く頭を下げた。

「だってこうしないと逃げるんだよー!」とぶーぶーと抗議する銀次。


「いやいや、悪いな乾那原君。急ぎのところ悪いが、少し君に協力を頼みたい」


 組み付かれている智和の前にリーダーである櫻月陽さづき ようが微笑んで座る。年上だろうが何だろうが臆することなく、智和は陽を睨みつけた。

 その鋭い睨みに、後ろにいた柊聖はビクッと跳ねたが、陽は笑みを崩すことはない。


紅咲叶べにさき かなた、知っているだろう?確か知り合いだったよな。彼は知ってのとおりSAison◇BrighTうちのメンバーなんだが、あいつがここ最近行方をくらませたんだ」


 叶の名前を聞くとぴく、と智和の眉間に一層シワが寄る。


「単刀直入に聞こう。あいつの居場所に心当たりがあったら教えてくれないか」

「……」


 暫く見つめ合う二人。お互い一歩も譲らない様子で、目線の間に火花が散っているようにさえも見える。

 柊聖と晴彦は心配げに様子を見ていたが、上に乗っていた銀次が更に問い詰めようと口を開く。

 が、それを遮るように智和はただ一言跳ね除けた。


「知りませんし、興味もありません。……あんなクソ野郎」


 その言葉とともに、ここにいる全員が、空気が読めないノーテンキと称される銀次でさえも、この空気が凍ったと感じた。知らないと否定するまでは良かった、だが問題はその後の侮辱を含んだ言葉。


「……その言い方はどうなんだよ」

「俺は事実を述べたまでですが」

「んだと」


 少し喧嘩腰に純が詰め寄れば柊聖が引き止めようと名を呼び、それにも引き下がらず噛み付こうとする智和を晴彦が静止しようとする。


「とにかく離してくれませんか、忙しいんです。貴方がたと遊んでる時間はありません」

「トモ」

「そもそも新水さんたちも何なんですか?人が時間がないと言っているのに無理やり引き止めて。俺の予定には干渉しない契約でしたよね、そんなに俺が必要なのならば最低限の契約くらい守ってください」


 周りの動揺や怒りの視線も省みず、ただ不機嫌に続ける智和。自分を押さえつける力が弱まれば、自分に乗り上げる二人を押しのけ立ち上がる。埃を払うように服を叩けばカバンを持つ。


「俺は紅咲叶なんて知らない。あの男がどうなろうと俺には関係ないし、興味もありません。他を当たってください。失礼します」

「おい待てよトモ!!」


 銀次は引き留めようと叫ぶ。その声を無視して智和は扉に手を伸ばした。

 しかし、その手がドアノブにかかることはなかった。


「……なんのつもりですか」

「君が興味なくても、俺達は君の力が必要なんだ。急いでるところ悪いが、本当に知ってること全部吐くまでここから出すつもりはない」


 扉の前に、陽が立ち塞がったのだ。


「よ、陽先輩」

「随分強引なんですね」

「それだけ俺達も必死なんだ、わかってくれ」

「わからないし、わかりたくもない」

「君が叶と何があったか、君が叶に何を思っているのかを聞きたいんじゃない。俺達は単に、"叶がどこにいるのか"が知りたいんだ」


 どれだけ強くはねのけても、笑顔を崩さない陽。しかし言葉には圧が強く乗っていた。その矛盾した圧に少し堪えたのか、一層眉を顰める智和。


「……知ったところで、あんたたちには何もできない」

「それはやってみないとわからないだろう?」

「できないんですよ。あいつは逃げた。クラシックから逃げたときと同じように、アイドルからも逃げた。それが現実のすべてです。何故逃げた奴をそこまで追いかけようとする?」


 不機嫌に吐き捨てた智和。その問いかけに、陽は間もなく答えを述べた。


「仲間だから。ここまで一緒に走ってきた大事なユニットのメンバーだからだよ」


 智和は目を丸くした。

 仲間だから。なんの利益も求めず、ただそこにある不確定な繋がりだけを理由にしている。その事実に気づくのに数秒かかったようで、しばらく呆然としていたが、理解すると不快そうに顔を歪ませた。


「……理解できない。あんな腰抜けをそんな理由で」

「腰抜けでめんどくさがりで腐っていても、SAison◇BrighTおれたちは四人じゃないと成り立たないからなぁ。当然理解しろとは言わないし、君には君の事情があるのはわかった。だが、それを抜きに俺達は君の力を借りたい。多くを語れとも言わない。ヒントだけでもいいんだ。教えてくれやしないか」


 眉を下げて笑う陽。しばらくその顔をじっと見て、後ろを振り向く。

 懇願の眼差しを向ける柊聖。頼みの綱を握るように焦り気味の目を向ける純。そして頼む、と説得するような眼差しで見る銀次。

 智和ははぁ、とため息をつく。


「……森林」

「?」

「郊外にある森林は、あいつがよく行方をくらませたときにいる場所だ。そこにいなかったら知らない。……これでいいですか」

「あぁ。十分だ。ありがとう、乾那原君」


 陽は満足気に笑えば、ドアの前から身を引いた。

 調子のいいやつだ、と睨めば「ふん」と言い、部屋から出ていった。


「さ、俺達も帰ろう。必要な情報は聞き出せた」

「っすみません陽さん!! トモが……」

「はは、構わないさ。人間、話したくないことの1つや2つあるだろうからな。……少し強引過ぎたかな」

「いやそんなこと! むしろあの口の固いトモが口を割るなんて思ってなくて、すげーなっていうか……」


 慌てた様子で銀次は頭を下げる。陽はそれに少し申し訳なさげに笑った。


「んにしてもあんなに嫌われてるって、叶のやつ何したんだ……??」

「クラシックから逃げた、って言ってましたよね。……そういえばAltaïr△VegÄアルタイル ヴィーガの二人も音楽家の家系がどうのって」


 二人考えるように腕を組んで頭をひねった。そういえば、ウン年付き合ってきて叶のプライベートをあまり知らないことを、今になって思い出す。事実彼は自分から自分のことを多くは語ろうとはしなかった。


「智和くんがどうして叶さんを嫌ってるのか、俺達もよくわかってなくて。ただその、……」


 晴彦は何かを言いよどむ。純が首を傾げるが、「……いえ」とこれ以上語ることはなかった。


「とにかくメンバーの無礼、ほんとにすみませんでした」

「晴が謝ることじゃないよ。こっちこそごめんね、無理やり引き止めてもらっちゃって」


 慌てる柊聖とそれに同調するようにうん、と頷く純。


「ひとまず情報は手に入った。あとは神頼みだ」

「俺もどっかで見かけたらお伝えしますんで!! 早く見つかりますように!」

「ああ、頼む」

「じゃあ、帰りましょうか」

「俺達もかーえりーましょー」


 こうしてニつのユニットは帰路についた。

 いつかまたこの道を四人で歩ける日が来ると、淡い希望を抱きながら。


 その後助言を元に叶を探しに行く予定を立てられたのは、五日も後のことだった。全員の予定が中々合わせられず、ここまで引きずってしまった結果だ。

 もちろん、無理に全員揃える必要もなかったのだが、人手は多いほうがいいだろうし、もし説得の余地があるならみんなで説得するべきだろう、と柊聖からの提案だった。


「……戻ってくるのを期待してたが、流石になかったな」

「まぁ想像してたとおりワンチャンもなかったなぁ。というか戻ってくるならもっと早く帰ってくるだろ、あいつ」

「それもそうですね……、すみません、俺のわがままのせいで」

「いいさ。それを受け入れたのも俺達だ。それに、なんだかんだ図太いからな、叶は。よほどのことがなければ死にはしないさ」

「それな。それこそ不意打ちでハチに刺されたーとかな」


 ……時々、陽と純は叶のことを一体なんだと思っているんだろう……と聞きたくなる柊聖だが、その言葉は今日も心の奥底に押し込んだ。


「よし、行くぞ。郊外の森林だったな」

「この辺で森って言ったら多分あそこだろ?電車終点近くまで行ったところのやつ」

「はい、多分」


 荷物を持って、彼らは駅へと向かった。

 ファンに囲まれないように帽子やフードを深く被り、電車に揺られること約1時間。見慣れた都会の風景に緑が増えていき、見慣れない緑豊かな景色へと変わっていった。最初はぎゅうぎゅうだった電車の中も外を見渡せる余裕ができるほどには空き始め、銀杏や紅葉はじわじわと色を付け始め、秋の訪れを感じさせた。

『まもなくー〇〇駅、〇〇駅。お出口――』とアナウンスが流れば、ここが目的地だとわかる。

 電車がゆっくり止まり、ドアが開けば、外へ足を踏み出した。


「わぁ、こんなところもあるんですね」

「だなー」

「さてと、ここからどの方向に……」


 陽はスマホを開き地図を確認し始めれば、それを柊聖も覗き込むように見る。純は背伸びをしてみようと努力したが、途中で諦めた。

 少しふてくされた様子で周りを見ていれば、中学生くらいの男子たちが「いってみようよ!」「えーやだー」と会話してるのが聞こえた。


「あっちの森林に出るオレンジ色の幽霊、見てみたくないのか!?」

「幽霊とかやだよー、やめようよー」

「びびりめー!」

「お前がきも座りすぎなんだよー、一回痛い目見ろばーか」

「バカっていうほうがバカなんだよばーか!」


 オレンジ色の幽霊。その単語にぴく、と純が反応する。二人の服を引っ張りコソコソと話す。


「オレンジの幽霊……」

「……叶じゃねぇかなって思うんだけど」

「奇遇だな、俺もそうだと思った」


 三人は頷くと目的地を定め、地図を確認しながら歩き出した。

 中学生たちは未だに「ばーか!」「あーほ!」と低レベルな争いを繰り広げていた。

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