Episode3-2 手がかりを探して

「……ここだな」


 バスにられて数十分。葵海坂純あおみさか まこと橙柊聖とうのき しゅうせいは、とあるアパートの前に来ていた。

 4段ほど階段を登り、突き当たり左の部屋。そこには「紅咲べにさき」と表札がついていた。


「……かなた先輩、出てくれるでしょうか」

「どーだか。扉こじ開けてでも入ってやる」

「えっそれは流石にだめですよ先輩!?」


 あわわ、と狼狽える柊聖をよそに、純はインターホンを押す。

 しばらくの沈黙。緊張と不安で鳴り響く心臓の音がやけに大きく聞こえた。

 しかし、数分経っても、中から家主の声が聞こえることはなかった。


「……まさかほんとにぶっ倒れてるとかねぇだろうな、おい叶!! 返事くらいしろよ!! てめぇはなんでそう毎度毎度……!!」


 苛立ちながらドアノブをガチャガチャ、と捻る純。鍵がかかっているはずの扉を無理矢理でも開こうとしたときだった。

 その扉は、加えられる力にされるがまま、その戸を開けたのだ。


「……えっ、鍵、空いてる……?」

「……まじ、かよ」


 恐る恐る、扉から中を覗いた。中に人の気配はない。

 まさか強盗に入られた後なのか、はたまた運び出されたあとなのか。二人の血の気が一瞬で引いていく。


「……は、入り、ますか?」

「……いや、一度大家に事情を説明してからにしたほうがいい。友達ん家だけど不法侵入は流石にやばい」

「あっ、で、ですよね……!」


 ひとまずこの敷地内にいるアパートの管理人の元を訪ね、中に入る許可を獲得して、改めて紅咲叶べにさき かなたの家へと足を運んだ。


「……叶、生きてるなら返事しろー」

「そ、そんな洒落にならないこと言わないでください……!!」

「いやだってここまで音沙汰もないと流石にそっちの可能性も考えちまうだろ……!!」

「現実になったらどうするんですかぁ!!」


 まるでお化け屋敷にでも入って行くように足を竦ませる柊聖。二人部屋に入れば、そこには人気の無い簡素な部屋が広がっていた。

 小さいテレビ、一人用の座椅子。ひときわ目立つのは少し薄汚れた大きな布のかけられた、天井すれすれまである何か。


「……叶先輩、もしかして居ない……?」

「……みてぇだな。人っ子一人いるような感じもしねぇ。……ほんとにどこ行っちまったんだあいつ」

「……あ、でもほら、最近っぽいゴミは少し捨てられてますよ。多分帰ってきてないことはないんだと思います」

「お前なんだかんだ結構図太いよな」


 躊躇もせずにゴミ箱を漁る柊聖。それを少し冷ややかな目で見られれば、ハッとしてはずかしげに俯いた。


「……しかし家にいないとなるとお手上げだな。ここで待ってても帰ってくる保証ねぇし」

「待ってたほうが確実かもしれませんよ?」

「あいつ、変なところで勘がいいだろ。下手したら俺達がここまで探しに来てるのも勘付いてるかもしれねぇ」

「そんな、さすがにそれは……」


 ない、と言おうとした柊聖だが、その言葉が音になることはなかった。……純の言うことは、実際事実だったからだ。

 時々叶は、未来を見たことがあるかのような、すべてを見透かしたような行動をすることがある。実際ファンタジーじゃないのでそんなことはありえないのだが、本当はそうなのではないかと疑いたくなるほど、彼は勘が鋭かった。


「……帰るしか、ないんですかね」

「だろーな。……しゃーねぇ、プロデューサーにも相談して、捜索願も視野だな」

「……警察にお世話になったら、きっとマスコミに追われますよね、これ」

「だな」


 顔を見合わせれば、二人で憂鬱そうに肩を落とした。

 可能な限り警察沙汰にはしたくなかったのだが、こうなってしまうともう仕方がない。

 何の成果も得られぬまま、彼らは留守番する櫻月陽さづき ようの元へと帰ったのだった。



「……そうか、だめだったか」


 二人はひとまずレッスン室に戻り、陽に報告をした。聞いた陽は参ったな、と言うように眉をひそめる。


「どーする、捜索願出すか?」

「……プロデューサー的にはあまり大事にしたくないのが本音だな。1年目の大事な時期だ、可能な限り波風は立てたくない」

「だよなぁ。もうちょっと自力で探してみるか……」

「知り合いで叶先輩のこと何かしらわかる人がいれば……」


 柊聖は何か手がかりがないか、とスマホの連絡網をみる。

 クラスの人や先生、学校の試験で臨時ユニットを組んだときの仲間や、交友のある他のアイドルたち。その中で叶の事情に明るい人物は流石に見当たらなかった。

 不意に目に入ったのは、N-Sノースサウスリベラズムの新水銀次あらみず ぎんじの連絡先。


「―――――――あ」


 それを見て、柊聖は思い出したように声を上げる。その声に陽と純は、柊聖を見た。


「どうした?」

「……たしかノーサスの乾那原かんなばら君、叶先輩が知り合いだって言ってませんでしたっけ」

「……?……あ、春頃のステージの打ち上げの時」

「……たしか言ってたわ」


 春頃の室内ステージ。それはN-Sリベラズム、通称ノーサスと初めて邂逅し、柊聖の幼馴染である新水銀次と清月晴彦きよづき はるひこと再会を果たしたあのイベントだ。

 乾那原智和かんなばら ともかずはそのノーサスのキーボード担当で、打ち上げは共にしなかったものの、なにやら叶が気にかけていた記憶がぼんやりと三人の中にあった。


「もしその知り合いっていうのが最近とかじゃないなら、可能性……ありません、かね……?」

「……賭けて見る価値はあるかもしれないな」


 三人は顔を見合わせると頷く。そして柊聖は急いで銀次に連絡を入れた。

 幸いにも返信はすぐ帰ってきた。どうやら練習を切り上げ撤収するところだったらしい。

 柊聖は口頭で伝えたほうが早いと判断し、チャットから電話に切り替えた。


『んで、どーしたんだー?』

「ごめんね銀、突然電話しちゃって。乾那原君、まだいる?」

『ん?おーいるぞ、今帰ろうとしてシノに捕まってる』


 電話越しにも、のほほんとした声の主がなにやら他の男性とじゃれてる声が聞こえてくる。


「ごめん、そのまま少し止めておいてもらえるかな」

『お?どーした?』


 柊聖は、話していいか、と確認するように陽の顔を見た。陽はそれに頷いてみせる。

 それにうなずき返すと、外に漏らさないように、という前置きをした上で銀次に現在直面してる事情を説明した。

 銀次は真剣に相槌をしてくれている。その声は少し険しい。


『……そっか、叶さんが』

「うん、だから今、できれば少しの情報でも欲しくて」

『……よーしわかった!! 俺達も協力する!! シノ!! ハル!! そのままぜってぇトモの事逃がすなよ!!』


 そう言うと「あいあいさー」という、またのほほんとした声が少し遠いところから聞こえた。それの後に「はぁ!?」という智和のものであろう声も聞こえる。ドタドタとなにやら暴れ回る音まで聞こえてきた。


『三人で逃さねぇようにしとくから、こっちこれるか?』

「! ありがとう銀!! これから行く!!」

『おっけ!! 場所メッセージで送るから!!』


 柊聖の「うん!」という返事を聞くと「じゃあな!」と銀次は通話を切った。その後すぐに地図の情報がメッセージで送られてくる。

 その地図に書いてあったのは、商店街にあるライブハウス。

 電話の状況でこれからどうするのか察した純と陽は、すでに外出の準備を始めていた。


「場所は?」

「商店街のライブハウスです。知ってますか?」

「あー、シノの店か。りょーかい。俺道わかる」

「えっ江南水えなみ君のお店!?」

「あれ、言ってなかったっけ。あいつん家ライブハウス経営してんの。親父さんが確か有名なドラマーなんだよ。で、今は現役引退してライブハウスしてるってわけ」

「へ、へぇ……陽先輩知ってましたか?」

「いや、初耳だな。そもそも面識もなかったしな」

「ま、俺も知ったの最近だけど」

「……ちなみに江南水君とどこで知り合ったんですか?」

「弟があいつと同じクラスなんだよ。それでよく遊びに来るから顔覚えた。あとよくゲームに巻き込まれる」


 柊聖は「なるほど」と妙に納得した。……江南水柴之えなみ しのは筋金入りのマイペースだ。純のような人種は見事にそのペースに乗せられるだろうと思った。

「……柊聖、失礼なこと考えてねぇか?」と純は怪訝そうに柊聖見た。「そ、そんなことないです!」柊聖はブンブンと首を横に振る。


「じゃれてるところ悪いが行くぞ、あまり待たせるのも彼が可愛そうだからな」


 ハッとして頷けば、三人は荷物を持って足早に目的地へと向かった。



 商店街にある少し大人っぽい外観の建物。看板には「ライブハウス・エナミ」と書かれている。他にもバンドのライブスケジュールや、このライブハウスで行われるイベントのチラシなどが所狭しと貼られていた。

 その中に、ゲストとしてノーサスの名前もチラホラと見かける。


「ここだな」

「お、俺こういうライブハウスはいるのは初めてかも……」

「バンド好きでないとあまり出入りはしないだろうからな。入るぞ」


 陽が迷い無く扉を開ければ、カランコロンと音がなる。柴之の母親なのだろうと思われる受付の女性が「いらっしゃい」と三人に微笑んだ。


「初めて見る顔だね、新しいバンドさん?」

「あ、いえ、その……」

「ノーサスがここで練習していると聞きまして。少しお話をしたくて伺ったんですが……」

「あぁ、柴之達のお知り合いかい! ようこそいらっしゃい。柴之から話は聞いてるよ。突き当りの奥の部屋にいると思うから行ってあげて」


 進路を指差しで示せば「ごゆっくり」と微笑んでくれた。「ありがとうございます」と会釈して足早に指定された部屋に向かう。

 扉にある覗き窓を見れば、中では銀次と柴之が智和に組み付いていて、晴彦はそれを困った顔で見ていた。

 下敷きにされた智和は、二人に対して何か講義するように騒いでいるが、防音の部屋でその言葉を知ろうとするのは無理な話だった。ただ一つわかるのは、なんの説明もなしに傍からこの光景を見たら、乱闘かいじめのようだと思われるということ。


「うわぁ、すげぇな」

「あわ、こ、ここまでしなくても……」

「……はは、流石に可愛そうだな。早く入ってやろう」

「……だな」


 その光景に苦笑いを浮かべながら、三人は部屋のドアを開けた。

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