Episode.3-1 行方しれずの秋

 暦上は秋だが、まだ残暑が厳しい9月。

 怒涛に過ぎていったSEASIDE FESTIVALのほとぼりが冷めれば、SAison◇BrighTセゾンブライトにも少しずつ休暇が増え始めた。

 毎日レッスンに明け暮れているアイドルにとって貴重な休暇は各々好きに過ごすのだが、この日はプライベートで集まって遊ぼうという約束をしていた。


「っつーわけで、秋のボドゲ会、始めるぞー!!!」


 ここはプリローダ高等専門学校。そのレクリエーション部が借りているハーフサイズの教室。葵海坂純あおみさか まことの開会宣言とともに、紅咲叶べにさき かなた橙柊聖とうのき しゅうせいは「わーい」と嬉しそうに拍手をする。

 彼らの遊び。それは、四人が学生の頃からの共通の趣味であるボドゲ……「ボードゲーム」だった。現在レクリエーション部は櫻月陽さづき よう、純、叶が卒業してからは、実質柊聖1人であり、その柊聖も活動でではからうことが多いため、ほぼ物置と化してしまっている。使うのもほぼこの四人だけのため、部室、というよりは「SAison◇BrighT集会室」と言うような状態になっていた。


「こうしてボドゲ会するのも久々だな」

「だなー、なんだかんだでバタバタしてたもんな」

「この部屋には来てたけどボドゲはやってなかったもんねー」

「ですね!あ、実家から皆さんで食べてほしいってお菓子持たされたので広げますね!」


 柊聖は洒落たお菓子箱を開封し始めると「わーい、ケーキ屋トウノキのお菓子ボックスー」と叶が我先にと箱の中を見た。クッキー、フィナンシェ、マドレーヌ、チョコレート、カヌレ……一口サイズで食べられる洋菓子がこれでもかと詰め込まれていた。

 柊聖の実家はケーキ屋である。長期休暇のときには実家に戻り家の店の手伝いをしている。そしてこうして外へ遊びに行くと言うと本格的なお菓子を持たせてくれるのだ。特にSAison◇BrighT面子で集まるという話をするとどうも気合を入れるようで、すごいときだとケーキまで持たせるのだ。

 今回は偶々会と実家から時々送られてくる差し入れが重なったらしい。


「いつもありがとうな、ご家族にも礼を言っておいてくれ」

「わかりました!」

「叶ぁ、マドレーヌ」

ひふんれほれはー?自分で取ればー?

「オメェが邪魔で届かねぇんだよ!!」

「ハイハイ喧嘩しない。さ、どれからやる?」


 整理整頓された棚にはたくさんのボードゲームの箱が置いてある。これらはすべて陽が集めたものであり、陽曰く「家においても腐らせるだけだからここに置いといてくれ」と言うことで柊聖が整頓して大切に保管している。またボードゲーム以外にも分厚めの本がいくつか保管されていた。


「先輩たちはどれやりますか?俺は全部好きなのでどれでも大丈夫ですよ」

「俺もどれでもいーよー」

「じゃあこれにしよーぜ」

「君はそれが好きだなぁ」

「いいじゃん。みんなの珍回答聞いて笑うのが楽しーんだから」


 そう言って一つのボードゲームを手に取れば皆手際よくカードを並べてゲームを始めた。

 純が選んだのは大喜利ゲーム。指定されたお題を、指定された枚数の手札を使って解決するものだ。

 それぞれ自分の手番に頭を悩ませたりしながらゲームを進めていく。笑いあり審議あり、楽しい時間が過ぎていった。


「はー笑った笑った。叶のアレが最優秀だな」

「いやーそれほどでもー」

「褒めてねぇだろ、というかむしろ悪化して……ふ、くく」

「ふふ、だめ、思い出しただけで笑いが……」

「シュウちゃんツボってるの珍しー、ふふ」


 ボードゲームの片付けをしながらゲームの感想戦をしていれば、学校のチャイムの音がなる。

 時計を見れば、部活動終了を告げる時間だった。


「あーあ、早かったな。明日からまたレッスンかー……」


 純がそう言うとぐて、と机に突っ伏す。


「ま、練習も仕事のうちだからな」

「そ~だけどさ。……またしばらく休みがねぇ……」

「そういえばマコちゃん、あれからすごいダンス系の仕事増えてきたよねー」

「シーフェスの純先輩を見て仕事依頼が後を立たないってプロデューサーさんが言ってましたもんね。すごいです」

「ありがてー限りではあるんだけどな。……いや流石に詰め込まれ過ぎというか」


 スケジュール表を確認すれば、純の予定は怒涛に詰め込まれている。これまでは陽がモデルが本業だったこともあり、ある程度周りより仕事が多かったのだが、先のシーフェスの影響か、純の予定が徐々に埋まりつつあった。


「ま、体調管理をしっかりして頑張ってくれ」

「うぃー……。んじゃ解散しますか!」

「はい!あ、余ったお菓子は持って帰りますか?一応袋もあるんですけど」

「柊聖のカバンは四次元ポケットか??」

「必要かなーって思ったものを入れてるだけですよ?」

「はは!何はともあれありがとう、ありがたく頂戴するよ」

「叶先輩もどうぞ!」


 二人はお菓子を袋に詰め始める。柊聖が叶に袋を渡そうと振り向いたら、どこか上の空な様子で窓の外をぼーっと眺めていた。


「……?叶先輩?」

「……あ、うん。ありがとーシュウちゃん」


 ハッとして柊聖に振り返ると、叶はいつもどおりふにゃんと笑って袋を受け取った。


「あ、マコちゃんマドレーヌばっか取ってるー、俺にも一個ー」

「あってめ早いもんがちだろ」

「じゃあカヌレは俺がもらってっていいか?」

「独り占めすんなよ陽ー!」

「えー?それマコちゃんがいうー?」


 何事もなかったように溶け込んでいる叶を、不思議そうに柊聖は眺める。

 持ち帰りの菓子の取り合いを終え、片付けをすませれば彼らは帰路についたのだった。



 次の日。SAison◇BrighTはダンスレッスンの日だ。

 少し集合よりも早く来た柊聖と純は、雑談をしながら軽くストレッチをしていた。


「今日メニュー何するって言ってたっけ」

「10月のハロフェスに向けて新曲の振りをやるっていってたはずです」

「あー、そっかもうハロフェスの準備始める時期か」

「そうですね、世間でもチラホラとハロウィングッズが出始めてますし、なんだかんだハロウィンは来月ですから」


 ハロフェス、正式名称をハロウィンナイトフェスティバル。

 SAison◇BrighTが所属するプロダクション・プリローダを始めとした6つの事務所が運営するプロジェクト「Bonds Links Idols」が主催するイベントのことである。SAison◇BrighTも当然それに参加することになっていて、そのステージでは新曲を披露することになっているのだ。


「……そしたらなんだかんだ俺達、結成して半年になるのか」

「そういえばそうですね……?時の流れって早いなぁ」

「爺臭ぇこと言うなぁ最年少」

「うっ爺臭い……」


 陽は別の仕事で途中から合流するスケジュールのためしばらくは来ない。今日もギリギリを狙って叶がきて、練習が始まり、休憩時間頃に陽が来る。そんないつもと変わらないスケジュールになるのだろうと、二人はそう思っていた。


 しかしその日、叶がレッスン室に来ることはなかった。


 練習が終わり、片付けをしている間にも当然叶が来ることはなく、三人は顔を見合わせた。


「……だめだ、既読つかねぇ」

「そんな……」

「叶のことだ、ただの気まぐれだとは思うが……。連絡もつかないとなると少し不安だな」

「明日は、来てくれるでしょうか……」

「来てくれるというか、来なきゃ困るんだよ。釘刺しとく。……ったくもー、叶のやつ何やってんだ……」


 苛つきを隠さず純は叶に何度かメッセージを投げた。柊聖からも何度か電話をかけているのだが、それも連絡がつかず、仕方なく今日は解散となった。


 そして、次の日、その次の日と、どれだけ日付が経てど、叶が三人の前に姿を表すことはなかった。

 かけてもかけても連絡はつかず、メッセージも一向に既読にならない。

 そんな状態が始まって、気づけば一週間が経過した。


「……叶先輩、どうしたんでしょう……」

「おい、こんなこと今まであったか?」

「いや、2日3日行方しれずになることはあったか一週間は初めてのはずだ。記憶違いでなければな」

「俺も知ってる限りでは……」

「だーくそ、何してんだあのあんぽんたん……!!連絡の1つや2つしろってんだ!!」


 純は叶の携帯にもう一度電話をかけた。「電源がオフになっているか、電波の届かないところにいます」と言う聞き慣れてしまった無機質な声のアナウンスだけが返された。


「……行くしかねぇ」

「行くって、どこにですか?」

「叶ん家。引きずり出してやる」

「ええっ!? というか場所知ってるんですか!?」

「プロデューサーから聞き出せばわかる」

「そう、だな……。このままでは拉致が開かない。それに一週間も連絡がついていないんだ、最悪の事態もありえる」

「最悪の、事態……」

「まぁ、あいつがそうかんたんにぶっ倒れるタマじゃねぇとは思うんだけどな。とにかく行くぞ!!」


 ふんす、と純は乗り込む気満々で準備を始めた。

 柊聖も不安げに胸を抑えれば、決心したように外に出る準備を始める。


「二人は行ってくれ。俺はプロデューサーに連絡と、講師に事情を説明するのにここに残る。また全員でいなくなると心配させてしまうだろうから」

「悪いな陽。んじゃ行くぞ柊聖!!」

「は、はい……!先輩、お願いします……!!」


 ドタバタと走って行く二人を陽は頷いて見送った。

 目指すは行方しれずのメンバーの元へ。どうか何事もなく無事でいてくれと願うばかりだった。

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