Episode.2-5 夏を制する

 時は流れ、SEASIDE FESTIVAL当日。観客席は満員御礼だ。出演者たちは準備万端、気合十分。「絶対にいいものにしてみせる」「少しでも爪痕を残したい」、そんな思いが既に熱く高まった会場をヒートアップさせていった。

 それはSAison◇BrighTセゾン ブライトも当然例外ではなかった。気は抜きすぎず、過度に緊張するわけでもなく。コンデションとしては最高な状態だろう。


「いよいよ本番だな」

「ほぇー、あーついー……」

「暑いならくっつくなよ」


 夜の海辺というのもあって、茹だるような、とまでは行かないが、それでもやはり夏の夜だ。とても暑い。体力は何もせずとも削られていく。

 紅咲叶べにさき かなたは、自分より小さいチームメイトの葵海坂純あおみさか まことの頭を台代わりにして文句をたれた。


「でも不思議と元気なんですよね、スタミナ十分です。やっぱり外周のおかげですね!」


 橙柊聖とうのき しゅうせいは汗をかきながらも、暑さに負けず元気な笑顔でリーダーの櫻月陽さづき ように言う。外周の提案者である彼は「だろう?」と少し得意げに胸を張った。


「あ!SAison◇BrighT!! シュウー!!! 陽さーーん!!!」


 突如呼ばれ、声の聞こえた方向を向いた。すると銀の髪に白いメッシュが映える褐色の男が、かなり遠くから手を振っていた。出演者の人混みをかき分けてこちらによってくる。


ぎん!」


 シュウ、と呼ばれた柊聖も嬉しげにそちらに手を振った。銀と呼ばれた男がSAison◇BrighTのもとにたどり着けば、礼儀正しくぴしっと礼をする。


「この間の春以来だな、新水あらみずくん」

「うっす!! あのときはどうもっした!!」


 顔を上げて、犬の尻尾をブンブン振り回してる幻覚が見える程に明るく笑う彼は、Bsビーストレンジプロ所属のバンドアイドル、N-Sノース サウスリベラズム 通称ノーサスのリーダーにしてギターボーカルの新水銀次あらみずぎんじだ。


「銀くん、速いよ……!!みなさんこんばんは、本日はよろしくお願いします!」


 あとから慌てて追いかけてきた茶髪に白いメッシュが入った落ち着いた雰囲気の青年。彼も同じくノーサスのメンバーでベース担当の清月晴彦きよづきはるひこだ。


「うん、みんなよろしくね」

「んにしても新水はこんな暑いのに元気だな。ステージでバテないのか?」

「大丈夫っす!!俺、体力だけはめちゃくちゃあるんで!!」


 銀次は得意げな顔で力拳を作ってみせつける。純は「ハイハイ」と軽く流せば、少し警戒気味に周りを見渡した。


「マコちゃん、どーしたのー?」

「……いや、あいつらどっかにいるのかなって」


 あいつら。純及びSAison◇BrighTが今日最も警戒する相手。同期にして、今まで散々コケにしてきた二人組アイドルのことだ。

 可能ならノーサスとは鉢合わせさせたくない。奴らのことだ、自分の知り合いなら容赦なく罵倒を始めるだろう。本番前に他のメンバーのコンディションを下げるようなことは起こってほしくなかった。

 そして何より、あの温厚な柊聖が怒り震える相手だ。幼馴染似た者同士である銀次と晴彦もそうならない保証もない。あくまで純の偏見だが、あの二人、特に銀次は、柊聖よりも手と足が出るタイプだろう。

 そうなると始まる前にステージはめちゃくちゃになる。それは絶対避けなくてはならない。

 客はそれを望んでなどいないのだから。


 しかし、叶ってほしくない願いというのは、無情にも叶ってしまうのが現実である。


「やっほぉ、逃げなかったんだねぇ♡」


 可愛こぶりで、厭味ったらしくやってきたのはAltaïr△VegÄアルタイル ヴィーガ、その片割れの姫宮琴葉ひめみや ことは

 その登場に、大きなため息をついて純は頭を掻く。


「よりによってお前かよ……」

「あれぇ、七星ななせも一緒のほうが良かったぁ? ごめんねぇ、七星はリーダーとして他のミュージシャンの皆さんに挨拶に行ってるからぁ、琴葉が来てあげたぞ☆」


 いつもよりも絡みつくような喋り方にゾワ、と背中に悪寒が走る。

 純は後ろに視線を送った。今は楽しそうに話している銀次と晴彦と柊聖。その三人を遠ざけてほしいと、そんな念を込めて。

 陽はその目線に気づくと、頷いて「ほか二人にも挨拶がしたい。楽屋に案内してもらっていいか?」と銀次と晴彦にやんわり楽屋に戻るように促した。ふたりは疑いもせず「わかりました!」と頷いて楽屋へと誘導をはじめた。

 柊聖は少し不思議そうに叶と純の方へ声をかけようとしたが、今まで気づかなかった琴葉の存在に、戦慄した表情を浮かべる。陽が柊聖に耳打ちをすれば、心配そうに二人を一瞥してから、陽に連れられノーサスのいる楽屋へと移動を始めた。


「……二人、どっかに行っちゃったよぉ? いいの? 追いかけなくて」

「いーんだよ、てめぇと話すのは俺だけで十分だ。叶もさっさと……」

「あ、俺はお供だから気にしないでー。マコちゃん一人だと何かしでかしたときのストッパーがいないからねー」

「……お前どっちの味方なんだよ、ったく……」


 ヒラヒラと手を振って笑う叶に悪態をつく純。しかしそこに嫌な感情はこもっていなかった。予想よりも余裕がある二人を見て、琴葉はつまらなそうに口をとがらせる。


「もっと僕達に踏みにじられるーってビビりちらしてると思ってたのに。つまんないのー」

「ご期待に添えなくて悪かったな。生憎、今日の俺、お前らのこと眼中に無いんだわ」

「……ふぅん。強がり言えるのも今のうちだぜ、チビ」


 純の態度が気に入らないのかぴく、と眉を潜ませる琴葉。叶は「可愛こぶりばけのかわ剥れてるぞー」心の中で野次を飛ばした。あくまで、心の中で。


「そっちこそ、そんな態度取ってられるのも今のうちだぜ、姫宮。ついでに戌亥いぬかいにも伝えておけ」


 先日とは心の余裕が真逆の時間。純はあの日の琴葉の様に挑発……なんてことはない。それをしてしまえば目の前の奴らと同じ根の腐ったアイドルになってしまう。

 にっ、と歯を見せ不敵に笑えば、宣誓の声を上げた。


「この夏を制するのは、だ」


 その言葉に迷いはなく、愚直な程に真っ直ぐだった。その宣誓は、"この夏の海のステージで一番を取る"と言っているようなものだ。

 琴葉はギリ、と歯ぎしりをした。

 ―――あぁ忌々しい、僕に勝ったこともないくせに。そのボンクラが今、勝利宣言をしたのだ。何も持っていない三流ダンサーが!!


「……は、生意気。ならやってみろよ。格差ってやつを見せてやる」


 嘲笑に、怒りを超えた殺意を滲ませて、ドスの効いた声で言えば背を向けて歩いていった。


「……この夏とは大きく出たねぇ、マコちゃん」


 しばらくの沈黙のあと、拍手をして感心の声を上げたのは叶だった。


「……お」

「お?」

「……俺今、なんて言った?」

「えっ」


 純の方を見れば、さっきまでの威勢の良さはどこへ置いてきたのだろうか、情けない顔と声で叶を見た。



「…ぶっ、あっはははは!! それは、ふふ、それは傑作だな!!」


 SAison◇BrighT、自身の楽屋にて合流。

 別れたあとの話を共有すれば、陽はこらえきれず腹を抱えて笑った。柊聖も宣誓までは尊敬の眼差しを向けていたが、オチを聞けばずるっと漫画よろしくなリアクションを見せた。


「し、仕方ねぇだろぉ!? 威勢で負けたら終わりだと思って……!! こちとら他人ノーサス巻き込まないようにって必死だったんだからなー!?!?」

「途中までかっこよかったのにねぇー、終わったら生まれたての子鹿みたいに震えちゃってさー」

「だぁーー!! うるせぇうるせぇ!! 締めんぞ!!!!」

「わはー、暴力反対ー」

「ま、まぁまぁ、落ち着いて……」


 顔を真っ赤にして声を荒らげる純をこれでもかとイジり続ける叶。そして横で可笑しそうに笑う陽と、叶と純を仲裁する柊聖。

 一時はどうなることかと思ったが、これこそがSAison◇BrighTの日常で、リラックスしているいつもの楽屋風景だ。

 ひと通り笑い終えたらしい陽は、「でも」と話し始める。


「夏を制する、か。あながち間違えではないかもしれないな」

「あ?」

「それくらいの気持ちでやったほうが、気持ちも乗るだろうって事さ」

「そーだねー、夢はでっかく目標は高くー、って言うしー」

「そうですね、俺はむしろいいと思います! それぐらいの意気で行かないといいステージは作れませんよ!」


 士気を上げる三人。純が言った身に覚えのない言葉が、なにやら三人の士気に火をつけたらしい。

 しかし、純も思うことは同じだった。


「そーだな。サイコーのステージ、作りに行こう。俺達四人で!!」


 その言葉は確かに口にした。記憶に刻みつけた。

 あとは本番、全力で楽しむだけだ。

 四人は駆け出す。

 夜の海に輝くステージへ―――――!!



『さぁ次のステージは期待の新人!輝きを背負うアイドルユニット、SAison◇BrighTーー!!』


 司会の紹介とともに黄色い歓声が上がる。会場はすでに大盛り上がりだった。

 夏の肌にまとわりつく熱気を超えて、観客の熱意による熱気が凄まじい。その声と比例するように、自分たちの心拍数も上がっていった。

 四人ステージに姿を表せば歓声は更に大きくなる。それに負けないくらいの笑顔で彼らは歌い踊る。

 指の先まで神経を張り巡らせ、観客にすべてを魅せつけるように。声は最後列の人まで思いが届くように。


『――――――♪』


 観客の合いの手も入り曲は大盛り上がりを見せた。

 あの人の言うとおりだ。パフォーマーの心は観客に筒抜けだ。

 だけどそれと同じくらい、観客の心も手に取るようにわかる。

「もっと魅せて!」「もっと聞かせて!」

 それは自分たちを求める、心の叫び。


(何だ、持っているじゃないか)


 身長なんか比にならない、もっともっと大切なものを。


(ならば、俺がやるべきことは、ただ一つ)


 その持っているもの全てで楽しむこと―――!!



『SAison◇BrighTの皆さん、ありがとうございました!』


 会場の盛り上がりは最高潮を迎えていた。

 全力を出し切った4人は汗を流して観客席に手を振り、舞台袖へと戻った。


 こうして、1度しかないひと夏のステージは、大歓声の中終わりをつけだのだった。



「も、燃え尽きました……」

「おれ、もう一歩も歩けなーい……」

「汗気持ちわりぃ~……風呂~……」

「こらこら。まだフィナーレ残ってるんだからしゃきっとする」


 ステージを終えて楽屋に戻ってきた四人。足を踏み入れた途端崩れ落ちるようにその場に座り込んだり、寝そべったりと、なかなかに散々だった。

 陽は楽屋のドアを閉めてから、情けない姿の三人の頭をぺち、と軽く叩いた。


「はっ、そうだフィナーレ……」

「そこまでやりきってこそのアイドルだからな。さ、少し休んだら関係者席に……」


 コンコン、と楽屋のドアがノックされる。

 このタイミングで来るのはプロデューサーだろうか。ひとまず溶けていた三人はぴしっと座り直した。それを確認してから陽は「どうぞ」と扉の外にいるであろう人物に声をかけた。

 その声とともに扉は大きく開け放たれ、勢い良く飛び込んできた影が一つ。


「うわぁ!?」


 それは柊聖に覆いかぶさるとそのままドサッと倒れた。純はぎょっとした様子で「柊聖!?」と襲われた彼の名を呼ぶ。


「おー、ロケットランチャーギン先輩、デッドボールですねー」

「ぎ、銀くん!! そんな勢い良く飛びついたら危ないよ!?」


 そんな中でぱちぱちと拍手をするのほほんとした声と、慌てふためく声。更にその奥からは「はぁ」と言う小さなため息も聞こえた。

 そして柊聖に覆い被さった人物は、ぐずぐずと鼻を鳴らして涙混じりの声をだす。


「シュウ゛~~!! まごどざん゛~!! ざっぎのズデージ、めっちゃ、めっぢゃよがっだぁ~~!!」

「……ぎ、銀、重たい……」


 来客の招待はN-Sリベラズム、ノーサスの四人だった。


「す、すみません本番直後に……! 銀君が会いに行くって言い出して聞かなくて……」

「ロケットダッシュだったよねー。ギン先輩ー」

「だって、だって~~……」

「あはは、ありがとう、銀」


 ぐずぐず泣きながら「よかった、よかった」と言う銀次を宥めるように柊聖はよしよしと頭を撫でる。


「相変わらず仲いいな、あそこは」

「あははー賑やかー」

「まごどざん!!!」

「うおっ」


 突然呼ばれ、純に距離を詰める銀次。突然の事に思わず後ずさる。


「今日の純さん、めちゃめちゃ、めーーーっちゃ!! かっこよかったっす!! あぁいや、いつもかっこよくないとかそういうわけじゃないんすけど、今日は一段とキラキラしてて、すごく楽しそうで、俺達に全身全霊で気持ちを届けようとしてくれてるんだって、めっちゃわかって、あの、あああうまく言えねぇ!!! 言えねぇんすけど!!」

「お、おう、あー、とりあえずおちつけ?」


 言葉をまくしたてる銀次。思いの丈をうまく言葉にできずに「ぐぉおお!!」と頭をガシガシ掻きながら暴れている。暴れ馬よろしく狂っている銀次に純は若干引きつつも、宥めるように促した。

 一番遠くで事態を見ていたしかめっ面の男、乾那原智和かんなばらともかずが呆れた様子で銀次に近づけば服の襟をつかむ。


「もう十分でしょう、戻りますよ新水さん」

「うぼぁーー!!離せトモーー!!俺はまだまだ伝えきれてねぇー!!!」


 ジタバタ暴れるも引きずり出される銀次。「離せーー!!」と言う叫びは無情にもフェードアウトしていった。


「あ、あの、すみませんうちのリーダーが……」

「ふふ、君たちはいつも賑やかで楽しいな」

「ねー、ひとまず、ありがとねー、一番に伝えに来てくれて」

「いーえーいーえー。すごかったのは事実なのでー」

「はい、それは変わらない事実です。素敵なステージをありがとうございました!俺達も負けないようにがんばります」

「うん、応援してる」


 晴彦と柴之からの賛美の声に三人は礼と激励を述べた。晴彦は嬉しそうに「ありがとう」と笑う。


「じゃあ俺達も戻ろっか、柴之しの君」

「はーい。……あ、アオハルお兄さん」

「あ?」


 先に出た晴彦に追従していた柴之だったが、不意に振り返り、純の方へ駆け寄った。

 首を傾げる純に、耳打ちをする。


「アオハルには俺が言ったってこと、内緒ですけどー、お兄さんの事、無理し過ぎてるって心配してましたよー」


 柴之はそれだけいうと、純の返事を待たずに「またどこかでー」とかけていってしまった。

 嵐のように過ぎ去った彼らを見送って、四人は顔を見合わせる。


「……ひとまずー、夏を制したってことでオーケー?」

「……みたいだな。あとはフィナーレまで体力の回復をしながら残りのステージを楽しもう」

「ですね!」

「おう」


 自分達のステージは終わったが、シーフェスはまだまだ続く。

 あとは観客として他のアイドルを盛り上げることにしよう。

 誰もいなくなった楽屋に、扉の閉まる音が木霊した。

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