Episode.2-3 評価の付属品

 Altaïr△VegÄアルタイル ヴィーガとの一件から一週間が過ぎた。

 あの日からのSAison◇BrighTセゾン ブライトの練習は、SEASIDE FESTIVALシーサイドフェスティバルにむけて熱量をぐんと上げ励んでいた。

 特に葵海坂純あおみさか まことは火がついたようで、普段の練習に加えて自主練をするくらいには気合が入っていた。


「今日も疲れたー、もう一歩も動けないー」


 ひとまず予定の練習をすべて終えると、紅咲叶べにさき かなたは情けない声を上げて大の字に寝転んだ。それをみてリーダーの櫻月陽さづき ようは楽しげに笑って叶の顔をのぞき込む。


「お疲れ様。やっと叶も努力というものを知ったか?」

「うーん、これ努力なのかなぁー」


 気だるげにうーんと考える叶と陽の会話に、タオルで汗を拭き取りながら純がぶっきらぼうに割り込む。


「誰かに勝ちたい、負けたくないと思ってやるなら努力だろ」

「純は今日も自主練か?」

「おう。少しでもレベル上げたいからな」

「あんまり今詰めてやると体痛めるよー?無理しちゃダメダメー」

「別に無理してねぇ。第一俺は人より欠けてるもんがある時点で多少の無理は必要なんだ」

「だが怪我には十二分に気をつけろよ、そこでぶっ倒れたら元も子もない」

「へーへー。わかってますよー」

「スポドリ買ってきました!皆さんどうぞ!」


 橙柊聖とうのき しゅうせいは全員のスポーツドリンクを走って買ってきたらしく、汗を流しつつもそれを配り歩いた。


「柊ちゃん元気ー、わかいっていーわねー、もー」

「そんな、先輩だって若いでしょう?2つくらいしか違わないんですから。それに少しでも体力つけようと思って」

「出たー努力の鬼その二ー。誰に似ちゃったんだろうねぇー」

「あはは……あ、純先輩。俺も自主練するのでよければ一緒に」


 やりませんか?と問う前に、純はすでにイヤホンをつけて自主練に取り組んでいた。

 こうなると純は声をかけても気づかなくなる。当然周りの音を遮断しているのもあるが、純は集中力もずば抜けて高い。一度集中すると話しかけてもなかなか返事が来なくなるのだ。


「相当本気みたいだな、純」

「ですね。俺も頑張らないと」

「うへー、俺は疲れたからもう帰……」

「おっと叶、少しだけでいいんだ、俺の自練習に付き合ってくれないか?」

「わー!! 陽ちゃん鬼ー!! 悪魔ー!! ひとでなしー!!」

「はははは!!」


 あまりにもな宣告に駄々をこねるように暴れる叶。陽はその反応をわかっていたかのようにたのしそうに笑うが、すぐさま真剣な目になる。


「帰りに芋羊羹奢るから頼むよ」

「ぶー!!」

「詰め合わせにしてあんこ玉も追加してやる」

「……2箱」

「いいだろう、何なら3箱にしてやる」


 ……いや、交渉というよりは……


「しょーがないなー、陽ちゃんはー!」


 買収である。


 気を良くした叶は満足げに言うと起き上がった。陽も思ったより簡単に買収できた相手を見て「ちょろいな……」と若干呆れめに笑い呟けば、叶と共に自主練習を始めた。

 その現場を、柊聖は少々冷ややかで、乾いた笑い声を上げながら見ていたのだった。


 更にあれから3日が過ぎた。今日はシーフェスのリハーサルの日である。SAison◇BrighTもまた、リハーサルに参加するために会場を訪れていた。

 シーフェスは夏の大イベントだ。当然、会場もそれなりに大きい。今はまだほぼ無観客だが、当日、観客もいつもよりも入るこのステージの上で歌い踊る、と思うと緊張と共に期待に胸が弾む。

 日が落ちた海の風は、じめじめと重い都会の風よりもいくらか軽く感じた。


「……いいか、会っても挑発には乗るなよ。特に純。ここで騒ぎを起こして出演停止なんてとてもじゃないが洒落にならない」


 SAison◇BrighTの楽屋では各々が準備を済ませ、リハーサル前のミーティングをしていた。段取り確認のあと、陽が新妙な顔つきで三人に言い聞かせる。


「わぁってるっての」

「俺個人的にはー、マコちゃんより柊ちゃんのほうが心配なんだなぁー」

「お、俺手は出しませんよ!?」

「他は出すのかよ……」

「……時と場合によっては、多分」

「ほらー。ってか柊ちゃん、ノーサスとのいざこざ片付いてから遠慮なくなったよねー」

「えっ!? そんなこと……、……はい、気をつけます……」


 ない、と否定しようとしたようだが自分の中でもいくつか思い当たる節があるようで、子犬のようにしゅんと俯いた。

 それに眉を下げて笑う陽は、改めて三人を見る。


「……さ、リハーサルだからといって気を抜かずに行こう。夏一番の大舞台だからな」


 こうして、SAison◇BrighTのステージリハーサルは始まった。

 確認はしっかりと、迅速且つ丁寧に。

 ステージの音、声の響き、床を踏みしめる感触、目に見える風景、そのすべてを頭に叩き込み、体に覚えさせる。

 思えば、ステージにも大分慣れた。最初の頃は成り行きで進んでいくリハーサルも、今は自分の考えとともに進めていける。たしかにアイドルとして板についてきた。そう思えた。


「ありがとうございました!」


 こうしてSAison◇BrighTのリハーサルは無事何事もなく終わった。

 しかし、これが嵐の前の静けさだとは、誰も予想していなかった。



 それは会場から出て、最寄りの駅に行くために道中を歩く途中のことだった。


「やっほぉ~、元気してる~?」


 前方から声をかけてきた。

 それは、人を見下して嘲笑っている笑顔がよく似合う二人組アイドル。そして、今回最も会うのに慎重になった出演者。

 Altaïr△VegÄの戌亥七星いぬかい ななせ姫宮琴葉ひめみや ことはその人達だった。


「お前らも今日リハだったのか、いやぁご苦労なこった。残念な結果で終わるステージのリハーサルをやらないといけないなんてなぁ。ま、後続のミュージシャンたちのご迷惑にならないようにするくらいの価値はあるか」

「あは! 七星、言っちゃう~!」


 二人は相変わらず悪役よろしくな顔でクスクスと笑いながら4人を、特に純を見下す。


「……なぁ、通行の邪魔なんだけど」


 純は至って冷静な態度で二人を見る。それが苛立っているのを隠すための仕草であり、自分たちを喜ばせないための演技であることを、二人はわかっていた。だからこそ、その怒りが爆発するスリルを楽しむように挑発を続ける。


「そんなこと言うなよ純クン。せっかくダンスクラブにいた頃からの仲なんだからさぁ、もっと話そうぜ?」

「話すことねぇ」

「んもー、湿気た面しちゃってぇ。可愛くないぞ! アイドルはもっと愛想よくしなきゃ!」

「……」

「あはは、無理無理! こいつがどれだけ愛想よくしたって誰も見やしないさ! 第一こいつが今アイドルとして活動できてるのって、そこの後ろ二人の七光りコネがあるからだろ?」


 七星はニヤニヤと笑いながら陽と叶を見る。その視線に気づき、二人は眉を顰めた。


「……俺達がこうしているのは努力の成果と実力だ。七光りいえは関係ない」

「えーほんとにー? お父さんは有名な芸能人の櫻月と実家は音楽家系の超エリート家族の紅咲だよー? コネの1つや2つ使ってるでしょ?」


 琴葉はなんの悪びれもなくきゃるるん、と効果音が聞こえるようなかわいこぶりを見せ、首を傾げて二人を見る。やれやれといった様子で、七星は琴葉の肩をぽんと叩いた。


「わかってねぇなぁ琴葉。コネ持ってるやつはな、意図しなくても勝手にコネが発動してるもんなんだよ。だからこいつらにコネを使ってる自覚があるわけねぇんだ」

「あ、それもそっかぁ! 流石七星、あったまいいー!」


 キャッキャ、と笑う琴葉は、極悪な笑みに顔を歪ませて、最後の挑発をする。


お前葵海坂 純は評価されてる人についてって注目を浴びることしかできない、ボンクラだもんねぇ!」


 二人の嘲笑う声と、怒りに叫ぶ男の声、それを叫び止める声は、通り過ぎる電車の音にかき消された。



 自宅へ帰ってきた葵海坂純あおみさか まことは、テレビの前のソファーに寝っ転がり、腫れぼったくなった目と半分くらい寝ている頭のまま、かけっぱなしのお笑い番組をぼーっと眺めていた。


 あの駅構内で天敵二人アルタイル△ヴィーガに出会い罵倒を続けられたあと、純はついに我慢の限界を迎え、相手方と取っ組み合いを始めんとばかりに飛びかかってしまう。

 ここで問題を起こすのは流石にまずいと、まだ冷静でいられた紅咲叶べにさき かなた櫻月陽さづき よう橙柊聖とうのき しゅうせいに力づくで止められ、重い空気の中電車を過ごし、それぞれ帰路に着いて今に至る。


「アーイス、アーイスとライブDVD〜……ちょっと純兄、じゃま」

「疲れて帰ってきた長男に向かって邪魔て」

「はいはいおかえりお疲れ様ー」


 リモコンとアイスを片手に純を押しのけ、ソファーに座る中学生。彼女は葵海坂家長女、兄弟としては三番目の妹となるあさひ

 風呂上がりでほかほかとしている旭は兄にはお構いなしに、録画のハードディスクを触る。そこに映し出されたのはどこかでのライブ映像だ。


「……アイドルの兄の目の前でアイドルのライブ映像見るやつがいるか、鬼だなお前」

「知りませーん。お風呂あがりの楽しみを取らないで下さーい。ほら、風呂空いてるからさっさと入れば? 汗臭いよ」

「へいへい。お前が上がるの待ってたんだっつの。長風呂め」

「女の子にとってお風呂は大事なんだよーだ。ガサツな純兄にはわかんないだろうけど!」


 いー、と歯を見せて威嚇した後、アイスを頬張りテレビを見る妹に、はぁとため息をついて、純は鉛のように重い体を動かして風呂へと向かった。


「あ、おかえり。……湯船入る?」


 純が着替えを取りに2階に上がると、同室の次男のはるかが椅子を回しこちらに振り向いた。

 葵海坂家は四人兄弟だ。長男が純、次男に高校二年生の遥、長女に中学生二年生のあさひ、次女に小学五年生ののぞみがいる。4人兄弟に1人1つ部屋を分けるほど家が大きくないため、純と遥で1部屋、旭と望で1部屋を使っている。そのため部屋に戻れば必然的に相対するのだが、口数が少ない遥と純は話すことは少ない。そもそも、遥から話題を振ること自体あまりないのだ。

 そのため、突然の弟からの問いかけにぎょっとする。


「あ? あー、おう。浸かる浸かる」

「じゃあ、これ。あげる」


 と言うと、遥は純に向かって粉の入った袋を突き付けた。袋には「疲労回復、ストレス解消、リラックス効果!ミルキーウェイ☆入浴剤 ~天の川の香り」と書かれている、乳白色の粉末。


「……なんだぁ? この胡散くせぇの」

柴之しのがくれた。"アオハルのおにーさんにプレゼントー"、だって」


 送り主の名を聞いてあぁ、となんとなく察しがついた。

 柴之。遥のクラスメイトで、ぼーっとしてて、外ハネの髪が特徴なN-Sノース サウスリベラズ厶……通称ノーサスのドラム担当、江南水柴之えなみ しのその人のことである。

 純が人物を思い浮かべれば、脳内で「ぶいぶいー」と眠そうな表情を変えず得意げにダブルピースをしている彼の姿が容易に思い出せて、はぁー、と大きくため息をついた。


「俺は試供品処理場か、この前も同じようなこと言ってなんかもらったぞ」

「いいんじゃない? 兄さん、最近疲れてるみたいだし」


 効くのかは知らないけど。と言うと遥はまた机に向かい、ノートにペンを走らせ始めた。どうやら課題中らしい。ならば邪魔するものではないと思い、純はこれ以上は特に問いかけず、着替えを持って風呂場へ向かった。


 諸々終えて、もらった入浴剤を入れて、湯船に浸かる。天の川……ミルキーウェイをモチーフにしているだけあって、お湯はすぐさま乳白色に染まった。不快感のない甘い香りが風呂場を満たしていく。


「……あと2週間……か……」


 天井をぼーっと眺めながら、シーフェスまでの残りの日数を数える。そして、その時否が応でも思い浮かぶのは、自分を罵倒し続けてくる二人の顔。

 自分が相手に組み付こうとしたとき、琴葉も七星も驚くどころか笑っていた。おそらくここで乱闘騒ぎが起こることを望んていたのだろう。

 それが純から仕掛けたものとなれば、問題を起こしたとされてSAison◇BrighTセゾンブライトの参加は即刻キャンセルとなっていた可能性が高い。あの時の二人はそうなることを狙っていたんだろうと、容易に結論付けられる。

 それをわかっていた上で、純は自分を止めることができなかった。


(……最悪だ。戌亥いぬかいたちも、俺も)


 リーダーやチームメイトに迷惑をかけたことの罪悪感にブクブクと湯船に沈む。


 純は身長が低い。

 父も母もそこまで高身長な訳ではないため、遺伝も関係しているのだろうが、それでも他の成人済みのアイドルたちやチームメイトに比べると、その差は歴然だ。

 そして、そんな低身長の純が得意としたのは"ダンス"だった。

 技術面は申し分ない。だが、手足が短いからダンスが映えない。だから、誰も見てくれない。

 大会に出ても、幼少期こそ技術面で圧倒して一番になれたが、中学に上がり、周りの技術面のレベルが上がり始めれば、一番になるのは容易ではなかった。

 そして、反省会をすると講師は口を揃えて言うのだ。

『葵海坂君は、身長が低いから映えないのは仕方がなかった』と。

 そのうち身長という努力しても超えられない壁がいつしかコンプレックスとなっていた。


「兄さん、タオル忘れてるから置いとくよ」

 風呂のドアを隔てて声がする。次男の遥だ。

 ゆっくりと顔を湯の外に出せば「ん」とだけ返事をした。そしてまたゆっくりと湯の中に顔を沈めようとする。


お前葵海坂 純は評価されてる人についてって注目を浴びることしかできない、ボンクラだもんねぇ!』


 琴葉に投げられた罵声が脳内でリフレインした。

 違う、そうじゃない。そんな事はない。俺は一人でも輝くことができる!……そう胸を張って言い返せるだけの証明は、どこにもなかったのだ。


「……そーだよ。どうせ俺は、チビで才能無しで、陽や叶がいないと見られることすらない、ボンクラだ」


 自嘲するように、自分に"諦めろ"というように呟いた。

 頬を伝ったのは、濡れた髪から滴ったものなのか、あるいは。

 ぶくぶく、と身体の沈むまま身を任せていれば、バタンと扉の閉まる音がした気がした。

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