Episode2-2 対立
柊聖のテストの結果が全て出て、順位の確認が取れて安堵した四人は、改めてシーフェスに向けた体力づくりメニューを開始したのだった。
まずはストレッチをして体をほぐし、事務所の外周を3周ほど。そして腹筋と背筋をそれぞれやってから少し休憩を挟んで本題の歌とダンスの練習という、今までとは違う少々ハードな練習。炎天下で容赦なく降り注ぐ太陽の光が4人の体力を蝕んでいく。
「ぜー……はー……。……だぁーーっ!! あっつすぎんだよちきしょー!!!」
「はっ、はぁー……あ、鏡が、冷たいです……」
「ほ、ほんとー? ……あ、ホントだ冷たーいー……」
「いやぁ、さすがに堪えるなぁ。汗で風邪引かないようにしろよ、皆」
体力づくりメニューをこなしてきた4人はエアコンの風がかすかに涼しい部屋になだれ込むように入る。一番に入った
「……ダンスコーチ来るの、何時だっけ……」
「えっ……と……、15時のはずなので、15分後くらいだと、思います……。あ、でもいつも来るの早めだから10分後くらいか……」
「しんどー……陽ちゃん、なんでそんなケロッとしてるのー……」
「ん? さぁ、なんでだろうな?」
「陽に限って、手ぇ抜いてる事はねぇだろうしなー……」
「流石です、陽先輩……」
ぐったりとする三人をよそに、陽は制汗シートで汗を拭きながら、疲労を感じさせない笑みで「暑さには強いのかもしれないな」と言った。
「あぁそうだ、来週の土曜に音楽雑誌のインタビューが入ったんだ。シーフェスの特集なんだと。だから練習が全部午前だったのが午後にずれ込むから覚えておいてくれ」
「うそぉー、土曜の午後休潰れるのー……?」
「その分月曜が午後休になる。良かったじゃないか、来週また気温が一気に上がるらしいから、その暑い中の練習を回避できたと思えばラッキーなのかもしれないな?」
「いやむり、これ以上はしぬ」
「あはは……でも、これ以上暑い中で、って考えると、ちょっと滅入りますね……」
陽の口から来週の話を聞かされると参った、と言わんばかりに各々が不安をこぼす。
「ゔー、外周はんたーい、今からでもやめよーよー、ねー陽ちゃーん」
ついに耐えられなくなった男が現れた。憂鬱な様子で叶が駄々をこねる。その様子に困ったように笑う陽は、叶の額にそっと冷たいスポーツドリンクを当てた。それに叶は「あう」と情けない声を出す。
「努力をなしに、最高のステージは作れないぞ?叶」
「そうですよ叶先輩、頑張りましょう?」
後輩にも諭された叶は、再びゔー、と不満げに唸るが、その後抗議することはなかった。
この後はそれぞれ汗の処理をしたり、ストレッチをして、コーチのレッスンのもと、ダンスの練習に励む。レッスンの内容はその日で様々だが、この時期がSAison◇BrighT結成から初めて多忙な練習期間となっていた。全てはファンのみんなの思い出に残る、最高のシーサイドでのステージを届けるため。その一心で、一同は過酷なレッスンや、所々で挟まる個人の仕事に精を出していた。
そして時は過ぎ、音楽雑誌のインタビューの日となった。朝方に集合し、4人で雑誌取材の会場へ向かう。太陽が一番元気な時間ではないとはいえど、暑さはやはりあまり和らがない。コンクリートの地面はかすかに陽炎が立っていた。
「会場は涼しいから、もう少しの辛抱だ」
「やったー……」
「暑いけど、外周の効果でしょうか、少し耐性がついてきた気がします」
「それは良かった。毎日の積み重ねが功を奏すんだ、やはり外周は間違いじゃなかったな!」
「へーへー、流石リーダー様ですー。だけどおかげで帰ってきたらクタクタで速攻で一旦寝落ちだわ」
「よく眠れるだろう?」
「否定ができないのが悔しいくらいにはな」
なんて雑談をしながら期待を胸に訪れたのは、少し高級そうなホテル。その一角の席を使って取材と撮影をするとのことだった。
中に入れば冷房の爽やかな風が四人の頬を撫でる。外の湿った空気とは真逆のそれを受けて、砂漠の中でオアシスを見つけた旅人の如く、幸福そうにその頬を緩ませた。
まだ前の組が取材を受けているようで、喋り声が聞こえる。邪魔にならないようにスタッフに声をかければ、衣装替えのために控室となるホテルの一室に案内された。
シーフェスで着用するであろうと思われる衣装を見て、叶は心底安心した様子で胸を撫で下ろす。
「良かったー。この真夏にいつもの長袖のきっちり衣装だったら死んじゃうと思ってた」
「あ、そうか、その可能性もあったんだ……。プロデューサーにお礼しておかないとですね」
「マコちゃんは普段から半袖短パンだからあんまり変わんないかもだけどねー」
「うっせーな。案外あれ厚手だからあちーんだぞ、ってか21にもなってなんで俺だけ短パンなんだよ……」
「その身長に聞いてごらんー?」
「よーしバカナタ、あとで一発しばき倒すから覚悟しとけー?」
「はは、喧嘩はあとにして着替えてくれ」
涼しさで元気を取り戻した叶と純は、いつもの
四人は着替え終え、取材現場に行くために来た道を戻ろうと歩いていく。すると、前から二人の男が歩いてきた。
少し神妙な顔つきになる陽と純と叶。柊聖はいつもどおり愛想をよく微笑んで会釈をする。男たちは四人を一瞥するなり笑って会釈を返した。
……が。
「って」
一人がすれ違いざまに、純に思いっきりぶつかったのだ。純はヨロ、とバランスを崩す。柊聖が慌てて「大丈夫ですか先輩!?」と支える。
「……あれぇ? あ、ごめんなさぁい! 小さくて気が付かなかったぁ」
ぶつかった男は謝罪の言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑っていた。
「おいおい、だめじゃねぇか。前見て歩かなきゃ! ……ってよく見たらアオミサカクンじゃねぇの!! あっちゃー、そりゃ前見てても気が付かねぇわ!! アッハハハハ!!」
もう一人の男も笑みを隠そうとせず、ただただ純をみてニヤニヤと嗤った。
「……人にぶつかっておいてそれはないんじゃないか?
陽は顔を顰め、いつもより少し低い声で言う。その聞いたことある名に、柊聖はハッと二人組を見た。
ニヤニヤとするのは、
彼らはアイドルユニット「
「あれれぇー? 七光の櫻月と不真面目の紅咲もいるじゃーん! 君たちもアイドルになれたんだねぇ! おめでとう!」
「てめぇらみたいな平々凡々、どこも受け入れてくれなくて地面這いつくばってると思ったぜぇー? くくく」
「もー七星、だめだよぉ。
「あは! それもそうか!! いやぁ悪いね~!! あれ君は? 見たことない顔だなぁ、下級生だよね?」
下衆の笑みで笑いながら二人は柊聖を見た、柊聖は慌てたように自分の先輩と彼らを見ると不安げに「プリローダ高等専門学校4年の、橙柊聖です」と名乗る。
「へぇー、しゅーせーくんね。そういやレク部軍にいたなぁ。はじめまして!姫宮琴巴だよぉ。ねね、しゅーせーくんは何組?」
ニコニコ、というよりはニヤニヤと微笑むと、琴巴は柊聖に詰め寄った。
その勢いに無意識に一歩下がり、慌てて答える。
「え、えと、Ⅰ組、です」
それを聞くと、ぽかんとした顔をして柊聖と残りの三人をみる七星と琴巴。それを見て陽と叶は、柊聖と純を隠すように前に立つ。
しばらく二人は顔を見合わせると、こらえきれなくなったように吹き出すと、腹を抱えて笑った。
「Ⅰ組ってことは特等生!? まじかよ!! こりゃ傑作だ!!」
「ほんとだねぇー!! ねぇねぇ、どんな気持ち? 自分より年下で
見下すように顔を歪ませて笑うその姿は、もはやアイドルとはいいがたい姿だった。それこそ、ドラマやアニメに出てくる外道やヴィランのほうが相応しい。
いつも笑顔な陽や叶も流石にこの二人の態度には虫唾が走ったのか、苦虫を噛んだように眉を顰めた。
「……相変わらず印象悪ー、よくそんなんでアイドルになれたよねー、ほんと」
「叶に言われたら終いだが、本当にそのとおりだ。……学生の頃から何も変わっちゃいなくて安心したよ、二人とも」
「えぇー? 僕達は現実をそのまま伝えてるだけだよお。ねぇ七星」
「そうだそうだ。この世界は実力主義だぜ? そこで生き残って、こうしてもてはやされてる俺達は"勝組"だ。勝組の中で更に自分が上ならば胸を張って誇るのは当然だろ?」
「………だからって、他人を侮辱していい理由にはならないけれどな」
不機嫌そうに陽は言う。普段そんな顔をしない彼が心底不快そうに眉をひそめて履き捨てれば拳を小さく握った。
怒っている、誰しもが陽を見て思った。だが、それをもろともせず悪役よろしくな表情で七星と琴巴は笑い続けた。
「いやーそれにしてもシーフェスが君たちと一緒だなんて、今年はついてないなぁ。俺達も、お前らも」
「そーだねぇ。僕達があの場で一番輝いて君たちの注目奪っちゃうだろうし、劣等生の君たちのステージを見たらきっとお客さんがっかりしちゃうしぃ? 今年のステージははずれかーって思われちゃうよぉ」
クスクス、ケラケラ。二人は嗤い続ける。
我慢の限界を迎え「いい加減に」と口を開こうとした陽を押しのけて出てきたのは______
「てめぇらいい加減にしろよ」
______葵海坂純。
「さっきから聞いてれば、上だとか劣等生だとか。それを決めるのはお前らじゃねぇだろ!!」
「……よく吠えるじゃねぇか。俺に勝てたこともない才能無しのチビボンクラがよ」
七星と純は睨み合う。その目線がぶつかり合う部分で火花がちっているかのように、その場の空気がピリピリとした。
「……いーや、俺は、俺達は絶対にお前らに勝つ。俺達のほうがお前らより輝いて、今年も最高のステージだったって、観客みんなに言わせてやる!!」
睨みつけてびしっと二人に向かって指を差す。
木霊する純の声が消えた頃、少しの沈黙を破ったのは、悪魔のように笑う琴巴だった。
「……アハ、それ、僕達に対する宣戦布告って捉えていい?」
琴巴はそう言いながら微笑んだ。しかし、目は笑っていなかった。その不気味さに柊聖は思わず固唾を呑む。陽や叶も嫌な汗が背を伝うのを感じた。
だがしかし、それに臆することなく純は答えた。
「あぁそうだ!! 絶対にてめぇらをぎゃふんと言わせてやる!!」
「………………へぇ、言うじゃん、チビで凡才の葵海坂クン」
七星も笑った。しかし、やはりその目は笑っていない。
「いいよぉ、その挑戦受けてあげる。まぁ、勝つのは僕達
「あぁ、見せてやるよ。格の違いを、凡才は才能持ちに敵わないってことをな」
そう言うと二人の横を通り過ぎた。琴巴が純の横を通ると、今まで話してた声からは想像もつかないドスの効いた声でつぶやく。
「後悔してべそかきながら土下座したっておせぇんだからな」
ゾク、と背筋が凍るのを感じた。完全に四人の横を通り過ぎれば柊聖が震えた声を出す。
「……なんですかあの人たち……」
「……だから言っただろう。黒い噂が絶えないと」
「確かな実力があるから、余計に誰も口出しができないんだよねぇ。困った困った」
「……悪い、勢いでみんな巻き込んだ」
「気にするな、むしろよく言ってくれたさ。……だが、あちらを本気にさせてしまった以上、下手したら潰されかねないな、これは」
通り過ぎていった二人を横目に確認しながら、陽は考えるように腕を組み唸った。気まずそうに純が目をそらし、叶も流石にこれはまずいと思ったのか陽と一緒につなり始める。
その重く流れる空気を打ち破るように柊聖が口を開いた。
「……やりましょうよ、俺達の手で、あの二人にぎゃふんと言わせるんです!!」
その言葉にぱちくり、と瞬きをする三人。先程の震えていた声は恐怖からなのだとばかり思っていたら、どうやら彼は怒りに震えていたらしい。
それもそのはず、自分の尊敬する先輩三人を、大切なユニットメイトを愚弄されたのだ。いちファンとして、仲間として、許せないようだった。
「才能があったって、結局それをちゃんと活かせてファンや関係者に笑顔を届けられなければただの宝の持ち腐れですよ! あの人たちのステージがどんなものか知らないですけど、あんな才能で人を見下す人たちのステージに、俺達のステージが負けるわけがないです!! いや、負けちゃいけません!!」
「しゅ、柊聖?」
「わぁ、なんか熱くなってるー?」
「陽先輩、純先輩、叶先輩!!」
名前を呼ばれれば、びく、とひと跳ねし、勢いにのまれ反射的に「はい」と返事をする。
「シーフェスのステージは絶対に最高のものにしましょう!! 俺達があの人たちに負けてないこと、証明しましょう!!」
そう言う柊聖の目は、燃えていた。
あまりの怒り具合と熱の入り方に少し驚く三人だったが、顔を見合わせるとクス、と笑う。腹を決めた、というふうに頷いた。
「そうだな、あそこまでの啖呵を切ったんだ。ならば最高のステージであいつらを驚かせてやろう」
「さんせー、言われっぱなしだと悔しいもんねー」
「……そうだな。次は、今度は絶対に勝つ。バカにしてきたぶん、後悔させてやる」
「そのいきです先輩!!」
こうして決意を新たに持ち、SAison◇BrighTは新たな一歩を踏み出したのだった。
シーフェスまで、あと3週間……。
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