Episode.2-1 暑い夏の日
「……あづい……、床がぬるい……」
蝉の鳴き声が室内にも聞こえてくるこの季節。
茹だるような暑さに、金髪の小さい青年は仰向けになったままだらしなく呟いた。
ここはアイドル事務所のプロダクション・プリローダ、その中にあるレッスンルーム。そこに集まっているのはこの事務所に所属しているアイドル「
「あは、マコちゃん、暑さでだれてるわんこみたーい」
仰向けになって何か冷たいものを探し求める金髪の小さい青年……
「てめぇずるいぞ一人だけうちわ使いやがって……俺にも貸せ……てかよこせ……」
「えー、表通りで配ってたよー? 貰わなかったマコちゃんの自業自得じゃないー?」
「純は表通り使うと若干遠回りになるからなぁ。手に入れられないのも仕方ないさ。もうちょっとしたらエアコンも効いてくるし、柊聖も来るから辛抱してくれ」
叶と純のやり取りを見て楽しげに笑うのはこのSAison◇BrighTのリーダー、
「……前から思ってたんだけどさ、陽って汗かかねぇよなぁ、モデルってそういうもんなのか?」
「どうなんだろうなぁ、汗をかかないのはモデルというより俳優だと思うが……、まぁ体質だろうな」
「うらやましー、ベタベタしなさそうー」
遠い目で自分を見る二人に、陽は苦笑いを返す。
あとこの場に来ていないメンバーは、このユニット唯一の学生、
彼はプロプリ直属の高校、プリローダ高等専門学校に在学する特待生である。今は世間の学生は夏休み直前で、この時期は期末のテストで忙しくなる。柊聖の通う高専は今日が期末テスト最終日だそうで、テストが終わり次第こちらに合流する、とのことだった。
「期末テストかー。学生の時はこの時期死にそうな顔しながらやってたわ、テスト勉強と実技の特訓」
「純は筆記は一夜漬け派だったからなぁ。よくやりきれたもんだ」
「実技は前々からちゃんと練習してるのにねー。寝ないと身長伸びないぞー」
「うっせ、背の話はいいんだよ。……実技は早いうちにお題出るから対策できるけど、筆記は結局当日までわかんねぇじゃん? だから実技のほうが力入れちまうんだよなぁ」
「ま、その言い分はわからなくもない。君はいつも勘でヤマ張って当てに行く戦法だっただろう? よくもまあそれで赤点取らずに5年やってきたもんだ」
「ふっふーん、運だけはいいからなぁ、俺は」
陽、純、叶もまた、3月までは高専の学生だった身だ。プリローダ高等専門学校はクラス分けが成績順になっていて、組の数字が小さいほど成績がいい者たちが集まる。彼ら特待生になるほどの実力ではなかったものの、それなりに成績は良かったほうだった。
「でもマコちゃん、ダンスの成績的には優秀なのになんで毎度コンテスト落ちるんだろうねー。やっぱり
叶がぼやくと、ピク、と純の眉が動かす。
身長、これは純の抱える最大のコンプレックスだった。というのも純は21歳なのだが、身長がなんと158cmとかなりの小柄なのである。
そして、彼の最大の武器はダンス。身長が高かったり、足が長いほうが映えるダンスには到底不向きな体格なのだ。技術は十分あるため、実技試験などは優秀な成績を納めるのだが、コンテストやオーディションとなるとまた話は変わってくる。実力だけは登りつめることができないのだ。
「……ふんっ、審査員が俺の凄さを理解できない
「おっ言うじゃないか純」
「いよっ、態度はでかいおちびちゃーん」
「テメェら一発殴られたいか? 殴んぞ?」
拳を握って威嚇する純に、陽と叶は肩を竦めて笑う。二人(特に叶)はこの純の低身長をいじることが多い。学生からの付き合いのそれで、二人(少なくとも陽)に悪意はないのがわかっているから、純も本気になって怒らない。
怒りはしないが、気にしていないわけではないため、どうしても不機嫌にはなるのだ。夏の暑さも相まって、どうも怒りの沸点が低くなる。
「おはようございます! すみません、おまたせしました!!」
そんな中夏の制服に身を包む、慌てた様子の深い青緑の髪の青年が部屋の扉を開けた。学生鞄を持つ反対の手にはコンビニのビニール袋が下げられていた。
「お、期末テストは無事終わったか、柊聖」
「はい、なんとか乗り切りました。やれることはやったつもりなので、あとは変なミスで赤点にならないことを願うばかりですかね……」
「おつかれ柊ちゃーん」
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
各々労いの言葉をかけ、柊聖はそれに微笑んで礼を述べた。炎天下の中走ってきたのか顔が赤く、汗をかいている。しかしその汗も彼の爽やかな笑顔を引き立て、いつもよりもキラキラして見えた。
「ところでその袋はなーにー?」
叶はパタパタとうちわで柊聖を扇ぎながら持っていた袋に興味を示した。ビニール袋も少し外側が結露し濡れている。
「あ、これですか? おまたせしてしまいましたし、暑いかなと思ってアイス、買ってきたんです」
鞄を床に置き袋から物を取り出す。それは4つ入りでそれぞれ味の違うカップのアイスだった。この暑い夏に現れた魅力的なそれをみて、純と叶は目を輝かせる。
「マジか! 全くウチの最年少は気が利くなぁー!!」
「ありがとう柊聖、ちょうどそこの二人はダレてた所だ。それじゃ、溶けないうちに食べながらミーティングといこう」
「わかりました」
「俺バーニラー」
「お前が最初に選ぶのかよ」
「ふふ、好きなものを選んでください、俺は余ったので大丈夫なので」
「そうか?なら言葉に甘えよう」
「お前も大概図太いよな、陽……」
和気あいあいと各々アイスを取り、席についた。
ひんやりとした容器が熱を持った手を冷やしていく。その感覚にほう、と息をつきながら蓋を開けて中のフィルムをペリ、と剥がせば、冷たく甘い誘惑に心が踊る。
純が選んだのは、オレンジに輝くみかん味。
「ほぁー……、やっぱ夏といえばこれだよなぁ! いっただきまーす!」
「マコちゃん元気になったねー、よかったねー、さっきまで地べた這ってたのにー」
「ははは、それじゃあ早速本題に入るぞ。次のライブの参加が決まった」
陽はアイスの蓋を開け、イチゴ味のアイスを一口食べた後、中央にイベント告知のビラを置く。
そこには「
「お、シーフェスじゃん、今年もやんのな」
「あ、知ってるこれー、海の近くにおっきいステージ立つんだよねー、すごいよねあれー」
「シーフェスって結構大きなライブイベントじゃなかったでしたっけ?」
「あぁ。今年の新人枠の1つがうちなんだそうだ」
SEASIDE FESTIVAL‼通称「シーフェス」。毎年夏に近くの海水浴場に大きめの野外ステージを立てて、そこで新人から玄人、幅広い層のアイドルやミュージシャンがライブをするイベントである。
このイベントは「ひと夏の邂逅」をテーマとして、参加団体は毎年必ずすべて入れ替えになり、連続で同じ団体が出ることは絶対ないことが最大の特徴だ。そのため、年によって当たり外れの落差が激しいとも言われているが、新たなミュージシャンやアイドルに出会える場として愛され続けている。それもあってかこのステージに立つこと、そして年を跨いで複数回参加することを目標とするアイドルたちも多い。
「一年目で呼ばれるとは流石にびっくりだな」
「俺も耳を疑ったよ。だがプロデューサーがこれを渡してきたからおそらくドッキリの類ではないだろうさ」
「ドッキリだったら手ぇ込み過ぎだわ」
純のツッコミに自分のアイスを頬張りながらウンウンと頷く叶と柊聖。セゾン面々もいつかはシーフェスには出れたらすごいな、と話をしたこともあったし、実際何度もステージを見ている。これで「ドッキリ大成功」なんて言われた暁には、おそらく全員でプロデューサーに反乱を起こすだろう。
セゾンのプロデューサーは遊び心があるとはいえど、アイドルの夢の舞台の一つであるシーフェス出演ドッキリなどという、悪質なことはしないことを彼らは知っている。
「というわけだ、大舞台に向けてのスケジュールとセトリがこれだな。夜とはいえ夏の空の下のステージだ、体力が必要になる。柊聖も夏休みに入るからかなりハードなスケジュールになるぞ」
陽は少し意地悪げに笑いながらユニットの連絡チャットにURLを投げた。それを見た叶が露骨に嫌な顔をする。
「うぇー、なにこれー、基礎練……、外周とかある……」
「外周って事務所の外を走るんですか?」
「あぁ、許可は取ってあるから安心していいぞ」
「そこはいいんだけどさ、いやマジでハードだな、基礎練、外周やってから歌とダンスって……高校の運動部かよ……」
「ちなみに外周を提案したのは俺だ」
「お前かい!!」
得意げな顔をしている陽にビシとキレのいいツッコミが入った。それをよそに叶は背もたれに体重を預け、天井を仰ぎながら面倒くさそうにぼやく。
「俺パスしていいー? 暑いし面白くないことやりたくなーい」
「だ、だめですよ叶先輩!! 暑さに負けないように体力をつけるのは大事ですし、今後絶対に無駄にならないことですから! がんばりましょう!?」
「うぇー……」
「甘ったれんじゃねぇよ叶の癖に。ステージでぶっ倒れても知らねぇからな」
「だーって、やりたくないんだもーん」
首を振って駄々をこねる叶に困ったように笑う柊聖と、呆れたようにため息をつく純。叶のこの飽き性は出会った当時からずっと変わらないものだ。本人も治す気がないらしく時々頭を悩まされるが、それでも無理やり引きずり出せばやる男の為、扱いにはあまり困っていない。
「それだけ大事なステージなんだ、気合いを入れて行けってことだな」
「そうですね、がんばりましょう」
「おうよ。……ところで、シーフェスは周りの参加ユニット情報、流石にもうでてるよな?」
「あぁ、それももらってきてある」
陽はきれいにまとめられた表が印刷された紙を机に出した。ユニット名と、メンバーの名前が書かれたそれには当然セゾンの名前もある。
「あ、このミュージシャン知ってます。この前話題になってた……」
「結構な大御所もいるなぁ……、さすがシーフェス……。えっと新人枠はー、と……」
「……あ、ここですね。えっと……
「
「あー、見たことある名前だなーって思ったらナナヒメかー懐かしい名前ー」
「お知り合いなんですか?」
陽は自分たちと同じ新人の枠で呼ばれたユニットを指差す。卒業生三人は懐かしい、と口にするが、柊聖は首を傾げる。
「……高専の同期。俺達と同じ、今年の3月に卒業した奴らだよ」
純は眉を顰め、ぶっきらぼうに答える。
「そうそうー、表向きは優等生だし礼儀正しいしー、いいやつではあるんだけどねー」
「あぁ……、化けの皮一枚剥がせばなかなか黒い噂ばかりだったな。幸い俺と叶はそんなに関わったことがないが……、純はよく絡まれてたな」
「えっそうだったんですか? 知らなかったです……」
「4人でいるときとかはあいつら食い下がってこねぇからな。なんでか知らねぇし興味もねぇけど。だーもー、あいつらの話やめようぜ、思い出すだけでむしゃくしゃしてきた……」
「それもそうだな。……あ、ほら柊聖、ノーサスもいるぞ」
「あ、ほんとだ! ふふ、また銀たちと一緒のステージ立てるんだ」
陽が表の一列を指す。それを見て柊聖は顔を明るくした。
ノーサス、
様々な思惑飛交う夏の大舞台へ思いを馳せる四人。
しかし、その夏に、音も立てずゆっくりと影が忍び寄ることを、四人は知る由もない。
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